世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

二十七話 最厄魔導士オリフェル



 すっかり陽も傾いて、空には星空があった。
 学園に戻ってきてすぐに、会議室へと向かう。
 呼ばれたのは、啓、エフィ、アリリアの三人だ。


 いつもの見慣れたメンバーだったが、エフィにはなんて謝ればいいのか分からなかった。
 現在、学園に残っている戦力の中で、専用機を持っていて自由に動ける人間である。


 他にも専用機持ちはいる。
 専用機持ちは、適正があるかどうかが大事になってくる。
 適正に、実力は関係ない。デバイスに選ばれるかが重要だ。


 結果、現在学園に残っている専用機持ちは、ほとんどが自分たちよりも年下になってしまい、実戦での経験があまりないものたちばかりしか残っていない。


 それでも、機獣に対しての防衛としての戦闘能力はあるが、こういった場面を想定しているものはいない。
 一番経験のない啓は、会議室に呼ばれながらもずっとエフィと話せずにいた。


 声をかけようとしても、エフィのほうから距離をあけてしまう。
 それでも、啓はなるべく表情には出さないようにした。
 彼女との問題の解決は、今ではない。
 それよりも、やらなければならないことがある。


「それにしても、これ確かにエフィ先輩のお姉さんに似ていますね」
「たぶん、お姉ちゃんよ……。アリリア、確か昔に禁忌の魔法とかいうので人の体に憑依するのがなかった?」
「あー、うん。聞いたような気がしますね。そういうのは、昔のことに詳しい人に聞くのが一番だと思いますよ。一応、ニロー先輩に連絡してるんですよね?」


 二人の話をぼーっと聞いていた啓は、慌てて頷いた。


「あ、ああ……一応連絡はしておいた」


 いまはニローからの返事と学園長の到着を待っている。
 学園長も夕方の機獣の件で忙しい。
 エフィにばれてしまったことを伝えたかったが、それも叶わないでいた。


 とにかく、何もできていない。
 先ほどの戦闘のあとから僅かに手首に違和感があり、何度かもむ。
 学園の担当医に見てもらったが、異常は見られなかった。


「ケイ先輩どうしたんです? なんか戦闘のあとから元気ないですね」
「俺は全力でやったけど、まるで歯が立たなかったんだよ」
「仕方ないですよ。実戦と訓練はまるで違いますからね」
「……そうだな」


 元気がない最大の理由はエフィに関してだ。
 それを口には出さずに、席についたまま、体を軽く捻る。
 手首を回してほぐしていると、会議室の扉が開いた。 
 学園長と、その背後にはニローの姿もあった。


「待たせたな。三人とも」


 久しぶりにみた学園長は疲弊しきった顔に、精一杯の笑顔を浮かべている。


「大丈夫ですか学園長」


 思わずたずねると、学園長は頬をひくっと引きつらせた。
 目元にはくまもできている。化粧でそれを隠しているようにも見えたが、うっすらと残ってしまっている。


「あ、ああ、大丈夫だ」


 学園長が引きつった笑みを浮かべる。
 学園長は普段からクマが出来るくらい仕事をしているのだろう。
 そんな彼女に、エフィに男であることがばれた、というのはなんとも苦しい。
 心労で死んでしまうのではないだろうか。
 アリリアはどこからか取り出したポテチを取り出して、口に運んだ。


「あれですよ、ケイ先輩」
「ちょっとまて」


 学園長がアリリアに掴みかかる。
 アリリアはテーブルを挟んでそれをかわすと、ニヤリと口角をつりあげた。


「昨日私と学園長で徹夜でゲームをしていたんです。疲労の大部分はそれですね」
「……」


 学園長に視線を向けるとさっとそらされる。頬が引きつっていた。
 啓は呆れてため息をついてから、席に座る。


「いいから、早く話をしましょう。……機獣はともかくとして、あいつのことはまるでわかっていないでしょう?」


 エフィが全体を見回すように言った。
 一番奥に学園長が腰掛ける。
 その近くにニローが着席して、ノートパソコンを置いた。


 ニローがパソコンを操作している間に、学園長が話しを始める。


「エフィが言っている敵に関しての情報はニローに任せるとして、とりあえずは三人ともご苦労だ。何も大きな問題にはならず、夕方の問題は解決できた」


 確かに、夕方の事件だけでいえば何も起きてはいない。
 だが、あの女性を取り逃がしたことが、これから何かに繋がる可能性がある。
 啓が緊張した面持ちでいると、学園長もこくりと頷く。


「だが、問題はまだ残っている」
「学園長、用意が終わりました」


 ニローがパソコンにケーブルをつなぎ、壁に映像を映し出す。
 遺跡突入前、まだニローと通信が繋がったときに取られた写真だろう。
 大きく映し出されたそこには、例の女性が映っている。


