オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第六十七話 



「……現在城に残っている精霊の使いたちの力の行使が目立っているみたいなんだよね」


 竜車の後ろにのった俺たち四人。
 騎士たちはそれぞれ御者台のほうに座っている。
 俺たちのほうには視線を向けず、彼らは周囲の警戒に時間をあてている。
 まあ……敵が近づけばアーフィの鼻か耳が捉えるだろうし、そこまでの危険はないと思う。


「力の行使、か。力に溺れるような感じか?」
「はい、そうですね。……私の友人も何人か、町の人に脅すように声をあげる人もいて……」


 ……弱者に対して強気になるのは、まあ分からないでもない。
 たぶん、みんな鍛えていればこの世界で、トップになれるくらいのステータスもあるはずだ。
 となれば、弱い奴を見るとからかいたくなるのかもしれない。


「あと、精霊の使いの人たちが貴族やメイドに無理やり迫っているというのもあるらしいね。……ま、みんな精霊の使いの寵愛を受けられたっていうんで、むしろ喜んでいるからこっちはそんなに問題ないかな」


 ……いや、それが一番の問題だ。
 リルナたちでは分からないだろう。
 俺たちの国じゃ……無理やり迫るなんてのはありえないことだぞ? 常識や理性が残っているのならば、まず迷うだろう。


 まあ仮に、この世界の人たちが無理やり迫ってきて、断れない……とかはありえるかもしれないけど、こっちから仕掛けるなんて、かなり冷静さを欠いた状態だと思われる。


「……それは全員か?」
「ううん。騎士団長が、クラスメートたちの力に順位をつけたんだけど、これを見ると……十人くらいは騎士団長のほうに従ってくれているみたいだね。……だから」
「確か、異世界転移したのは三十一人。俺、桃、あと……もう一人オール1にされた奴がいたよな?」


 ……果たしてそいつは生き残っているのだろうか。疑問はあるが、城を一人でさっさと出たあたり、何かを考えていただろう。
 さすがに無策で行動したとも考えにくい。


「……はい。だから、現在城に残っているのは二十八名ですね」
「そのうち十名か。俺たち含めて十二名……ま、半分くらいでわかれたってところか」


 城に戻ったら、ひとまずは彼らの状況を確かめないとだな。
 今から出来ることなんてない。体を休ませるために竜車に深く腰かけると、リルナがぴらっと紙を渡してきた。


「順位が書いてあるから参考程度に見ておくといいよ」


 ……そこには現在の城にいるクラスメートの順位が書かれている。
 俺の三人の友人たちは、明人が一位で純也が五位、光太郎が二位か。
 確か明人は勇者で、純也は魔物使い、光太郎は格闘家だったはずだ。


 ……一位、二位はわかるが、純也の魔物使いでも五位になれるということは、それなりに優秀な職業なのだろうか。
 名前と職業が簡単に書いてあるそれらをざっと見てみると、同じ職業でも順位がまるで違う。
 例えば、三位には騎士が入っているのだが、二十三位にも騎士がいる。


 これは本人のやる気もあるのだろうけど、やはり同じ職業でもまるで成長が違うということなのだろう。
 あくまで、一つの目安でしかない。それがこの表から十分にわかる。
 ちなみに桃は十位だ。ただ、これはあくまで桃がいなくなる前のものなので、参考程度でしかないだろう。


「それじゃっ、私寝るね!」


 リルナは目を閉じてすぐに寝息を立てる。
 ……まだ昼だが、これから長旅になる。疲れを残さないために寝ておくのも良いか。




 ○




 陽が傾き始め、夜が近づく。
 途中の村により、少しの休憩でもするのかと思ったら、宿の準備に入った。
 ……残り時間もあまりないのだ。さっさと城に戻って、俺は自分を騙した可能性のある奴を三人から絞りたいというのに。


