世界で唯一の男魔導士
十四話 調整士とは
放課後になり、調整士を探すために別校舎に向かう。
魔導士の校舎に隣接された調整士学科の校舎は、魔導士側と比べると一回りほど小さい。
「この校舎はもともと、魔導士が使っていたものなのよ。いわゆる旧校舎ってやつね」
「へぇ、そうなのか」
つまり、魔導士たちが使わなくなった場所をあてがわれたということだ。
調整士学科の人間たちの扱いは微妙なようだ。
「まあ、細かいことはなんでもいいんです。それより、ケイ先輩が気に入ったあの男の子がどこにいるかですね」
「き、気に入ったって……別にそうじゃないわよね、ケイ?」
じろっと、どこか力強さを感じさせる瞳で、エフィが自分を睨んでくる。
「あ、ああ……そうだけど……気に入ったっていうか、ちょっと頼みたいと思っただけだっての」
「けど、気に入らなければそういうのは頼みませんよ。聞けば、中には好きな男子を自分の調整士にする人もいるとか」
「す、好きって……っ! ケイはそういうのじゃないわよね!?」
ぐいっと顔を近づけてくるエフィにこくこくと首を縦に振るしかない。
もちろん、そんな感情は一切ない。
自分は男で、どちらかといえば女性のほうが興味はある。
エフィは探るようにジト目を作る。
本気でエフィは男子が嫌いなのかもしれない。
そう考えると、寂しさが去来した。
学園長の作戦が本当にうまくいくのか、不安がでてしまう。
話を打ち切るように調整士学科の廊下を歩いていく。
このあたりまで来ると男子生徒の姿もちらほらと見ることができる。
教室は全部で三つだ。幅広い年齢層で構成された調整士学科の教室は、それこそ色々な生徒たちでにぎわっている。
啓たちが廊下から中をうかがっていると、廊下側にいた男子生徒がぎょっと目を見開いた。
「け、ケイさんに……エフィさん、それにアリリアさんまで!? どうしたんですか!?」
自分たちを見て、興奮気味にその男子生徒が声をあげる。
そういえば、男子の立場というのは、エフィやクラスメートの女子など、主観交じりの感想しか聞いたことはなかった。
この世界の男子たちは、どのように女性と関わるのかなど、詳しいことは何も知らない。
「ちょっと、人を探しているんだけど……そうだな……」
どのように伝えればその人を見つけられるのかと考え、啓は口を結ぶ。
おそらく彼は男子生徒なのではないだろうか。
容姿こそ女性のようなものであったが、身につけていた制服は男のだ。
可愛らしい男といえば、確かに目的の人物はすぐに見つかるかもしれないが、そういわれるのが一番嫌いな啓としては、それをあの子にしたくはなかった。
「昨日の俺たちの模擬戦のときに結界をはっていた生徒がいただろ? その中にちょっと一人用事があるんだけど……」
それほど調整士学科の人間は多くはない。
そう伝えると、男子生徒たちが顔を見合わせ、それから目を輝かせて何人かがこちらにやってくる。
「な、何か用でしょうか!?」
「ちょっと調整を頼みたいと思っていたんだけど……」
「お、俺たち男ですよ?」
「別に、関係ないっての。俺はそういうの気にしないし」
そういうと、男たちは目を見開き、呆けた顔になる。
興奮しきった様子で、鼻息も荒い。
自分に対してもそのような顔を向けられるのは軽いショックだ。
もちろん、男なのでは? と今疑われるのはまずいが、こうも一切疑われないというのも悲しいものだ。
誰にも知られずにショックを受けていると、アリリアが首を振った。
「ここにはいないようですね。昨日参加していたあの可愛い顔した子はどこにいますか?」
「……おまえな。仮にも男に対して可愛いなんて言葉を使うんじゃない」
啓はその子の気持ちを代弁するようにちくりと言うと、男子生徒がああと声をあげて手をうった。
同時に、集まっていた男子たちはそれで気づいたようだ。
「俺たちのアイドル、ニローか……」
「あ、アイドル? 男だろ?」
「男でも関係あるか! そこら辺にいる女子よりも可愛いんだからいいんだよ!」
ぞわっとした。男たちの熱狂っぷりにニローの心配をした。
「あいつ暇さえあれば調整室にこもっているような奴だからなぁ……またどうしてあいつなんですか?」
少しばかり勘ぐるような様子だった。
「おかしいのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんですけど、確かにそこそこ成績もいいですけど、それでももっといい奴はたくさんいますし……男ですし」
最後の部分は自分には関係ない。
成績のいい奴、といっても実際の場面として、ニローの機転のきいた動きを見ているからだ。
「まあ、一度見てみたいと思ったんだ。それで、今どこにいるんだ?」
「あいつなら二階の調整室が並ぶ一番奥の部屋にいると思いますよ。ほとんど、あいつの部屋みたいなものなんで」
「わかった、ありがとな」
「い、いえそんな……お礼なんて」
慌てた様子で彼が首を振る。
やっぱり男女が同じ教室にいるというのは悪くない。
