オール1から始まる勇者
第六十九話 二十六日目
光一郎の部屋へとやってきて、メイドが再びノックをする。
今度は素早かった。
「あれ? 勇人じゃねぇか。どうしたんだよ」
いつもの勝気な様子の光一郎に俺は懐かしさと安堵を同時に覚える。
「……久しぶりだな。よかった、おまえは普通なんだな」
「なんだよそりゃあ。オレはいつだってオレだっての」
なははっと笑った彼に、俺は首を振った。
「……明人の奴、なんだか色々と変わっていたからさ」
「明人がか? そんなに変わっているか?」
「……いや、だって。こんな時間にまで女と一緒にいて、それも三人もだったんだぜ? 俺たちの国の常識からして、そんな行動なかなか取れないだろ?」
そりゃあ、この世界に染まってくれば、慣れてくればできるかもしれないけど……そんなに時間も経っていないっての。
光一郎は意外そうに目を丸くして、それから腕を組んだ。
「そうか? オレだって奴隷商で買ってきた奴隷とこれから遊びにいくんだぜ」
「……そうなのか」
まあ、別に奴隷の購入くらいならな。
彼自身にそこまでの変化はない。
と、思っていると光一郎がどんと突き飛ばしてきた。
「どうしたんだ?」
「あ? いや、別に。いつまでオレの前に立っているんだ? 雑魚は雑魚らしく、オレの隣にいろよ。前に立つんじゃねぇよ」
「……おい」
「つーか、おまえ確か順位表で三十位だろ? なのに、オレにそんな口を聞いてもいいのかよ」
胸倉を掴みあげてきた彼が脅すように拳を構える。
そして、反射的に目を閉じた俺を見て笑い出す。
「なははっ。おまえこの程度でびびってやがんの! 霊体展開すりゃいいだろ? ステータスが低いとこんな程度でダメなのかよ!」
馬鹿にするように笑い出した彼に、俺は嘆息する。
「……おまえも、かよ」
「だから、その口の聞き方はおかしくねぇか? いくら友達だからってな、立場ってもんがあるんだ。きちんと理解しておけよ」
手を離した彼は、ぱっと外に出て行った。
……どこへ向かったのかは知らないが、メイドが扉を閉じた。
あとは……純也か。
彼はもともと臆病な性格をしていた。だから……きっと大丈夫だろう。
そう思い、メイドに案内されるがままに彼の部屋へとついた。
扉をノックすると、きちんと扉が閉まっていなかったのか、がちゃりと開いた。
「もっと叩いてくれ!」
そんな声が大きく聞こえた。
扉の先で、純也がベッドの上で四つんばいに座っていた。
……何か、鞭のようなものが転がっているね。メイド服を着た女性が彼に鞭を振っていた。
彼女の靴はヒールのついたものだ。それにしてはやけに鋭い。まるで、何かを踏みつけるために存在しているようでさえあった。
極めつけは純也の腕についた赤い痕。
……彼の性癖について分析するのはやめよう。
純也はびくりと目を震わせた後、俺を見て驚いたように口を開く。
「生きて、いたんだね」
「死んでいたほうがよかったか?」
冗談のつもりで笑顔を浮かべると、彼も笑顔で頷いた。
「当たり前だよ。おまえがいると、下村さんはおまえしか見ないんだから」
「……桃か。おまえは、桃が好きなのか?」
「ああ、そうだよ」
「……あのとき、おまえが投票したのか?」
霊体を目にだけ宿してその質問をする。
しかし……彼も俺を馬鹿にしている感情しか出ていないために、何を考えているのかさっぱりだった。
「さぁ、どうだろうね。けど、あれがなくても僕はおまえを殺せるのなら殺しているよ。ただ、今は少しだけ心も落ち着いている。僕の前からすぐに……消えてくれない? 苛立ってきちゃったよ。殺されたくないでしょ?」
「そうだな……」
俺だって、ここで無駄に喧嘩するつもりもない。
パタンと扉を閉じると、鞭が振るわれるような音とともに純也の嬉しそうな声が廊下にまで響いてきた。
……テクテクとメイドとともに歩いていく。
やがてメイドが、俺の前に立ち一礼をする。
「落ち込んでいるようですけれど、そんな必要はないと思いますよ」
「落ち込む?」
「私はあなたがあの三人の方たちよりも、素晴らしいと思いますね。力がなくても、きちんと自分をしっかりと持っている。それだけで……私は褒められることだと思いましたよ」
「そうだね。力が始めからなくてよかったよ。本当に、そう思う」
……俺も自分に余裕があったら、あんな風になっていたかもしれない。
常に自分を越える強敵がいて、そしてアーフィという最強がいた。
だからこそ俺は、驕ることもなくここまで成長を続けられた。
環境に感謝だな。
彼らとはもう……話すことはない。
次は黒羽だ。黒羽と騎士団長に、災厄についての打ち合わせをしたい。
メイドに頼み、黒羽の部屋へと連れて行ってもらう。
「クロバネ様は今の時間となりますと、騎士団長様たちと一緒にいると思いますね」
……そういえば、黒羽と話したことはあまりないんだよな。
一体どんな奴だったか。クラスでは良く一人でいることの多い奴だった。
それが、今では帰還派のリーダー的な立ち位置になっているのか。