「リルナ、このまま城まで一気に戻るってのはダメなのか?」
「……夜の旅は危険ですよ? 魔物も凶暴化しますし、賊などが出る可能性もあります」
「それは、俺たちでどうにでもなるよ。アーフィが強いのも、わかっているんじゃないか?」


 アーフィがどこまでの戦いをしたのかはわからないが、迷宮都市ではアーフィを先頭に攻略を進めていったはずだ。
 リルナは顎に手をやり、それから頷いた。


「みなさん、今すぐに出発はできますか?」
「そ、それは……危険ですよ? いくら、精霊の使いの方がいるとはいっても……」


 そういって騎士は桃だけを見た。
 ……俺は数に入っていないってか。


「大丈夫です。それに……早めに戻ったほうが災厄に向けての準備もできるでしょう?」


 リルナの言葉に、騎士たちは顔を見合わせる。


「ですが、もしもリルナ様に何かございましたら……私たちは」
「安心してください。危険なときは、ハヤトに守ってもらいますからね」


 そういって彼女が俺の腕に張り付いてくる。
 からかうようにこちらを見てきたリルナと、頬をひきつらせ、懸命に抑え込もうとしているアーフィの姿が見えた。


 ……頼むからアーフィを刺激しないでくれ。嫉妬されて後で思い切り腕とか抱きつかれたら、俺の体がもげるかもしれない。
 騎士が馬鹿にしたような顔で俺のほうを見てくる。


 リルナが俺のことを馬鹿にしている、あるいは冗談を言っているのだと判断したようだ。


「……オール1の彼がどれだけ強くなったのかは知りませんが、良くて騎士程度でしょう? そんな彼に頼る? ……むしろ、彼がいるせいで余計に危険なんですよ? 守るものが増えるのですから」


 騎士たちがこくこくと頷く。
 四名の騎士がそれぞれからかうようにこちらを見ている。
 馬鹿にした彼らに、リルナが嘆息しながら周囲を見やる。
 ……ここが戦闘可能かどうかの判断をしているようだ。


「ハヤト、四人相手でも大丈夫ですか?」
「力を示さないと、どうしようもなさそうだしな。わかったよ」


 こくりと頷いてリルナがニコリと騎士に笑みを向ける。
 彼女の笑顔には力があり、彼らの表情を緩める。
 そして、リルナが口を開いた。


「それでは、軽くハヤトと戦ってみてください。そうですね……四人がかりでもしも倒すことが出来れば、城に戻ってから何か褒美を用意しますよ」
「……リルナ様、何の冗談でしょうか? せめて、一対一ならわかりますが……私たち騎士は連携による戦闘がもっとも得意なんですよ?」
「ですから、それを破ればこのまま強行で向かって問題ないでしょう?」


 リルナの言葉にさすがに騎士も頭にきたようだ。
 ……まあ、彼らは俺を格下と見ているのだから仕方ないか。
 リルナは発言を撤回しない。


 騎士たちはそれぞれが自分の武器を構え、霊体をまとう。
 ……帰りのことを考えると霊体に大きな損傷を与えたら大変になるな。
 となると、少しルールを変える必要があるな。


「それぞれ、自分の武器を落としたらその時点で負けってことでいいか?」
「……なるほどな。少しでも勝利の可能性をあげるために、ということか」


 騎士の一人が剣を構える。剣が二人で、槍、斧の四人だ。
 ……それぞれが一定の距離で俺にじりじりと迫ってくる。
 俺は剣を一本取り出し、じっと観察する。


 彼らが動き出す。お互いの隙を埋めるような連携攻撃を捌いていく。
 そして、誘導する。彼らの動きはあまりにも教科書通りだ。
 俺の行動に対して、この行動をする……それが決まっている。


 まるでゲームのAIのような彼らの行動は読みやすく、俺の霊体の技術をもってすれば、それを少しずつずらしていくことが可能だ。
 彼らからすれば同じような動きをしているだろう。だが、ずれ始める。
 僅かな乱れはやがて大きなものとなる。


