世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

十一話 模擬戦



「それじゃあ配置についてもらいますよ」


 担任がそういって、啓は結界の中へと向かう。
 結界は外からしか解除、使用ができないようだ。
 啓とアリリアが結界の範囲内へと入ったところで、結界が作動する。


 それから楕円のような形の薄い青色の壁。
 色がついたのは一瞬だ。すぐに背景へと混ざるように、結界は視覚できなくなる。


「これでもう結界ができたんだな」


 近づいて結界をつついてみる。
 ばちっとした感触が手に返ってくる。
 静電気のようなものだ。さらに強く触れると、返ってくる衝撃が強くなっていくようだった。
 ある程度の場所で手を離してから、アリリアのほうに向き直る。


「それじゃあ、私の合図で模擬戦を開始してくださいね」


 結界の中だからだろうか。
 空のほうからマイクで拡張したような声が響いた。


「ケル……まずは魔導人機の起動だ」
『ふむ……とりあえずはやってみるが、あのときは我もノリでやったようなものだからな? 本来は、マスターが起動するのだぞ』
「わかってるっての。まだ慣れてねぇんだから頼む」


 背中の大剣の柄へと手を伸ばす。
 彼女は腕輪からハンドガンを取り出す。


「それでは……始め!」


 担任の声が響くと同時、アリリアが動いた。
 足元に装甲を展開する。途端彼女はスライドするように移動する。
 一度にフルの展開はしないようだ。


 銃口が啓に向けられる。啓はそれを後退しながら、観察する。
 銃口が光ると、赤の弾が放たれた。
 本物の弾丸ではない。


 赤色の弾丸は、おそらくは魔力をこめて放ったものだ。
 大剣を前に振り下ろしてなぎ払う。
 しかし、いまだ装甲が展開されない。 


「ケル、できないか!?」
『う、うむ……あ、あれ? どうやって展開するんだったか?』
「ま、マジかっ。ど、どうしたらいい!?」
『ま、マスターだって何とかしろ! 我ばかりに頼るんじゃない!』
「なっ、俺やり方も知らないって……!」
「喧嘩している場合ですか?」


 軽い嘲笑を弾丸にのせるように、連続で射撃をしてくる。
 彼女の装甲はどんどん展開されていく。このままではまずい。
 啓は大剣を地面に突き刺して、それを盾代わりに銃弾を受ける。


 突き刺した大剣を上へと振り上げる。
 校庭の砂を撒き散らして、アリリアへと振りかける。
 アリリアは、ブーツからエネルギーを放ち、素早く後退する。


 すでに彼女の両脚、両腕は装甲が展開している。
 最後は翼だろう。
 そこまで展開されたら、まず勝ち目がない。


 啓は大剣を握って一気に距離を詰める。
 アリリアの背中に機械の翼が生え、彼女が飛び上がる。
 同時に彼女は手に持っていたハンドガンをしまい、大きなスナイパーライフルを取り出した。


 銃口に人の腕が入りそうなほどのそれが、こちらに向けられる。
 アリリアが口角をつりあげるのが見えた。


「まあ、遊んでいるうちに片付けちゃいますよー」


 馬鹿にしたような声とともに、銃弾が放たれる。
 彼女の視線から、頭を狙ってきているのはわかった。


 素早く首を傾け、体を横にずらすと先ほどまで自分がいた場所を弾丸が通過する。
 一歩間違えれば大事故に繋がっているだろう。
 啓はかわすと同時に大剣を放り投げる。


 ブーメランのようにアリリアへと迫るが、彼女は器用にそれを打ち落とす。
 戻ってきた大剣を掴むと、途端に四肢を覆うように装甲が展開される。


『マスター、一つ気づいてしまったことがある』
「なんだ!?」
『マスターの魔力が少なくて、どうやら戦闘中に生み出す魔力を吸収しないとフルで装甲が展開できないようだ』
「んなっ! まあ、それはあとで詳しく聞く! ここからは、一気にいけるってわけだよな!?」
『……いや、そのバリアもぎりぎりだ。一撃でももらえば終わりだ』
「うぉいっ! なら、耐えて、魔力を吸収しながらやるしかねぇってか……っ」


