世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

十七話 空中戦闘



「まず、どこから説明しましょうか……」
「とりあえず、この眼前に表示されているのはなんなんだ?」


 エネルギーの残量などはわかるが、そのほかにも様々な情報がある。
 特に一部マップのようなものも表示されているのだが、


「ああ、それはコンタクトに表示されているものね。魔導人機の展開時に、そういったのは見えるようになっているんだけど……とにかく大事なのはエネルギー、バリア、あとはマップとかくらいかしらね?」
「……エネルギーはこれで、バリアがその上の奴、でいいのか?」


 エネルギーの残量と、バリアの状態。
 エネルギーもバリアもパーセントで表示されている。
 数字が減れば、エネルギーは枯渇寸前、バリアは破損寸前となる。


「たぶん、あっていると思うわよ。どの魔導人機もそれだけは変わらないようにしていると思うわ」
「それじゃあ、これがマップか……ふるい奴だからか、ちょっと地形がおかしいな」


 今自分がいる場所とはまるで違う大陸にいるかのように表示されている。
 マップに意識を向けると、そのマップが拡大化する。
 まるで、眼前に浮き出たようにマップが表示される。


「……すげぇなこりゃ」


 手を伸ばしたが、そのマップを手は通り過ぎる。
 世界全体を表しているのだろうその地図に、啓はしばらく呆けていた。
 携帯電話などは日本に比べてレベルが落ちていたが、この魔導人機だけで日本をはるかに越えている。


「この魔導人機は……量産できるんだよな?」


 自分たちがいる訓練場をちらと見回す。
 あちこちで似たような魔導人機を使っている生徒たちがいるために、そのようなことを聞いたのだ。


「量産っていうか……太古に作られたものを修理しながら使っているっていうのが正しいわね。一応、訓練機に関してはどうにか作ることもできるけど……性能は落ちるし、感覚もだいぶ使い勝手が悪いって聞いたわ」
「そうですね。あれ何回か使ったことありますけど、吐きそうなくらいでしたよ。おえおえでした」
「やめなさいよ汚ないから」
「実際一度吐いて、一つ駄目にしちゃいましたからね、てへり」
「てへりですんだのか、それ?」
「済みませんでした。反省文何枚も書かされました」


 じろっとエフィが視線を向ける。
 そのタイミングでアリリアがすーっとこちらにやってきてぺたぺたと魔導人機に触れる。


「な、なんだよ」


 あまり近寄られるのは慣れていないし、いつもの通り緊張してしまう。
 かといって、いまだ魔導人機の操作には慣れていない。
 彼女を突き飛ばしたとしたら、加減も出来ず吹き飛ばすのではという心配があった。


 そのせいで、彼女にぺたぺたと触られながらもそれを甘んじて受け続けるしかなかった。
 彼女から距離を開けようとしたが、アリリアはそれからも触ってくる。


「いやー、英雄の魔導人機なんてなかなか触れられることもないですからねぇ。あれ、どうしたんです? 照れてます? 照れちゃってます?」
「ちょ、ちょっとアリリア! ケイが困っているんだからやめなさいよ!」


 エフィが腕を伸ばし、アリリアの首根っこを捕まえる。
 魔導人機を装備したままでも器用に扱えるのだから、たいしたものだ。
 アリリアがばたばたと暴れる。


 エフィがアリリアを離し、啓とアリリアの間に入った。
 遠くに離れたアリリアは、ぶすーと唇を尖らせた。


「別にいいじゃないですか。ケイ先輩も嫌がっていませんでしたし。むしろ楽しんでいるようにも見えました」
「楽しんじゃいねぇよっ。ただ、どうすりゃいいか困っていただけだっ!」


 エフィが胡乱な目で見てくるものだから、慌てて否定する。
 言いがかりはよしてくれ、と。エフィが腰に手をあてて顔を覗きこんでくる。


「……とにかくっ。今は訓練だからねっ。目から得られる情報はそれで十分わかったわよね? 耳だって、意識すればより遠くの音が拾えるようになっているはずよ?」
「……そうなのか?」


