スマホとワンコと異世界旅

木嶋隆太

第一話 異世界の王女様は恐ろしい

 腹に深く刺さるナイフ。
 マジかよ……という言葉を吐きだす余裕もない。


『大丈夫か浩介こうすけ!』


 そう声をかけてきたのは、一緒に転移してきた柴犬のリンゴだ。
 俺を守るように四本の足で立ち、しっかりと会話まで出来る。異世界転移ボーナスをしっかりもらっているのが憎たらしい。
 こいつは友人のペットであり、まあ色々あって一緒に召喚されてしまった。
 リンゴが騎士を押し倒し、その体を爪でひっかく。間接の隙間を狙った良い攻撃だ。
 予想外の攻撃によってか、同じ部屋にいた王女や騎士はたじろいでいる。


『浩介、逃げるぞ!』
「……りょう、かいだ!」


 どうにか声をあげて、腹を押さえながら立ち上がる。
 リンゴが、異世界召喚によって上昇した力を駆使し、俺を背中に乗せてくれた。
 そのまま一気に窓からとびだした。


「ここ、二階じゃねぇか!」


 眼下の景色に小便がもれそうになった。


『大丈夫だ!』


 リンゴはうまく着地をしたが、俺の体は庭へと放り出される。
 リンゴは柴犬で、そもそも俺が乗ること自体が難しいのだ。いくら、リンゴが異世界補正で筋力があがっていたとしてもな。


『早く乗れ!』
「わかってるよ!」


 すぐに乗って、城の庭を駆ける。
 空はとっくに太陽が落ちている。
 このまま街へ逃げられれば、そう簡単には捕まらないはずだ。
 俺は足や手を地面にこすらないようにあげ続ける。つらいけど、ずっていけばもっと痛い。


「追いなさい! あの偽物を殺しなさい!」


 王女の叫びが窓から聞こえ、俺はそちらを睨む。
 綺麗な顔して、物騒な発言しやがって! 異世界の王女様は恐ろしいな!


 あの王女が、俺に異世界召喚した理由を話してくれたんだ。


 この世界では、未来の予言が、予言士という人たちによって行われている。
 予言石というものに、毎日新たな未来がかかれていき、それを読めるのは予言士だけ。


 その決められた未来から脱却するため、ようは、予言石をぶっ壊すために俺は召喚されたらしい。
 異世界の人間は、予言には入らない存在だからだそうだ。
 こういう状況は嫌いじゃなかったから、召喚されてすぐは多少テンションがあがったものだ。


 異世界召喚とか、召喚先でハーレム、チートにむふふなんて毎日のように憧れていた。
 今は高校二年にもなり少しは落ち着いてきたが、それでも一度くらい異世界に行きたいと考えていた。


 現実は厳しいね。
 チートなんてなかった。俺に簡単に惚れてくれるヒロインなんていなかった。
 魔力をはかったら、ロクにないといわれ、リンゴと遊んでいた水鉄砲のせいで異端とまで言われた。
 魔力が含まれていない水がこの世界の人間にとっては弱点なのだそうだ。


 王女様が俺をかばってくれ、そのまま夜になった。
 王女様が一度だけ外に出て戻ってくると、ぎゅっと抱きついてきた。


 そんな状況になったことがないため、緊張したままでいると、なにやらちくりと腹に刺さった。


 見れば腹からナイフがはえているんだからびっくりだ。
 俺を確実に殺すために、すべて王たちと仕組んでいた計画なんだってさ。
 そして……今に至る。
 城の門を守るように騎士がいたが、リンゴが軽やかにかわし、城を抜けた。


『屋根に上る。しっかり捕まっていろ!』
「あいよ!」


 痛みはあったが、それでも落ちて余計な傷を増やしたくはない。
 リンゴに捕まると、リンゴは壁を何度か蹴ってあっさりと町の屋根へと登る。
 もはや愛くるしいペットとは思えない脚力と力強さ。
 ……問題なのは、俺に与えられた異世界チートが、翻訳くらいなところだな。


 もちろんかなりのチートであるが、戦闘には不向きすぎてこの状況で何もできないのが悔しい。
 多少くらいなら身体能力も向上しているかもしれないが、圧倒的な力ではない。
 翻訳だけでは、この戦場を生き延びられない。


