オール1から始まる勇者
第八十二話 二十七日、二十八日
俺は一度自室に戻り、メイドのカルラを呼んだ。
「どうしたのでしょうか?」
「この国の……地図をもらえないか? 出来れば北のあたりをわかりやすくした奴だ」
「わかりました。少しお待ちください」
俺はひとまず持っている世界地図でおおよそのアーフィがいるであろう居場所にあたりをつける。
……場所は、今までに訪れたことのない場所だ。三日月型の大陸の北東のほうだ。
ここからならば……一日程度でいけるであろうその場所に、恐らく敵の拠点があるはずだ。
しばらくして、カルラが一枚の地図を持ってきてくれた。
「これでよろしいでしょうか?」
「おっ、それだよ。ありがとな」
「いえ、気にしないでください」
カルラからすぐに受けとって、地図で場所を把握していく。
世界地図とは大きさが違うため、細かな場所まで良くわかる。
あちこちの街を見て、迷宮都市の場所もわかる。そこからやや北東へ向かった場所のあたりが、アーフィがいると思われる場所だった。
その足でリルナのもとへと向かい、部屋でぐだっと横になっているリルナを見つけ、口を開く。
「みんな忙しそうだけど、おまえは相変わらずだな」
「うーん、だって私別にやることないし! 何しにきたの!?」
ぴょんとあがったリルナだったが、普段のようなおちゃらけた雰囲気はなかった。
その何かを疑うような視線に、俺は慌てて両手を振った。
「これからアーフィを助けに行くんだ。そんな目で見てくるな」
「よかった。助けに行かないっていったら、どうしてくれようかと思ったよ」
「恐ろしい奴だな。……それで、地図のこの場所にある街なんだが、詳しく教えてくれないか?」
「なんで?」
「……俺はアーフィの眷属って前に言っただろ? なんとなく、ここにアーフィがいる気がするんだ」
「……その街。レヴェンチっていうんだけど、宰相さんが治めていた領地だよ」
「なんだって?」
予想していなかったわけじゃないが、まさか宰相がいた場所に戻るとは思ってもいなかった。
ただ……これは少しまずいな。敵からすれば、宰相はもう俺たちの手の中にいる。
レヴェンチだってこんなときでなければすぐに調査が入るだろう。
つまり、敵もいつまでも居座る、というわけでもないはずだ。
アーフィがどこかへ連れて行かれる可能性もある。それこそ、南の国ぺドリック国なども十分考えられる。
というか、今までアーフィはそこにいたのだから、戻る準備を整えて必ずいつか帰るだろう。
……ぺドリック国に行かれたらもうどうしようもない。
やはり、すぐに出発しないと、だな。……できれば、一日くらいレベル上げをしてからいきたい気持ちもあった。
……ヴァイドと今のままやりあって、勝てるのかどうか不安がある。
「なんだか、不安そうだね」
「……当たり前だろ。今までと違って、強くなるための作戦も、考えも何もないんだからね」
「そっか。それでもいくんだ」
「行かないと、リルナに何されるかわからないんだろ?」
「えー、それが理由なの?」
「違うよ。アーフィを助け出したいからに決まっているだろ」
「うん、それだけしっかりしてれば、大丈夫だよ」
「……大丈夫だったらいいんだけどね」
心持ち一つで勝てるようになるのなら、才能や訓練なんてものはない。
絶対に越えられない壁というのは確実にある。
だから、俺は不安だ。けれど、それを忘れるように首を振ってリルナに問う。
「乗り物で……俺でも乗れそうなものってないか?」
「竜ぐらいしかいないよ。頑張って乗ってみるしかないね」
「……そりゃあ、不安だな」
馬と竜……どっちも乗れそうにないが、移動速度をあげるために、何かしらの生物に乗っていきたい。
リルナがベッドを押すようにして立ち上がる。
上を一枚羽織り、靴を履いて首を傾ける。
「ほら、私の可愛い竜を一体貸してあげるよ」
「……え、おまえ竜持ってるの?」
「王族なんてみんな竜持ってるよ? 誕生日にもらえるからね」
「スケールのでかいプレゼントだ」
にこっとアーフィは笑顔を浮かべる。
彼女についていき、到着したのは竜舎だ。そこにはブリーダーの人だろうか?
竜舎を掃除している人や、竜に実際に乗っている人もいる。
……ここにいる竜は地竜ばかりのようだ。とういか、空を飛ぶような竜は、ほとんどいないんだよな。
「リルナ王女様。どうしたのですか?」
「私のピナちゃんいますか?」
ピナちゃん? ……まあ、名前にあれこれ言うつもりはない。
「ええ、元気ですよ。ピナっ」
声をあげると、ピナと呼ばれた竜がその場で飛び上がるように体を起こす。
後ろ足でたち、その場で奇妙なダンスを見せたピナへ、リルナがゆっくりと歩いていく。
……それにしても、背筋もぴんとして、本当に別人だよな。
リルナが近づくと、鼻息あらいピナは段々と落ち着いていく。リルナが一度撫でると、犬や猫のように従順な態度を見せる。
……彼女とピナの友好関係を垣間見た気がする。
竜を貸してもらって、俺にどうにかできるのか?
