オール1から始まる勇者

木嶋隆太

最終話



 それにしても、随分と久しぶりな気がした。
 肩を軽く回し体の調子を整える。
 うん、いまの俺は最高の気分だ。沙耶がどうしてここにいたのか、まあなんとなく察することはできる。


 おおかた、俺の言いつけを破って迷宮攻略を進めていた。
 その途中でクワリを見つけ、まあなんだかんだで今に至ると……。


 大精霊の奴が、まさかあの迷宮に潜んでいる、とは思っていなかったが……まあ、そんなところか?
 細かい部分でわからないことも多少はあれど、もういまさら細かいことをとやかく言うつもりはない。


「勇人!」


 駆け出してきた冷歌がぎゅっと飛びついてくる。
 どうしたんだろうか。ついでとばかりに、胸をバンバンと叩く。こいつ、啓の手先か?
 くわっと顔をひんむいてきた冷歌が、声をあげた。


「すっげえ、心配したんだからな! 勝手なことを、するんじゃねぇよ」
「悪かったな。けど、これでとりあえずはうまくいったんだ。もう勘弁してくれよ」


 全部、結果的にではあったけど。
 あんまりくっつかれるとおまえの兄貴にもすごい目でみられちゃってるから。


「冷歌、おまえの兄貴ははっきりいってかなり強い。悪いがもう、加減はできないぞ」
「最初から、そんな必要はねぇよ。あたしも、力を貸すからな!」


 冷歌が剣を彼のほうへと向ける。それを啓は意にも介さずに俺をみる。


「地球の未来は、この世界の崩壊だ。それは絶対に覆ることはない」
「それもよっくわかっていないが……前例がないだけだろ? なら今回が初めてのケースってわけだ」
「抜かせ!」


 彼の体をまとう霊体がより濃くなる。
 俺も霊体、眷属の力、肉体自体のレベルアップ……それらすべての力をひねり出して迎え撃つ。


 突き出された槍に、真っ向から迎え撃つ。両手で振り下ろした剣とぶつかる。
 お互いに睨みつけ合うように、ぶつかりあう武器同士で相手の体を狙いにいく。


 先に下がったのは啓だ。後方へと下がりながら、霊体から剥がれた魔力を弾丸のように放出する。


 降り注ぐ弾丸を剣で切り弾きながら駆ける。


 お互いの武器をぶつけあう。回るようにかわし、無理な体勢から剣を振るう。
 横薙ぎの一閃がかわされ、そして氷の矢が彼の体へと放たれる。
 冷歌の魔法は的確に俺を援護してくれる。


「おまえは、このまま世界の崩壊を待つというのか?」


 剣と槍がぶつかる瞬間、彼が叫んだ。
 ……世界の崩壊を、俺だって黙ってみているわけがない。
 ただ、彼のやろうとしていることは間違っている。ここで戦う理由はそれだけだ。


「またねぇよ。俺はあいにく待つのが嫌いなんでな。おかげで、面倒ごとが舞い込んできまくりだ」
「ならばどうする? この世界の終わりの日は変わらない。オレが関係していなくとも、世界はあしたには消えるぞ」
「そりゃ、クワリがなんとかするだろ? 俺のようなただの人間に世界は重すぎるってんだよ。どうしようかなんて考えたところでわからん。なら専門家に頼る、人間ってのはそうだろ?」
「大精霊を信じて任せるというのか?」
「信じるってのは少し違うかもな。けど、俺にはそれしか方法がないんだよ」


 剣を振り抜いて、はじいた彼へと距離を詰める。彼の槍が頬をかすめて霊体が剥がされる。だが、懐に入り込んだ。
 振り抜いた剣が彼を霊体ごと殴りつける。頑丈な野郎だ。


「過去のオレと同じ過ちを繰り返すことになるだけだ」
「それはちげぇよ。俺は俺でおまえはおまえ。俺のほうがきっと運はいい」
「大精霊を信じて、大精霊を信じて行動した。だがな、奴はオレを使って世界崩壊を早めたに過ぎなかった! 何も知らされることもなく、オレは、オレは……だからオレは大精霊を信じない。あれのいない世界を、作り上げる」


 彼の両目は憎しみに溢れていた。


「おまえは大精霊を信じていただけだろ? 大精霊が困ったときに手を貸したのかよ」
「なんだと?」


 彼の表情が揺らいだ。俺と彼が決定的に違うのはそこだ。
 俺は、クワリと大精霊ときちんとコミュニケーションをとっている。


「クワリはくそ面倒な奴だが、あれこれ俺にも相談をして来るもんだら、今回に限っては黙っていやがったが、真っ先に俺に助けを求めているしな。おまえは、大精霊から助けを求められたのか? 対等な関係で、お互いに世界の未来を守ろうとしたのか?」
「対等な関係だと? 大精霊は人間とは違う」
「俺はそうは思わねぇよ。特にこっちの大精霊はアホが目立つ。俺に助けを求めておいて、肝心のどこにいるかのメモをしてなかったりしやがってな」