 突っ込んでの攻撃もできない。
 慌てて前に向かっていった体を止める。


「へぇ、一撃ですか?」


 にやりとアリリアが笑みを濃くする。
 気づけば眼前に迫っていた彼女が足を振りぬく。


 その攻撃をかわしつつ足を掴めばいいのだが――空中でどうやって体を動かすのが正しいのかがわからない。


 簡単にいえば、空中姿勢の取り方が分からない。
 仕方なくクロスした腕で攻撃をガードする。
 体が弾かれ、スナイパーライフルを向けられる。


 銃口が光をあげる。真っ直ぐに襲いかかる光のレーザーに、大剣を振りぬく。
 装甲と同時に、コンタクトのようなものも展開されている。
 それがもたらしてくれる視力の補助のようなものもあり、弾丸を見切るのも難しくはない。


「へぇ、今のも防ぎますか」
「あんまりなめんなよ!」


 ここからだ。一気に距離をつめる。
 アリリアの銃口が再び向けられる。
 アリリアの好き勝手にはさせない。


 左右への飛行で、的になるのだけはさける。
 体はまだうまく扱えないが、それでも少しずつ調子は出てくる。
 撃たれたら大剣で捌くつもりで飛んでいたのだが、彼女はちらと視線を別の場所に向ける。
 その視線の動きに啓は目じりを動かす。


 一体何の意味があったのか。
 そういった動きでこちらの動きを阻害しようとしただけかもしれない。
 現状、経験や技術、すべてアリリアが上だ。
 そんな相手に、じっくりと戦っている暇はない。


 これでも喧嘩なら慣れている。
 格上とやりあうのならば、短期決戦だ。


 彼女の視線への警戒はやめる。
 アリリアはついで先ほど視線を向けたほうが弾丸を放った。
 何もないはずのそちらだったが、何か硬いものにあたる音がした。
 そして弾丸がこちらへと襲い掛かる。


 なんとか弾丸を見て、体を捻る。
 空中での無理な動きが、体へと負荷になって襲い掛かる。


「戦闘経験はあるようですけど、身体能力に任せた動きが多いですね」


 銃撃音が戦場を抜ける。追加で放たれた弾丸をなんとかかわしていく。
 目をこらしてみると、先ほど彼女が視線を向けた先には結界の壁に似た薄い膜のようなものがあった。
 あれにぶつけて反射させた、というところだろう。


 周囲に視線を凝らす。
 気づけばあちこちにそういった壁のようなものがある。
 だが、それは、目を凝らしてみても点のようにしか存在しない。
 銃弾がぎりぎり当たる程度のサイズに、彼女は寸分たがわずぶつけているのだろう。


 ここはまるで檻だ。
 このまま、やりあっても彼女の有利な状況は変わらない。
 逆転するためにも一気に飛び込むしかない。


「ケル!」
『わかっているマスター!』


 背中のスラスターに一気にエネルギーを注ぎこむ。
 そのエネルギーのすべてを使い、狙いをつける暇さえ与えずに、アリリアへ飛び込む。
 アリリアは短く嘆息をついて、こちらにライフルを向ける。


 彼女の引き金を引くタイミングをはかる。
 アリリアだって、銃弾を避けられれば打つ手がなくなるだろう。
 と、不意に謎の衝撃が生まれた。


 何か、見えない壁のようなものにぶつかった。
 決してそれはダメージはない。自分の体にぶつかり、一瞬の抵抗を感じた程度。
 驚いて動きを止める程度のものだったが、それでも、その一瞬は命取りとなる。


「まあ、だいたい実力はわかりましたよ」


 恐らくだが、あの薄い壁のようなものだ。
 アリリアの指が動き、弾丸がはなたれる。
 今までよりも強い光が体を飲み込む。
 まるで、それは光のレーザーだ。


 太いその一撃をとっさに大剣で受けたが、体はどんどん壁際に追いやられる。 
 なんとか大剣を傾ける。
 体が耐えられない。光に飲み込まれればひとたまりもない。
 身を捻ったが、翼に掠り、大きく破損する。


 レーザーは上へと抜け、結界にぶちあたる。
 結界がまるでガラスが割れるかのような音を出し、砕け散る。
 そのまま、衝撃が外に漏れそうになったところで、結界が再び形成された。


 調整士の子がすぐにそこに対して、エネルギーを追加したのだろう。強固な結界が張りなおされた。


 落下しながら、近くにいた中性的な顔たちの男子生徒と一瞬目があった。
 彼は驚いたような顔をしていた。
 下手をすれば結界を破られていたかもしれない威力だ。
 下手に弾いてしまって申し訳ないというつもりで、目を閉じる。