不安だが俺には人を操る力がある。
「ハヤト、来てください。心を偽らず、素直な気持ちでピナを撫でてあげてください」
「……ああ」
動物は人間の本性を見破れる、とか聞いたことがある。
偽りない気持ち。アーフィが好きで、アーフィを助けたい。
その真っ直ぐな気持ちを持ち、俺はピナへと近づいていく。
「この子はかなーり気性が荒いのですが、とても可愛い子ですよ」
ていうか、そうなったのはおまえが甘やかしたからなんじゃないの?
リルナが丁寧に俺に教えてくれたが……さて、どうなるか。
一歩、一歩と距離が縮み、竜は俺を一瞥する。
せっかくのリルナとの時間を邪魔するなってか?
リルナがピナに微笑む。ピナは俺をしばらく見て……やがて頭を深くさげた。
「おおっ! リルナ様以外にこんな姿を見せるのは初めてではないか!?」
興奮したブリーダーが、声をあげて近くのブリーダーの背中を叩いている。
「……認められたってことか?」
「さすが……精霊の使いですなっ。この竜もその潜在的な力を見破ったのであろう! ハッハッハッ、まったく精霊の使いとは素晴らしいですな!」
ブリーダーが腕を組んで微笑んでいる。
……力を使わなくていいのなら、それに越したことはない。
竜に近づき、優しく撫でると竜は目を閉じて喉をならす。
……確かに、サイズはおかしいが犬みたいな感じで可愛いな。
「ピナ、ハヤトの言うことを聞いて、彼に協力してあげてください。今、彼はちょっと困ってるんです」
「……ピナ、いきなりで悪いが俺を乗せて目的の街まで走ってくれないか?」
「ピィーピィー!」
任せろ、とばかりに頭を縦に振る。地竜というのは随分と賢い生き物のようだ。
というか、他の地竜の唸るような声とは違い、随分と鳴き声に特徴があるな。
ピナという名前の由来をかいまみたような気がする。
「それじゃあ……こいつを借りていっても良いか?」
「はい」
ここでダメだよー! なんていわれたら時間を返せと拳骨していたところだ。
ピナの足を使って背中に乗る。
「ピナは地竜と火竜から生まれた子どもでな。火竜の気性の荒さに、地竜のずっしりとした身体を併せ持つ、かなりいい竜なんだ。……ま、乗り手をかなり選ぶっていう問題もあるけどな」
「……へえ、おっと!」
ピナが後ろ足で立とうとするのだから、すかさず手綱を握る。
本当に元気な奴だな。
時間があれば、アーフィとのんびり乗ってみたいものだ。
しばらくしてドスンと、地面に前足を叩きつけ、ピナがどかんと柵を破壊して飛び出す。
「久しぶりに走れるっていうもんだから、うずうずしているようだな! 精霊の使い様! そいつを操るなら、目的の方角から逸れないように注意しときな! 勝手に走るから、あくまでもその気持ちを妨害しないように!」
「りょーかいだっ!」
上下に揺れる背中に乗り、上手く体を張り付かせていく。
……竜車をひく地竜がどれだけ利口で、温厚なのか良くわかる。
話もそこそこにピナは竜舎を飛び出す。
それこそ、前しか見えないピナが、建物へと突っこもうとするので、慌てて手綱を引っ張る。
右に左に暴れるピナにしがみつくと、ピナも嬉しそうに顔をこちらに向ける。
……俺についてこれるかな? みたいな生意気な顔をしていやがる。
ピナが地面を蹴って、そのまま街の外まで駆け抜ける。
竜が通るための道を抜けていったが、それでも道中の人たちを何度かひきそうになった。
あぶない地竜だ。
どうにか街の外に出て、手綱を引いて目的の方角へと誘導する。
ピナは顔をそちらに向けると、地面を蹴りつけて一気に駆ける。
これなら……一日もあれば着くはずだ。
魔物が何体かこちらへと近づいてくるが、地竜を見るとすぐに逃げる。たまに挑戦してこようとするのもいたが、ピナに乗りながら剣を振りぬいて切り刻む。
さすがに……騎乗しながらの戦闘は難しい部分もある。
……目的の街は、一日かからずに到着した。
ピナが速く、体力も多くあるおかげだ。
近くまできたことでか、胸に刻まれている眷属の証の光が強くなっているような気がした。
時計を取り出し、ピナに手綱を叩きつけて、ゆっくりと歩かせる。
だいぶ、俺の言うことを聞いてくれるようになったな。
ピナからおり、手綱をリード代わりに引いていく。
街の門へと近づき、ピナとともに列へと並ぶ。
周囲をみて鼻息荒くピナは体を揺らす。……あんまり興奮しないでくれっての。
ピナを見ながら俺はアーフィへと意識を向ける。
……やっぱり、ここだ。
この街の中からアーフィを感じることができた。
正確な位置は……はっきりとはしなかったが、ここまで来れば十分だ。
ピナとともに街へ踏み込んでいった。
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