『浩介は相変わらず、女に弱すぎるな』
「う、うるせぇよ。俺の初恋の人が、女に優しくしろって何度も教えてきたんだよ」
『だからなんだ?』
「今もその子のことが好きだからさ。好かれるために女に優しくしているんだよ」
『異世界に来てまでやることか?』


 聞こえない。何も聞こえない。
 まさか、あんな泣いていて嘘だなんて思うかっての。俺は女に弱い、認めますとも。
 つーかな。あんな美女の涙を、頼みを聞いて断れるほど俺は女に慣れてないの。


「あー、いってぇ……。腹も耳も心も全部いてぇよ。誰か、俺を癒してくれる心優しい美女はいねぇのか! 異世界だろ!? もっと夢をくれよ! ぐびゃっ!?」
『あまり騒ぐな! ……おまえが死んだら俺のご主人様も悲しむだろうっ』
「そ、そうだったらいいけどな……くそっ、もうダメかも」
『とりあえず、町の外に出る! 地上は騎士がたくさんいてどうにもならん!』
「りょ、了解だ。出血多量で死ぬかも。輸血パックとかねぇのか……」


 どんどん体が冷えていく。死が近づいているような気がして、怖い。
 屋根から外壁と飛び移り、そのままリンゴは街の外へと飛び出した。
 地上に着地すると、凄まじい衝撃に全身が痛む。
 リンゴの毛から手を離してしまい、俺はごろごろと地上を転がる。


「もう、ダメかもしれないや。お空綺麗」
『地球よりかは随分と綺麗に映るな。ふざけたことを抜かしていないで、さっさと――』


 リンゴが言いかけたところで、唸り声が響く。
 なんか、今見えたな。
 顔を向けると、リンゴよりも強そうな犬がいた。
 その数は三体。
 ……魔物って奴? こんな危機的な状況で出会うなんてついてねぇな。


「わ、ワンちゃんたくさんじゃねぇか! リンゴ仲間だろ!? お引取り願ってもらって!」
『で、出来るか! アレは犬というよりも狼だ! それに、たぶん、城の者たちが言っていた魔物だろう!? というか、翻訳の力は!?』
「おーい、ウルフ! 俺の声聞こえるか!?」
『コロ……ス……、コロ、ス』
「オーケー。会話不能だ」


 叫びすぎて腹が痛む。膝をついてしまったところで、好機とばかりに狼たちが駆けてくる。
 リンゴも、強化された体で抵抗するが、良い勝負だ。
 と、一体がリンゴから離れ、俺へとびかかってくる。
 腕をかまれ、痛みに顔を顰める。


「俺なんかおいしくねぇだろ! 食べるなら、別の奴に……しろ……よ!」


 このまま黙って食われるつもりなんてない。
 拳を振りぬく。
 狼が怯んで離れると、俺の腕にはくっきりと牙のあとが残る。


「おうおう、ハードな甘え方だなぁっ!」
『涙目で言っている場合じゃないだろう!』


 リンゴが戻ってきて俺を守るために立ちふさがる。もうこっちはヤケクソなんだよ!
 と、このまま泣き散らしてやろうかと考えていると……なんだ?
 途端に右手に何かを感じる。
 これは、たぶん魔力だ。
 魔力を意識する練習を、城でもやらされた。
 そして、検査して残念な結果だったことまでも思い出し、すぐに忘れたくなった。
 ウルフを殴った右手に強い光が集まっていたのだ。


 だが、魔力がどうして手に集まった? 理由はわからないし、この魔力をどうしろって?
 と、今度は俺のポケットが輝きだした。みんな光りたい気分なのかもしれない。
 右のポケットにはスマホしかない。左ポケットは水鉄砲で膨らんでいる。


 取り出したスマホはまるで新品のようであった。
 というか、俺のスマホなのだろうか。
 画面を操作すると、見慣れぬアプリが一つ入っており、俺の魔力に反応したかのように起動する。
 『魔物管理』と表示されたアプリの画面には、リンゴの姿と名前が書かれている。


 名前の横には、第一形態、とあった。
 そして、『魔力を近づけて』と丁寧な説明もある。
 なんだこれは?



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