世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

八話 転入生



 可愛らしい女子用の制服に袖を通した啓は、壇上をすたすたと歩いていく。
 壇上の中央には、学園長がいる。
 ちらと体育館のほうに視線を向ける。


 男子2、女子8くらいの割合だ。
 視線はもちろん、自分に向けられている。転入生なのだから当たり前だ。
 学園内の体育館。


 ここでは魔導人機を用いての戦闘訓練も行われることがある。
 そのため、体育館は何かの大会で使われるのではないかというほどに大きかった。


 啓は今、学園の女子制服に袖を通していた。
 慣れない女性ものの可愛らしい制服。足元はすーすーと風が抜けていく。
 下着は男のものをつけ、下が見えないよう輪ゴムでとめてある。


 鏡で見たときから似合わねぇ、と内心呟いていた啓だったが、この場の誰にも指摘されない。
 それどころか、男子生徒からのじっとりとした視線さえもあり、


(……マジかよ)


 頬がひきつる。
 今ここで男だぞ、と叫びたかったが、学園長が必死に設定を作ってくれたのだから、それはやめる。


『啓は、別の世界からきた流れ者だ。啓の世界では、女性が強くなければならないらしく、言動や、行動に多少がさつな部分はあるかもしれないが、みんな仲良くやってほしい』


 そう学園長が伝える。それに疑問を持つ人はいない。
 流れ者には、それぞれの文化がある。それを真っ向から否定するような人はいない。


 啓の元の世界の情報なんて、啓しかもっていない。
 適当な設定で、今の啓が自由に振舞えるように作ることは容易なのだ。


 学園長からマイクを渡される。こちら側を向いた学園長が、軽くウインクする。
 壇上から改めて全体を見る。


(人多いな。おまけに、一番前にいる女子がスカートの中を覗こうとしてやがる)


 この女子はまるで男のようであった。目がいやらしくゆがんでいる。
 スカートの中を見られればまずいが、それも前の世界の文化と押し切るつもりだ。


『今紹介してもらったとおりだ。俺の名前は啓。まあ、色々と女らしくないと思うけど、よろしくな』


 女らしくない、という部分を強調しておく。
 そうぶっきらぼうともいえるように挨拶をするが、それでも視線の数は減らない。
 むしろ、さらに注目が集まったようにさえ思えた。


 自己紹介といっても、語れることは少ない。自分の身の上話をする場合、うっかり男に関する言葉をこぼすかもしれない。
 マイクを学園長に返した。
 転入生の紹介はそれで終わりだ。


 学園長はそれから、別のことについて話す。
 その話に耳を傾けていたが、生徒たちの視線は自分に向けられてばかりだった。
 いきなり英雄のデバイスを使えたからこそ、ここまで注目されてしまっているのだ。


 英雄のデバイスに憧れている人も多くいる。
 そんな人たちに恨まれないか、それだけが心配だ。
 学園長の話も終わり、生徒たちが体育館を去っていく。
 体育館が静かになったところで、学園長とともに校舎へともどった。


「どうだ、学校には馴染めそうか?」


 校舎に入ってすぐ、学園長が首をかしげた。


「まだ教室にも行ってねぇからな……どうなるかわかんねぇ」
「そうだな。暇なときは学園長室に来るといい。もてなすぞ」
「まあ、入りびたりにならないようには頑張るけど」


 生徒たちとともに戻らなかったのか、本校舎に入ったところでエフィがこちらに歩いてきた。
 壁をせもたれにしていた彼女は、自分たちに気づくと笑みをこぼした。


「教室まで案内するわよ」
「いや、今日は私も教室に行く」
「学園長もですか?」
「一応担任は私だからな。たまには顔を見せないといけないだろう?」


 学園長がそういって、前を歩く。
 啓とエフィは学園長の後ろをついていく。
 しばらく廊下の窓から校庭を眺める。体育の授業か、校庭ではすでに生徒たちがちらほらと集まっている。


