世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

三十一話 真実



 大剣を構えて一気に飛ぶ。
 オリフェルの顔が歪む。
 慌てた様子で彼女が魔法陣を展開する。


 出現した魔法陣を体当たりと同時に破壊する。
 破り、抜き去った魔法の先でオリフェルと対峙する。


「おらぁっ!」


 大剣を振り下ろす。
 オリフェルが横にとんでかわすが、逃げた先に大剣を放り投げる。
 同時に転移するかのように、一気にエネルギーを放出し、距離をつめる。


 オリフェルが弾いた大剣を掴み、その装甲へとぶち当てる。


「き、さまっ! なぜだなぜだ! なぜ余の邪魔をする!」
「てめぇは関係ねぇよっ。ただ、エフィを傷つけやがった、それだけだ!」


 大剣を振りぬくと、オリフェルの体が吹き飛ぶ。
 彼女の装甲の一部がかけて、砕け散る。
 それをもう一度展開する余裕はないのか、左腕についた装甲をはがしたままオリフェルはこちらを睨んできた。


 オリフェルも、残りの魔力が少ないのだろう。


「ふざけるなっ!」


 オリフェルが叫び、両腕を振り上げる。
 明らかに焦っている。オリフェルにもう戦闘をこなすだけの時間が残っていないのだろう。
 その焦りをあおるために、啓は口元に笑みを浮かべて跳ぶ。


 相手の余裕をなくせば、判断を誤らせることができる。
 啓の計画通りに、進行する。


 魔力が周囲を満たす。ばちばちと雷がいくつもあがり、その雷撃が啓の体へと落ちる。
 だが、魔法ならば、無力化できる。
 襲いかかる雷撃を、大剣を振り回して、魔力を吸収する。


 オリフェルが憤怒の表情に染め、声を荒げる。
 単純な魔法攻撃ならば、啓の剣には届かない。
 すべてを無力した先、雷の中からオリフェルが突っ込んでくる。
 その右手に持った剣を振りぬく。


 啓はそれを一度突っ込み、それから後退する。


「なっ!?」


 啓の突っ込みに合わせて振りぬかれた剣は、啓がそのまま進んでいればまぎれもなくその体を破っていただろう。
 しかし、啓は後退している。


 オリフェルはフェイントに引っ掛かった。
 啓は彼女を、最強の魔法使いとは思っていたが、剣士とは考えられなかった。
 剣の技術だけでいえば、エフィや、もっといえばアリリアの剣のほうがずっと上だ。


 オリフェルの近接での戦闘は、怒りに任せた乱雑な剣ばかりだ。
 それでも、彼女の魔力と性能の高い魔導人機から繰り出されれば、恐ろしいものではあるが。


 体が前へとつんのめるオリフェルの首根っこを摑まえる。
 それを地面に叩きつける。
 オリフェルが悲鳴をあげる。うめき声をあげ、目をひんむいた。


「貴様ァァ!」


 雷が放たれ、啓の体を打ち抜く。
 バリアなしの雷撃が、全身を抜ける。
 それでも、啓は奥歯をかみしめ、耐えて見せる。


「……いってぇなっ!」


 怒りの声をあげ、それでも笑みを崩さない。
 だが、それ以上に苦しんでいる人を知っている。
 今まで、彼女はどれだけ苦しい思いをしていたのだろうか。


 この程度の苦しみで、意識を手放すつもりも、せっかく彼女を救うための手段から手を放すつもりもない。


 ケルを地面に転がしながら、両手でオリフェルの体を掴む。
 彼女の頭へと頭突きを一度ぶつけると、オリフェルの魔法詠唱がとまる。
 展開されていた魔法陣が消えたその瞬間に、ケルを掴みあげてその体に大剣をぶつける。


