世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

十三話 現状を知る



「あー、おはよう」


 教室に入ると、軽い調子とともに声をかけられる。
 こちらを見るクラスメートたちの視線に、一瞬たじろぐ。
 まだ、学校生活にはなれないものがある。


 一切男子がいない教室。
 異質な場所だ。 
 間違えて入ってしまったのではと考えるときもある。
 それを表情に出さないようにしつつ、自分の席へと歩いていく。
 と、一人の女子生徒がこちらをじっと見てきた。


「……昨日よりは元気になった?」
「まあ、その……心配させちまったか?」
「そりゃもう当然だよっ。クラスのみんな心配していたんだよ? 元気になったのならよかったよかった」


 そんな風にその子がいってきて、ほっとする。
 啓が軽く笑みを向けていると、じろっと見返される。


「それにしても、本当に綺麗な体してるね! 大浴場には来ないの? 体洗ってあげるよ?」


 行った途端、彼女はにやりと口角を吊り上げる。
 次の瞬間、彼女は自分の体へと抱きついてきた。


「いやぁ、いい体してるねぇ……」
「お、おい!」


 ぎゅっと抱きついてきて、体を触ってくる。
 くすぐったい感触ももちろんだが、彼女が抱きついたときに色々と当たっている。
 それらの感触を楽しみたい気持ちもあったが、それどころではない。
 隣にいたエフィも悲鳴交じりの声を上げる。


「ちょ、ちょっと離れなさい!?」


 エフィがそういうが、クラスメートは笑みを濃くしているだけだ。


「もうこんだけ立派な体しているんだもん。触りたくてたまらなかったんだよ、実は昨日からね!」
「ちょ、ちょっとやめろって!」
「強気な口調がまたいいんだよねっ」


 そういって彼女がくすぐってきた。
 彼女の感触を意識したくはなかったが、それでも、意識して防御しなければならない。
 股のほうに手や足が伸びてきたら、どうしようもない。


 顔の熱を感じながら、啓は必死に身を守る。
 必死に声を押さえながら、腕を軽く振って彼女を弾く。
 ちょうどエフィも守るように割り込んでくれた。


「ああ、もうエフィばっかり独り占めしてずるーい!」
「そうだよそうだよ。もっと私たちにもわけてよね!」
「ほんとほんと!」


 わけるとはなんだろうか。
 教室にいたクラスメートたちが続々と立ち上がりこちらに視線を向けてくる。
 先ほどの交戦を思い出し、全身の毛が逆立った。


 うっかりアレを触れられるようなことがあれば――。


「な、何よあんたたち!」


 エフィが気持ちを代弁するように叫ぶ。
 啓も警戒した目を向けるが、クラスメートたちの輝いた目が治まることはない。


「だって、だって! せっかくクラスメートなんだから、交流を深めないと!」
「そんな交流の深め方なんてないわよ! 普通に話でもすればいいじゃない!」
「そんなんじゃわからないものもあるでしょ? ケイは胸はないけど、いい体しているしねー」


 じろりとこちらを見て、唇を舐める彼女。
 啓はエフィの後ろに隠れるように移動する。
 クラスメートたちもよろよろと立ち上がる。
 さながらゾンビのような姿に、啓は一歩下がる。


「エフィ、ケイがどれだけ人気なのか知らないの?」
「し、知らないわよ」


 啓もエフィと同じように頷く。


「昨日の戦いを見て、さらにその評価は高くなったんだよ!」


 昨日はあれから一切声をかけられなかったが、何かおかしなことになっていたようだ。


「素晴らしいデバイスを持ちながらも、そのデバイスの力に振り回されてしまうケイ……っ。それでも、授業のあと必死に弱みを見せないようにしていたあの姿……美しくも儚い! そんな姿を見て、私たちはケイを応援したいと思ったの! そのために、元気づけたいんだよ!」
「嘘つけ! 変なこといって、ケイの体をまさぐりたいだけでしょ!」
「別にいいじゃない! エフィなんてどうせもうやってるんでしょ!?」
「ま、まだやってないわよ!」


 なにやら自分の理解の範疇を超えた会話をしているようだ。
 半ば現実逃避をしていたが、いつまでも逃げてばかりではいられない。


「俺はそういうのは大丈夫だから! もう、この通り元気になったからな! ほら、元気だっての!」


 多少強引にでも元気であることをアピールする。


「そんなの関係ないよ! 触りたいの!」
「本音をもらしているんじゃないわよ! ケイはそういうの嫌ってるんだから、もうはい! この話おしまいよ!」


 エフィが無理やりにいいきる。
 名残惜しそうな彼女たちであるが、啓も口を閉ざして席に座る。


 確かに仲良くはしたいが、こういったことははっきりと否定しておかないと危険だ。
 もちろん、彼女らに体を弄られるという状況はうらやましいものがあったが、その一時の感情に任せて、今後変態男としてのレッテルを貼られるのは嫌だった。


 啓がはっきりというと、彼女らはぶーと唇をすぼめながら、手を頭の後ろにやった。


「えー、まあそういうなら仕方ないかなー」


 残念そうな顔ではあったが、彼女らの顔はどこかまだ諦め切れていない様子だ。
 少しでも油断するとやられる。
 この教室もまた、一つの戦場なのかもしれない。




 ○




 午前の授業が終わり、昼休みとなる。
 学園内の食堂に足を運び、生徒たちにまざって食事をする。
 昼休みだって無駄にはできない。
 午前の授業でわからなかったところを聞きつつ、午後の授業の話になる。


