オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第十二話



 先ほど彼女が示した場所は女子寮らしい。
 女子寮と聞くと男子禁制のイメージがある。この寮もそれにあたるらしい。
 俺が中に入るのがばれれば危険なのだが……。
 二階のベランダに出た冷歌が手を振る。
 侵入の仕方が非現実的だ。それを、実行できるかもと思えてしまうのも、また悲しいものだ。


 俺は軽い助走の後に体に風をぶつける。アーフィの眷属になって得た、風を操る力――。
 それを巧みに使って一気に上昇する。最後に空気を固めて、それを足場に跳躍すれば、冷歌のベランダまで簡単に飛ぶことができた。
 軽く手を払う。冷歌があんぐりと口を開けていた。


「どうしたんだよ」
「いや……おまえ、あたしが手伝ってやろうと思っていたのに」
「……そうなのか。だった最初に言ってくれ。まあ、手がかからなくてよかったとでも思っていてくれよ」


 彼女の部屋にあげてもらい、靴を玄関に置く。
 それにしても……ばれたらどうなるんだろうな。
 不安が顔に出ていたのだろうか。冷歌が苦笑する。


「まあ、女子寮といっても男子が完全にダメってわけじゃねぇよ? たまに連れてくるやつとかもいるしな」
「本当かよ?」
「ああ、たまに朝とかに男子が帰っていくのを目撃しているやつもいるぜ?」


 朝帰りってやつじゃないのかそれは。
 思ったけど俺は何も言わなかった。下手なことを言って、冷歌に警戒されても困る。
 彼女の部屋は二人部屋なのだろうか、結構な広さに二つのベッドが確保されている。
 俺が気にする必要はないのかもしれないが、やはり少し慣れない部分はある。


「はい、お茶だぜ」


 彼女はぽんとペットボトルを俺の脇に置く。
 別に水でもよかったが、だされたものはもらっておこう。
 色々あって喉は渇いていたようだ。一度口をつけると、半分ほど飲むまで離せなかった。


「それじゃあ、詳しい話を聞いてもいいか?」


 ペットボトルをテーブルに置く。彼女もジュースをおいた。


「どっから、話せばいいんだかな。……あたしもおまえに聞きたいことはあるし、先に聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「おまえは、どうして大精霊とかそんなに詳しいんだよ? 冒険者学園のやつだって、ここまでのこと知っているやつなんていないんだぜ?」


 さっきまでで結構聞いたしな。
 俺からも答えておかないと不公平だ。
 それにしても、どうやって伝えようか……。


「俺は大精霊から仕事を引き受けてやってるようなもんなんだよ。この世界にある目に見えない異常を払いのける力を持っているのが俺くらいだったから、それでな」
「へー、そんなことしてたのか。だから、大精霊がいなくなって慌てているってわけか?」
「そんなところだ。あとは、こんだけポコポコ迷宮が出てきたってのも気になるんだよ」
「迷宮か。確かにいきなり急に出てきた、な」
「何か心当たりでもあるのか?」


 彼女の視線はあいまいで、どこか考え込むような表情をしている。


「いや……確信はねぇんだけど……あたしのお兄ちゃんは、大精霊について調べていたんだ。それで、つい一週間くらい前にあたしにメールを送ってきたんだよ」
「それで?」
「『ある迷宮を攻略してくれ』って書かれたメールがあってな。それを攻略すれば、またあたしたちの世界を再生できるかもしれないって書かれていたんだ」
「……なるほどな。それがどう関係するんだ?」
「……お兄ちゃん。無茶なことをたくさんするんだ。……あたしたちの世界の大精霊を殺す計画をたてたのもお兄ちゃん、だったし、だからまた無茶なことを使用としているんじゃないかって」
「……そのおまえの世界のことを詳しく聞かせてもらってもいいか?」


 関係ないかもしれないが、そこが凄い気になっていた。
 冷歌は何度かくらい表情で頷いた。
 話したくないことだったのだろうか。無理に話させるのも悪い、よな。


「冷歌やっぱり……」
「いや、いいんだ。あたしも聞いてほしい。少しまとめるから、時間をくれ」


 ……冷歌は顎に手をやり目を閉じる。
 僅かな静寂の後、冷歌の可愛らしい唇が震えた。


「あたしはこことは別の世界で暮らしていたってのは、もうわかってるよな?」
「ああ」
「……その世界はこんなに発展していたわけでもないし、たぶんむしろかなり微妙な世界だったんだよ。けどさ、そこに暮らしていたあたしたちはそんなこと思ってないわけだ」
「だろうな」