「いい加減、終わらさせてやるぜ! ケル!」


 エフィの姉の体に大剣を押し付ける。
 オリフェルは、恐らくは何かしらの魔法で体を乗っ取っている。
 ならば、それを構築する魔力を吸い取ってしまえばどうなるか。


 予測は、確信に変わる。
 オリフェルが悲鳴をあげる。
 喉が裂けそうなほどに何度も声をあげ、暴れようとする彼女の体をさらに強く抑えつける。


「ちょっと悪いな。エフィの姉ちゃん。多少痛いかもしれないが、我慢してくれよっ!」


 大剣を力ずくにぶつける。
 オリフェルの悲鳴は次第に小さくなる。
 暴れる体から力が抜けていっているようだった。
 啓を殴り、蹴っていたオリフェルの体が、動かなくなる。


「き、さま……余は……必ず、おまえを――」


 その言葉を言い切るより前に、オリフェルの声が止まり、動かなくなる。
 彼女から体を離した啓は、ちらとケルを見て息を荒げる。


「ケル、どうだ?」
『ああ、魔力はすべて吸い上げたぞ』


 ケルのその返事を聞いて、ようやく安堵の息を吐いた。
 痛みに膝をつく。魔導人機のすべてを解除し、落ち着いた顔で眠っているエフィの姉を見て、体を支えきれなくなる。


「ケイ! お姉ちゃん!」


 エフィの悲鳴が耳に届いた。
 啓はそれを視界にうつしたまま、地面に倒れた。
 やがて、自分の体をぎゅっと抱きしめられる。


「……エフィ、行く方間違えているんじゃねぇか?」
「あ、あってるわよっ。なにっ、あたしが心配しちゃいけないの!?」
「い、いや……けど、その……俺はおまえをだましていたっていうか」
「そりゃあ確かに怒ったけどねっ! けど……けど、ケイが助けてくれたっていうのは変わらないのよ……。感謝の気持ちと怒りの気持ちがごっちゃになって、今ケイと話してもきっと、ケイを傷つけるって思って、何も言えなかったのよ」
「……エフィ。その、ごめん」
「別に……いいわよ。そもそも、ケイが一人でそんな計画たてられるわけないでしょ? ってことは、企てた奴がいるのよね。そいつが全部悪い」
「……学園長」
「ええ、そうね! こんなバカなこと考えた学園長が悪いのよ! だから、ケイ……その、これからも……よろしくね?」


 エフィが笑みを浮かべる。
 啓はほっと息を吐く。
 と、何やら通路のほうが騒がしくなる。


 いくつもの機械音が近づいてくる。
 敵襲か、と警戒した啓が体を起こし、エフィもいつでも戦えるようにと準備を行う。


「あれ? お二人さん? どうしたんです? マジで、倒しちゃったんですか?」


 武装していたアリリアが、スナイパーライフルをこちらに向けてくる。
 今にも打ち抜きそうな彼女は、「ばんっ」と一言言ってから魔導人機を解除する。
 彼女の姿を見て、ようやく気が抜けた。


「……エフィ、ちょっと俺は疲れたから休むな」


 意識を手放すように、啓は目を閉じる。
 何か柔らかな感触とぶつかり、その後慌てたようなうろたえたような声を聞きながら、啓は体の力を抜いた。




 〇




 オリフェルを仕留めてから一日が経過した。
 啓はあくびを片手で隠しながら、エフィとともに学園長室に向かっていた。
 本日は学園は休みだ。


「ケイ、ちょっとだらしないわよ」
「……別にいいじゃねぇか」


 気を張る必要がなくなった。
 ぼさぼさした髪をじっと見て、エフィがこちらをじろっと見てくる。


「あ、あたしの前ではまあ自然にふるまってくれるのはいいけど、それでも他の人に変な風にみられるのは嫌でしょ?」
「……つってもなぁ。休日くらいは勘弁してくれよ」
「まったくもう……」


