オール1から始まる勇者

木嶋隆太

妹視点 第二十三話



 扉の先は正方形の部屋だった。
 均等にわけられた灰色の石が敷き詰められ、中央には青い水晶玉があった。


「わー、きれいだね」


 きらきらと光が落ちていく。
 青い光で部屋は満たされていて、あたしたちはその幻想的な光景にしばらく息をのむ。


「……これが、わたくしの求めたもの、ですわね」
「そうなんだ。これで、世界も救われるし、あたしたちは影のヒーローってわけだね!」


 あたしももうだいぶ強くなったし、ここから出たら兄貴に勝負でも挑んでみようか。
 そして、ダンジョンについての話でもして、今度は一緒に戦ってみるのも悪くない。
 兄貴、昔から喧嘩とか強いから、たぶんそつなく前衛をこなしてくれると思う。


 なんてのんびり考えていると、クワリが水晶に近づいて片手を伸ばす。
 光が彼女の体へと向かっていく。クワリに何かを託しているようにも見えるかも。


「……なんだかコンペイトウが食べたくなってきた」


 青い水晶が落とす光は、まるでコンペイトウのようだ。
 最近食べてないし、これが終わったら買いにでも行こうかな。
 クワリの体がより一層強い光を放ち、やがて青い水晶は完全に光を失う。
 部屋唯一のあかりだったから、さすがに夜みたいに暗くなってしまった。


「……思い、だしましたわ」


 クワリはぽつりとつぶやき、それから慌てた様子でこちらへと向かってくる。
 血相を変えた顔ははっきりと見えて、あたしと咲葉は思わず顔を見合わせてしまう。


「咲葉! 今すぐ、このダンジョンから逃げますのよ!」
「どういうことだ……?」
「いいからっ、ここにいては、気づかれてしまっていますわ!」


 彼女の言葉は理解できない。けれど、咲葉はそれを聞いてあたしの手を握ってくる。
 クワリもまた彼女に抱き着いた。……しかし、そこから何かがあるわけではない。
 景色の変わらない中で、あたしはちらとクワリを見る。


「……だめだ。なぜか魔法が発動しない」
「すでに、手遅れ、ですの……っ、ならわたくしが……!」
「ちょっと、待ってよクワリ! 何がなんだかわからないよ!」


 説明をして、といおうとした瞬間、部屋の壁が歪んだ。
 あたしたちがそちらに視線を向ける。クワリの舌打ちが耳に響き、彼女は顔を焦りにゆがめる。


「……きて、しまいましたのね」
「ようやく、精霊の力を見つけることができた、か。どこの次元に隠れているかと思ったら、精霊の力を封印してこんな場所にいるとは思わなかったな」


 男の声だ。男はちらと周囲を見てから片手を向ける。
 強い光が部屋にあふれると、彼の顔が見えた。


 兄貴、よりかは少し年上だろうか。凛々しい顔には、鋭い傷があった。こちらをにらむ彼の顔に、あたしの背筋に嫌な予感が抜けた。
 ……恐怖、にも近いかもしれない。


 なぜか彼は、激しい怒りと憎悪、そして殺意をもってあたしたちを見ている。
 何より、その力の底の見えない感じが、嫌だ。
 魔法の用意を無意識でしていた。敵、と体が判断してあたしは咲葉とゴブッチに視線をかわす。


「精霊が……三体、か」


 はっきりと、彼は私たちを見てそういった。
 ……一人だけ省かれたのは、誰だろうか。たぶん、ゴブッチだ。


「……あなたの目的は、精霊の力、ですわよね」


 クワリがあたしの背中に隠れて、それから彼をにらみつける。


「そうだな。だからこそ、おまえたちを媒体にする必要がある」
「……媒体?」


 かわりにクワリが答える。


「そう、ですわ。……あいつはわたくしたち精霊の力を利用しようとしていますの。世界を、破壊するために」
「嘘をつくな大精霊っ!」


 彼が剣を抜き放ち、こちらへと振りぬいた。
 飛んできた斬撃にあたしは、すぐにリトライアローを放つ。
 魔法が消滅したことに一瞬だけ彼は驚いたように見えた。


「いきなりきて、何をするの!」
「……おまえたちは、大精霊に騙されているんだ。それを理解したのなら、そこをどけ。……元人間に、危害を加えはしない。オレも似たようなものだからな」
「……意味が、分からないよ、何がなんなんの!?」


 あたしは周囲にヒートバレットを展開する。いつでもぶっ放すことはできる。
 彼はこちらを見て煩わしそうに舌打ちをする。


「……なら、一度だけ説明してやる。それで、もうオレの邪魔をするな。この世界を崩壊に導こうとしているのは、大精霊だ」
「……どういう、ことなの?」


 あたしがクワリを見ると、彼女は何とも言えない表情でこちらを見返してきた。


「……違い、ますわ。わたくしは――」
「違わないだろう……。オレはお前たち大精霊がいた空間で、断片的な未来の終わりをみてきた」


 彼は声を抑えるようにしながらも、怒りを込めてこちらをにらみつけてくる。


「……大精霊。あの未来はなんだ? ……この地球が明日には崩壊、するだと?」


 えっ……? あたしが思わずクワリを見ると、彼女は深刻げな顔であたしに小さくうなずいた。
 嘘、だよね?
 あたしたちの世界は、今はちょっと慌ててるけど、それはきっともうしばらくしたら落ち着いて。


 ちょっとだけ地球に変化が現れても、また昔みたいに自然な生活が進んでいく。
 なのに、明日には……終わりがくるの?