 目を閉じて、耳に意識を向ける。
 確かに遠くで聞こえる声が耳元まで届くように感じた。
 意識を向けると、小声で話している言葉だって拾える――。


「ケイ先輩は大きなおっぱいが好きですか? それともエフィみたいなのですか?」
「誰が小さいよ! あんただって小さいじゃない!」
「失礼ですねっ。私のほうがサイズ一つ大きいです。壁とは違うんです。壁にとってがついているのが私です」
「あ、あんたねぇ! ……ケイは別にそんなの気にしないわよね?」
「あ、ああ……」


 アリリアがいると、まともに話が進みそうになかった。
 エフィが「黙ってて!」と声をあげてから、話を再開する。


「こういった魔導人機の補助は、デバイスが認証した魔導士に自動的にあわせて行ってくれるのよ。一応、魔法の一種らしいけど詳しいことはわかっていないのよね」
「魔法か……人間が個人で魔法を使うってのはあるのか?」


 啓の中での魔法のイメージはまさにそれだった。


「今はいないわね。デバイスを通して、どうにか魔法を使えるだけなのよ。魔法を使うっていう機能は、何世代も通して退化しちゃったみたいなのよ」
「そうなんだな……。けど、魔導人機が使えればそこまで不自由じゃないか」
「そうね。この魔導人機の核になる部分には、太古の召喚獣ににた魔法術式が書かれているっていう話なのよ。だから、魔導人機の始まりはもしかしたらそういう契約から始まったのかもしれないともいわれているわね」


 魔導人機が契約魔法、と聞いて確かに啓も納得できる部分があった。


「どうなんだよケル?」
『我の始まりか……。我は気づいたそのときにはすでに魔導人機であったからな。詳しいことはわからん。途中の記憶もすっぽり抜けてしまっているしな』
「まあ、そういうものか」


 啓も小さいころの記憶はほとんどなかった。


『あまりそれについて聞いてくるな。我だって、気にしているのだからな、へこむぞ』


 ケルが強気に情けないことをいって、啓もそれ以上はいわなかった。


「操縦前の準備としてはこれで十分か。……後は、この操縦なんだよな」
「操縦はそんなに難しくないと思うわよ。基本的に地上での移動は、自分の手足を動かすようなものでしょ?」
「まあ、な」


 地上では問題はない。力加減に関しては、まだ完全には制御できないが、それでも難しくはない。
 一番の悩みは空中だ。
 それをエフィも分かっているようだ。苦笑交じりに空を見る。


「意識して空を移動するってのは確かに難しいかもしれないわね。背中にあるこのスラスターを起動させて、空中を移動するけど、これはどちらかといえばイメージが大切になってくるわね
「……だよな」


 アリリアとの戦闘中でもわかったが、行きたい場所をイメージすればそちらへと飛んではくれる。
 ただ、それだと、がむしゃらに真っ直ぐ飛んでいくだけだ。
 敵と戦う上では読まれやすく、格好の餌食となってしまう。


「単純に、ある地点までの移動はできんだけどよ。こう、空中でも地上のように動くのって何かコツはねぇか?」
「コツは……ないわね。練習するぐらいしかないわよ、空中戦闘は」
「……だよな。頑張るしかねぇか」


 そういわれたら仕方ない。
 諦めるようにして、空中へと飛び上がる。 
 一定の場所まで、地点までの移動ならば難しくはない。


 ただ、戦闘になると細かい動作が増えてくるため、脳が間に合わないのだ。
 それでも空中移動の練習を行っていく。
 まるで、プールでおぼれたかのように手足をばたつかせながら、なんとか細かな動きの訓練をつんでいく。


 飛行はそれだけでエネルギーを消費する。
 戦闘訓練というわけではないが、攻撃の練習のため、エフィと剣を打ち合う。
 そうして、エネルギーを補給しつつ、空中移動の訓練を行う。


