オール1から始まる勇者
第八十八話
初めて訪れたとき、俺はこの街に心のどこかで感動していた。
まあ、絶望の文字もあったな……本当に異世界にきてしまったんだ、と。
懐かしい記憶の景色と、目の前の惨状は同じ場所なのに、一致しない。
人々は逃げながら悲鳴をあげている。
霊体をまとっているが、それはあくまで逃げるための鎧だ。
魔物が街の中を我が物顔で歩いていく。
騎士たちが魔物を倒していく。だが、どれだけ倒しても敵の数が減ることはない。
この魔物たちは途切れることはないのでは……と思うほどだ。
それこそ永遠に終わらないようなほどに、魔物はあふれ出している。
実際、そうなのだろう。あの空の穴を塞がない限り、魔物が止まることはないはずだ。
巨大なオークが地上へと着地する。
空を飛べない魔物であっても、空中の間は羽でも生えているかのようにゆるやかに下降していく。
空のあの裂け目には、何か俺の理解の範疇を超えたエネルギーが眠っているのかもしれない。
地上におり、オークが暴れようとばかりに片腕をあげる。
ハンマーが握られたその手を振り下ろす。
街へと叩きつけられる寸前で、俺がわりこみ剣を振りぬく。オークのハンマーを受け流し、オークの姿勢を崩し、返す刃で足を吹き飛ばした。
体のどこにも問題はない。万全……とまではいかないが、この八割ほどの力は出る。
……暗い空気を持つ街を見て、俺は頭をかく。
「全員、魔物を撃破しろっ」
後方で控えていたレーベリアたちがそれぞれの武器を持ち、一斉に剣、槍、斧などの武器が振りぬかれ魔物たちの体が切り裂かれる。
レーベリアたちが乗っていた竜も、それぞれが魔物へとぶつかっていく。
この中でもピナは元気に魔物を食らっていく。
俺たちの進む先の魔物たちが蹴散らされていく。魔物たちも、俺たちを危険と認識したようで、数を集めてやってくる。
……どれだけ来ても、雑魚は所詮雑魚だ。
俺たちが強い魔物を引きつけ、俺たちでは対処しきれない弱い魔物を街にいる戦闘可能な人間が対処していく。
俺は両手に剣を持ち、一振りで魔物を切り殺していく。
右、左と彼らは自分の命さえ惜しくないのか、特攻を繰り返してくる。
「いまだ! 走れる奴らは、このまま一気に逃げろ!」
道の魔物たちを掃討したところで、声を張り上げる。
固まっていた街の人たちは、顔から絶望の色を消し、必死な顔つきで走っていく。
「……これが、災厄」
「アーフィ、あんまり悲しんでいる場合じゃないよ」
「わかっているわ」
人間の死体がいくつか転がっているのを見て、彼女は目を伏せた。
……そんな彼女を見ると、あまり戦いに参加させたくはない気持ちが浮かんでくる。
とはいえ、アーフィがいなければ俺たちの戦力は大きく減ることになる。
俺は……これだけの被害を見ながらも、どこか冷静に状況を見守ることができた。
アーフィが俺の分まで悲しんでくれているのかもしれない。
まだ魔物は空から降ってくるが、俺たちは一定の距離で人々を守る道を作る。
十分程度戦闘をしたところで、一息つけるだけの空間を確保する。
冒険者ギルドが避難所のようだ。
俺たちもそちらへ向かい、ようやく建物入り口に到着する。中にいるたくさんの市民をみながら、扉の前で周囲を観察する。
と、一緒に駆けてきた騎士が呼吸を整えたあと、ぴっと敬礼をしてくる。
「あ、ありがとうございます! あなたがいなかったら……恐らくもっと被害があったでしょう」
「とりあえず、この区画は大丈夫か?」
「はいっ。ここまで避難できれば、あとはここを騎士たちで守りぬけば問題ありません」
「……了解だ。レーベリア。この中から何名か残せるか?」
「はい。五名を残しましょう」
「というわけだ。レーベリア、誰かリーダーを指名してくれ。終わったら、城のほうに向かう」
レーベリアにそちらを任せ、騎士たちと話をして情報を集める。
……どうやら精霊の使いは全員戦闘に参加しているようだ。
だが、精霊の使いは必ずしも国の戦うわけではない。
俺だってそうだ。俺の目的はあくまで、日本に帰るために戦っている。
そういう考えで動き、死なないように立ち回るのもいるし、例えば力を見せびらかして動くものもいる。
……これは名前を聞かなくてもだいたい予想できる。この世界に残りたい奴らだろう。
少しでも、自分の価値をアピールするための就職活動みたいなもんだろう。