「……俺昨日も思ったんだけど、まだ魔導人機について知らないことが多すぎるんだよ」
「それは仕方ないと思うけどね。とりあえずは操作もできているんだから、細かいところは後から覚えればいいっていう考えもあるし……」
「そうかもしれねぇけど……とにかく今は色々聞きたいんだ。昼休みも……その迷惑じゃなかったら時間を借りてもいいか?」


 控えめに言う。
 エフィに頼ってばかりで、申し訳がなかった。
 しかし、エフィはぼーっとした様子で照れたように頬をかいた。


「べ、別にその……いいわよ。あたしもどうせ暇なんだしね」


 エフィが前髪を弄りながら顔を真っ赤にしてぷいと前を向く。
 何か失礼なことを言ったのだろうかと考えながらエフィを見る。
 ちらと視線がぶつかり、エフィが慌てた様子で口を開いた。


「魔導人機については、あたしよりも調整士の人のほうが詳しく話せると思うわね」
「調整士、か……そういや調整士も具体的に何をしているのか、よくわからないんだよな」
「まあ、それもおいおい説明するわね。とりあえず、一人専門の調整士がいればいいんだけど……うーん、今手の空いている人が思いつかないわね」
「調整士学科の生徒に頼めばいいのか?」
「基本的にはね。ただ、学園の調整士はやっぱり見習いの子が多いから、優秀な人を探すなら学園を卒業した人にあたるのもいいと思うわ。ただ……忙しい人が多いんだけどね」
「ってなると、調整士学科で有名な人、に頼んだほうがいいってことか」
「ただ、それがあんまり残っていないのよね。とりあえず、ケイの魔導人は一度きちんとも調べないといけないだろうしね」
『我に調べるようなことがあるだろうか? 我、めちゃくちゃ優秀だぞ?』
「それでもやっぱり古いものだから、一度見てもらったほうがいいわよ」


 足元に転がしておいたケルが声をあげる。
 僅かに不服そうだが、機械のようなものなのだから、定期的にメンテナンス氏他方がよいのは理解できた。


「優秀な調整士って何が違うんだ?」
「まあ、細かいところに気づいてくれるっていうか……デバイスってパソコンにつなげて内部の情報の処理を行うのよ。結構複雑に絡み合っていて、無駄な部分を排除したりしないとなんだけど、それってセンスとかが必要なのよ。これという答えがなくて……優秀な人は感覚でわかるものなのよ」
「へぇ」


 啓はあまりそういった話は得意ではなく、相槌をうつことしかできない。


「そうして、デバイス自体の情報を軽量化して、、新しい情報を打ち込むって感じ」
「……新しい情報を打ち込むのか?」
「ええ、そうよ。武器や魔法のような力のことね。そういった魔法を作れるのかどうかも、調整士の大事な仕事よ。想像力や、そのイメージを言葉にできる才能がないと、調整士は駄目なのよ。……だから、あんまり男子にはお願いしたくないのよね」
「……なんでだ?」
「だって、一度も魔導人機を操作したこともないのに、私たちのことわかるわけないじゃない」


 エフィがきっぱりとそういった。
 確かに、エフィの言いたいことも理解できる。
 学園の調整士……一人気になる子がいた。 


「そういや、昨日の結界維持のときに一人気になる奴がいたな」
「昨日の? ……昨日って男子しかいなかったような」


 エフィが不審げな声をあげる。


「ほらアリリアの強力な攻撃をいい感じに防いだ奴いたじゃねぇか。とっさに、結界を強化して」
「……覚えてないわね。あたし、啓を心配していたし」


 操作がどれほど難しいのかはわからないが、瞬時にあれだけの判断をしてくれる相手なら、才能も感じる。


「そういえばいましたね」
「うおっ!?」


 声がしたと思ったら、耳元に息が吹きかかる。
 それと同時に、ずいっと長い銀色の髪が揺れた。


「な、なんだよアリリア」
「見かけたので、隣いいですか?」
「ああ、構わねぇよ」


 自分たちの周りにはあまり人がいなかった。
 遠巻きに見てくる人はいるが、近づいてくる生徒はほとんどいない。
 いたとしても、軽く挨拶をされる程度。


 それも、物凄く緊張した様子だ。


「一人なのか?」
「私ですか? 一人ですよ? だって、私もケイと同じ流れ者ですからねー。まあ、ケイとは違う世界の人間だとは思いますけど」
「……そうだったのか?」


 違う世界であることは、いわれなくてもわかる。
 彼女の顔つきや髪からなんとなく察することができた。


「あんまりうまく馴染めないんですよー」
「あんたって、もうずっと前に拾われたんでしょ? 馴染めてないって、流れ者だからじゃないでしょーが」
「そうなんですけどね。私無駄に実力ありますし、あと、基本人をからかって困らせるのが好きですしね」
「それが原因なのよあんたは。もっと、周りの人に気を配ればいいのよ」
「なるほど……それではエフィさん。私のサラダを食べますか?」
「野菜嫌いなのはわかったから、ちゃんと食べなさいよ」


 アリリアが啓のほうにサラダを向ける。
 フォークでぶすりと一口分のサラダをとって、こちらに向けてくる。


「ほらケイ。お食べ」
「犬じゃねぇんだから……。少しは食ってやるから、ちゃんと野菜も食べろって。体大きくならねぇぞ」


 とりあえずフォークはおけ、と目で訴えると彼女はフォークにぱくついた。
 もしゃもしゃと何度かかんだ後、まずそうに白目を向く。
 女性のしていい顔ではない。若干口元が開いていて、咀嚼物が見えるのも問題だ。


「今更大きくなる可能性ありますかね? もう十七ですよ? 私もエフィも無理ですね」
「あたしも巻き込むんじゃないわよ!」


 エフィが声を荒げ、啓は苦笑だけを返した。









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