小さく笑みを浮かべてから、教室を去った。
教室をでてすぐに、わめいたような声が聞こえたが、それは自分たちには関係ない。
一階から二階へあがると、小部屋がいくつも並んでいた。
部屋の入り口からは中が見えない。ただ、使用していない部屋はすべて空いているため、中の様子はわかる。
一番奥のしまったままの扉の前に立つ。
男子生徒からきいた場所に到着し、何度かノックをする。
返事はなかった。
軽くドアノブをまわすと、簡単にドアが開いた。
「鍵はついているのか?」
「ついているわよ……何してんのかしらね?」
「まあまあ、ノックしましたし、中に入ってしまいましょう」
アリリアがそういってからドアを開け放つ。
そのまま中へと進んでいく。
長いテーブルが一つあり、パソコンが置かれている。
部屋は六畳程度だ。窓が開いていて、比較的穏やかな風が部屋へと入ってきている。
調整室は殺風景はないが、少し寂しい。とはいえ、調整士の仕事をするのなら、このくらいで十分なのかもしれない。
目的の人物は調整室の椅子に座っていた。
すやすやと気持ち良さそうな顔で、テーブルに突っ伏して目を閉じている。
時々、もぞもぞと口元が動いて、その愛くるしい顔はそこらの女子顔負けのものがあるだろう。
ちらとエフィとアリリアを見ると、彼女らも驚いた顔をしていた。
「……この子、本当に男なの?」
「女子が男の制服を着ているという可能性もありますね、どう思いますかケイ先輩」
「……たぶん、男だと思うぜ」
たぶん、とも本当は言いたくはなかった。
同じ男として断言してやりたかったが、心が「可愛い」と思ってしまったのだ。
心中で謝罪の言葉を述べていると、騒がしくなったことに気づいたようで、目がゆっくりと開いた。
「あ、あれ……? え、あれ?」
きょとんとした様子で、何度も戸惑いの声をあげる。
こちらをボーっと眺めてきたニローに軽く頭を下げる。
「悪ぃな……一応ノックはしたんだけど、返事がなかったから」
「う、うん……そのごめんね。えーと……それで、何か用事かな?」
驚いた様子でありながらも、とりあえず彼は姿勢を整えた。
頬には寝ていた後がついていて、髪もぼさぼさだ。
もうずっと眠っていたのだろうか。
「昨日の模擬戦のときに、おまえが結界の操作をしていただろ?」
「う、うん……」
「それをみて……調整士の仕事を頼みたいと思ったんだよ」
「ぼ、僕に!?」
驚いたように彼が声をあげる。
予想以上の声の大きさに、啓は苦笑する。
「嫌だったか?」
「なんで……僕、なの? その、僕別にそんなに腕のいい調整士じゃないよ?」
「そう、なのか? ……ただ、一度見てみたいって思ったんだよ。この前の結界装置の操作とか、本当によく気がついたなって思って。あのとき、強化したよな?」
「う、うん……あのままだと壊れそうだったから」
「私が強すぎたのが問題ですね」
嬉しそうな声でアリリアが言う。
「あんたねぇ」とエフィが腰に手をやり、アリリアをじとっと見る。
アリリアに反省した様子はない。
「他の調整士は誰もやらなかったのに、おまえが真っ先にやっていただろ。他の人とはちょっとレベルが違うなと思ったんだよ」
「そ、そうかな……」
照れたようにニローが頬をかいた。
「だから、とりあえず……話だけでも聞いてくれねぇか?」
「う、うん……」
迷った様子ではあったが頷いてくれた。
「本当か!? ありがとな!」
ニローの腕がどのくらいかはまだ分からない。
それでも、よっぽどでなければ彼に頼むつもりであった。
男友達の確保、という意味もある。
女子に囲まれてばかりの状況だと、話し相手がケルしかいない。
ニローとも自然と話せるようになれば、もっと気の休まる時間が増えると思ったのだ。
そのタイミングで、アリリアがずいっと彼の顔を覗き込む。
ニローは頬を赤らめながら、驚いたように後退する。
その際に、彼は座っていたパイプ椅子とともに、倒れそうになる。
「ところで、気になったんですけど……玉ついてます?」
「玉?」
ニローは一度言葉の意味がわからなかったようで、きょとんとした顔を作る。
啓が額に手をあて、エフィが顔を真っ赤にする。
「ええ、はい。きん――」
アリリアがはっきり言おうとして、その口元をエフィが掴んだ。
「あんたもうちょっと聞き方ってものがあるでしょ!」
「えー、何ですか? 私まだ何も言っていないじゃないですか。もしかしてエフィ先輩想像したんですか? エッチですね」
「思いっきり表現していたじゃない!」
エフィが声を荒げるが、アリリアはそっぽを向いて口笛を吹いて誤魔化す。
彼女らに疑われたのが、屈辱だったのかもしれない。
ニローは顔を真っ赤にしながらも、大きな声をあげた。
「つ、ついているよ! 僕はれっきとした男だよ!」
顔を真っ赤にしながら、ニローがそう叫んだ。
アリリアとエフィはその返事に、わかってはいたようだが驚いた顔を作った。
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