 さらに、ニローがマウスカーソルを操作する。
 女性の横に、もう一枚の写真が容易される。
 そこには、明るい笑顔を浮かべた女性が映っていた。


 その写真の二人は、表情こそ違ったが、同一人物と思えるほどに似ていた。
 そして、二人は、エフィを成長させたかのような姿をしている。


「……エフィのお姉さんか?」
「そうですよ。そっくりですね」


 アリリアがぽつりと答える。


「ここからの説明はニローに任せる。彼は、英雄時代について個人的に勉強をしているらしくてな。キミたちが遺跡突入してからの間に、色々なことを調べてくれたんだ」


 学園長が言わなくとも、自分たちはすでにニローの力を知っている。
 今更彼の知識を疑うつもりはない。
 重苦しい空気に、ニローは一度呼吸をする。 
 それから軽く笑みを浮かべた。


「まず……なんだけど、この魔法陣からかな。この魔法陣は、その昔、二つの世界があったときに利用されていたものだね」


 二つの世界という言葉に、啓は思わず首を捻った。
 この世界にきてから色々な勉強をしたが、歴史に関してはまだまだ理解のない部分が多かった。
 それでも、会話に水を挟みたくはなかったので、黙っていると、ニローが軽くいった。


「この世界と、もう一つ世界があって。もともとすべての人たちはもう一つの世界にいたんだよね。それで、こっちの世界に移住してきたってわけ」
「……ああ、そうだったのか」


 つまり、エフィたちも、この世界の人間ではないということだろう。


「まあ、もう一つの世界はもうなくなっちゃったんだけどね。そのときにはまだ魔法の力があったんだ。けど、だんだんと魔法の才能がなくなってきちゃってね。それで、世界で最初に魔導人機が作られたんだ」
「いきなりすげぇもんを作ったよな」
「まあ、いつの時代にも天才っているもんだよね。もともと、昔世界を救ったといわれているのが、魔導人機に似たようなものだったらしいんだ。それは、魔法で作ったものとか、色々言われているけど、まあ当時の人じゃないから詳しいことは知らないんだけどね」
「そりゃあそうだな。……それじゃあ、夕方に戦った奴は?」
「魔法、を使ったんだよね? それも、人に憑依する魔法なんていえば、それこそかなりのレベルだよ。それで、英雄に対して恨みを持っている存在――それは一人しか思い当たらないかな」


 ニローがそこで言葉を区切ると、エフィが腕を組む。


「最厄魔導士、オリフェル。聞いたことくらいはあるんじゃないかな?」


 ニローの取り出した言葉に、場にいた一同が驚きの声をあげる。
 学園長が頭を抱える。


「……ニロー、それは本当か?」
「可能性は十分あると思います。この後に説明する予定だったんですけど、ケルの中にあった地図データでは、いくつもの古代の遺跡を示す地図がありました。それに、伝承のいくつかには、魔導士を封印した、という記録もありましたよね」
「そ、そうだが。私が働いているときになぜこんなことが……」


 学園長が頭を抱えてかきむしっている。
 その間に、啓はニローに訊ねた。


「……ニロー、ちょっと教えてくれないか? よくわからねぇんだが」


 ある程度、察することはできてもそこまでだ。
 訊ねると、ニローが優しく微笑んだ。


「最厄魔導士オリフェルはかつて、英雄レヴァンと最後まで争い続けたといわれているね」


 英雄と同じだけの力を持っている相手、ということになる。
 それだけの相手が、今エフィの姉の体をのっとって何かをたくらんでいる。


「……けど、レヴァンは確かオリフェルを殺したんじゃなかったの?」


 エフィが聞くと、ニローは顎に手をやる。


「そこは、諸説あるんだ。実際に戦っているところを見ていないからね。……ただ、エフィとケイの話の状況から考えて、こんなことができるのはオリフェルくらいしか思いつかないんだ。……もちろん、オリフェルではないかもしれないけど、オリフェルに挑むようなつもりで、準備を整える必要があることは確かだよ」


 確かに、魔法だけでオリフェルは自分たちを押していたほどだ。
 魔導人機を展開してからの攻撃は、さらに苛烈を極めていた。


「オリフェルは絶対にあたしがしとめるわよ。それで、お姉ちゃんを助ける。……オリフェルは、あの遺跡に何をしにきたの?」


 エフィが鋭い目を、ニローに返した。


「少し、推測してみたんだ。レヴァンは地中深くの遺跡に、オリフェルの魂を封印したともいわれている。……街の中にある起動した転移魔法陣から、おおよその遺跡の場所もわかったけど、あそこは地中深くにあるみたいなんだ。遺跡にあった土は、深い位置にしかない成分のものがあったからね」
「……それじゃあ、オリフェルは封印された自分を解放するために、遺跡にきたってこと?」
「そう、だね。推測になるけど、あの機獣はオリフェルが作った幻覚魔法で、街の中に侵入するための手段なのかもしれない」


