オール1から始まる勇者

木嶋隆太

妹視点 第八話



 開けた宝箱から四枚の羽をもつ、小さな生物が飛び出した。
 それは勢いよくあたしの眼前を飛び回り、それから声をあげた。


「やっと、あの狭い空間から出られましたわ!」


 楽しそうに動いている。
 彼女を見るあたしたちはぽかんとしてから、目を合わせた。


「……あれは、宝箱のレアアイテムなのかい?」
「えと……アナライズでも調べられなくて気になって開けてみちゃったんだ」
「調べられないような存在……か」


 咲葉が首をひねりながらしばらくその生物に視線を向けている。
 と、そいつはやがてこちらに気づくと、羽を動かしながら近づいてきた。
 なぜかあたしの肩に乗る。特等席とばかりに、彼女は笑顔を見せた。
 なんだか、かわいい生き物だしまあいいんだけど。


「あたしは精霊の……えーと、名前はクワリ、だったと思いますわ」
「思うってどういうことなの?」
「なぜか、あんまり記憶がありませんの。どうしてあそこにいたのですの?」


 知らないよ、こっちが聞きたい。
 クワリは顎に手をやったり、頭に手をやったりと首をひねり続けている。
 それでも思い出せないようで、最後にはあきらめた様子だった。


「何も覚えていないのかい?」


 咲葉の質問に、クワリは顎にひとさし指をあてた。


「覚えていることもいくつかありますのよ」
「それを話してもらってもいいかい?」
「わっ、突然顔を近づけないでくださいまし! 驚いてちびりそうになりましたわ!」


 口調は丁寧だけど言葉は汚いなぁ。
 咲葉の表情は柔らかい。クワリを見る目は、なんだかあたしに向けるものと似ている。


「咲葉、気に入ったの?」
「ああ、私はかわいいものには目がなくてね。持ち帰って虫かごで飼いたい」
「わたくしを虫と勘違いしないでくださいまし!」
「そうだよ、狭くて飛びにくいよ!」
「そういう問題ではありませんのよ」


 クワリがぷんぷんと両手を振り回す。
 咲葉は、こほんと咳ばらいをして、それから片手を腰に当てた。


「クワリ。それで覚えていることってなんだい?」


 宝箱に閉じ込められていたのだから、色々と貴重な情報が聞けるかもしれない。
 クワリはあたしの肩で足をぱたぱたと動かす。


 ちょっとだけ、体に当たって気になるからやめてほしい。
 蚊でも払うように手を動かすと、クワリが頭の上へ飛び移る。
 足を動かさなくなったから、まあいいかな。


「わたくしは……えーと、なんか結構すごい精霊だった気がしますの」
「早速あいまいだね」
「し、仕方ありませんのよ。……確か、このダンジョンを作って……ええと、うーん、全然覚えていませんわ」
「……無理に思い出す必要はないよ。覚えていることを、とりあえずなんでも教えてくれないかな?」
「そうですわねぇ……わたくしは、このダンジョンの第二十階層に行かないといけませんの」
「……第二十階層? そこが最奥になるってことかい?」
「ええそうですわ」
「なんでまた、第二十階層に行くつもりなんだ?」


 咲葉のいう通りだ。
 何かあるのかな?


「……そこに行かないと、地球が崩壊してしまいますの」
「地球の、崩壊?」


 ちょっと、突飛すぎる発言に、あたしたちは顔を見合わせる。


「そうなんですわよ。……どうして、なのかは覚えていませんの。けど、一刻も早く向かわないといけませんの! でないと、あと二週間くらいで、地球が崩壊してしまうのですわ!」
「……二週間!?」
「ええ、ですから、あなたたち、わたくしに協力してくれませんこと?」


 困っているなら助けたいけど、今のあたしたちだけでは厳しい。
 戦闘自体はこなせるようになってきたけど、一気に第二十階層まで行くには、とてもではないが普通の方法では無理だ。
 それを察してくれた咲葉が、私の代わりに首を振る。