彼らは戦闘能力があるため、魔物を蹴散らしてくれているそうだ。
活躍してくれるなら、まあいいんじゃないだろうか。
おおよそ、この街は四つの区画にわけられており、俺が今いるギルドなどがあるここは、すでに市民の避難もだいたい終了したようだ。
レーベリアからの指示も終わり、俺はすぐに歩き出す。
「街を救ってください精霊の使い様!」
その場にいた騎士の多くが敬礼をしているが……この中には俺を馬鹿にしていた奴もいるんじゃないだろうか。
なんて考えていたが、首を振る。
そんな小さいこと、今さらどうでもいいか。
この戦いが終われば、俺は……この世界とはおさらばなんだ。
城へと走りながら、なるべく魔物を引き付けて数を減らしていく。
街なんてどうでも良い、とまではさすがに言わない。
ここはリルナたちが住む国でもあるし、少しでも恩を売っておこう。
リルナにはアーフィの面倒を見てもらおうと思っているからな。
「ハヤト様! 今すぐについてきてください!」
城へと到着すると、すぐに騎士がやってきた。
待っていたとばかりに呼吸を乱しながら騎士が駆けてくる。
だが、同時に魔物が城へと襲い掛かる。
「ハヤト様、ここは私たちにお任せください」
レーベリアが魔物を止め、風で吹き飛ばす。
……彼らが城の入り口へと襲い掛かる魔物を食い止め、俺とアーフィは騎士についていく。
城も結構被害があるな。
街に比べれば比較的整っているのだが、これだけ目立つと魔物も標的にしやすいのかもしれない。
敷かれた絨毯をふみつけながら、つれてこられたのは、作戦会議室だ。
何名かの騎士たちが並ぶ中に、渋い顔をしている黒羽と騎士団長がいた。
「今浪か……」
嘆息をしながら呟いた黒羽であったが、心なしか顔は落ち着いたものへと変わった。
期待、されているのだろうか。悪い気はしないけど、俺にだってできることの限界があるのだ。
無茶なことを頼まれないことを祈りながら、彼らに近づいた。
「それで、用事はなんだ?」
「空の化け物を討伐してほしい」
黒羽が指を示した先――暗い空を割くような巨大な化け物がいた。
最初に見たときよりもその化け物は出現している。
空間を自らが破壊し、こちらの世界へと踏み出そうとしているようにも見えた。
完全に姿を見せたときの全長は、恐らくこの街など軽く踏みつぶせるのではないだろうか。
そんな予感さえできてしまうほどに、一つ目のその化け物は巨大だった。
……あれが、大精霊の言っていたハマミレーナという奴だろうか。
「……あの空だ。あいつが吠えるたび、魔物が増殖しているようなのだ」
騎士団長が呟き、それから黒羽は肩を竦める。
「その討伐部隊に……あいつらが行ったんだよ。おまえの友人の仲良し三人組がな」
皮肉をたっぷりと込めて黒羽が言い切った。
「失敗したのか?」
「空竜に乗っていったが、魔物が多すぎてどうにもならなかったんだ」
「他のみんなはどうしたんだ?」
「街へ魔物を倒しに行っている」
「……そうか」
「あいつ……をやれるか?」
期待の目がいくつも向けられる。
この場にいる全員が、俺に賭けようとしている。
……ここで仮に俺が断ったとしたら、どうなるんだろうな。
その答えを少し知りたい悪戯心も自覚したが、俺は嘆息交じりに頷いた。
「出来る限りはやってみるよ。期待はしないでくれ」
「……そうか。一応、俺たちも魔法の援護をする。……空竜は外に用意してある。準備が出来次第向かってくれ」
「なら、さっさと行くか」
俺の言葉を受け、騎士たちの顔が明るくなる。
……現金な奴らだ。
軽い思考をしながら、俺は作戦会議室から出る。
通路を歩きながら窓から空を見る。
黒い空だ。
美しかった街の景色さえも破壊するほどに空の闇は深くなっている。
まだ飲まれていない青い空から差し込む光のおかげで、まだ完全な夜とはなっていない。
ただ、それも時間の問題だ。
俺がやらないと……だな。俺一人に任せて……この国の奴らは今まで何をしていたんだか。
そんな愚痴をこぼしながら歩いていると、ぎゅっとアーフィが手をつかんでくる。
「……大丈夫?」
「出来るかわからないが……俺以外にいないならやるしかないだろう」
「そう……ね。私ももちろんついていくわよ?」
「なら、心強いな」
……アーフィのために俺は戦っているんだ。
こんな災厄にこの国が飲まれたら、アーフィは一体どこで暮らせば良い?
