スマホとワンコと異世界旅
第五話 わかったぞロリコン!
近くの木々に身を隠し、しばらくの間窺っていた。
しかし、そこに人はいないし、誰ももどってくる気配も感じない。
安全の確認は俺だけではない。リンゴも離れたところにしか人間の臭いはないと告げている。
物陰から姿をだし、その現場へおっ近づく。
「みんな、どこいったんだ?」
『この血のあとを見るに、どこかへ逃げたのだろう』
「馬車に乗って、旅をしていた。んで、その途中で盗賊とかにでも襲われたってところか?」
『だろうな』
「物騒すぎないか?」
『お得意の異世界妄想ではどうなんだ?』
「……まあ、それは俺がこう、なんか必殺技の一つや二つ持っていて華麗に助けるんだけどな。今の俺のコマンドは殴る、蹴る、水鉄砲、リンゴヘルプ、だけだからな」
『どうにも迫力にかけるな』
「迫力ゼロだ」
言っていてむなしくなった。
リンゴに悲しい気持ちを伝えるために、目一杯表情に出していると、
『何かが、来る。人間の、女と男が近づいてきている!』
リンゴの声に振り返る。
「……敵さんかな?」
『わからないが、たぶん、一人は逃げているな。先頭を走る女と思われる匂いのやつを、数人の男が追っている』
「そういや、女男って匂いでわかるのか?」
『いい匂いがしたから勝手に女だと判断した』
「……まあ、男は臭いかもしれないけどさ。俺は大丈夫だよな?」
『近づかないでほしいが……』
「ひどいな。それより、魔物はいないのか?」
『……魔物、か。ちょうど、血の臭いに誘われてきているな』
「先にそいつらから魔力をもらう! まだ、大丈夫か?」
『問題ない。魔物はウルフで、数は一体だ。魔力をさっさともらってこい』
リンゴの声が聞こえたかのよに、ウルフが飛びだす。
攻撃をかわし、至近距離で水鉄砲を当て、ひるんだ隙に殴る。
魔力を獲得した右手を維持したまま、ウルフをリンゴが殺す。
「いよっし。後は敵が来れば……」
『あと数分でこちらに来るはずだ。進化のタイミングを見誤るなよ』
「わかってるよ」
リンゴが顔を向けているほうを見つづける。
やがて、茂みが揺れ、少女が飛び出した。
青と赤の瞳を持った少女だ。オッドアイという奴か。初めてみた。
少女は俺を見てひぃっと短く悲鳴をあげた。そんなに俺の顔が怖いだろうか。
「お、女! 俺は別に敵じゃない!」
「うるさい! 近づかないで!」
少女の両手に魔力がたまり、すぐに魔法が放たれる。
跳んでかわす。
あ、あぶねぇ! 体に近づいたときの、火の弾の温度に背中が冷たくなる。
遅れて、男二人が飛び出してきた。
待ってました!
俺が魔力をスマホに当てようとしたが、そこで右手に違和感があった。
「……ま、魔力なくなってるな」
『な、なに!? なぜもっと早く気づかない!』
「知らんよっ。つーか、維持できねぇのかよ!」
なんて頭を抱えている間に、男たちが近づいてくる。
少女も、動けずにいた。
少女からすれば、前方に俺がいて、後方にも敵がいる。
彼女からすればどちらも敵だもんな。
魔法を用意しているようだったけど、抵抗しても勝てないと考えているのかもしれない。
「な、なんだ、てめぇ。魔物か? 犬か?」
「わ、わんこです」
『……バーカバーカ』
控えめにリンゴが男たちにいう。
俺がいさめようとしたが、男たちは首をかしげるだけだ。
それでわかる。リンゴの声は俺以外には聞こえないようだ。
『どうやら、俺の声は聞こえていないようだな。たぶん、わんわん言っているだけにしか思っていないはずだ』
「わ、わかった」
『注意を引いてくれ。一人は、俺が飛びかかって殺す』
「……りょう、かい」
人間相手なので、魔物とはちょっと違う。
少しばかり気になったが、それほど大きな違いはない、と自分に言い聞かせる。
「こいつは……その、俺のペットなんですよ」
軽い苦笑。
笑顔で男たちの警戒を解く。
「それで? どうしてここにいるんだ?」
「ちょっと、旅をしているんですよ。あなたたちはどうしたんですか? ここでなんだか事件があったようですけど」
俺はポケットの水鉄砲を取り出せるように準備しながら、男二人に近づく。
「事件? みたいだな」
男の一人がそう口にし、俺は自分の考えを述べる。
「盗賊、とかですかね?」
「かもしれねぇな」
真剣に悩む様子をみせる男二人。それは演技だとわかった。
さらに一歩踏み込んだところで、敵が動きだす。
近い男が短剣を振りかぶる。
その顔が、一瞬で笑みで飾られる。豹変は予想していたが、鮮やかさに驚きはあった。
俺もすかさず水鉄砲を取り出す。落ち着いて構える。
びっと水を放つと、男は顔を抑えて短剣をこぼす。
「ぐぁぁぁ! こいつ純粋な水を持っていやがる!」
硫酸でもかけられたような反応だ。硫酸だったらもっと酷いか、なんて考えながらもう一人の男を見やる。
「なに!? ぐのー!?」
俺から離れた位置にいた男は、横から飛び掛ってきたリンゴに押し倒される。
そのまま、その喉が爪で切り裂かれた。
『こっちは殺した!』
「こっちも頼む、んで逃げる!」
『了解だ!』
起き上がろうとした男に再度水をぶっかけてやり、リンゴが飛び掛る。