「……だから、それは――」
「貴様らのせいで、オレの……オレたちの世界は、家族は、友は……! すべてが消えさったんだぞ!」


 彼が激高して、その腰に刺さっていた剣を抜き放つ。衝撃にあたしたちは体が吹き飛ばされそうになる。


「……あんたは、この世界の人間じゃないのか?」


 咲葉が剣を抜いて、そちらへと向けながら問う。
 彼の体には赤い魔力のようなものがまとわれている。
 魔法……ではない。けれど、異常なほどの力を感じる。リトライアローをいつでも放てるように用意する。


「ああ、そうだ。……別の大精霊によって破壊された世界出身の人間だ」
「……まさか、本当に世界が崩壊、するのか?」
「そして、大精霊は何もしない。滅びゆく世界を見届けて、新たな世界を作る……そんなものをオレは許さないっ」


 彼の力はいまもなお増幅していく。赤い光はさらに強力なものへと変化していく。
 ……とてもじゃないけど、あたしたちでは手に負える相手じゃない。
 それに、クワリ……どういうことなの?


「オレはこの世界の騎士じゃない! 別の世界に逃れることもできない、生き残ることもできない! それでは、オレの妹も死ぬことになるッ!」
「妹……」


 あたしは彼の言葉に対して、わずかに表情をゆがめる。


「大精霊……お前の力があれば、新しい世界であいつを幸せな世界に送ることができる……。そのためなら、オレは何度だって大精霊を殺してみせる……っ!」
「あなたは……それがどういうことかわかっていますの? それほどの力をえれば、あなただってただでは済まないですわ」
「大精霊は好きなことを言えるな……。大切なものも、人も……何もない貴様らにはわからないだろうっ」
「わたくしにとっては、すべての人間が大切な存在です……未来を変える手段だって、ないわけではありません……ですから、あなたは――」
「その可能性とやらはもう聞き飽きた。オレたちの世界の大精霊も同じことをいって、何もしなかった!」
「したではありませんか、あなたを大精霊の騎士に指名し――」
「破壊のために利用しただけだっ! 何も知らずに……利用、されただけだ! だからオレは大精霊を許さないッ!」


 彼の魔力が形となり、彼の体から力があふれる。
 ……精霊の、力、というのだろうか。今の彼はクワリと同じような空気となっていた。


「大精霊を得て殺した力の一部だっ! 霊体の真の力……っ、死にたくなければそこをどけ!!」


 霊体……? 彼がまとっている魔力の壁のこと……、かな。
 ……やるしかない。
 あたしはそれを解除するようにリトライアローを放つ。
 彼はそれを見て、槍をふるう。


 さらに赤い魔力の鎧から浮かびあがるようにして弾丸が飛ぶ。それが、リトライアローすべてに当たる。
 ……今の魔法に、威力はほとんどない。あたしの魔法を見て、その対策を即座にしたんだ……。


 これが、本物の戦い――。やはり、リトライアローでは、付け焼刃の妨害魔法にしかならない。
 突っ込んできた敵を咲葉が受け止める。咲葉の全身を、ブレイブボディがまとわれていく。
 それでも彼女の体が弾かれそうになる。


 ゴブッチが脇から仕掛けると、咲葉の体を蹴り飛ばして、槍を振りぬく。
 弾かれた咲葉が立ち上がり、ゴブッチが宙に舞う。
 あたしがヒートバレットを放つと、それは彼の鎧から飛び出した弾丸に防がれる。


 ……攻守ともに、最強、だ。今までに戦った魔物なんて、目ではない。
 化け物、だ。
 咲葉がブレイブボディをより強く放つ。


 それで、どうにか咲葉は彼と力だけは互角になった。しかし、彼女の体は悲鳴を常にあげている。苦痛にゆがみ、命を削るかのような魔力運用をして、どうにか彼と互角。


「精霊のために死ぬというのか……っ!」
「沙耶のためだっ!」


 咲葉の剣が彼の槍を弾く。彼は一瞬だけ表情をゆがめる。咲葉の剣が彼の鎧に当たるが、すぐに彼の手が動いて剣を弾く。


「クワリ! 転移の準備はできたのか!」


 咲葉の声が届く。


「空間に穴はあけましたわ! あなたも早く!」
「こいつは私しか押さえられないだろっ! いいから、沙耶を連れて逃げろ!」
「咲葉! だめだよ、咲葉もっ!」
「こいつを倒して、私はキミの部屋に行くよ……っ! 大丈夫だ。私は一人でも脱出する魔法があるからねっ」


 そんなの無理に決まっている。
 あたしが渾身の魔力を込めたヒートバレットを放つ。
 全力全開の砲弾に、咲葉は勢いよくとんでかわす。


 直撃の手ごたえがある。ダンジョンさえも破壊するあたしの魔法なんだ。
 煙があがり、その影がゆらりと動く。


「その程度で、オレは倒れない。覚悟も、命も、すべてをかけてもオレには届かない」


 槍だけで、あたしのヒートバレットを受け止め切った……。そんな、まさか。
 あたしは、もう一度魔法を展開しようとするが、すでに魔力の大半を失っている。
 それでも、このまま咲葉を失ってたまるか……っ!


 あたしは体の奥底から、魔力をひねりだす。ぴりぴりと頭の中が焼き切れそうだ。
 血が乾いていくような、背筋の恐ろしい感覚。
 これ以上の魔力使用はきっとダメだ。けど……それでも――しかし、クワリが抱き着いてくる。


「それ以上は、寿命を削りますわよ! にげ、ますわよ!!」
「……クワリッ!」


 咲葉を置いていけるはずがない。
 あたしが手を伸ばすと、咲葉は明るく振り返って笑う。
 ……なんで、こんなことになっちゃったんだ。


 楽しく、ダンジョンの攻略をして――。それで。
 伸ばした手は空を切り、やがては知らない世界であたしを見ることになる。
 ここが、次元のはざま、なのだろう。



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