そう思えば、自然と力が沸きあがる。
これが……最後の戦いになるはずだ。全力を叩き込んでやれば、それでいい。
「イマナミ様! こちらです!」
騎士たちが敬礼をしてくる。
……やけに人数が多いな。さっさと街のほうにいけば良いのにと思いながら、空竜へと向かう。
空竜は美しい翼を畳むようにして、地面に立っていた。
その姿はさすが城で飼われているだけあり、そこらの竜とは比べ物にならない美しさだ。
見とれている場合じゃないな。
空竜がぺたんと頭をさげてきて、アーフィとともにその背中に乗る。
アーフィを後ろに座らせ俺は空竜の手綱を掴む。
これでも、ピナで鍛えられたのだ。俺が軽くその背中を叩くと、空竜が翼を広げる。
大きな翼が数回動くと、風が吹き荒れ空竜が地上から空へと向かう。
俺たちに気づくと空竜へと魔物が近づいてくる。
「おい、竜っ。とにかく魔物をかわしながら突っこんでくれ!」
「りゅりゅりゅー!」
言われたとおりに飛行しながら、確実に一つ目へと近づいていく。
良い子だなこいつは。
ある程度近づいてきた魔物は剣で斬り、風で弾いていく。
場合によっては、魔物の自由を奪うように風で吸い寄せたところで切り殺す。
「りゅりゅりゅー!」
空竜がその場で止まる。
眼前を見やると、魔物たちが壁を作るように固まっていた。
ここに空竜に突っこめと命令を出すのは、さすがに俺たちも危険かもしれない。
アーフィをチラと見て、腹を括る。
……ここで怯んでいられないってのっ。
騎士や国の連中は……悪いが今は頭から除く。
落ち着いた状況になり、俺は鋭く前を睨む。
空竜の背中で立ち、吹き荒れる風の中敵を真っ直ぐに見据える。
襲い掛かってくる飛行型の魔物を切り伏せ、その返り血をあびながら、両腕まで出てきている化け物へと視線を向ける。
大きな頭には一つの目がついている。それがぎょろりと俺を捉える。
魔物の数が増え、空竜も満足に飛行できない。
俺は自分の体に風をまとわせながら、飛行型の魔物の位置を把握していく。
全身に霊体を纏い、進むことができなくなった空竜の背中をけりつけ、空へと身を乗り出す。
「ぎゃぴっ!」
「ごめんな、竜! アーフィ、風を頼む!」
俺は自分でも風を作り、空を移動し魔物の背中を踏みつけてさらに近づいていく。
「後ろは、任せてちょうだい!」
温かな風が全身を包み、俺を誘導してくれる。
魔物の背中を踏み、次に俺が行きたい方角へ、風が背中を押してくれる。
魔物を踏んでの移動を繰り返し、そして俺は振るわれた巨大な一つ目の腕に剣を突き刺す。
それにしてもでかい腕だな。俺が乗っても全然問題ないほどのサイズだ。
全身で受け止め、弾かれそうになるがその腕にしがみつく。
俺は剣を足場にして、くるりと上にあがる。
「おっとと!」
一つ目の腕へと着地し、その目へ笑みを向ける。
苛立ったように魔物の目に力がこもる。もう片方の腕が振り上げられ、俺は一気に駆けだす。
振り落とそうと腕を振るわれた瞬間、俺は近くの魔物へと飛び移る。
一、二……と心中で数字を数えながら、三体目の魔物で一気に一つ目の目の部分へと飛びつく。
その近くで浮遊していた鳥の魔物へとしがみつき、翼を思い切りひく。
引きちぎるような力に魔物は痛みを和らげるために引っ張られた方へと跳ぶ。
俺は剣を右手に持ち、じっと一つ目を睨む。
「悪いが、この国はこれからアーフィが暮らす大切な居場所なんだ。こんなことで潰されたらあいつはどこで暮らせばいいんだ?」
「……!」
一つ目の目に力がこもり、そこに魔力が集まる。
次の瞬間、強烈な光が俺へと襲い掛かる。……魔力のレーザーってか。
俺はそれを剣にまとった強い風と共に振りぬく。
一瞬の攻防のあと、俺の剣が弾き飛ばされる。
それでもまだ、ステータスカードから剣を取り出せば良いだけの話だ。
剣を取り出しながら俺は一つ目の眼前へと飛び出す。
魔物の両腕は、ちょうど良い足場だ。肩を回しながら、俺は一つ目に剣を突き刺した。
「おらよっ!」
大きく身体がのけぞる。その剣を押し込むようにひねり、一気に引き抜く。
一つ目の体が揺れ、その体が空間へと飲み込まれていく。
あと一歩ってところか。
空間に必死にしがみついている一つ目へ、俺は剣を放り投げて追撃を行う。
……一つ目の体がおちていくのにあわせ、空間も閉じていく。
最後のあがき……とばかりに一つ目が拳を振り上げる。
俺が大きく跳んで攻撃をかわすと、拳は空を切り、同時に空間が完全に閉じた。
いまだ残っている魔物たちは……急激にその体を小さくしていく。
終わった、ようだな。さすがに力を使いすぎたが……これだけ隙だらけな分、ヴァイドのほうがよっぽど強かったね。
俺は周囲を見て、はっと焦る。
魔物たちも……空間がなくなったことでかその体を消滅させていく。
俺はこの魔物たちを足場にしようと思っていたのに、もう足場にできる魔物がいやしない。
「うぉっ!?」
重力に引っ張られる形で、俺の体が地面へと落ちていった。
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