 沙耶が一緒にいたのなら、やはり家の迷宮にいたんだろう。
 それさえメモしてくれていれば、もっと早く見つけられたというのに。
 そうすれば、こんなことにもならないでもっと良い解決方法があったかもしれない。


「だから、俺とおまえは違う」


 言い切った。それが今の俺にはできる。
 彼の拳に力がこもり、槍が振りぬかれた。
 俺が後退すると、彼が雄たけびをあげる。その体にあふれる光は、さらに輝きを増した。


「それで、世界を救えるというのなら、ここで証明して見せろ!」


 彼の体の力が増幅する。
 溢れた魔力が雨のように降り注ぐ。さすがに、さばききるのは難しいか?
 こんなときに、魔法があると本当に便利なんだよな。
 氷の壁が出現する。氷には背後にいた冷歌が反射している。


「……お兄ちゃんを追い詰めたのあたしにも原因があるんだ。だから、あたしも手伝う……」
「そりゃ、頼もしい……なら、そろそろ終わりにしようか」


 ……同じ幕引きなら、おれが終わらせたほうがいいに決まっている。
 彼の無念を受け止め、それを払い前に進んでやる。
 走り出した彼に俺も大地を蹴りける。
 氷と弾丸の嵐が俺の横を過ぎていく。


 冷歌を信じて、俺は一気にかけると同時に剣をぬく。
 突き出した剣が槍にあたる。
 強烈な衝撃が間にうまれ、肌を焼くように大地を揺らす。
 顔が引きつる。さらに彼の力が増幅していくが、俺も同じように気合いをこめる。
 体の奥底から、力をひねり出し、槍を弾き、その体へと叩きつける。


 押し負ける、つもりはない。敗北はしない。絶対にここで押し入る。
 右腕をえぐるように突き出し、敵の槍を弾く。
 啓の体がボールのように弾かれ、地面を二度三度と転がる。
 力を入れすぎた俺の体が、呼吸を繰り返す。……久しぶりとも思えるほどに息苦しい。
 額の汗を拭いながら、倒れた彼の元へと冷歌が走り出す。


 簡単に無力化できるなら、それでよかったんだけどな。
 啓の体は……ボロボロだろう。
 さすがに、これほどの相手にそんな余裕はない。
 全身の疲労をはねのけるつもりで、彼の元へと歩く。
 ……こちとら、肉体はボロボロだ。できればこれ以上の戦いにはならないでほしいが。


 冷歌は啓を抱えていた。啓はすでにその体に霊体をまとってはいない。
 今にも消えそうなその体で、冷歌の頬に手を伸ばしていた。


「……全力だったんだよ。冷歌の幸せな未来のために」
「お兄ちゃん……なんで、なんで何もいってくれなかったんだよ? あたしなんかには相談もできないってか?」
「……そう、だな。そこでオレは、大精霊と同じ過ちを繰り返してしまった、のだろうね。……勇人、だったか」


 こちらに視線を向けた彼に、首をかしげる。


「どうしたんだ?」
「オレをこの世界の大精霊のもとに連れて行ってくれ」
「何か用事でもあるのか?」
「どうせ消える体だ。この世界をまだどうにかできるというのなら、力を貸そうと思ってね」


 彼の言葉をきいて、俺は肩に担ぐ。
 ……まだ、何をどうすればよいのかわからない。
 けれど、大精霊を手伝ってくれるというのなら、信じられる。


「わかったよ」
「よくもまあ、そんな簡単に信じてくれるよ」
「喧嘩するほど仲がいいって言葉があるんだよ、日本には。だから、まああんたの気持ちも理解はできたってわけだ」
「そうかい。それなら、妹をよろしく頼むよ」
「まあ、そう、だな」


 彼ばすでにそう長くない命を自覚しているのだろう。


「お兄ちゃん……」
「……悪かったね冷歌。勝手なことばかりして」
「本当だぜ。なんで、もっとちゃんと相談してくれなかったんだよ」
「お兄ちゃん、過信しすぎたんだ。自分にならきっとできるってね。……とにかくだよ。冷歌はきちんと生きるんだ。この世界で、ね」
「……」


