世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

十話 模擬戦準備



「ケイ、着替えに行きましょうよ」


 体操着を持ったエフィが笑みとともにやってくる。
 啓は頬を引きつらせながら、彼女に首を振る。
 このまま、女子更衣室に入れる勇気はない。


(そもそもだ。俺は体を鍛えているから、上半身を脱いだだけでもわかるだろうしな、絶対に一緒の空間では着替えられない)
「ああ、ちょっと俺トイレにでも行ってから着替えるから。エフィは先に行っててくれよ」
「えっ?」


 途端、エフィが悲しそうな顔になった。


「なんかまずいこと言ったか?」
「い、いえ別に……ケイと一緒に着替えたいなぁ、なんて思っていたから、その待ってるわよ?」


 この世界の女子の間では、一緒に着替えることが仲の良い証なのだろうか。
 啓は首を振って、苦笑いを返した。


「もしかしたら遅くなるかもしれないし。エフィもそれで遅刻させちゃったら悪いし、先に着替えていいから」
「……うん、わかったわ」


 落ち込む理由がわからなかった。
 しょんぼりとした彼女を見送ってから、啓もジャージを取り出した。


 トイレだって女子トイレだ。
 実をいうとしんどいのが素直な感想だ。
 今頃は全員が女子更衣室で着替えているのだろう。
 その光景を想像し、啓は首を振る。余計な妄想をするな。自分の中の想像を取っ払う。


 一応、校舎内に男子生徒もいるため、男子トイレもある。
 中の様子がわからないんだから、入って着替えるのはリスクがある。
 トイレから廊下への移動だって、誰かに見られれば問題だ。


 学園のジャージは味気ないもので、女子からは人気がない。
 啓からすれば、それが一番男らしい服装であったため、むしろ一日ジャージで過ごしたい。


 着替えを終え、教室に戻る。
 教室はとっくに人も少なくなっている。もう後五分もすれば校庭で授業が始まる。
 今の時間、教室に残っている生徒は、遅刻の可能性さえも出てくる。


 教室ではエフィがいた。
 彼女もジャージに着替えていて、席に座っている。
 もしかしたら待ってくれていたのかもしれない。
 こちらに気づくと明るい調子で笑みを浮かべた。


「あっ、ケイ。どこで着替えていたのよ?」


 自分の格好を見て、エフィの表情が緩んだ。
 言い訳を軽く考える。それから、笑みを返す。


「ああ、トイレで、な。ついでって感じでさ」
「別に更衣室を使えばいいじゃない」


 ちょっとばかりの攻めるような言葉。
 啓はうちに秘めた感情を表に出さないよう意識した。
 そのせいで、表情が若干引きつっているという自覚もあった。


「……うーん、あんまり人がたくさんいる場所だと着替えにくくて」
「そうなの? まあ気持ちもわからないでもないけど。毎回それだと大変じゃない?」
「いや、まあそうなんだけど」


 歯切れ悪く返事をすると、エフィも考えるような顔つきになる。
 そのまま男子ということを言い当てられたら困る。
 この話はここで終わりにしよう。
 ひらひらと手をふって、服をカバンにつめる。


「早くいかないとだよな」
「そうね。ケイがもっと早く来ればよかったのよ?」
「校庭なら場所もわかるし、先にいっててもよかったんだぜ?」
「それは……その……いいじゃない、待ちたかったのよ!」


 半ば切れるように大声をあげ、エフィが教室を出る。
 廊下を走るように移動する。
 上下、肌を隠すほどに長いジャージに身を包み、こちらにきてから一番の開放感を味わっていた。


 とりあえず、これでしばらくは動きにくい格好から解放される。
 午後の授業はぶっ続けで行われるため、しばらく女子の格好をしなくても良い。
 下校時に制服でなければならないという校則もない。


 そう思うと途端に体が軽くなった。
 校庭へと向かうと、すでに大勢が集まっていた。
 自分たちを待っていたとばかりに、校庭にいた生徒たちの視線が集まる。


 他クラスと合同で行う午後の授業。
 その数は非常に多い。二年生たちで構成されたその中に、アリリアも普通に混ざっている。
 彼女の精神力はなかなかのものだ。普通、あんな風には混ざれない。
 そんなアリリアは、教師の前にいる。


「まったく……勝手なことをしてくれたね」


 他クラスの教師だろうか。
 どっしりとした見た目の女の先生が、アリリアの前で腕を組んでいる。
 アリリアが頭をおさえて白目を作っているのを見るに、拳骨でもぶつけられたのかもしれない。


「おお、ケイさん。アリリアと決闘するんだって?」


 その人が自分の名前を呼んだ。
 他クラスの教師にまで名前を覚えられているようだ。
 軽い苦笑とともに、こくりと頷いた。


「ええと、まあ……その迷惑ならやめますけど」
「ふん、逃げるのですか?」


 アリリアのからかいに、啓はじろっと視線をやる。
 そんな彼女の頭を、教師ががしっと掴んだ。


「いやいや。あたしたちとしても、英雄のデバイスの使い手がどんなものかは知っておきたいからね。今後の指導の参考にもできるからいいんだけど――本当はその相手をエフィに任せる予定だったんだよね」
「そうだったんですか?」
「まあ、アリリアがやる気ならそれでもいいんだけどね。エフィは、下手に優しいところがあるから、加減しちゃうだろうし」


