オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第十五話

 第四十七階層。
 一つ前の階層と、少なくとも外観に一切変化はない。


 まるで同じ階層に戻って来てしまったような違和感を与え、冒険者の不穏を煽ってくる。それがねらいならば、大したものだ。


 絶賛不安な様子の冷歌であるが、俺には確実に理解する手段がある。


 迷宮移動の職業技だ。
 これは発動時に、何階層へいくのかを指定できる。
 眼前にウィンドウのようなものが表示されるため、現在いる場所が第四十七階層であると判断ができる。


「安心しろ、ここはちゃんと四十七階層だからな」
「わかってはいるぜ。けど、それでもこうも同じ造りだとなんか気持ち悪いだろ」
「その意見には同意だ。けど、出てくる魔物が違うみたいだぞ」


 俺たちの眼前が歪み、眼前にソードたぬきという魔物な現れる。
 今度は魔物がわんさか出てくるって感じか。


 ソードたぬきはぽこっしたでべそが目立つ、太った見た目をしているのだが、その左目には鋭い切られたあとがついていた。
 腰に差した剣を抜く様子はみられない。
 魔物はこいつしかいないのか。


 警戒しながら長剣を取り出す。
 広い通路で対峙し、じっとにらみ合う。


「一応、警戒するぜ。あたしが連続で氷を放つから、その隙に一気に決めてくれよ」
「了解」


 指揮を彼女に任せているのは、全体を見ることができるからだ。
 前衛の俺だとどうしてもカバーしきれない部分が出てくる。


「いくぜ!」


 彼女の言葉にあわせ、俺は走りだす。
 魔物とのさしてない距離は一瞬で縮まる。
 叩きつけた剣を、たぬきは予想外の軽快さで回避する。


 その腹はこちらを油断させるものか。
 たぬきはさっと動いてみせる。動けるデブほど脅威なものはない。


 氷の連続魔法を抜いた剣で弾きながら、たぬきは後退していく。


 思っていた以上に厄介だ。
 たぬきは下がりながら、こちらへと剣を投げつけてくる。


 それを弾いて一気に距離を詰める。走りながら剣をみていた俺は突然表示された名前に思わず身体をひねる。


 スカイソード。
 俺へと迫って来た剣はそんの名前をしていた。まさか、こいつも魔物が!


 それを破壊するつもりで剣を振り抜く。俺の近くに来た瞬間、スカイソードは突然に自由に動き回る。見えない誰かが操っているのではとばかりに仕掛けてくる。


 ヒットアンドアウェイの要領で攻めてくる。
 なんちゅー面倒な相手だ。ていうな、たぬきのやつまた剣を取り出している。
 そして、こちらへ槍のように投げてくる。そいつも、魔物だ。


 あのたぬきが、魔物を呼ぶのか。果てし無く面倒な敵だ。あの腹をかっさばいて仕留めてやる。


 二体のスカイソードの攻撃を受けていると、


「勇人! たぬきをお願い!」


 大声とともに通路の先全体を氷の壁が覆い尽くす。剣を持ちながら、俺に攻撃してきたスカイソードを凍らせる。


 冷歌を厄介と感じたスカイソードがそちらへと向かう。視線をかわすと、大丈夫だからと語っていた。


 逃げ道を失ったたぬきが、仕方ないとスカイソードを持ったまま突っ込んでくる。
 振り抜かれた剣を長剣で受け流しながらも、最小の動きで胸を貫いてやる。


 だが、たぬきの中からすっと何かが飛びだしてくる。そこにいたのは痩せたソードたぬきだ。……確実に胸まで剣が届いていたと思うんだけど、あれれ?


 俺の疑問など無視するように、より俊敏になったたぬきの突きをさばく。
 俺の剣に力技は通用しないと感じたようだ、ちくちくと、蚊が刺すような地味な突きを何度も繰り返してくる。


 苛立たせて、隙をみつけて仕留めるってのが目的だろ?
 なら、仕留め切ってやるよ!


 大振りを放つと目の前にいたたぬきが、脇へと抜ける。通りざまに居合切りのように身体を切り裂いた。


 そして、たぬきの剣が弾かれる。俺の霊体が砕けた衝撃だ。
 霊体の強みはこれだ。知らない相手に一方的なショックを与えられる。


 よろけたたぬきの身体に剣を振り下ろして両断する。
 冷歌がこちらへときて、戦闘終了を確認して、俺も長剣をしまう。


「なかなか、面倒な相手だったな」
「あんたな。さっき切られたのかと思って、そのなんだ。あれだよ! あれしたんだよ!」
「……あれってなんだ?」


 うー、と彼女はこちらを睨んできて、頬を膨らませる。


「だから、その心配、したんだよ。あんまり、危険なことするなよな」
「そりゃまあ。悪かったな。それと心配サンキューな」
「うっーせーっての。あんたがいなくなったら、そりゃこの迷宮からあたしも脱出できなくなるから。それだけだっての!」


