世界で唯一の男魔導士
十二話 決意
中途半端なのは自覚していた。
それに、なんとかなるだろうと思っていた部分もある。
ただ、先ほどのアリリアとの模擬戦で、自分に足りないものが数多くあることはわかった。
「うっしっ、やるしかねぇな」
手と手をあわせ、息を吐く。
午後の授業は、模擬戦の後に始まっていく。
専用機持ちの人間は少ない。多くの人は、訓練機を使っている。
始めは授業だからわざわざ使用している人がいないのだと思っていたが、そういうわけではなく、専用機自体が少ないという理由もあった。
クラスメートの半分ほどが訓練機を使用していたが、啓はその中で一番操作技術がないにも関わらず、専用機を持っていた。
確かに、嫉妬されるには十分だ。
それでも、クラスメートたちは聞けば教えてくれる。
わからないことだらけだったが、強くなるために授業に必死で取り組んでいく。
ただ、何度もアリリアに敗れたときの光景もちらついて、なかなか集中できなかった。
午後の実技訓練も終わり、啓は帰宅の準備をしていた。
「ケイ、一緒に帰らない?」
「……あー、ちょっと一人になりたいんだ。悪い」
「そ、そう……あんまり気にしないでね」
エフィの言葉に、啓は苦笑を返した。
まさか、気づかれるとは思っていなかった。啓は頭をかき、それから寮へと戻った。
部屋のソファにごろんと転がり、それからケルを近くに転がす。
一日授業に参加した体は、程よく疲れていた。
寝転がると、ひんやりとしたソファの感触が体の熱を冷ましてくれる。
なんとも気が抜けてしまう。
戦闘を思い出しつつ、実際何もできなかったあのときに歯噛みする。
もっとうまく戦うことができたのではないか。
脳内ではずっとそんな考えがあった。
ただ、あのときにもっとうまい戦いかたがあったかといわれれば、あれ以上は思いつかない。
「ああ、くそっ! どうすりゃよかったんだ!?」
『マスター、すまないな。我に力が足りなかったばかりに』
「……いや、ケルに頼りすぎた俺が悪いんだよ。おまえの性能全部引き出せれば、もっと楽に勝てただろうしな」
『マスター。確かに我は初め、わがままを言った。だがな……本当にマスターを傷つけるつもりはない。嫌ならば、我はあの場所に戻ろう』
「……ケル」
啓はぽりぽりと頬をかく。
それから、笑みを返した。
「俺にとっちゃ、おまえは大事な友達なんだよ。心休まる話し相手はおまえくらいしかいねぇんだ。おまえがいなきゃこの世界で生きていけねぇんだ。だから、これからも頼むな」
『マスター……。ああ、わかった。我も頑張ろう』
ケルの言葉を聞き、啓はソファに深く寝転がる。
「俺ってあれか? やっぱり落ちこぼれなのか?」
『落ちこぼれ、といえばそうだろう。マスターが他の魔導士たちに勝っているのは、我をもっているという点くらいだ』
「だよな……」
はっきりとしたケルの分析に、啓は頷く。
アリリアの言葉を思いだす。
英雄の再臨などと呼ぶ人もいる。
始めはその立場でちやほやされるかもしれないが、やがて、それらは嫉妬や怒りへと変化していくだろう。
「たいした才能もないのに、魔導士になれた」。
そういうものも少なからずいるというわけだ。
魔導士の多くは、そんな自分に怒りを覚えるだろう。
強くならなければならない。
啓はばんと一度顔を叩いてからケルに顔を向ける。
「ケル、俺強くなりてぇんだよ。どうすりゃいいかな?」
『それを我に聞くよりかは、他の魔導士に聞いたほうが手っ取り早いだろう』
「それもそうか……」
ケルはデバイスとしての補助能力は高いとしても、使用者にアドバイスを出すというのは管轄が違うだろう。
そもそも、こういったアドバイスをくれるだけでも優秀だ。
ケルの言葉の通り、あとで他の魔導士に声をかけることを考えておくと
『落ち込まないのだな』
「いやもう散々落ち込んだだろ。……けど、いつまでもそんなこと行っている場合でもないんだよ。姉貴もこっちに来ているかもしれないんだ。そのためにも強くなって、遺跡調査部隊に入れるくらいにならねぇと」
『なるほど……』
ケルがくすりと笑った。
『マスターがもう一つ、レヴァンに勝っているところが見つかったぞ』
「なんだなんだ? かっこよさか?」
