スマホとワンコと異世界旅
第四話 どうせなら歓迎されたい
『お、ま、え、は! たいして泳げないくせに何をしている!』
「お、泳げるっての! そりゃあ弟より水泳の成績は悪かったけどさ。それでも、人並みには泳げるんだよ! ただ準備運動しなかったからだろうな。足つっちゃった」
『アホが! 俺まで溺れて死ぬかと思ったぞ!』
ある程度川を下っていったところで、俺たちは陸に上がった。森を抜け、平原となったそこで、俺たちは一先ず呼吸を整えた。
水鉄砲を補給し、ぬれた服を絞ってから俺はもう一度服を着る。
さすがに冷たかったが、裸で移動も嫌だからな。
「このまま川伝いに行って、どうにかなるか?」
『……ふむ。難しいかもしれないな。普通なら川の近くに村や町を作るかもしれないが、仮に、他に水を補給できる手段があるとしたら……』
「そうだよな。わざわざ危険があるかもしれない川付近に村とか作らないか……」
氾濫とかしたら、それだけで自分たちに大打撃となる。
魔法とかで水を確保できるのならば、絶対に作らないよな。
「いや……けどさ。魔物とかもいて、水を恐れているならやっぱり川付近に作るんじゃないか?」
『そこは、微妙なところだな。さっきもそうだが、水に触れなければ問題ないと魔物たちも理解しているようだったぞ』
「まあそこは賭けてみるしかねぇよな。このまま歩いていっても迷子になるだろうし、川を目印に移動しようか」
『そうだな』
共に歩いていく。
……平原っていうのは、どこまでも見えるせいで、全然町も村もないのがすぐにわかる。
景色が良いのはいいけど、心をへしおりにかかっているね。
「指名手配とかされているかな?」
『どうだろうな。……召喚された現場には王族を含め、数人の騎士しかいなかった。もしかしたら、なるべく情報は隠しておきたいのかもしれない』
「それは俺もちらっと考えたけど、その後普通に騎士が追いかけてきたよな?」
『勇者、としては追われないかもしれないが……例えば、何かしらの犯罪者としてならありえるかもな』
「かー! ったくふざけんなよな。あの王女様といい、まったく俺をなんだと思っていやがるんだよ。嫌なら、普通に帰してくれればいいだろうに」
『それが、できない何かしらの理由があるのかもしれないな』
「あー、嫌だ嫌だ。考えたくないね」
……戻る手段がない、とかだったら最悪だ。というか、普通にありえる話だしな。
それから二時間近く歩いただろうか。
何度か魔物に襲われるが、一、二体だ。リンゴが速やかに処理してくれる。
「あれは?」
『……ふむ。臭いは、人間のようだが』
俺たちは近くの巨大岩に身を隠し、そちらを見やる。
視線の先には簡素な作りではあったが、門のようなものがある。
『なんだあれは?』
「国境の検問所ってところじゃないか?」
ちらと平原のほうに視線をやる。
検問所には見張り塔のようなものもあり、多くの監視があった。
すでに隠れた俺たちも見つかっているかもしれない。
『……さすがに渡れるわけがないか』
「けど、川はまったく守られていない。つまり、だ」
『川を潜って移動することなら、できる、か。息は持つのか?』
「当たり前だ」
『今度は準備体操をしておけよ』
リンゴに頷き、岩陰で体を動かす。
「ちょっと、軽く泳いでみるな」
『了解だ。派手に動くなよ』
五分ほど念入りに体操したところで、もう一度川に飛び込んだ。
目を開けると、それなりに深い川であるのがわかる。
呼吸が……結構もつみたいだ。
もともと一分とちょっとくらいが限界だった俺の肺活量は、今はその倍近くまであるようだ。
一応、ちょっとは体も強化されていたし、俺の力がまるで強化されていないというわけではないってことだ。
一度川から出て、リンゴに親指をたてる。
俺は胸いっぱいに息を吸い込んで、深く潜っていった。
さっきよりかは泳げる川の中……魚はしっかりといた。
水にも適応している生物もいるんだな。
なんて考えながら、一気に泳いでいく。
流れに身を任せれば、簡単に検問所を通過できた。
さらにしばらく、呼吸の限界を迎えるまで泳いでいき、リンゴと顔を合わせて川から顔を少しだす。
「検問所は……まだ近いから気をぬくなよ」
『それはおまえに贈りたい言葉だ』
もう一度しっかり息を吸ってから、深く潜って泳いでいく。
それを三回ほど繰り返し、検問所が小さくなったところで俺はガッツポーズを作る。