騎士団長がいるという城の隣に併設されている騎士たちの訓練場へと向かう。
騎士が多くいて、しばらく俺を見て疑問しかなかったようだ。
けれど、理解している人たちもいる。馬鹿にしたような視線が痛いね。
と、その中で騎士団長と黒羽の姿を見つけることが出来た。
「……おお? ハヤト殿ではないか。戻っておられたのか!」
騎士団長が笑みとともに近づいてくる。
黒羽は猫背のまま俺のほうを見る。……ひきつりながらも笑みを浮かべている。
「久しぶりです」
「敬語でなくても良い。というか、今さら精霊の使いの方に敬語で話されても違和感しかないからな」
「……そうか。二人ともに話があったんで、ちょうどよかった」
「俺たちに話?」
ポケットに手を入れたまま黒羽が首を捻る。
やる気のない彼に苦笑を浮かべる。
「ああ、災厄に対してまともに作戦をたてているのはおまえたちくらいだろ? だから、そこに俺も混ぜてほしいと思ったんだ」
「そうか。……歓迎はする。けどな、言っておくが戦力にならないのならやめておいたほうがいい」
「なら、安心してくれ。邪魔するつもりはない」
「ま……どうだか」
黒羽が冷たくあしらい俺に背中を向ける。
そして騎士団長が彼の背中を掴む。
「まあ、待たれよ。こうして久しぶりの再会をしたんだ。そう冷たくいう必要もないだろう」
「そうはいってもな。……こいつも、あいつらみたいにならないとも限らないんだ」
あいつら、というのは恐らく明人たちのことだろう。
彼の挑発交じりの言葉に、俺は首を振った。
「……ならねぇよ。俺は地球に戻りたいんだ。そのために、ここに戻ってきた」
「そうか。……ま、なんでもいい。それなら、帰還組として作戦を行うときに協力してもらうだけだ。以上だ」
それだけで彼は去っていく。
「細かく打ち合わせをするとかはないのか?」
「大瀬原、坂谷、鳥本……害悪三人組と仲の良いおまえに俺たちの計画を伝えられるかよ」
「……そうか」
……スパイか何かと疑われているのか。
「あいつらは、おまえたちに何をしたんだ?」
「知らないのか? それとも、フリか?」
「……知らないんだよ。俺は戻ってきて、今こうして色々と知っていっている状況だ。それに、さっき三人には挨拶をして、手痛くあしらわれてきたところさ」
な? とメイドに訊ねると、彼女はこくりと頷いてくれた。
少しは信用してくれたのか、黒羽は顎に手をやってから、ゆっくりと語った。
「あいつら残留組は、俺たちを嫌っている。その最大の理由はなんだと思う?」
「……従ってくれないからか?」
「違うな。まるで違う。……あいつらは、俺たちに災厄と戦うことを止めようとしてきたんだ。災厄を完全に討伐されたくないらしい。あいつらの妨害で、どれだけ迷宮攻略を邪魔されたか。魔器は奪われるし、最悪だったな。どうしたらあんな性格の悪い人間になるんだか。よくもまあ、一緒に高校生活を送っていたよ、おまえは」
……人を見る目がない、とばかりに彼は肩を竦める。
いちいち挑発的な物言いをするやつだ。
「妨害をしてあいつらに何の意味がある?」
「この国での精霊の使いはもっとも強い立場だ。けど、それは何によって保障されている?」
「災厄だろ? ……まさか、災厄を倒されたら、自分たちの価値が下がるから妨害しているとでもいうのか?」
……そんな馬鹿みたいな話があるか?
何で俺たちがここにいるのか……別に使命を全うしろだなんてまるで考えたことはない。
けれど、彼らの考えはあまりにも歪んでいる。
「あいつらは、災厄を撃退することを目標としている。俺たちは災厄の討伐。……この意味の違いがわかるな?」
「……まあね。災厄を撃退するだけなら、まだこの国に危険は残る。自分たちの価値を守れるってことだね」
「ご名答。そういうわけだ。それによって何度も妨害を受けた。王が止めるようにいっても、あいつらは自分勝手だ。災厄よりもよっぽど最悪だな」
「……そうか」
肩を竦めるように黒羽はいい、それから俺を睨みつけてくる。
「だから、俺たちの計画を伝えおまえからばらされたくはない。協力してくれるというのなら、話を聞かないことだけでも十分な協力だ。俺たちは、おまえに対して信頼はない」
黒羽が厳しく睨みつけてきて、そう吐き捨てるようにいった。
……そうか。
彼らからすれば、俺も明人たちと同じ可能性がある。そう簡単に信用されるとも思っていないが、こりゃあなかなか難しいところがあるな。
とはいえ、残りの日数は少ないんだ。
黒羽は無理だとしても、他の人と話しをして仲良くなっておく必要はある。もっといえば、迷宮に連れて行ってレベル上げの手伝いでも何でもしないといけない。
……現状のメンバーだと、災厄には不安が残るしな。
「騎士団長、ちょっといいか?」
「なんだ?」
彼は俺に対してそこまで悪い印象を持ってはいないようで、これならどうにかなるかもしれない。
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