 色々と分からなかった部分が繋がっていく。
 啓はあの場で仕留められなかったことに歯噛みしていると、ニローがパソコンを操作する。
 壁に映し出された映像に視線を向ける。


「そこで、なんだけど……ケルの中にあった地図情報を更新したときに、前にあった地図のデータも残しておいたんだ。古いものだから、とても貴重っていうのもあるんだけど……とりあえずこれを見て欲しいんだ」


 そういうと、映像に地図が映った。
 ただ、大陸だけを映した地図だが、アリリアが何かに気づいたようで声をあげた。


「これはこの街のあった場所ですかね?」
「そうだよ。昔はまだ何もなかったんだよね、このあたりは」
「ほほー、つまり人間たちは頑張りましたーってことですね。凄い凄い」
「……それだけじゃないんだよね」


 ニローが苦笑しながら、その画像の隣にもう一つ画像を映した。
 左に古い地図、右に現在の地図が並ぶ。
 どちらにも、何かを示すような点があった。


「どっちにも点があるよね? これは両方とも、遺跡を表しているんだ」
「……けど、右のほうが少ないな」
「ケイの言うとおりだね。古い地図では遺跡がこれほどあるけど、現在の地図にはそれがない。……簡単な話で、現在だとまだ発見されていない遺跡がいくつかあるんだ」


 ニローがマウスカーソルを弄り、ある地点でとめる。


「それじゃあ、その見つかっていない遺跡はどこにあるのかってなったんだけど……その一つがさっき見つかったんだ」


 マウスカーソルでその場所を示すように動かした。


「ケイたちがいた、あの転移魔法陣がある場所。そこが、遺跡の入り口だったんだ」
「……つまり、昔はまだ地図にも載っていた遺跡だったけど、時代が進むにつれて誰も認識しなくなったってことか?」


 啓がいうと、ニローがこくりと頷く。


「そういうこと。魔法陣の起動には、多くの魔力が必要みたいだからね」
「……なるほどな。それで、今もオリフェルはどこかの遺跡に向かって、封印を解こうとしているってわけだな?」
「そうだね。今この近辺であるのは二箇所だね。そのどちらかを、おそらくオリフェルは狙っているはずだよ」


 左の画像と右の画像を重ねて、遺跡のだいたいの位置がわかる。
 そこまで話したところで、ニローが大きく息を吐いた。


「まあ、あくまで憶測でしかないんだけど。……何か思い出せることはないかな、ケル?」


 啓が一度腕輪のケルを撫でると、やがて悩んだような声があがった。


『断片的に、なら思い出せるな。確かに、レヴァンはあちこちに遺跡を作って、こんなことをしていたようなきがする。懐かしいと感じたのはそれが理由かもしれないな』
「なるほどね……それじゃあ、とりあえずはこの推測で話を進めるしかないかな」


 ニローが話を終えると、学園長が席を立つ。
 その顔には疲労がにじんでいたが、やるしかないといった顔つきだ。


「とにかくだ。オリフェルは何をたくらんでいるかわからない。この世界に再び危機が訪れるかもしれない。……そのためにも、三人に力を貸してほしい」


 難しい顔で学園長はいいきった。
 もちろん、手を貸すつもりだ。
 同時に頷き、エフィが地図を見ながらいった。


「学園長、今すぐに動ける魔導士はどのくらいいるんですか?」
「……戦力的にまともに戦える可能性があるのが、キミたち三人だけだ。他は別大陸の遺跡調査にほとんどが出てしまっている。緊急で呼び戻したが、到着は明日の朝だ」
「……わかりました。なら、それまでその二箇所はあたしたちで防衛しないとですね」
「そういうことになる。戦力を二つにわけて、片方に私も参加して」
「学園長は起動できても、訓練機が限界ですよね? ……はっきりいいますけど、オリフェル相手にそれでは絶対に勝てません。あたしたちだって、全力でぶつかる必要があるんですよ?」


 エフィが言い切ると、学園長が口を結ぶ。


「そう、だな。なら、キミたちを二手にわけて、人の少ないほうに、学園生を用意する。これでどうだ?」
「そうですね。……それなら、あたしが一人で警備を行います」


 エフィが申し出て、学園長がこくりと頷く。
 確かに、エフィのほうが前衛と後衛の両方ができるため残るのは妥当だ。
 啓は結局、彼女に声をかけることができず、その場で息を吐く。


 作戦の内容はすぐに決まり、準備が進められる。
 啓はアリリアとともに配置につくことになる。
 現場に向かう前に準備を整えるため、一度寮へと戻った。





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