 自分たちの暮らしている世界以外のことを考えることは普通はない。
 まあ、娯楽作品で考えるなどはある。だが、まさかそれが現実に起こる、とはだれも考えない。
 ましてや、自分の暮らしている世界が他よりも劣っているだなんて……誰が考えるかって話だ。


「その世界で、あたしと兄貴とあとは両親で暮らしていたんだよ。すぐに、父さんはしんじまったみたいだけどさ」
「……地球人だったからか」
「そ。まああたしたち兄妹は半分ずつの血のおかげか、どっちの世界でも適応できるらしいんだけど、まああっちの世界はもうなくなったから意味はねぇかな」
「世界が……なくなった? それは本当なのか?」


 大精霊が残した手紙のすべて、まだ俺は認められていなかった。
 冷歌の目は本気だ。真剣に、頷いた。


「大精霊が……あたしたちの世界を放棄したんだよ。制御しきれなくなったから、大精霊は逃げ出した。……そして、大精霊の騎士として仕事をしていたあたしの兄貴が、大精霊と戦ったんだよ」
「……大精霊の騎士?」
「たぶん、あんたもそうなんじゃないのか?」


 いや、知らない。
 けど、大精霊は勝手にその立場を俺につけている可能性も考えられた。
 だとしたら追加で報酬をもらってもよい気がする。


 ていうか、一つ怖い話を聞いてしまった。
 大精霊がいなくなったということは、まさか、この世界もそうなるのか?
 ……大精霊が世界を管理している。
 その管理者がいなくなったのならば、維持ができなくなる。それは当然の話だ。


 一刻も早く見つけ出さなければならない。
 仕事が嫌になって、とかで逃げたのなら、ぶちのめそう。


「大精霊と世界崩壊について教えてくれないか?」
「大精霊が世界の管理をしていることは知っているだろ?」
「……ああ」
「だから、管理しなくなる精霊がいなくなった世界は、そのままゆっくりと朽ちていくってわけだ」
「家を管理する人がいなくなれば、どんどんボロボロになっていくのと同じか」


 俺の言葉に、冷歌はこくりとうなずく。
 考えていたとおりってことか。


「まあ、規模は小さくなるけどそんなもんだぜ。無法地帯が荒れるのと同じ。誰も管理しないなら、そりゃあどんどんボロボロになるってわけだぜ」
「……それで、おまえは自分の世界がなくなったのか?」
「……最後に完全に破壊したのは、あたしのお兄ちゃんなんだけどな」
「どういうことだ?」
「大精霊は、世界の歴史も操っていたようなもんだったんだよ。……簡単に言えば、これから先の未来はすべて決められていて、大精霊はその未来に合わせて世界の環境を整えているんだ」
「世界の歴史……か」


 ……決められた未来――それも破滅に向かって進み続けようとする指導者。
 そんなのがいたら確かに許せない。


「その歴史には、あたしたちの世界がいずれ崩壊することも書かれていたってわけだ。……いつまでも、その歴史に従いたくなかったこと、それを理由に見捨てた大精霊を許せなかったお兄ちゃんは、大精霊を殺した」
「……殺したって、それで殺せるもんでもねぇだろ」
「……ああ。お兄ちゃんは、めちゃくちゃ強かった。お兄ちゃんはずっと大精霊のもとで騎士として鍛錬していて、精霊の力も持っていたんだよ。……そのときでさえ、すでに大精霊に並ぶような力だった。……それに、今はあの世界の大精霊の力も奪い取ったから、たぶんもっと強くなっている」


 それだけの力を持っているなんて羨ましいものだ。
 ……って、ちょっと待てよ。


「おまえの兄貴さんからメールが来たって言っていたけど……」
「お兄ちゃん、この世界の大精霊について調べていたんだ。けど……最近なんだか様子がおかしくて。一か月くらい前に突然いなくなって、それでいきなりこのメールなんだよ。嫌な予感がして、あたしはすぐにお兄ちゃんが指定した迷宮の攻略に向かって、今も進めているところなんだぜ」
「……嫌な予感、か」


 兄貴が何を考えているのかわからないが、この迷宮や大精霊の手紙。
 これらがまったく無関係ならば安心だが、きっと大きく関係している。
 冷歌はそれから俺をのほうに視線を向ける。