『かっこよさは前のマスターのほうが上だな。ただ、美しさは同じくらいだ』
「……前のって女だよな?」
『ああ』
「それは褒められてねぇよ!」
ただ一つ、いい指標ができたというのもあった。
とにかく、今はアリリアを越えるだけの力をつけなければならない。
○
次の日の朝。
ドアチャイムが鳴り響いて、急いで玄関へと向かう。
玄関に向かう途中、ケルが「格好を治せ」といってくれなければ、男と見間違われるような格好のまま外に出ていた。
すぐにジャージを身につけ、玄関をあける。
そこには、自分よりもいくらか小さいエフィがいた。
眉間に皺を寄せ、それでいて口元はもごもごと動いている。
ドアをあけて「おはよう」と短く挨拶をかわされてからは、その先が出てこなかったので、こちらから聞いた。
「どうしたんだ?」
昨日の学校ぶりだ。
情けない姿をさらしてしまった手前、啓はすぐに言葉が出てこなかった。
「あのね、昨日の戦いのことなんだけど」
「あ、ああ」
覚悟する。
『あんた弱すぎなだけど? 本当に英雄のデバイス持ってんの?』。
手のひらをくるっと返されるのではないか。
エフィは真剣な顔で手を握ってきた。
「あれはそんな気にすることないわよっ! アリリアが意地悪しただけなんだからっ」
「……お、おう」
「言っておくけど、クラスメートたちだってアリリアとやりあったらまず勝てないわよ! だから、ケイが弱いとかじゃなくて、ね」
「……まあ、それでも負けたことには変わらねぇよ」
「け、けど……」
「だけど、アリリアを絶対倒す。まずはあいつを倒すのが俺の目標だ」
「ケイ……よかったわ。昨日は元気がなくて、心配で後を追いかけて……あー、別に変な意味じゃなくてね」
「心配してくれたんだろ? 別に変なこと疑うつもりはねぇよ。ありがとな」
エフィの気遣いが嬉しくて、啓は笑いかけた。
「別に声をかけてくれてもよかったんだぜ。っていっても、昨日は俺が一人で帰ったんだしな……」
「そうよ。……まったく、心配したんだからね。あたしだって、協力できることはするから、相談してよね」
自分の顔を鏡で見たわけではなかったので、完全に否定できるものではなかった。
表情にこそださないようにしていたが、ケイはしばらく考えてから首を振る。
「俺は問題ねぇよ。ただ、まあ……遺跡調査部隊に入るにはまだまだ先が長そうだなぁ」
「そう……ね。けど、普通はかなり時間がかかるものなのよ? いくらケイのデバイスが強力なものだからって、そう簡単にはいかないわよ」
「……わかってる。ちょっと調子に乗ってた」
強い武器でも、使いこなせなければ無意味だ。
アリリアとの戦いでそのことがよくわかった。
部屋に戻って着替えをすませてから、食堂へと向かう。
周囲からちらと視線が向けられる。クラスメートが自分に気づいて、軽く片手をあげる。
「あっ、ケイくん。おっはよー」
食堂はどこを見ても女子生徒だ。朝からこの光景は目にはよかった。
クラスメートが腕を絡めるようにして飛びついてくる。
「お、おい……」
「あはは、あいかわらずウブな反応だねぇ」
「……からかうんじゃねぇよ」
「怖い声だしても、顔真っ赤だよー?」
「ケ、ケイが嫌がっているんだから離れなさいよっ」
エフィが無理やり引っぺがすと、クラスメートは快活に笑ってさっていく。
食堂にいる生徒はパジャマ姿の子もいる。無防備なままに、肌をさらしている人もいて、啓はあまり見ないようにした。
「ケイ、さっきからどこ見ているのよ?」
「い、いやなんでもない」
じろっとした顔とともに、くいっとエフィが手首を掴んだ。
誤魔化すように首を振るが、視線は変わらない。
意識するなといわれても高校生男子。
完全に見ない、というのはできなかった。
これだけの桃源郷なのに、それを楽しむことができないなんて――ぐっと感情を押し殺して、それから真剣な顔を作って席を確保する。
「昨日一日考えたんだが」
「どうしたの?」
今のまま、授業を受けているだけでは強くなるまで時間がかかる。
それ以外の部分で訓練をつむ必要がある。
「俺、もっと強くなるために、魔導人機のことを詳しくならないといけないんだ。それに、操作だってもっとやらないと……だから、エフィ。俺に教えてくれないか?」
「……あ、あたし!?」