 ふんと、彼女は先へと歩き出す。


「さっきの氷助かったよ。あんだけ見事に使えるんだな」
「まあ、あたしだってあのくらいはしねぇとな。ていうか、あんたかなり強いんだな。学園でも、あたしの世界でもみたことねぇぜ」
「そりゃ、どうも」
「まっ、あたしのお兄ちゃんよりかは弱いけどな」
「それじょあ、力ずくで兄貴を止めることはできそうにねぇな」
「はっ、しまった! ならあたしと勇人の二人よりかは弱いってことでどうだ!?」
「そりゃあいいな。一緒に頑張ろうぜ」


 それにしても、冒険者たちはかなり強いんだな、と思う。
 二年間でこれほどまでの階層に来れるなんてやはりゲーム的な要素が強いからだろうか。


 だが、そう考えると改めてこの霊体が恐ろしい。
 俺が異世界に行っていた期間は約一ヶ月だ。
 一ヶ月でこの階層の敵と張り合えるからな。


 大精霊も、全員にこの力を配ればよいのにと思ったが、そうできない理由もあるのだろうか。


 まあ、問題もあるか。霊体自体は優秀だが、肉体の強化はできない。短期間で強くなるのは霊体ばかりで、生身の体はある程度のみだ。


 しかし、冷歌はこの戦闘をすべて生身で行っている。この差は結構ある。俺の場合は眷属としての肉体強化があるため、冷歌と素の状態でやりあっても問題ない。


 だが、桃は霊体を剥がされればちょっと運動神経の良いただの高校生だ。
 たぶん、冷歌と戦ったら簡単にひねられる。


「なんだよ、さっきからこっちみてきて」
「いや、おまえの体すげえなって思ってな」
「はあ!? いきなりなんだ!? 変態か!?」
「ああ、いやそういうわけじゃねぇよ。冒険者の体って強いからな。それが気になってな」
「あたしからすれば、あんたのほうがやばいと思うぜ」


 そういってきた彼女に一つ気になっていたことを聞いてみる。


「冒険者は食事と魔物を倒しているだけでそんなに肉体が強くなるのか?」


 こくりと彼女は調子良さげに頷く。
 はー、そりゃすげぇな。地球人といっても、生まれた時点で色々な差がある。
 日本人ではどうしても外国人に勝てない部分もある。
 そういった限界も、魔物肉で超えられるかもしれないんだよな。


 一これからのスポーツ界がどうなってしまうのか気になるな。ドーピングの扱いを受けるのか、それとももうレベルアップありで進行するのか。


 思考の途中も魔物が仕掛けてくる。……確かにこの数は厄介だ。
 全然前に進めない。


「けど、レベルアップにも限界があるって最近わかったんだぜ」
「そこは、才能の差か。おまえはどうなんだ?」
「あたしはまだ限界は来てないぜ! だから、お兄ちゃんを止められるまで強くなってやるんだ!」


 彼女がぐっと拳を固めて、俺はそれをみて小さく微笑む。
 それから、彼女はこちらをみて、頬をかいた。


「あたし、いきなり体がどうたら言っていたからこんな、女らしくもない身体に欲情してる変態かと思ったぜ」
「まあどっちでも関係ないね。好みかどうかだ」


 いや。そんなこと言っているけど、俺の一番にはアーフィがいる。ああ、会いたいな。今週は会えなかったが、今頃アーフィはどうしているだろうか。……会えなくてよかったとか思われていたらどうしようか。


「あたしに変なことしたらあんたを永久に溶けない氷で覆ってやるからな!」
「そりゃまた、愉快なプレイだな」
「本気で言ってるからな!」


 大丈夫だっての、何もしねぇよ。
 第四十七階層は、広いし魔物の数が異常だ。
 一回の戦闘自体はそこまで苦戦しなくても、これだけ連続だと体力がもたない。
 なんとか第四十八階層におり、そこに移動できるようにしておく。
 冷歌がまた歩き出そうとしたので、俺が慌てて止めた。


「もう、今日はここまでにしようぜ。さすがに、疲れちまった」


 俺が戻ろうといわないと、冷歌はいつまでも潜っていそうだった。
 俺の提案に、彼女は疲れた顔を隠すようにして、


「早くいかねぇと……」
「けど、無理をして俺たちが負傷したらもとも子もないだろ」
「……そう、だな。……つーか明日から学校かぁ。って、勇人は一回戻らねぇとか……」


 そうなんだよな。
 冷歌は寮に戻ればいいけど、俺の場合はどうしようもない。
 また、次に来れるのは来週の土日だな。


「ああ。でも休みにしても……」
「いや、そもそもあたしたちのこの迷宮はいまの平日にあんまり入れないんだよ」
「……そうなのか?」
「だって、世界あちこちに迷宮が出現しちまって、とりあえず今はそっちの探索をしているからさ。それに……できればあたしも万全の状態でお兄ちゃんと対峙したい。だから、来週の土日まで待ってくれねぇかな?」
「……そうだな」