 体を柔らかな壁が包んだ。それは、結界を触ったときに似ている。


「だ、大丈夫!?」


 結界が解除され、男子生徒が駆け寄ってきたが、啓は返事をできなかった。
 エネルギーもなくなって、体に展開していた装甲も消え去った。
 翼が破壊されたとき、神経を差すような痛みに襲われた。
 バリアがなくなったことで、体へのダメージとなったのだろう。


「ケイ!」


 たぶん、エフィの声だ。彼女が駆けてくるのがわかる。
 空中にいたアリリアもゆっくりと降下してきて、近くにまでくる。


「やはり、この程度ですか」


 アリリアが転がっているケルに視線を向ける。


「……」


 そういわれて、啓は口を結ぶしかない。
 近くにきていたエフィが目を鋭くしてアリリアに叫んだ。


「あんた……ねぇっ。ケイはまだ何も知らないのよ!? むしろここまでやれただけでも十分でしょ!?」
「世界最初の魔導人機にのった人は誰だかご存じですか?」
「……それは英雄、レヴァンでしょ。レヴァンは魔導人機にのって人々を平和な世界に導いた
……誰でも知っているでしょそんなこと」
「世界最初、ということはまだマニュアルも何もない、訓練もしたことのない英雄レヴァンはその状態で、当時荒れていた世界を平和に導いたのですよ?」


 アリリアはそれからこちらをじっと見降ろしてくる。
 アリリアの言葉にエフィははっとした顔で口を閉ざした。


「それが、私の、それも訓練機如きに負けるなんてとんだお笑いですよ」
「……なんだと?」


 アリリアの言葉に、啓は思わず体を起こす。


「これでも手加減しているんですよ。あなたが何も知らないのは知っていましたからね。それで、英雄の実力はあるのかどうか。それを知りたかったんです。みなさんも、私の専用機は知っているでしょう?」


 周囲を見ると視線をそらされる。


(……加減されて負けたのかよ。くそっ)
「英雄レヴァンと比べ、今度のマスターはどうなんですか、デバイスさん?」


 アリリアがちらと転がっているケルに視線を向ける。
 大剣がわずかに光を放ち、それから声をあげる。


『まあ、確かに以前のマスターと比べれば格は違うだろうな。あれはまさに天才だったからな』
「でしょうね。英雄の話は、信じられないことばかりです。万の機獣を一人で蹴散らし、機獣に破壊された国をとりもどしたなんて話もあります」
『ああ、そうだな。それらすべては本当の話だ』


 ケルの言葉に、その場にいた人々がにわかに沸き立つ。
 アリリアは完全に武装を解除して、こちらに冷たい目を向けてくる。


「忠告しておきます。英雄のデバイスを放棄してください。それをあった場所に戻してください」
「……」
「言っておきますが、英雄のデバイスは国の魔導士――魔導人機操縦者たちの憧れでもあります。心の支えともいえます。あなたは、それらの羨望を、嫉妬を、期待を、すべて理不尽に向けられてもそれでも立っていることはできますか?」
(……わかってるっての。けどな……こいつがなきゃ、姉貴も探せねぇんだ。それに、元の世界に戻る方法だって、見つけられやしねぇ)


 エフィが治癒を行ってくれ、体の痛みは抜ける。


『マスターが心から拒否をするのなら、我もわがままを言うのはやめよう。気に入ったマスターをわざわざ苦しめるつもりはないからな』


 体を起こし、服についた汚れを払う。


「そうかもしれねぇけど、悪いが負けず嫌いなんだよ。くそったれ」


 啓は体を起こし、アリリアに笑った。


「期待? 羨望? 嫉妬? 上等だ。全部引っ提げてもってきやがれってんだよ。俺は俺で、姉探しと故郷に戻る方法探すのにケルが必要なんだよ」


 アリリアにケルを向ける。
 そうすると、アリリアは軽く目を開いてから、振り返る。


「そうですか。でしたら、後であなたが英雄にふさわしくないという人の著名を集めて持っていきます」
「おまえ、んな面倒な嫌がらせするんじゃねぇよ!」


 アリリアは僅かにこちらへ顔を向けてそれから片手をあげて去ろうとする。
 そこへ、他クラスの教師が近づく。


「おいアリリア。どこに行くつもりだ?」
「……ちょっと何いい感じに去ろうとしているところを妨害するんですか」
「おまえ、一年の授業に出ない代わりにこっちに参加することになっているんだよ。授業さぼろうとしているんじゃないよ」
「……」


 アリリアはしぶしぶといった様子で戻ってきた。 



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