「よっしゃ! これで、別の国ってところか!?」
『ここまでしているし、恐らくそうだろうな。問題は、この国がどんな場所なのか、だが』
俺たちは川からあがり、水を払う。近くの茂みに入って、俺は服を脱いで水を絞っていく。
これ、絶対風邪ひくな。
「リンゴ、近くに人間の臭いはするか?」
リンゴがある方角をみている。何か面白いものでも見つけたのだろうか。
『今のところはないな。この状態で死んだら、全裸か……』
「死ぬときは美しい状態でやれたいもんだぜ。よし、準備完了だ」
『浩介。道を選ぶのはおまえに任せよう』
「道?」
リンゴが右前足を出す。
……ああ、ほんとだ。人々が通ったと思われる道が二つになっていた。
一つには、馬車……だろうか。土に濃い跡が残っている。
もう一つは、馬車であったが、そこまで濃くはない。
『それなりに勘はいいほうだろう?』
「……まあな」
マークテストの二択でいつも間違える程度の運だ。
『俺が道を選ぶよりかは、人間の勘のほうがいいかもしれないだろ』
「野生の勘に従いたいところなんだけど」
『俺だってとっくに野生じゃなくなっているさ』
まあ、そうだけど……。
俺は左の――それほど濃くはない道を選んだ。
理由は簡単だ。
馬車が多く通るということはそれだけ人が行くほうだ。
となれば、騎士とかも増える。
ここがまだ、さっきの国だったら、ばれる危険があるのは嫌だった。
身を隠すなら、小さな村とか、そういうほうが安全じゃないだろうか。
ほら、隠居した賢者とかいそうだし。
そんなのん気な思考とともに左の道を進んでいく。
「なあ、リンゴって異世界に召喚されるとか考えたことある?」
『普通の犬が、考えると思うか? たくさんの肉に囲まれる夢なら見たことあるが』
「肉か……まあ、それでもいいけどさ。俺は異世界召喚される妄想をしたことがあるんだよ」
『いや、大声で言わないでくれ。恥ずかしくはないのか?』
「妄想ではばっさばっさと魔物を狩って、王女様にちゅーとかされちゃってたんだよ。みんなに慕われるような人間になっていたと思うんだ」
『だからなんで当然黒歴史暴露タイムに入ったの? 頭おかしくなったのか?』
いいたいことがあるからに決まっているだろ。
「現実が違いすぎるんだよ! すらーっとした美人なお姉さんみたいな人はいないし! ましてや王女様が俺を殺しにかかっているし! 勇者の目的もよくわからねぇし!」
『……なるほどな。おまえはつまり、モテたかったと』
「そういうことだよ。あとは、もっと敵をなぎ払えるだけの力が欲しかったなぁ……」
『というか、初恋の好きな人はどうした?』
「いや、それはまた別の話だ。別に本気で恋をするってわけじゃねぇよ。けど、ここまでみんなに嫌われているような状況は嫌なわけだ。どうせなら歓迎されたいだろ?」
『なるほどな』
召喚されてすぐに、予言がどうたらと説明を受けた。
その予言では、近い将来にあの国が何かによって攻撃されることがわかっていて、それを阻止するために召喚された。
災厄、と今は呼んでいるらしいが、俺では災厄に抵抗する勇者として力が弱すぎると思われたんだろうな。
「……ったく。さっさと地球に戻る手段考えないとな。たぶん、良太も心配しているだろうしさ」
『そうだな』
なにやら向かう道の先に嫌な感じがあった。
そして、リンゴも鼻をひくつかせた。
『……人間、血の臭いだ』
「戦闘、か? 相手は魔物?」
『人間、同士のようだな』
「……出来れば避けたいな」
『なら、大回りに――』
リンゴが声をあげようとしたところで、甲高い悲鳴が聞こえた。
頭をかいた俺は、真っ直ぐに歩き出す。
『おいおい。おまえまた女に関わるのか? また酷い目にあってもしらないぞ?』
「今女の子が酷い目にあっているかもしれないだろ? 俺は女には優しいの。女は絶対助ける。男は知らん」
『分かりやすい奴だな』
「だって、助けたら惚れられるかもしれないだろ? さっきも言ったろ? 歓迎されたいだろ?」
『助けるってどうせ俺だろう?』
「おまえ惚れられたら嫉妬してやるからな。二度と進化させてやらないからな!」
『小さい奴め』
リンゴが納得したように頷いて、俺たちは真っ直ぐに進んだ。
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