 この一週間で、俺も自分の身体を少しでも鍛えておけばいいだろう。自宅の迷宮の攻略を進めて、経験値を稼ぎ、レベルをあげる。


 来週の土日を目標にして、次元のはざまに向かう。
 大精霊探しはその間に行える。無駄はないだろう。


「それにしても、これから戻るのかぁ」
「それなら、俺が迷宮移動を使えるから大丈夫だ」
「え、まじで!? なんだ勇人戦闘スキルはからっきしだと思ってたけど、補助スキルが凄いんだな!」
「まあな」


 どうやら、こっちの冒険者にも迷宮移動のスキルがあるようだ。使い方を知っている冷歌が俺の背中につんと触る。それこら一階層ずつ戻って行った。


 ていうか、いまから戻れるのだろうか。
 外に出るとすっかり暗くなっていた。


「勇人はこれから自宅に戻るのか?」
「……まあな。今から何とか間に合うだろ?」
「なんとかか? 別にワープしていけば問題ないと思うぜ」


 あっけらかんと彼女が言ってきた。
 なんだそれは?


「どういうことだ?」
「あたしたちは全国に迷宮が発生する可能性はわかっていたから、各県庁所在地や冒険者の拠点を用意して、全国どこでもワープができるようにしてたんだよ。ワープはスキルの一つだぜ。まあ使用するための人間が必要なんだが、これは昼夜で交代しながらやってんだ。ついてきな」


 ワープか。くるときに知っていれば交通費を削減できたかもしれない。
 いや、そもそも使わせてもらえなかったか。


 彼女とともに歩いていくと、ある小部屋にたどり着いた。パソコンなどが置かれているその部屋では一人の男が画面と向き合っている。
 誰も来ないときはパソコンをいじっているのか、羨ましい。


 冷歌が一言二言伝えて、それから彼に触れる。
 俺も真似してみると、一瞬でワープが完了する。
 場所はどこかの建物だ。


「ここは、ちょうどあんたがいる市に建てられた場所だぜ。たぶん、あとは歩いてでもいけるんじゃねえが?」
「駅前に、そういえば変な建物が建つなと思っていたがまさか冒険者の拠点だったのか」


 中では仕事をしている人たちもいる。
 彼らに軽く視線を向けると、冷歌が苦笑する。


「あの人たちは、冒険者に関係ない人たちだけどな」


 俺の表情から察して彼女はそういった。
 冒険者の仕事は何も迷宮に入るだけじゃないか。
 建物の外へも向かったところで、こちらをみてくる


「そういえば、あんたのアドレス聞いてなかったぜ。聞いておいてもいいか?」
「そうだな。次いくときは連絡する。迎えに来てくれ」


 アドレスを交換して、冷歌はスマホをしまう。


「そんじゃ、この一週間でもっと強くなるからな」
「俺もできる限りは努力するから、また来週な」


 第四十八階層の敵にも時間をかけずに戦えるようにならないとだ。
 まさか、こっちにきてからさらに強くなる必要が出るとは思わなかったな。


 自宅に戻ってきたのは午後十時を過ぎた頃だ、すでに桃も家にはいないし、それどころか真っ暗だ。
 一応、沙耶には帰宅するとメールだけは送っておいた。
 お兄ちゃんがいないときに好き勝手やることがあるからな。せめて片付ける準備の時間をやるというわけだ。


 沙耶を起こさないよう気をつけながら、自宅へと入っていく。
 玄関をあがると、靴が二つあった。もしかしたら沙耶の友人が泊まっているのかもしれない。
 あまり勧められらことではないが、まあ俺としては特に気にしない。それにしても、二人でいてもう眠っているのか。珍しいな。


 まああした学校だし、友人が寝かしつけてくれたのかもしれない。


 そういえば、今日は祖父母も来たとかなんとかメールが届いていたか。ちょうどいなくて申し訳なかったな。


 洗濯機にすべてぶちこんでそれから風呂へと入った。
 風呂から出ると、どたどたと慌ただしい音がする。
 飼っている動物が暴れ出したような騒々しさだ。
 息を乱してそこにいたのは、沙耶だ。


 まさかお兄ちゃんが帰ってきたのを喜んできてくれたのか。
 嬉しくて涙がでそうだ。あれだけの苦労も一気に吹き飛んだ気がする。明日から学校でなければ頑張れる気がする。


「起こしちまったか?」
「う、ううん。そんなことないよー! いま、咲葉が泊まりにきてるから、それだけ伝えに来たの! それで少し話していたらまた風呂入りたくなったから風呂入るね!」
「お、おう」


 なんだそのテンションは。


「ああ、お兄さん。こんばんは」
「こんばんは。二人ともあした学校なんだからちゃんと寝とけよ」


 二人にそれだけ伝えて、俺は部屋へとあがる。
 それにしても。今日は疲れたな。一日中強い魔物とやりあうというのはかなり、体への負担になるようだら、
 意味があるかはわからないが、昨日手に入れた素材も食べて、肉体自体の強化も行わないとだな。


 あくびを一つしながら、俺は自分のベッドに入る。
 桃たちはおそらく下の部屋のどこかで眠るだろう。
 ベッドに入るとすぐに瞼が落ちた。





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