オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第十三話





 風呂からあがった彼女は首にタオルをかけていた。
 ……そういえば俺は今日これからどうすればよいのだろうか。
 まさか、ここに泊まっていくわけにもいかないよな。


 部屋を見た限り、二人部屋のようだ。
 ていうか、こんな部屋に風呂まで用意されているのか。冒険者学園羨ましいものだな。


「あんたどうするんだ? 風呂入るか?」


 冷歌が軽く首をかしげて聞いてくる。
 ……いや、色々とまずいだろう。
 別に彼女に何かをするつもりはないけどさ。


「冷歌がいいっていうなら、泊まりたいんだけど」


 悪いがお言葉に甘えさせてほしい。だってもう俺金があんまりないんだ。
 野宿でももちろん構わないが、できればやはり屋根のある部屋がいい。
 冷歌は少し考えるようにしてから、頬を赤らめる。
 こほんと咳ばらいをして、軽く手を振った。


「あたしは別に全然かまわないぜ。そんな、男だなんだいうような性格じゃねぇしな」


 すかっとするような性格だ。
 ……まあそこまで言ってくれるのなら、お言葉に甘えようか。


「風呂は……どうなっているんだ?」
「ああ、そりゃあれだ。部屋に備え付けのがあるんだ。この寮の部屋、かなり金がかかってるって前に誰かが話していたんだ」
「……そりゃあすげぇな」


 ベッドの様子を見るに、ここは二人部屋だ。


「部屋に同居人は、いないんだよな?」
「ああ……あたしと一緒に部屋になってくれる奴がいなくて……その」


 ……ついてはいけないところをついてしまったようだ。
 俺が頭をかいていると、冷歌は恥ずかしそうに顔を下に向けてから俺にタオルを投げてくる。


「ふ、風呂行って来いよ! ほら、早く!」


 ちょっとばかり声をあらげて彼女が唸るように言った。
 これ以上ここにいても彼女を傷つけるだけだ。


「……そうだな。それじゃあ、借りるな」
「ああ、どうぞだぜ」


 彼女がひらひらと手を振り、俺は風呂へと向かった。
 カバンを一緒に持って行って、着替えを出す。一日分の下着しか用意していない。
 それにしても、冷歌に借りたタオルと俺の衣服はこうも匂いが違うのか。


 ……洗剤の匂いなんだろうけど、なんでこう女のものは少し匂いの質があがるのだろうか。
 沙耶とも同じように洗濯をしているのに、俺のとは違う。
 何かそういう能力でもあるのかね。


 印象という部分でもあるのかもしれない。
 人間は視覚からの情報が多いし、女のもの、というだけで勝手に脳がいいものと判断するのかもしれない。
 かき氷だって、シロップに色つけているだけのやつもあるとか聞いたことあるし。色の違いで脳が騙されているんだって。


 シャワーを浴びて、体を流していく。さすがに、一日活動していたこともあり心地よい。
 頭を洗おうとしたところでシャンプーが出ないことに気づいた。
 ……あれま。


 借りている身分で申し訳ないが、俺は彼女を呼ぶことにした。
 シャワーをとめて扉を開ける。
 声をあげようとしたところで、同じように口を半開きにしていた冷歌がそこにいた。
 ……一瞬沈黙してしまう。
 先に声を荒げたのは冷歌だ。


「……ぎゃぁぁ!?」
「うおっ! ちょっと待て!」


 手に持っていたのは詰め替え用のシャンプーだ。
 高速で投げ出されたそれを、霊体を発動して顔面で受け止める。
 思わず転びそうになったが、着地の段階で片手を地面につけて、そのまま姿勢を戻す。
 落ちてきたシャンプーを左手でつかむと、彼女はすでに洗面所から出ていき、扉を閉めていた。


「そ、それシャンプーな! あたし何もみてねぇから! 全部忘れるから!」
「それ見たやつのセリフだからな。……まあ、別に逆じゃなくてよかったよ」
「……う、あぁぁ!」


 どうやらショックが大きかったようだ。
 俺としては、逆パターンだけは絶対に勘弁だったから、これでよかったんだ。
 俺に見られて減るものはない。


 そりゃあ多少の羞恥はあっても、俺が彼女の裸を見ればそれだけで警察のお世話になるからな。
 ……いや、まあ俺が彼女に無理やり見せた、という風に解釈されればそれはそれで警察のお世話になってしまうのだが。


 深くは考えず、体を洗っていき風呂から出た。
 シャツにジャージと、動きやすさ重視の衣服を身に着ける。
 冷歌はリビングに正座をしていた。
 そんな態度をとられると、むしろこっちが困るのだが。
 俺の顔を見ると、両手をばたばたとふって彼女は蒸気でも出すかのようにさらに紅潮させる。


