スマホとワンコと異世界旅
第三話 俺たちに水は効かない
こんな状況でもしっかりと眠れたのは、リンゴが良い枕として機能したからだろう。
それと、リンゴが警備をしていてくれたらしい。それこそ二十四時間態勢のようにだ。
感謝しかないね。
木々の隙間から空を見る。
たまに雲こそあれど、青い空はどこまでも広がっている。
「こんな広大な空を見ると、俺たちの悩みなんてちっぽけだよな」
『そうだな。異世界なんて忘れて普通に暮らすか』
「ってなるわけねぇだろ。俺たち異世界にいるんだぞ? 予定では今頃騎士隊とかで訓練したり、王女様ときゃっきゃうふふなことをしているはずなのにな」
まったく現実の非情さに涙が出てきそうだ。
『さて、それでどっちの方角に向かうか、だが……』
「俺たち異世界に対してロクに知識もねぇからな」
近くにあった川で水分を補給し、水鉄砲にも一杯入れておく。
俺にとっての最強の矛なのだ。これを大切にしていかないと。
「リンゴ腹減ってない?」
『うやら体の機能も強化されているようでな。魔物をいくらか食らって満たされている。おまえは?』
「……ずる。自然食バイキングとか羨ましいな」
『それはちょっと意味が違うだろう。良い果物……リンゴのような匂いがする。まずはそちらに案内してみようか』
「……毒があるかもしんねぇけど、仕方ないか」
『安心しろ。どうやら、俺は毒のあるものは匂いで分かるようだ』
「へ? 本当か?」
『この第一形態は、嗅覚を強化しているようだ。第二形態が、治癒……だろうな』
俺は思い出して、スマホを取りだす。
リンゴの姿が写真としてあり、そこに情報が載っていた。
確かに、リンゴの言うとおりの強化が書かれていた。
「……よくわかんねぇけど、なんなんだこれ?」
『俺の推測でしかないが、どうやら、浩介はそれほど強化されずに、俺と、スマホ、あとは水鉄砲が強化されたというところか? それか、本来浩介が強化されるべきだったが、付属品が多すぎた、とかかもしれない』
「そりゃあないぜ。全員最大限に強く強化してくれればよかったのにな」
スマホの充電は確かに減らない。
充電と不思議なアプリが、スマホの強化か。
と、しばらく見ていると、文字が浮かび上がった。
『このスマホには、もう一つ機能があります。魔物の捕獲についてです』。
「ほぉ」
『魔物の捕獲の条件については、自身で見つけるのも楽しみの一つでしょう。やり方は、捕獲条件が整った時にまた説明します』。
「おいこら! 今教えろよな」
遊び心はいらねぇんだよ。こちとら死に掛けているんだ。
怒鳴りつけるがスマホからの返事はない。
破壊しようとしても、スマホが動くことはない。本当に壊れたら難易度があがってしまうのでやめる。
『一人で騒ぐな恥ずかしい。ほら、あれが、果物だ』
「おっ、甘そうだな」
『そっちの実と、そっちは……かなり熟しておいしそうだな。とってくれ』
「目利きじゃなくて、鼻利きができるのか、便利でいいな」
果実をつかんで一口食べる。
口いっぱいに甘みが広がる。林檎のような味で、見た目もまんまそれだ。
いくつかとってポケットに押し込み、リンゴにも食べさせる。
『ふむ。店に並べればそれなりの値段で売れそうだな』
「もっとたくさんとっておきたいけど、鞄とかねぇしな」
俺が召喚される前は休日だった。
家にいてもやることがないため、良太の犬の散歩に付き合っていた。
あるのはスマホに水鉄砲と財布だけだ。
「リンゴ進化できないのか?」
『魔力はないのか?』
「ねぇんだよな。ほとんど魔力も感じられないし……昨日はなんだったんだ?」
『ピンチになると、謎の力が覚醒するのかもしれない。一度森を一人でさまよってみるか?』
「ピンチどころか本当に死んだらどうするんだ」
『俺一人で、どうやって地球に戻るかの検討をしないとだな』
「助けろっての」
川伝いに歩いていくと、見慣れたウルフがやってくる。
ウルフも鼻がきくからか、良く俺たちを見つけてくる。
俺たちを食っている想像でもしているのか、ウルフが楽しそうに鳴いた。
「……リンゴ、俺は援護に徹する。お手並み拝見といこうか」
『一体何様なんだおまえは』
水鉄砲を構えると、リンゴが呆れながら動く。
ウルフは森からさらに出てきて五体になる。
「いや、ちょっと多すぎない!? こちとらレベルで言ったら一みたいなもんだぞ!? もっと優しくしてくれよ!」
『……くっ、さすがに二体を押さえるのが限界だぞ。どうする?』
「逃げるに決まってんだろ!」
水鉄砲で牽制しながら背中を向ける。
水を放っても、ウルフは左右に動いてかわす。
結構シューティングは得意だが、あれとは比較にならない。というか、俺は基本難易度ノーマルとかでしかやらないしな。
たまに、飛び掛ってくるのに対して撃って逃げる。
「はえーな……リンゴ作戦ないか?」