「あいにく、こっちもそれほど戦闘は得意じゃないからね。他を当たってくれ」
「ま、待ってくださいまし! わたくしも協力をしますのよ!」
「協力?」


 咲葉が断ろうとしていたけど、その言葉にあたしが反応する。


「沙耶……これはゲームでいうクエストみたいなものだけど、今の私たちには少し厳しいと思うんだ。下手に話を聞いても、時間の無駄になるだけだと思うよ」
「そうかもしれないけど、それでも困っているならやっぱりちょっと気になるっていうか」
「……まあ、そういうだろうとは思ったよ」


 咲葉はそれをわかっていたからこそ、そこで会話を切り上げようとしていたのかもしれない。


「それでは――」
「話をするなら、一度第三階層に行こう。いつ魔物が出てくるかわからないからね」
「魔物、ですの? それならば、ちょうどいいですわ」
「どういうことだい?」
「わたくし、魔物と契約する力を授けるつもりでしたのよ」
「……魔物と契約!?」


 それって、つまり配合とかして強くしていくっていう系のあれかな!?
 あたしは頭の上のクワリを掴んで眼前に持っていく。


「いぎゃーですわー! 痛いですわよ、痛いですわよ!」
「あっ、ごめんね! それで魔物契約って何かな!?」
「……ふ、ふふ。それは簡単なことですわよ。とりあえず、魔物を倒してみますのよ」
「魔物を……」
「とりあえず、で戦う相手ではないんだけどね」


 咲葉はクワリをにらみつけるように視線を向ける。


「こ、怖いですわね……。なんでそんなに睨みますの?」
「私は一応、沙耶を守る立場にあるんだ。……もしも、クワリ。キミがおかしな真似をするようなら、私はただではすまさないからね」
「な、なにもしませんわよ!」
「ちなみに、私になら何もしても構わないよ。私は、責めるのも責められるのもどちらでも構わないからね」


 ……何を言っているのよ、まったく。
 クワリがひきつるような顔で咲葉を見ている。あたしも同じだ。


「とりあえず、魔物を倒す必要がある、それで間違いないかい?」
「そうですわね。ただ、今のわたくしはそれほど強い力を持っているわけではありませんの。魔物を仲間にするにしても、あまり強いのは無理ですわよ」
「それなら、問題ないと思う」


 咲葉の言葉にあたしもうんうんと頷く。
 今このエリアにいる魔物は、例の三体だ。
 彼らならば、格上ではないという確信があった。


「それにしても……クワリ。宝箱を入れ替える力を持っている沙耶だからいいものの。普通に考えたら、一生出られない可能性もあったね」
「……本当ですわよ。たぶん、わたくしがこの迷宮を作ったのですけれど、その時に設計ミスをしたのだと思いますわ」


 間抜けだね。
 あたしがじーとみていると、クワリがむっと腕を組む。


「ダンジョンを作れる、か。精霊というのは一体どんな生き物なんだい?」
「この世界を管理、していたはずですわ。わたくしの手違いで、世界にポコポコ迷宮が出現してしまって……」
「手違いって……それをよくもまあ沙耶の家に作ったね」
「そんなに怒らないでくださいまし……わたくし、何も覚えていませんの」


 涙目になったクワリを見ると、あたしは咲葉を止めたくなる。


「まあまあ、今はまだそんなこともないんだし、いいんじゃないかな?」
「沙耶がそういうのなら私もこれ以上は言わないけどね」


 咲葉はあくまで、クワリに釘をさしたかったようだ。
 あたしのことを考えてのきつい発言をしてくれているのはわかっている。
 だから、クワリの頭を軽くなでながら励ます。
 それから魔物を探していく。すぐに、進行方向の空間が歪んだ。
 何が出るのだろうか。
 サークルフレイムを用意しておく。
 出現したのは……前に苦戦したゴブリン、ウサギ、ボアピグの組み合わせだ。