「あ、あたし……その不束者ですが、よろしくお願いします!」
「なんの話だ!?」
「だ、だだだだって! 異性の裸をみたら、それはつまり結婚ってことなんじゃねぇのか!?」
「そんなことはないだろっ。え、おまえの世界だとあるの?」
「あ、あるぜ! あたしたちの世界だと、相手の裸……い、いや……その男なら、男の部分を、女なら女の部分を異性に見られたら……それはつまり結婚ってことなんだ! こっちの世界にはないのか!」
「こっちの世界で何年過ごしているんだっ、ないのは知ってるだろ!?」
「だ、だったらあたしはどうすりゃいいんだ!」
「別に、おまえはもう日本人なんだ。つまり、日本人の価値観で生きればいいってことだ。わかったか?」
「……そ、そっか! なら別にいいんだな!? 結婚しなくても!」


 堂々とうれしそうにいうのはやめてくれないかね。
 いや、俺はまあアーフィがいるけどさ。
 そこまではっきり嫌なことをアピールされると、男としては少し複雑なんだけど。


「それより……その悪かったな。あたしが声をかけてから入るべきだったぜ」
「……そりゃ俺もな」


 最近は風呂に入るとき桃がたまに奇襲してくるから、気配を感じ取るようにしていたのだが、この空間に桃がいないことで気を抜きすぎてしまっていた。
 ダメだな俺は。まだまだ修行が足りない。
 それを考えると、俺にも大きな責任があっただろう。


「そ、それじゃああたし、ちょっと飲み物でも買ってくるから」
「……ああ。気をつけてな」


 たぶん、この空間に居づらかったのだろう。むしろ俺が外に出るべきだが、ここ女子寮だしな。
 俺はあくびを一つしながら、スマホを取り出す。
 桃と沙耶からのメールがいくつか来ている。


 沙耶からは、いつ帰ってくるのかというメールだ。
 別に心配してないんだからね、と俺が沙耶のメールを変換しておく。
 そうでもしていないとお兄ちゃん寂しいのだ。
 妄想ににやつきながら返信を送る。
 一応、明日で攻略できればそれが一番だが、時間がかかりそうなら一度戻る必要がある。


 どちらにせよ、明日には戻るな。
 桃からのメールでは、メガフロートの事件についての心配するものであった。
 なんでもあちこちで様々な事件が起こっているようだ。
 俺が関係したのもその一つだ。現在、メガフロートは危険であることが大々的に取り上げられている。


 迷宮について今他国はどのくらい情報を欲しているのか。
 日本政府が公式サイトにのせた情報を確認する。
 更新されたサイトには、宝箱、レベルアップ、迷宮、と基本情報は出来上がっている。
 これだけあれば、恐らくあとはそれほど必要ないだろう。


 それでも、他国からすれば日本はずっとこの事実を隠していたのだ。
 まだ何か情報を隠しているのではないかと疑っているのかもしれない。
 世界情勢については俺じゃなくてお偉いさんがいろいろやっているだろう。
 俺はそんなものよりも、この地球自体の問題で忙しいから、そっちは任せよう。


 はっきりいって、俺からすれば世界とやりあうよりかは現状のほうがいい。
 頭を使うのはあまり好きじゃない。
 明日から、迷宮を攻略して冷歌の兄貴にあって大精霊についての話を聞く。
 それですべて解決できればそれで終わり。


 ……問題があったとしても、そこでの結果次第となる。
 ひとまずの目標が決まり、俺は床に寝そべった。






 学園にやってくると、やはり人であふれていた。
 連日、休日であるのに、みんな忙しいことだ。
 俺の隣にいた冷歌は、学園のジャージに身を包んでいるため、それなりに目立つことになる。
 それでも彼女は堂々とした足取りとともに、学園の外壁を見る。
 一番人の少ないそこで、彼女は一つ息を吐いた。


「あんた、この壁越えられる?」
「俺は問題ないが、おまえは?」
「愚問だぜ。あたしが超えられるから聞いたんだぜ。それじゃあ――」


 お互いに顔を合わせたあとに跳躍する。
 三メートルはある壁を飛び越えて、それから着地をする。
 お互いに顔を見合わせて余裕げに笑う。


「私服のほうがよかったんじゃないか?」
「けど、どうせこっちでジャージに着替えるしなー。時間の無駄もなくなるしこっちのほうがいいだろ?」


 彼女はにやっと笑った顔をこちらに向ける。
 学園内に入り、しばらく歩いていく。
 学園外はあれほど騒がしいが、休日ということもあって非常に落ち着いた雰囲気である。
 それでも、ちらほらと生徒はいる。今日でも来ているのは、おそらく冒険者と呼ばれる生徒たちだろう。


 年齢層は幅広い。特殊学科の入学に決まりはないのが一つの原因だろう。
 それこそ、国はニートと呼ばれるような人にも積極的に呼びかけたらしい。というか、むしろそういう人を狙ったという部分もあるのではないかといわれるほどだ。


