オール1から始まる勇者
第七十七話
リルナの部屋へと案内され、彼女の向かいの席につく。
リルナの表情はどこか不機嫌であった。
「夜に私なんかと会ってていいの?」
「きちんと話してきているからな。……それで、これから話す内容はそれなりに大事なことだ。真面目なリルナで頼むよ」
周囲に視線をやり、盗聴などがされていないことを確認する。
リルナが顔を真剣なものへと変えたところで、俺は彼女を手招きして耳元で呟くようにいう。
「それとリルナ……敵をあぶりだすための作戦を立てた」
「へぇ、どんなもの?」
彼女に伝えたのは、アーフィに言ったのと同じ内容だ。
聞き終えた彼女が顔を離して腕を組む。
「……それ、アーフィが怒るんじゃないかな?」
「きちんと事情を話して、理解してもらってるよ。リルナが嫌じゃなければ、すぐにでも行動に移そうと思うんだけど……」
「……私はいいよ」
「なら、王様にも簡単に伝えておいてくれ。それと、会話を録音できるような魔石ってあるんだよな?」
「あるよ。騎士の諜報部隊がそれを使ってるかな」
「なら、それも用意してもらっておいてくれ。敵が行動に移したときは俺が敵を追うからな」
「そう簡単に行くかな?」
「たくさんの種は埋め込んだ。あとは、それらがうまく成長するかどうかって感じかな」
「まあ、信じてみるしかないんだよね」
リルナがこくこくと頷き、伝えたい内容はこれですべてだ。
……あとは、カルラだな。
リルナと話は終わったが、まだ聞きたいことは残っていた。
気恥ずかしさもあったのだが、頭をかきながら問いを投げる。
「なあリルナ。どこか景色の良い場所ってあるか?」
「……あっ、デートの場所かな!? それなら、貴族街にある丘がいいよ! 貴族街の子どもたちが遊ぶための広場なんだけどね、そこの景色すっごい良いって前おねえちゃんが話していたんだ!」
「……へぇ」
確かに夜だと景色を楽しむというのが一番マシな選択か。
リルナが目を細め、からかうように唇を歪める。
「このこのぉ、そこで何するのかな? 後で報告してねっ」
「しねぇよ」
「えぇ!? ずるいよっ! 私も聞きたぁい!」
駄々をこねてポスポスと腹を殴ってくる。
そんな彼女の頭を掴み、軽く押し返す。
リルナがさらに追及してこようとしたが、身体能力をいかし早々に部屋から逃げた。
扉をあけてこようとしているのか、しばらくどすどすという音が返ってきた。
必死に扉を押して閉めると、ようやく静かになって、俺は自室へと戻っていく。
部屋へ戻る途中でメイドを見つけ、カルラを呼んできてもらう。
「ハヤトッ、早かったわね」
「まあね。……遊びに行くのはちょっと待ってくれないかな?」
「あっ……そ、そうね。そうよね……ごめんなさい、無理にしなくても良いわよ」
「勘違いしないでくれ。これから後一つやらなくちゃならないことがあるんだ。それが終わったら、行こう」
ぱっと目を輝かせ、ご機嫌に体を揺らすアーフィ。
そんな彼女の隣に腰かけると、ぎゅっと手をつかんでくる。
……まあ、恥ずかしいけどこのくらいはいいか。
彼女の手の温度を感じながら部屋で待っていると、ノックされた。
「入っていいぞ」
「失礼します。何か用でしょうか?」
アーフィがすかさず手を離した。彼女も恥ずかしさというものはあるようだ。
まあ、アーフィが離さなくても、俺が逃げていたね。
人前でイチャイチャできるような肝の据わった人間ではない。
ベッドから立ち上がり、カルラのほうへと近づく。
……背中にぐさぐさと鋭い視線が刺さっているのがわかる。
アーフィ……というかたぶん星族というのが嫉妬しやすい種族なのだろう。
彼女もそう言っていたし。
「これから、ある噂を流してもらいたいと思っているんだ」
「……噂、ですか?」
「ああ。その内容は、俺とリルナが婚約を結んでいる……とかな」
「……え、それ本当ですか?」
「ああ、本当だ」
途端、アーフィが口を大きく開いた。
……いやいや、嘘だからな?
怒りを両目にたずさえた彼女のオーラに、カルラが冷や汗を浮かべている。
まずいな。
カルラがどこまで演技ができるかわからない。
だから、俺は嘘を流してくれ、とは言わなかった。
敵を騙すには味方から、というのはつまり敵に悟られないよう自分にとって都合の良い情報を流布するための言葉だと思う。
……俺の演技は相当上手いんだろうな。アーフィが見事に騙されているし。
怖いので、早めに会話を切り上げて、アーフィのご機嫌をとろうか。
「というわけだ、カルラ。とりあえず、今日はそれだけだから……それをメイドたちの間に伝えてくれないか?」
「わ、わかりました。……その、失礼します!」
アーフィの怒りも頂点へと達したようだ。カルラがそちらをちらと見ながら、即座に踵を返した。
……さてと。
俺が振り返ると、頬を膨らませ涙を浮かべるようにしているアーフィがいた。
「……は、ハヤト。まさか、私のことを騙していたの?」
「……違うよ。さっきのは、本当に嘘だ」
「だ、だけど……」
「カルラを疑うつもりはないけど、この噂を流すことは失敗しちゃいけないんだ。だから、彼女であっても……できれば騙されてほしい。だから、俺は彼女に本気の嘘をついた。……アーフィと俺は付き合っていて、俺はアーフィ以外とそういう関係になるつもりはないよ」
出来る限り丁寧に説明していると、何だか二股がばれた浮気性の男の気分を体験しているような気持ちになった。
……俺の気持ちに嘘はない。
ただ、なんというか素直に気持ちを伝えるというのは俺も苦手だ。
アーフィのように真っ直ぐに想いを伝えられても、どうしても俺は斜に構えてクールぶってしまう。
嬉しい、嬉しいが……それをはっきりと言葉や行動に示すことができない。
……そういうのに抵抗があるっていうか、照れくさいっていうか。
素直になるって難しすぎだ。俺にはとてもできることじゃない。
アーフィはしばらく考えるように腕を組み、それから何かを思いついたようだ。
「なら、これから私の言うことを聞いてくれない?」
彼女のたくらみなんて、可愛い子どもレベルのものだろう。
「俺の無理でない範囲ならな」
「そうね。……最近ハヤトはどうも疲れているわ、というか一人で何でもしようとしている。その疲れを私が癒そうと思うの」
「……それで?」
「つまり、今日から私に甘えるの! どう?」
「それは、俺の無理な範囲だな」
「無理ではないでしょう? ただ、私にしてほしいことを言えばいいだけよ。もっといえば……その、ずっと一緒にいて何でもしてやるわよ?」
……そういうことをあまり言わないでくれ。
おまえの体、結構人の理性を刺激するような体なんだぞ?