「……ケイは、熱心よね」
「このくらいできねぇと、遺跡調査部隊への挑戦権さえもらえねぇからな」


 エフィは一度顔をうつむかせる。


「とりあえずの目標はあたしかアリリアを倒すってところ?」
「エフィよりかはアリリアだな。絶対ぼこぼこにしてやる」


 やられた分を返すため、アリリアに視線を向ける。
 彼女はにやりと口元を緩める。


「そんな熱心に見つめられたら照れますよ。てれてれですね」
「はっ、言ってろよ。次の模擬戦じゃ絶対負けないからな。そのときは、専用機を使えよ」
「いいんですか? 勝てなくなりますよ?」
「……舐めやがって。空中移動さえうまくできれば、こっちだって色々と作戦があるからな」


 空中で体を維持したまま、アリリアに指を突きつけてみたが、また態勢を崩してしまう。 


「覚悟しておきますから、もう少ししっかり動いてくださいね。よちよち、ばぶちゃんですかー?」


 馬鹿にされ、啓はさらに訓練を行っていく。
 アリリアの声に苛立ちながらも、空中での移動訓練を行っていく。


 途中エネルギーを回復しつつの訓練は三十分ほどで、終わりとなる。
 脳と体の両方を酷使するため、疲労が何倍にもなって襲い掛かる。


 体には自信があっても、頭脳のほうは厳しかった。
 一度訓練場に下りて、休憩の時間とする。
 アリリアが持ってきたタオルと缶ジュースを受け取る。


「……ありがとな。気が利くんだな」
「普段から気配り上手なアリリアですよ」
「そうかよ、ありがとな」


 タオルで汗を拭うと、良い香りがした。
 どこかでかいだことのある匂いだと思っていると、アリリアがにたーと顔をした。


「どうですか。私の匂いつきタオルは」
「……そういうとなんか変な意味に聞こえるけど、洗剤の匂いだろ?」
「けどどきどきしやしたよね、兄貴?」
「兄貴じゃねぇよ……」


 疲労があって、言い返す言葉も力が入らない。
 ジュースに口をつけていたエフィがむーと見てくる。


「な、なんだエフィ?」
「あんたたち……なんか距離近くない?」
「そうですかね。別にもっと近くてもいいですよ?」
「や、やめいっ」


 あんまり近づかれると、アリリアだって女性だから意識してしまう。
 アリリアはこちらをちらとみて、それからくすくすと笑う。


「これなんですよ。ケイ先輩はこうやってからかうとすぐ照れるから面白いんです」
「……おまえ、いい性格してやがるな本当に」


 アリリアを精一杯睨みつけたが、彼女は別段気にした様子はなかった。
 一息ついたあと、啓はジュースから口を離してエフィを見る。


「……遺跡調査部隊ってのは、やっぱりみんなエフィたちくらい強いのか?」
「そういえば、話していなかったわね」


 エフィが気まずそうに頬をかいた。
 どういうことだろうと首を捻ると、


「あたしたちってようは二番手っていうか……二軍みたいなものなのよ。一級、二級がいて、あたしたちはどっちも二級。一級の人たちはもう学園に通わないで、世界のあちこちの遺跡へ調査しにいっているのよ」
「……そうなのか?」
「そう。あたしたちは、あたしたちが住んでいるこの街の近くで、緊急時にだけ対応す
るって感じよ。だから、本当に遺跡調査部隊に入りたいなら、あたしたちより、もっと強い相手に勝てるようにならないとね」


 エフィの言葉に、頬が引きつる。
 半笑いを浮かべながら、それでも体はぶるりと震える。
 大変そうではあったが、同時に面白そうだとも思えた。


「上等だ。ようは学園で一番になれば文句なしってことだろ? だったら、そこまで駆け上がってやるっての」
「……ケイ」


 きらきらとした目をエフィが向けてきて、啓も笑みを返す。
 せっかく応援してくれているのだから、その期待にも応えたかった。



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