 啓は頭をかいて歩いていく。
 エフィは一度困ったような顔を作ったが、それから笑みを浮かべる。


「そういえば、リヒメさんはどうなんだ?」


 リヒメとは、エフィの姉の名前だ。
 昨日はあのまま病院へ運ばれ、啓とリヒメは別室で治療を行われた。
 啓の傷はほとんどふさがり、今日はもう元気な状態だ。


「とりあえず目は覚めたわ。ただ、体を乗っ取られているときの記憶はないみたいなのよね。今は、まだ病院で休んでいるわよ」
「ゆっくり話したいんじゃないか? 学園長から聞いた話は、俺があとで連絡すればいいし……」
「うるさいっ。お姉ちゃんのことも心配だけど、今後のことだって考えないといけないのよっ。あたしもあんたも、学園の貴重な戦力なんだからね?」
「……わかったよ。まあ、終わったらすぐにお姉ちゃんのところにいけよ」
「うん、ありがとねケイ」


 彼女が柔らかく笑みを浮かべて、体を近づけてくる。
 女性との接触を苦手としているため、表情がひきつってしまう。


「ちょ、ちょっと……」
「なによっ。今は女の子同士なんだから、別にいいでしょ? それに、今まであんた男ってこと隠して色々していたじゃない。今くらいあたしのおもちゃになりなさいよ」


 にやにやとからかうようにエフィが笑みを浮かべ、腕を組んでくる。
 啓は困惑しながらも何もいえずに、がちがちとこわばった体で歩いていくしかない。
 エフィの楽しそうな顔に、啓は嘆息をつきながら学園長室へと向かう。


 程なくして、学園長室に到着する。
 ノックを行うと、学園長からの返事がして、中へと入る。


「どう、体の調子は?」


 中に入ると、学園長が軽く微笑んできた。
 学園長が腰掛けているテーブルの前にあるソファに座る。
 啓は軽く肩をまわして、笑みを浮かべる。


「もうばっちりですよ。まあ、まだ激しい運動はしちゃいけないみたいですけど」
「そう……それならよかった。今回、ケイには色々と頼りすぎてしまったからな。しばらくはゆっくり体を休めてくれ」
「うっす」


 啓が頷いたところで、エフィがじろっと学園長を見る。
 学園長がエフィの視線にさらされながら、両手を組んで真剣な表情を作った。


「今回のオリフェルに関しては、こちらでも色々と調査をしているが、詳しいことはまだ分かっていない。ただ、リヒメが今後、何かを思い出してくれるかもしれない。それまでは、二人にも何かと聞くことがあるかもしれないな」
「そんなことを聞きたいんじゃないんですけど……? あたしが今日ここにきたのは、ケイのことよ」
「あ、ああ……ケイのことか。ふむ、それが何かあったのか?」
「あるに決まってますよ! なんでケイの性別を偽るようなことをしたんですか!? あ、あたし……色々とケイにその、大胆な行動をしてきたんですよ!?」


 先ほども過度な接触があったが、それについては自覚があるからよいのかもしれない。
 啓が苦笑を浮かべると、学園長は引きつった顔で自分たちを見てくる。


「そ、それは……だな。国の男子の評価が著しく低い現状を嘆いての作戦だ。あとで、ケイが実力をつけたところで、ネタ晴らしをする予定だったんだ」
「……だからって、あたしにくらい話してくれてもいいじゃないですか」
「……キミも比較的、男子は嫌いなほうだろう?」
「そ、そうですけど……ケイは、その初めてあたしを助けてくれたときから、その、悪い人じゃないって思っていましたし……」


 視線を下に向けながら、エフィがはにかむ。
 僅かに頬が赤らんでいて、そんな彼女を見ていると啓も何も言えない。


「……そこまで、信用できなかった、というのが私の意見だ」


 学園長は腕を組んで、そういいきった。
 エフィは口をもごもごと動かしたあと、しゅんとなって頷いた。


「確かに……そうよね、わかって、いるわよ」


 エフィがこくこくと頷き、それから自分に視線を向けてくる。


「あたしは、確かにすぐには信用できなかったと思うわよ。……けど、あたしもケイなら信じられるわよ」
「そういってくれて助かる。……私がやりたいのはこういうことなんだ。はじめは、信用されないからもしれないが、女子としてならケイを受け入れてくれる奴はいるだろう?」
「そうですね……確かにあたしも、初めから男子だったら、驚いていたと思います」
「ああ、そうだろう? だから、私はこういう風にしようと思ったんだ」
「けど、学園長、一つ訂正させてください」
「なんだ?」
「あたしは、ケイだったから、信用しただけです。他の男子までの評価すべてが、ひっくり返るわけではないです」