あんまり変なことを言われると、俺だって色々と男なんだ。抑えきれない場面も出てくるかもしれない。
……ただ、甘える、か。
そこまでは行かなくても、少しは彼女に俺の気持ちを伝えることが出来れば……。
アーフィの顔は冗談めかした口調とは裏腹に、不安を帯びたものとなっている。
……俺との関係で、何か考えるところがあったのだろう。
だから、彼女のその不安を取り除くためにも、もっと俺は素直な気持ちを見せていくべき、なのだろう。
それが出来たら苦労はしないんだけどね。
「わかったよ。それじゃあ、まずは……そうだな。一緒にこれから……デートに行かないか?」
「それは甘えているのかしら?」
「ああ、もちろん」
人に甘えるなんて……今までロクにしてこなかったから良く分からない。
誰かに頼られることは良くあった。……だから、自分が誰かを頼りにするっていうのはうまく想像できなかった。
アーフィとともに城内を歩いていく。夜に抜け出したら、きっとあれこれ言われるだろう。
出来る限りこっそりと俺たちは城から街へと移動する。
「ふふ、なんだか楽しいわね」
俺の背中に張り付くようにして、壁から顔を出して周囲を見やる。
「乗るな」
「男は胸がすきなのでしょう? リルナとモモが言っていたけれど……ハヤトは違うのか?」
「……そういう情報は真に受けないほうがいい。特にリルナと桃は完全におまえをからかうはずだ」
「けど、ハヤト、耳まで真っ赤だわ」
「夜は暗いからね。明かりの代わりにしているんだ」
「本当かしら?」
「恥ずかしいんだよ。あんまり胸とか当てないでくれ。慣れてないんだ、そういうの」
「だから、もっと正直に言ってくれていいのよ?」
「嬉しい、というか……まあそりゃあ役得ではあるが」
「恋人同士。もっと体を寄せ合うのも悪くないでしょう? リルナも言っていたわ」
……あいつの情報はこの書庫にある大量の本だろ?
どうせ、変な小説とかもあるんだろうし、彼女の歪んだ知識を聞かされ、すっかり毒されてしまったアーフィに嘆息するしかない。
……はっきりと止められない辺りが、俺の心の弱さだな。
この世界の人たちには一夫多妻もあるため、俺たちの関係がばれたところでリルナとの嘘婚約についてそこまで悪影響があるわけではない。
どうにか街に出た俺たちは、顔を合わせた後に、アーフィがすっと手を伸ばしてきた。
「……手を繋いでも良いかしら?」
「あ、ああ」
……おかしいな。普段は当たり前にしていたが、こう改めて言われると気恥ずかしいものがある。
軽く掴んだあと、ぐっと手を掴む。
並んで街を歩いていくが……まあ、やはり大通りの店はほとんどしまっている。
「夜、さすがに……あまり店はやっていないのね」
「そうだろうね」
……もちろんやっている場所もある。
いかがわしい店や、冒険者たちのたまり場である酒場。
そういった場所にわざわざ言っても、あまりアーフィも楽しめないだろう。
リルナから聞いていた場所を思い出し、彼女の手を引く。
「俺が知っている場所があるんだけど、行ってみないか?」
「私はあまりこの街には詳しくないから、ハヤトに任せるわ。それに……いまこうしているだけでも……その、嬉しいわ」
……うれしいことを言ってくれる。
彼女の言葉に照れながら、街を移動する。
貴族街の先を抜けていき、真っ直ぐに伸びる坂を上がる。
上がった先……そこから街を見ることができた。
魔石による街灯があちこちでつき、さらに空の月と星によって作り上げられる景色は、確かに俺の心が震えた。
これほどの景色を俺は、見たことがなかった。
思わずボーっとしてしまう。
隣にいたアーフィも息をのんでいた。
「……綺麗ね」
「ああ、初めてみたよ」
「私もだ。……ハヤトは色々と私に教えてくれるな」
苦笑する。それはアーフィがものを知らなかったからだよ、とはいわなかった。
それでも良い。こうして、彼女の新鮮なものに触れた笑顔を俺が一人占めできるのなら、それは凄い幸せなことだと思った。
近くのベンチに腰掛け、俺たちはお互いの体を密着させるようにしてしばらく景色を見ていた。
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