『犬に聞くな。おまえこそ何かないのか?』
「くっそ!」
道の先を別のウルフが囲んできた。
こいつらの連携は見事だな。
周囲を五体のウルフに囲まれ、じりじりと狭まっていく。
「リンゴ、一体ずつ潰していけ」
『了解したが、それ以外のはどうするつもりだ?』
「俺が時間を稼ぐ」
水鉄砲を左に構えながら、右手で拳を固める。
リンゴが一体へと飛び掛り、そちらに注意が向く。
しかし、四体のウルフはすぐに俺を殺すことを企てたようだ。
蹴りを放つがかわされ、足をかまれる。
「親父の拳のほうが痛かったっ……ての!」
そんなのはただの気合でしかない。
どうにか声を吐き出し、足をかんできたウルフを殴ろうとするが、右手をかまれる。
足場のウルフに水鉄砲を放つと、ウルフが痛みに怯んで足を離す。
正面から、もう一体が突撃してきて、俺の体は弾かれる。
リンゴが一瞬こっちを向いてしまい、その隙に襲われる。
「リンゴ、集中してろ。俺はなんとかするから」
これでも、頑丈なほうだっての。
体を起こし、ウルフたちを睨みつける。
「……さてと」
どうやってこいつらを撃退していくか。
水鉄砲が当たれば一番だが、ウルフたちの動きでは捕まえて間近で撃つくらいでないとダメだ。
結局、リンゴを待つしかないのかもしれない。
四方から攻めてきたウルフたちの攻撃をとにかく耐える。
頭を守るように腕をあげ、攻撃を受けていく。
そうしていると、一体のウルフが苛立ったように突撃してくる。そこへ反撃の拳を当てる。
「……なんだ?」
俺の右手に魔力が集まり、ウルフは少しばかり苦しげな様子を見せる。
俺はすぐに蹴りとばす。
かまれた場所に痛みが走るが、構わない。
わかったぞ。
……俺は、敵の魔力を奪い取れるって感じか?
魔力を急激に失うってのも、どうやらそれなりに苦しいみたいだな。
「リンゴ、頼む」
『任せておけ!』
スマホに魔力を叩きつけるようにして、リンゴの進化を行う。
第二形態となったリンゴに、ウルフは驚いたように見えた。
即座に噛み付き、その体を引きさく。
四体のウルフたちもたまらずに逃げ出すが、それを見逃すほどの優しさはない。
そのうちの一体のウルフの足元に魔法陣が出現する。吠えるように口を開くと、ウルフの口から風の弾が弾かれる。
魔法!? 踏み込むと、足の傷で身体が支えられなくなる。回避が間に合わない。
この……!
拳を振りぬくと、右手が切り刻まれながらも魔力を吸収し、その魔法を消し飛ばす。
いってぇ……!
遅れて、リンゴが最後の一体をしとめ、俺の手を舐めた。
『……どうやらおまえは、魔力を吸い取る力を持っているようだな』
「微妙なチートだよな」
『いや、十分すぎるだろうさ!』
敵を攻撃したときにしか奪えていないみたいだった。
魔法だって、殴った瞬間のダメージはある。これでは、魔法を無効化するのも命がけだ。
俺の身体がそこまで強化されていないことを考えるに、はっきり言って強力とはいえない。
『制限時間があるのだろう? 早めに移動するぞ』
「そうだな。乗せてくれ」
俺はスマホを取り出して、ちらとみる。残り時間は二分だ。
ていうか、このスマホ、頑丈だよな。
日本で落としたときは画面が簡単に割れていたが、今はたたきつけても割れない。
実際、魔物に襲われたときに何度も地面に衝突しているが、傷一つついていない。
俺はポロシャツの胸ポケットに、それを入れる。
水に濡れても問題ないし、たぶんこのスマホが一番異世界転移による恩恵を受けている。
「おまえ、どうせなら美少女に変身とかしてくれないか?」
『オスの俺に何を期待しているんだか……たとえ、出来たとしてどうするんだ?』
「そっちのほうが舐めるときにこう、興奮するだろ?」
『バカバカしい……それより、嫌な臭いがするな』
「敵が近づいてきたら臭いでわかるんだよな?」
かなり鼻いいみたいだし。わかれば、敵に攻撃されなくてすむしな。
『第一形態だと、ある程度近づかないと難しい。ウルフとかが気づくような距離でようやくわかるんだ。逃げ切るのは難しいだろう』
「なるほどね。で、嫌な臭いって?」
俺が聞くと、ざっと土を踏む音が聞こえる。
『これだ』
示したほうには、大量の魔物たちがいた。
ウルフやら、緑色の……たぶんゴブリン。それに、スライムのような魔物――。
例え、第二形態のリンゴでもすべてを片付けられるかわからない。
ていうか、リンゴが倒している間に、俺が死んでいる。自信がある。
「さっき俺が思いついた秘策があるんだけど、試すか?」
『この状況を打開できるのならば聞こう』
「川へ飛び込め!」
『なるほどな。それじゃあ行こうか』
俺が先に川へ入り、リンゴが遅れて飛び込んでくる。
魔物たちが、俺たちを追ってくることはなかった。
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