 冷歌は今にも泣き出しそうなところで、懸命に堪えていた。
 俺はクワリがいるであろう場所へと彼を連れていく。
 クワリと沙耶が驚いた顔をする。


「大丈夫だ。もうこいつは別に何もしやしない」
「……そういうわけだよ。大精霊、オレの命を使ってくれ」
「……お兄ちゃん」
「悪いね、冷歌。……どっちにしろ、お兄ちゃんの命はもう限界なんだ。……なら、少しでも使えることに使ったほうがいいだろう? 大精霊、オレが持っている大精霊の力なら、十分足りるはずだ。おまえが命を削らなくても……な」


 啓が言葉を吐き出し、冷歌が顔をくしゃっとゆがめる。
 ……かける言葉は見つからない。
 適当な言葉では、彼女を慰めることもできないだろう。


「どうしようもできないの?」


 沙耶が悲しそうな目を作る。
 ……おまえは優しすぎるんだよな。仮に、さっきまで戦っていた相手のためにそこまでやれるのかって。


「……オレの体はすでにボロボロなんだ。どっちにしろ、今生き残ったところで、ね。……すまなかったね。キミの友達を傷つけてしまって」
「ううん。別にもう大丈夫だからいいよっ。それより、本当に何もできないの?」
「なら、キミかお兄さんが変わりに犠牲になるかい? それとも、クワリ、大精霊を殺して新たな大精霊に誰かを指名するかい? 世界の崩壊は定められている。だけど、大精霊の力を使えば修復だって可能だ。……オレはもともとここで死ぬつもりだったからね。ちょうどいいんだ」


 厳しいことをいい、彼は沙耶の優しさを突き放そうとする。
 沙耶はくしゃっと涙を浮かべそうになっていた。俺はそんな彼女の頭を軽くたたいた。
 と、啓が俺を見てきた。


「勇人、だったか。……妹を頼んだ」
「……わかってる。あんたの分まで、守るよ」


 啓が肩を軽くたたいてくる。それから、クワリの前まで歩き出す。
 クワリが啓に目を向ける。


「……あなたの世界の大精霊は、あなたたちを裏切ったわけではありませんわ」
「そうかもしれない。……もっとしっかりと話をしていれば、大精霊一人に抱え込ませなくてもよかったのかもしれないね。……オレのような失敗をしないでくれ」
「わかって、いますわ」


 クワリが俺たちに視線を向ける。
 まあ、面倒ではあるがこの世界のためなら多少は手を貸してやるよ。
 腰に片手をあてると、クワリは軽い苦笑を浮かべる。


 そうして、啓はクワリの手を掴む。クワリがもう片方の手を空へとかざす。
 不思議な光があふれた。自分たちの居場所さえもわからないほどの強い光……だけど体を包むその光は暖かく、心地よかった。 




 〇




 すべてが終わった。
 大精霊が復活し、世界の崩壊は防がれた。
 ただ、完全にすべてが戻ったわけではない。


 例えば、迷宮だ。
 冒険者学園という存在が表に明るみとなり、世界ではそれに対しての様々な意見が飛んでいる。


 まあ、それらは俺の気にするところではない。
 夕日を背中に浴びながら、俺は軽い嘆息をつき、頭をかきながら自宅に戻る。
 さて、ようやくだ。


 一か月ぶりだろうか。
 大精霊が力を使えなくなったせいで、俺はしばらくアーフィと会えていなかった。
 とはいえ、これからは前よりも自由に会えることになる。


 大精霊と契約を結んだことになぜかされた俺は、その力の一部を使用することができる。
 アーフィを、なんなら一週間程度は日本に滞在させることもできるのだ。


 さて、まずはどこに行こうかな。
 一週間もあれば、あちこち行くことができるだろう。
 そんなことを考えながら、家の扉を開ける。


 一目散に階段を上がり、自室へと入ると、そこにはアーフィがいた。
 美しい金色の髪を揺らし、いつも通りの白のローブをまとっていた。
 アーフィは柔らかく微笑み、僅かに頬を染める。


「久しぶり、ね」
「……ああ、久しぶり」


 俺たちはその場で、笑みを浮かべる。
 こうしてもう一度会えただけで、幸せだ。 




 

コメント

  • k-猫派

    世界観に引き込まれる、凄い。最初一ヶ月という時間でどのように主人公が成長するのか、もしかしたら内容が薄いんじゃないかなって半信半疑で読み始めたけどそんなこと全くなくて登場人物一人一人の気持ちが複雑に絡んでて凄くドキドキしました。ストーリーもとても引き込まれやすく場面など想像しやすいです、なんで暗殺されたのか祭りの裏で行われていることとか最初はテンプレな始まりで少し心配したんですけど全く予想出来ない様な展開がいくつもあって次どんなことが起きるのか、とかとてもハラハラドキドキします!まぁ簡潔に言うとめっちゃ面白いです!!!!とてもとても!!!書いてくれてありがとうございます!

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