 様々な年齢層で構成されている冒険者たちは、ちらと冷歌へと視線を向ける。
 俺と冷歌を見ては、いぶかしんだ視線が多い。


「学園の迷宮にさっさと行こうぜ。……まあ、勝手に入っても大丈夫だろ」
「おまえになんの迷惑もかけないならいいんだけどな」


 もしも、あとで俺が原因で何か言われても困る。
 冷歌は慣れない様子で頬をかいて、それから両手を頭の後ろへやる。


「あたしは別に問題ないぜ。……それよりも、あんまり長くいるとおまえのほうに迷惑かけちまいそうだしな」
「それこそ別に気にもならないよ」


 ……眼前に迷宮があるという建物が見えた。
 目的の場所は迷宮内にあるという次元のはざま。
 この学園にある迷宮が、冷歌の兄貴が示した場所だ。


「この前まで、四十階層までしかなかったんだよ」


 冷歌がぽつりとこぼす。


「けど、迷宮が発生するのにあわせて、いきなり階層が増えたんだろ?」
「そうなんだよ。絶対、お兄ちゃんが何かしているんだ。……とにかく、攻略しねぇとだな」


 眼前には小山のような迷宮の入り口がある。懐かしいものだ。
 異世界でのさまざまな出来事を思い出し、封印したくなることばかりであったので忘れることにした。


「それで、ここの何階層に用事があるんだったか?」
「学園迷宮の第五十階層だ。お兄ちゃんからのメールにはそうあったけど、現在四十五階層までしか攻略が進んでないから、正確なのかはわかんねぇんだ」
「……まあ信じるしかねぇな」


 冷歌に用事があるのならば嘘はつかないはずだ。
 問題は、兄貴が直接会いにきていない現状だ。
 冷歌をそこに呼ぶ理由があるのだろうか。考えてもわからないな。


「今攻略が進んでいるのは、何階層までだ?」
「第四十五階層だ。そこから一気につよくなってさ……学園の精鋭を集めてもどうにもならなかったから、そこで止まっているんだぜ」
「……ってことは、しばらくは迷宮攻略に時間をかけるしかねぇな。……なんとか来週までには攻略したいな」
「そうはいってもな。現状だって魔物が強くて前に進めない状況なんだぜ。あんたが強いのはわかっても、さすがに一気に進めるってほどでもねぇだろ」
「まあ、とにかくできる限り頑張るってわけで」


 ……世界の崩壊というものがいまいちわからないから不安なんだ。
 例えば、大精霊を解放できれば、その時点で治るものなのか、それとも……一度壊れた部分はどうしようもないのか。
 とにかく、少しでも早く大精霊を見つけたい。
 冷歌の兄貴に会えば、大精霊に関して何かしらの情報が手に入るだろう。


 学園内にはそれなりに生徒たちもいる。冷歌はともかくとして、見慣れない俺に対してのひそひそとした話し声が聞こえる。
 気にせず堂々としていればよいだろう。ことは一刻を争うんだしな。


「それじゃあ、中に入るぜ」


 冷歌がそういって扉を押した。
 学園内にあるという迷宮は、周囲を石の壁で囲まれている。
 それこそ、見た目は牢獄にでもつながっていそうな物騒な様子であったが、扉を開くと中にはまたドアがあった。
 二重構造で一般人には気づかれないようにってところか。
 冷歌が次の扉に学生証を向ける。そうすると、扉のロックが外れて中へと進めるようになった。


「……それで、ここからどうやって第四十六階層まで移動するんだ?」


 俺なら迷宮移動の技を持っているが、それを使うには一度訪れる必要がある。
 俺が旅をしたことのある異世界では、騎士などが移動の補助のために迷宮入口にいることもあったが……ここには誰もいない。


「それについては問題ねぇよ。迷宮内にはワープするための魔法陣があってな。一階層に設置してあるからとりあえずはそこまで行こうぜ」


 ……そうなのか。
 じゃあ俺が攻略をした第五階層もそんな風に設置できたのかもしれない。
 迷宮の中へ階段を使っておりていく。
 入って第一の感想は遺跡のような場所だと思った。
 均等な石が敷き詰められた一階層――。
 明かりは最低限だけで、かなり暗い。
 入ってすぐには広大な部屋が一つあり、そこにはいくつかの魔法陣が並んでいる。
 色鮮やかなそれが、幻想的な光を生み出している。この一階層は、魔法陣がいくつもありそれのおかげで明るさを保てているような気がした。


「全部色が違うだろ? こっちの一番端が、四十六階層行き。あとは五階層ごとにつながってるぜ」


 まあ、それ以外の場所には用事はない。
 俺たちは顔を見合わせた後、第四十六階層へつながる魔法陣へと乗った。





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