 エフィの言うとおりだ。
 実際、彼女のいうとおり、すべての評価が一気に変わるわけではないだろう。
 学園長は腕を組んでにやりと笑った。
 まるで、それまで予定済みだ、とばかりの笑顔だ。


「そのくらいはわかっているさ。けど、エフィはそれでもケイとは関わってもいいと思えただろう?」
「……そうですね」
「その違いが大きいのさ。まったく男子にかかわりたくないというのが、そこまで改善したのだからな」
「それなら別にいいですけど」
「話、終わりました?」


 突然、無機質な淡白な声がしたと思えばがたがたと部屋の隅に置かれていた掃除用具が動き出した。
 中から現れたのはアリリアだ。彼女を見て目を見開くと、彼女は自分たちを見て楽しそうに笑みをこぼした。


「驚きました?」
「……驚いたっての。ていうか、おまえいつからそこにいたんだよ?」
「もうずっとですね」
「……それじゃあ、もしかしてさっきの話も」


 聞かれていたらまずい話をべらべらとしてしまっていた。
 それなのに、アリリアの調子はいつもと変わらない様子だ。
 ちらと学園長を見れば、いぶかしむような目をしている。


「アリリア、そこに隠れて何がしたかったんだ?」
「まあ、ここまでですかね」


 アリリアに問いかけた学園長が首を傾げる。
 学園長が一切慌てた様子がないことに、啓もまた首を捻る。


「あ、アリリアに、俺が男だってこと、ばれてもいいんですか?」
「……アリリア。もしかして、説明していないのか?」
「ええ、だってそのほうが面白いじゃないですか!」


 アリリアの言葉に、学園長が額に手をやる。
 二人の様子をぽかんと見ていたが、だんだんと事情を飲み込めた。


「もしかして、アリリアは俺の存在を知っている、のか?」
「……そうだ」


 アリリアではなく学園長が応える。


「アリリアに軽く相談をしたんだが、こいつはもともと流れ者だからな。男性に対して別にいやな気持ちを持ってはいないんだ」
「そういうわけですから、もしもケイ先輩が困ったときには協力するよう頼まれていたんですよー」


 あ? と啓は首を捻る。
 思い出すのは今までのことだった。


「ですよー、じゃねぇよ! お前、俺が助かるようなことしたか!?」
「してないですよー、けど、無事ばれなかったんですから問題ない問題ない!」


 エフィがじとっとアリリアを睨む。


「……あたしが気づいたんだけど」
「それはそもそも私にもどうしようもなかったですしー」


 啓は額に手をやり、大きく息を吐いた。
 彼女の適当さに、愕然としてしまった。
 学園長もまた、眉間を押さえている。


「『私から事情は説明しますから、学園長は忙しいですし……』なんて殊勝なこと言ってくれたと思ったら、こういうことだったのか」
「そうですそうです。事情なんて一切説明してないのです」


 ふふん、とアリリアが笑うと、学園長が拳骨を落とす。
 それから、学園長が自分たちへと視線を向ける。


「……紹介しよう。もしものときのために、ケイのサポートをすることになった、アリリアだ」
「アリリアです。これからちょっとだけ頑張りますね」
「しっかりやれよ」


 ぺこりと頭をさげて笑うアリリアを見て、エフィが席を立つ。


「サポートなら、あたしだけで大丈夫よアリリア。あたしが、ケイを立派な女の子にするから」
「いや、それは別にいいんだけど……」


 若干サポートの意味が変わっているから。
 啓は二人がばちばちと視線をぶつけているのを見て、ため息をつく。
 まだまだこれからどうなるのかは分からないが、ひとまずまだしばらくはここで生活していくのだ。


 これからも、この人たちと一緒に頑張っていこう。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品