 そうしていると、くいくいと腕を掴まれる。


「ケイ、あれよ? たぶんクラスメートたちみんなあんたに興味津々だと思うわよ」
「……ま、覚悟はしてるっての」


 啓は自分の背中を見る。そこには、ふてぶてしく、ケルがいる。
 これもあって、注目を集めるのは仕方ない。


「……デバイスだけじゃなくて、その。えっと」
「なんだ? なにかあるのか?」
「ケイは美しいっていうか、かっこいいっていうかその、だからね?」


 濁しながらエフィがそういった。
 啓はなんとなく言葉の先を理解していたため、苦笑だけを返した。


「とりあえず、行くか」
「そうね」


 啓のクラスは、高等部二年の教室となる。
 じっとエフィを見る。
 エフィ、と同じ教室だ。


 そして思い出す葉昨日だ。
 彼女に年齢を伝えたとき、「あたしと同じね」といわれたときは思わず口をぽかんと開けてしまった。


 それから自分の行動を恥じた。
 人に見かけで判断されたくないと思っている自分が、エフィを見かけで判断してしまっていたことにだ。


 エフィの隣を歩いていく。
 二年A組の教室前につくと、学園長が振り返った。


「それじゃあ、私が先に入って軽く自己紹介をしよう。このクラス、なかなか癖のある奴が多いからな。まあ、ある程度は覚悟しておいてくれ」


 学園長が苦笑を浮かべ、啓も頬を引きつらせながら頷いた。
 エフィも教室に入り、一人廊下で待機する。
 しばらくすると、学園長が扉を開けた。


「……まあ、大丈夫だろうとは思うが、慎重にな」


 啓にだけわかるような小さな声だ。首肯を返し、教室へと入る。
 軽く服を整える。
 メイド服のときも思ったが、女性の服は居心地が悪い。


 なんだか体の中に風が抜けてくる感じがある。
 いつか、男性の格好で学園に通う日は来るのだろうか。
 軽くため息をつく。けど、それで終わりだ。


 好印象を持ってもらうためにも、笑顔を浮かべる。
 中に入ると、感嘆の息が漏れた。 
 教室は地球でも見慣れた造りのものだ。


 ずらっと机が並び、生徒が着席している。
 一気に視線が集まったが、体育館のときよりも少ない。
 奥の席に座っていたエフィと目が合う。それで、完全に落ち着けた。


 笑顔を向けると、エフィは前髪をいじるようにしてそっぽを向いた。
 ――露骨に頼りすぎているだろうか。
 確かに思い当たる節が多くある。


 啓は教壇近くに立つ。
 良く見れば、教室の後ろにはもう一人大人の姿があった。


 学園長がこれないときに、このクラスを担当している人かもしれない。
 一つ咳払いをして、喉の調子を整える。
 黒板こそあったが、自分の日本語は書いたとしても通じない。


 会話に差し支えがないのは、流れ者たちの共通の力のようなものらしいが、さすがに書くことまでは難しい。
 読みに関しては問題ないが、書くことはできなかった。


「さっきも自己紹介をしたけど、啓だ。俺の世界だと、みんなこんな感じで話していたから……まあ、これからもこんな感じになってしまうけど、そのあんまり気にしないでくれると嬉しい」


 精一杯に笑みを浮かべ、男性であることをばれないように祈る。
 クラスメートたちは頬を赤らめこちらをじっと見ていた。


 学園長がぱんぱんと手を打つ。


「まあ、そういうわけだ。聞きたいことはたくさんあると思うが、また後でな。それじゃあ、席はエフィの隣だ。エフィ、任せたぞ」


 エフィの隣の席が一つあいていたのは、たまたま休みというわけではなく、自分のために用意しておいてくれたようだ。
 学園長か、担任の気遣いかはわからないが、どちらにせよ感謝だ。
 エフィの隣に座り、軽く視線を向ける。


「まだ、わかんねぇことばっかりだけど、よろしくな」
「最初のうちは仕方ないわよ。ほら、教科書もないでしょ? 見せてあげるから机を……そのくっつけましょう」
「ああ、わかった」


 ひょいと机を持ち上げて彼女の隣にくっつける。
 すると、エフィはどこか戸惑った様子だ。
 それでも、ゆっくりと椅子を近づけてきた。


「おまえ、顔が赤いけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ」


 昨日からこのような顔を良く見る。
 エフィに頼ってばかりなのも、関係しているのかもしれない。
 エフィにだってやらなければならないこともあるだろう。


 人の面倒を見るのは大変で、啓もなるべく彼女にばかり頼らないようにしようと思った。
 そのためにも、親しい相手を作ることも当然だが、自分なりに学園に適応していく必要があるだろう。


「それじゃあ、私はこれで戻ろうか。また、そのうち顔を見せよう」


 学園長がいって、教室を去った。


「学園長っていうのは、クラスじゃどういう立場なんだ?」
「副担任、みたいなものかしらね。実際は、レホネ先生……あ、この人ね」


 学園長と変わるようにして、柔らかな笑みを携えた教師が歩いていく。
 豊かな胸を持ち、常に穏やかな笑みを浮かべている人だ。


「レホネ先生が副担任だけど、学園長は忙しいからね。レホネ先生が基本的な授業を行って、たまに学園長が実技訓練のときに協力するって感じね」
「なるほどな」


 レホネ先生が前にたち、授業の準備を行う。
 啓はちょうど窓側の席であったため、そちら側にケルを置いた。


「エフィは、デバイスが随分ちっさくていいよな」
「……まあ、これが普通なのよ。ケルはちょっと大きすぎるわね」


 エフィのデバイスは、手首についている腕輪だ。
 腕輪と剣の状態を切り替えられる。


 ケルに関しては、古いタイプであり、そういった機能が組み込まれていない。
 そのために、移動のときは本当に邪魔だ。歩くたび足に当たりそうになる。
 魔力をこめなければ刃はないのだが、それでも鈍器としての破壊力は十分だ。


「今日は54ページからですね。魔導人機の歴史に関する部分ですね」


 教科書が開かれ、そこにある文字を見る。
 文字を読むことはできても、それを書くのは難しい。
 みながノートにペンを走らせる中、啓はひとまず、文字の形を必死に覚えていくことにした。


 あまり学力は高いほうではない。
 書きの習得まで、どれだけ時間がかかるか難しいところだった。





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