「この世界もきっと、歴史は決まっているんだ。どんな未来があるのか……大精霊はそこらへん知っているから、逃げたんじゃないの?」


 試すような口ぶりだ。
 そんな彼女に俺は肩をすくめてみせる。


「どうなんだろうな。世界の歴史なんて言われても、俺からしたらそんなものがあるのかどうかも不明だ。今ここでこうして俺がいるのは、歴史に決められたものじゃないって信じたいけどな」
「……そうだろうな。……ああ、だからあたしもあたしで、やるべきことがあるんだ」
「兄貴を止めるのか?」


 こくりと彼女はうなずいて、立てかけられた剣を見る。
 部屋の隅にあるそれを彼女はこちらに渡してくる。


「あたしに手を貸してくれないか? あたし一人じゃ、今攻略中の迷宮の突破は難しいんだ」
「……そうか。一つ聞きたいことがある」
「なんだよ?」


 彼女の剣を受け取る前に、俺はどうしても確認しなければならなかった。


「もしも、おまえの兄貴が、この世界の大精霊を狙っていて、ぶつかるとしてだ。俺はあんたの兄貴だろうが、ためらいなく止める。言葉じゃ無理なら、拳で……命を奪ってでもな」
「……ああ」
「冷歌、おまえは兄貴にあってどうするんだよ。どうしたいんだよ」
「……あたしはこの世界で生きたいんだよ。だから、大精霊を殺すというのなら、あたしはお兄ちゃんを……刺し違えてでも止める。この世界はあたしたち兄妹を拾ってくれた、大切な世界なんだ。勇人がやらないっていうのなら、あたしがお兄ちゃんと戦う。それだけだぜ」


 世界で唯一の家族を殺さなければいけない状況、か。
 たとえ敵としてぶつかるとしても……それだけは彼女にはさせられない。


「それで、兄貴に会いに行くには迷宮攻略だったか?」
「ああ。兄貴はたぶんだが、迷宮の奥地から行ける次元のはざまにいるはずなんだよ。あたしも一応大精霊の騎士をやっていたからな。たぶんだけど、その力でこじあけていけるはずだ」
「……なるほどな」


 ってことは俺もできるのかもしれないな。いまいち実感がわかない。
 アイテムボックスとかは、もしかしたらその次元に干渉する類の技なのかもしれない。
 それにしても、ひどい話だな。


 冷歌たちは、ずっと大精霊に仕えていたのに、いざ実態を知れば自分たちはただ世界崩壊するまでの間のコマでしかなかった、というわけか。
 兄だって、大精霊を憎んでいるはずだ。


 ……そして妹は、その兄を止めるために今もあれこれ考えている。
 苦しそうな顔をしている彼女に、片手を差し出す。


「俺の目的は、大精霊を探し出してさっさと仕事に戻ってもらうことだ」
「……そうだな」


 それは確かに第一の目標だ。
 アーフィと再会したいから、大精霊を見つけ出す。
 それはもちろんだが……それよりも俺は、この兄妹をどうにかしてやりたいと思った。
 兄ならば、これだけ苦しい思いを妹にさせてはいけない。それが俺の兄としての、妹に対しての接し方だ。
 ……冷歌の兄貴が大精霊を調べているのなら、兄貴に会えば大精霊について知ることもできるだろうしな。


「だけど、それだけじゃない。今もう一つやりたいことができたんだ」
「そうなのか?」
「ああ。おまえが困っているのなら、俺が助ける。だから、そんなに泣きそうな顔をするなよ」


 妹みたいで、彼女にできる限りの笑みを向ける。
 明るく、元気づけるように。それが、冷歌にとっては慣れないようだ。
 頬をわずかにそめてそっぽを向いた。


「別にあたしは泣きそうな顔なんてしてねぇよ!」
「そうか? さっきからずっとそんな顔だぜ。せっかく可愛い顔しているんだから、もっと笑ったほうがお得だぜ」
「う、うっせーな! いいから、あんた! 明日からすぐに迷宮攻略なんだからな! 今日はもうゆっくり休んで行けよな!」


 彼女が剣をぽいと俺に差し出して、そのまま奥に歩いていく。


「部屋の風呂、覗いたらぶっ飛ばすからな!」
「覗かないよ。ゆっくりしててくれ」


 片手をあげて、受け取った剣を眺める。
 青い剣は彼女のわずかに見えた髪をあらわしているように綺麗だ。
 それをアイテムボックスにしまい、軽く息を吐いた。











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