「クワリ、君は魔法の援護くらいはできるのか?」


 そうなれば、より戦闘が楽になる。
 あたしが期待するように見ると、クワリは両手を腹に当てた。


「あたたたっ! わ、わたくし急におなかが痛くなりまして……」
「そうかい。それならもっと痛くなるようにしようか?」
「や、やめてくださいまし! わたくしに戦闘能力はありませんのっ」
「……それで、よくもまあ二十階層に連れて行ってというね」
「だ、だって……たぶんここに訪れる人ならきっと楽に二十階層に行けると、記憶を失う前のわたくしは考えていましたのよ!」


 ……えぇ。
 あたしたちじゃ所詮このくらいが限界だよ。
 咲葉もしばらく考えるように顎に手を当てていたが、首を振ってから剣を肩に担いだ。


「とりあえず、やってみようか」
「うん、咲葉前衛お願いね」


 あたしは魔物たちから距離をあけ、咲葉がゴブリンたちとにらみ合う。
 まずはこちらからだ。あたしが先制の魔法を放つ。
 サークルフレイムが、空間からはい出てきた魔物たちの足元で展開される。
 しかし、それはあっさりとかわされる。ゴブリン、ボアピグ、ファングラビットはそれぞれ散開する。
 ……やはり、ただ魔法を放つだけでは、なかなか当たらない。
 魔法へとどうやって繋げるか。そこを意識する必要がある。
 咲葉が前衛で戦闘をこなす。敵を仕留めるような動きじゃない。
 咲葉は守りに徹するようにして、三体を相手している。あたしの魔法待ちだ。


「あのゴブリンなら、仲間にできますわよ」
「……仲間の条件ってあるの?」


 肩に乗るクワリに聞き返すと、彼女は控え目にいう。


「……生け捕り、ですわね」
「咲葉、聞こえてた!?」
「あまり、聞きたくない言葉がねっ」


 確かに、前衛で敵を倒せないとわかったら嫌だ。
 そうこうしていると、ファングラビットがこちらへとかけてきた。咲葉が慌てたようにあたしを見た。
 けど、大丈夫だよっ。あたしはこくりと頷いた。
 あたしだって、いつまでも剣がまるで使えないわけじゃない。


 ぶんと剣を振りぬくと、ファングラビットが跳躍する。噛みついてきたのを身を低くしてかわしながら、ゴブリンとボアピグへと視線を向ける。
 魔法が、放たれるような感じがした。どっちだ……っと思ったら、ボアピグのほうだ


 ボアピグの魔法は突進だ。
 魔法が発動してからはまっすぐに突っ込むだけだ。
 ならば、そのタイミングで足場を燃やせばいい。


「咲葉、ゴブリンを弾いて!」
「わかったよっ、スラッシュ!」


 大振りによってゴブリンの体が弾かれる。
 そこに合わせてボアピグが突っ込もうとしたが、咲葉とボアピグの間にサークルフレイムを展開する。
 火によって、ボアピグは焼け死ぬ。


「沙耶、後ろですわ!」
「そろそろ、だと思っていたよ!」


 とびかかってきたファングラビットの攻撃を、剣の腹で受け止める。
 弾かれたあたしは、もう一度剣を振りぬく。
 ファングラビットはくるっと回ってあたしの一撃をかわす。器用な奴め。
 こちらへと噛みついてきたので、タイミングよくヒートバレットを放つ。


 速度を重視して、今回の魔法は展開した。ほとんど距離のない状態からの一撃が、ファングラビットの体を弾いた。
 あとは、ゴブリンだけだ。
 咲葉が適度に痛めつけている。楽しそうだ。前に兄貴が持っていた漫画の中の女王様みたい。


「これで、大丈夫かな?」
「……うん、その……大丈夫だと思いますわ」


 ゴブリンは速く殺してくれとばかりにその場で倒れている。
 息はあるようだが、もはや両目には涙が浮かんでいる。
 このゴブリン、よく見るとメスのようだ。可愛らしい容姿をしている。だから、咲葉も積極的にいじめていたんだ。怖いよ


「……それでは、沙耶。あなたが持つ力でゴブリンを従えてみますのよ」
「えっ?」


 そんなのいつの間に与えたの?
 アナライズを使用してみると、確かに体内に魔物と契約できるような言葉があった。
 ……とりあえず、やってみようか。



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