そして、いまだ状況についていけていない少女の手をつかむ。
「離して!」
「とりあえず、逃げるぞ! 安全な場所まで守ってやるから!」
「うるさい! そうやって人間は騙すに決まっている!」
「騙さねぇよ! 事案になっちゃう!」
少女は動こうとしなかったので、体を担ぎ上げる。
「や、やめて!」
「リンゴ、適当に賊がいないほうに案内してくれ!」
『わかったぞロリコン!』
「ボインボインなお姉さんのほうが好きだ!」
叫んでリンゴの案内のもとに、遠くまで逃げていった。
○
ぜはー、ぜはーと荒い息をついて、川の近くで転がる。
少女を担いで走るってかなりの労力だった。
両足は今にも破裂しそうで、呼吸はなかなか整わない。
助けた少女はというと、川から離れたところに腰掛け、じっとこちらを睨んでいた。
「……何が目的? 私家族いないから、お金を要求しても無駄だから」
「助けただけだっての。おまえ、逃げてたんだろ?」
「……どうして助けるの」
「困っていたから。それ以外に理由は必要か?」
後、かわいいから、とは付け足さなかった。
さすがにこれだけ警戒されている相手に伝えるのは、愚策ということくらいわかる。
少女は悩むような仕草の後、自身の目を指差した。
「これ、気づいているの?」
「両方の目が違う色なんだな。珍しいなぁ」
「この赤目は、そういうことの証」
「……へ? ちょっとお兄ちゃん、よくわからないや。リンゴもわからんだろ?」
『……まあな。たぶん、この世界の常識、なのだろうな』
「……この世界の常識? ていうか、そのワンコ賢い」
『なに!? というか、俺をワンコというな!』
「この世界って……何? あなたたち、なんだかおかしい」
おい、どうするんだリンゴ。
視線を向けると、リンゴも気まずい様子であった。
正直に話すにしても、彼女のことを何も知らない。
というか、彼女も俺たちのことを知らないから警戒、しているんだよな。
ちょっとだけ誤魔化して、話してみるか。
「えっと……俺たちはちょっと遠い田舎から出てきてさ。もう俺たち以外人がいない場所だったんだよ。だから、常識とかそういうの全然知らないんだよ」
「じゃあ、そのワンコが言っていたこの世界って?」
「あ、こいつちょっとあほなところがあるからさ、この国って言おうとしたこと間違えちゃったんだよ。その可愛い両目は何か意味あるのか?」
足をかまれる。
「……本当に、何も知らないの? どんな田舎で暮らしていたの?」
「さっき言ったとおりだ。田舎っていうか……山の中で、俺を拾ってくれた老人と一緒に暮らしてたんだよ」
堂々と胸を張って答えると、少女は悩むようにしながらゆっくりと口を開いた。
「……私は吸血鬼のハーフ。だから、右目は吸血鬼の赤なの」
「へぇ、吸血鬼かぁ。あのチューチュー血吸うやつだろ? 知ってる知ってる」
「その反応は予想していなかったけど……とにかく、私はあなたのような人間は嫌いだから。それじゃあ」
立ちあがった少女だが、ふらっと倒れそうになる。
俺があわてて駆け寄ろうとしたが、まだ疲れが抜けずに転ぶ。
リンゴが少女を受け止める。
ありがとう、と短く言っているのが聞こえる。
手をすりむいただけの俺は、なんとも悲しい気持ちだった。
「家はどこなんだ?」
「……家は、ここから結構離れたところにある」
「わかるのか?」
「だ、だいたいは」
なんとも不安な返答だ。
「じゃあ、送っていくよ。どうせいくあてもないしなー」
「……別に来なくても良い」
少女の声にあわせ、ウルフが数体襲い掛かってくる。
「……あれでもか?」
「……」
少女は魔法を用意してウルフを攻撃する。
「リンゴ頼むぞ!」
俺も水鉄砲で援護していく。
リンゴがしとめていき、四体のウルフの撃退に成功する。
「一人じゃ厳しいだろ? 俺たちも、一人と一匹じゃつらいんだ。一緒に、同じ方角に行くってことでいいんじゃないか?」
「……わかった。人間は、近づかないで」
少女はぎゅっとリンゴに抱きついて、こちらを睨んでいる。
「リンゴ! だから言っただろ? 俺より目立つから、俺がモテないの」
『なら、次から戦闘をサボればいいのか?』
「……その、あれだ。俺が活躍できるように立ち回るとか……そういうの無理か?」
『おまえが、もっと強くならなければ無理だろうな』
やっぱ、無理か。
俺はカナリーのほうをみて、手を差し出す。
「俺は……浩介だ。好きに呼んでくれ」
「……私はカナリー。故郷に戻るまでは、一緒だけど……必要以上に近づかないで」
俺は涼しい手をポケットにしまう。
「了解。リンゴは好きにもふもふしていいからな」
「……わかった」
カナリーはぎゅっとリンゴに抱きつき、リンゴはその頭を軽く撫でた。
あれではどちらが犬かわからないが、カナリーは笑顔でリンゴの背中に乗った。
……よかった。
俺一人だったら大変なことになっていた。
「それじゃ、カナリーだいたいの方角を教えてくれ」
「たぶん……あっち」
指差したほうへと、俺たちは歩き出した。
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