 その教師がちらとエフィに視線を向ける。 
 エフィは図星といった様子で頬をかいている。


「はいはい。そうなんですよ。アリリアは優しくないですから、そりゃもう全力のボッコボコにしますよ」
「アリリア? 反省しているのかい?」


 さらに強く頭を掴む手に力がこもったようで、アリリアの悲鳴が増した。


「いだだ! キュートな頭がトマトのように破裂しちゃいます! 反省してます、そりゃもう、次の授業まできっちり反省しておきますよ」
「それは次の授業になったら忘れるってことじゃないだろうね?」
「おお、よく見抜きました。あいたっ!」


 アリリアに拳骨が落とされる。
 体罰、と声を荒げる人間はいないようだ。
 いつもの風景といった様子で、アリリアは額を何度か撫でてからこちらを見る。


「さて、それじゃあ、戦闘を行いましょうか! どう料理してあげましょうかね!」
「待て待て。まず、模擬戦のルール説明とフィールドのセットをしないといけないんだ。それまでおとなしくしてな」


 教師がそういってから、自分のほうに向き直る。
 アリリアは暇そうにその場で魔導人機を簡易展開を何度か行っている。


「それじゃあ、ケイさん。まずはどこから説明しましょうか……」


 担任が準備運動の支持をクラスメートにだした後、自分のほうへとやってくる。
 啓も体を動かしつつ、担任に首を傾げる。


「まだ一つもわからないんで、一から教えてくれると助かります」
「そうですよね。それじゃあ、説明していきますよ」


 ぴんっと担任が指を立てる。


「まず、模擬戦なんですけど、戦闘を行う場所にはエネルギーで作り出した結界の中で行ってもらいます」
「結界……ですか」
「はい。地中に埋められている結界発動装置を使って、結界を作るんです。結界の中なら外に被害はでませんからね」
「わかりました」


 結界の強度がどのくらいかわからないが、そういうのだから心配はないんだろう。
 俺がそんなことを考えていると、担任は嬉しそうに何度も頷いて続ける。


「戦闘なんですけど、お互いにデバイス展開時にバリアも一緒に作られると思います」
「……そうなのか?」
『そうだな。我のバリアは全エネルギーのうちの50パーセントを使って作られる』
「はい。一般的にはそのような感じですね……え、今誰がしゃべったんですか?」
『我だ』
「……はぁ。ここまで自由に話すのは初めてみましたね」


 すでに慣れていたし、エフィにも何も言われなかったため、気にもしていなかった。
 担任がのぞき込むようにケルを見ていた。


「頼りにはなりますね」
『ふふん』


 素直に褒めると、ケルは嬉しそうな声をあげた。
 人間臭い様子に、ますます興味をもったようだ。
 それから、担任は顔を戻し、校庭に視線をやる。


「とにかく、模擬戦ではこのバリアをお互いに削りきった状態が勝利となります」
「……わかりました」


 ちらとアリリアに視線を向ける。
 目があうと、アリリアはいやんと頬に手をあてる。
 ふざけた奴ではあるが、アリリアも実力者だ。舐めてかかるわけにはいかない。


「ケイ、アリリアはかなり強いわよ」
「……どんな奴なんだ?」


 事前に相手の情報を聞くのはフェアではない気もしたが、単純な興味だ。
 相手のデバイスがどんな力を持っているのか、気になったのだ。


「スナイパーライフルを主軸とした、遠距離型よ」
「なら、どうやって近接にもって行くかが大事ってことか」
「けど、近接も彼女はうまいわ。それを上回らないと……勝つのは難しいわね」
「アリリアのこと、評価しているんだな」
「そ、そういうわけじゃないわよ。……けどまあ、ちょっとくらいは理解しているつもりよ」


 エフィが腕を組んでから、ちらとこちらを見た。


「けど、ケイだって弱くないわ」
「……そりゃあどうも」


 まだいまいち自分の力を把握していないというのが本音だった。
 あの時は、無我夢中で、おまけにケルに操作のほとんどを任せきりだった。
 今度はある程度余裕のある状況での戦いだ。
 心持ちもかなり違う。


「それじゃあ、調整士学科の生徒も準備がすんだようだ」


 男子の多くは、調整士学科に所属している。
 結界の四隅にそれぞれ配置についている。
 その中に、一人小柄な子がいる。


 中性的な顔たちのその子は、見た限りでは女性のようにも見える。
 ただ、その服装は男子生徒のものだ。


 少しばかり親近感が沸いた。
 後で、戦闘が終わった後にでも声をかけようか。
 なんて考えていると、結界の準備が終わったようだ。



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