「あ、ああ……。いやだったらいいんだけど……」
エフィはぶんぶんと首を振る。
顔をぱぁっと輝かせている姿は、開花したかのようだ。
「い、嫌じゃないわよ! ふ、二人きりで、放課後とか……そ、そうねっ! 確かに強くなるには必要なことよ。あたしでよかったら協力するわ」
ぶつぶつと呟いていたが、文句というわけではないようだ。
それにほっと胸をなでおろす。
「ありがとな。それじゃあ、時間のあるときでいいんだが」
「時間はいつでもあるわっ、作るわ! 嫌じゃなければ、夜とかでも寮の部屋で勉強をしてもいいわよ! あたしが行くわ!」
くい気味に言葉を続けて、身を乗り出してくる。
鼻息荒い彼女を両手で押し返しつつ頷いた。
「わかった。ありがとな」
エフィが幸せそうな顔で微笑んでいる。
自分の時間を削ることになるにも関わらず、彼女はいやな顔一つしなかった。
エフィの優しさを改めて理解していると、猫背気味の眠そうな顔が視界の隅で動いた。
「おう、アリリア」
啓が声をかけると、白目をむきながらアリリアが口を開いた。
「ああん? おはよーごぜーます」
眠そうなアリリアが、首をかくかくと動かす。
そのまま、啓の隣の席に腰掛けた。
「眠そうだな」
「朝は嫌いなのですよ。もう今日は寝癖直すの面倒です、これでいいや」
「昨日もそれだったんじゃねぇか?」
「そうでしたっけ?」
長い髪のあちこちに、寝癖がついている。
そういえば初めて出会ったときのエフィもこんな風であった。
今は毎日綺麗に髪を整えている。
何か心境の変化でもあったのかもしれない。
「アリリア、後ででいいんだが、暇なときに戦闘訓練を頼んでもいいか?」
「えっ?」
驚いたような声はアリリアではなく、エフィからだ。
ちらと彼女を見ると、頬を膨らませていた。
僅かにその頬が怒ったように赤い。
いまいち良く分からなかったが、アリリアとエフィは口喧嘩のようなものをしていたのを思い出した。
実は二人はあまり仲がよくなくて、もしかしたらそんなアリリアを誘うのが嫌なのかもしれない。
ただ、強い二人に訓練をつけてもらえれば、それだけ上達も早くなるだろうと考えた。
アリリアがぴくりと眉尻をあげる。それからエフィへと視線を向けた。
つられてエフィを見ると、彼女はいじけたように口元をすぼめていた。
その表情の意味するところは先ほど考えたような理由だろう。
「ケイ先輩、私はいつでもいいので。メアドでも交換しておきますか?」
「本当か? そんじゃ、まあ電話でもメールでも好きなときにしてくれよ」
「ええ、わかりましたよ」
携帯電話を取り出して彼女に渡す。
番号の交換が終わり、携帯電話が帰ってくる
アリリアは電話を見せ付けるようにかざす。
エフィへとからかうような目を向けた。
「すみませんねぇ。私までお邪魔してしまって」
「……本当よ。空気読みなさいよね」
「空気? はてさて。私空気を読める人間から一番離れていますから!」
アリリアは楽しそうな声をあげ、携帯電話をしまう。
「それにしても、まさか私にまでこんなことを頼んでくるとは思いませんでしたよ。なかなかアホーですよね。悔しさとかないんですか?」
「悔しいっての。だから、強くなりてぇんだよ。だったら、強い奴に教えてもらうのが当然だろ」
「ですけど、普通昨日負けた相手にってなかなか聞けないですよね」
「……うっせ。後でぼこぼこにするために聞くんだよ。勝ちたい相手に教えてもらったほうが、そいつの弱点もわかるだろ?」
そういうと、アリリアはほほーと声をあげる。
「……はあ、なるほど。面白い考えですね。それじゃ教えません」
「……なら、今のはなしだ。頼む、教えてくれって、な? 後でなんかお礼もするから」
慌てていうとアリリアがくすりと笑った。
「冗談ですよ。私でよければ協力しますよ。デバイスを放棄しないのなら、強くなる必要はありますからね。なれるかはわかりませんけど」
「まあ、精一杯やるからな。どうにかなんだろ?」
「あんたは一言多いのよ!」
エフィがアリリアにそう叫ぶが、アリリアは知らないといった様子だ。
アリリアはそういって食事を取りに向かった。
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