 斧を振り回した一撃に、予想外の顔をする剣士二人。
 そう、斧が振り回したところで剣士が突っこむ予定だったのだが、タイミングがずれ、剣士は慌てて回避行動をとる。


 理解できていない顔をしている。
 誰も守ってくれるものがいなくなった斧使いへ剣を下からすくいあげると、騎士の斧が宙を舞う。
 槍が脇から伸びてきたが、それを受け止め、落ちてきた斧がその槍にのる。


 重量に槍使いの顔が困惑げに染まる。
 槍使いは斧に抵抗しようと一瞬力を入れた。その力の向きは上であり、俺は横から殴りつけるように槍を弾いた。
 残った剣士二人を片付けるまでに時間はかからなかった。


 騎士たちは全員を息を切らして霊体を解除する。地面に倒れこんだ彼らを見ながら、俺は自分の剣を確かめる。
 ……前よりも腕があがったような気がする。


 肉体自体が成長していて、今の戦いでの霊体展開時間も少なかったほどだ。
 今なら、肉体だけでも彼らと十分戦える。
 アーフィとの契約もあるが、ようやく体が鍛えられてきたのだろう。


「ば、馬鹿な……どうして」


 騎士たちはまるで力の差を理解できていないようだ。確かに戦闘で終始押していたのは彼らだ。
 ……これくらいのほうが、彼らもこの敗北を勘違いしてくれるし十分なのかもしれない。
 下手に俺が強いなんて国に戻ってから言い回られ、注目され俺も気づかない弱点を見つけられても面倒だ。
 剣をしまうと、リルナが騎士たちへと近づく。


「それでは、このまま旅を続けても問題ありませんよね? そもそも、あなたたちだけでも十分なんですし」


 ……騎士たちは顔を見合わせ、頷くしかなかったようだ。




 ○




 深夜になったところで、ようやく俺はこの城へと戻ってきた。
 眠っていた桃とリルナを起こし、竜車から降りる。久しぶりの地面につくと、未だに揺られているような感覚が残っていた。


 それでもしっかりと地面を踏みつけると、強い風が吹いた。
 城の中へと入っていく。さすがにもう王様たちも就寝してしまっているだろうし、挨拶は明日だな。
 メイドがやってきて一礼をし、俺は異世界にきてから案内された部屋へと連れて行かれる。


 そこでまたあした、と桃たちと別れたのだが……アーフィも一緒に部屋までついてきた。彼女は照れたような顔をしながらも、それから小首をかしげる。


「め、迷惑だったかしら?」
「……いや、その」


 返答に困るだろ。
 頬を染めて彼女は両手をあわあわと振っている。


「そ、その、ね。あれからあまり二人きりの時間がとれなかったから……その、一緒にいてはダメかしら?」
「……別にいいよ。それじゃあ、軽く風呂でも浴びてきなよ」
「ハヤトはどうするの?」
「少し、休憩かな。久しぶりだしね、ここは」


 移動による疲労だってないわけではない。
 俺はベッドで軽く横になった。




 ○




 ……気づけば朝だった。
 久しぶりに熟睡が出来たようだ。それに……なんだか温かくて柔らかいような。
 体を揺すりながら目をあけると、くぐもった声が聞こえてきた。


 ……ちょっと待て。徐々に意識が覚醒し、昨日の夜を思い出す。
 アーフィはさて一体どこで寝たのだろうか。
 この部屋は大きなベッドが一つしかないのだ。


 この異世界に人間のような柔らかさの抱き枕なんてあるか?
 あったら日本に持ち帰るっての。


「……うげ」


 アーフィが俺に抱きつくようにして眠っていた。穏やかな顔だ。俺の心中も知らないでね。
 彼女がぎゅっと力を入れる。
 眠っていることによってリミッターが外れているのか、俺の体がみしみしと音をあげる。


 ……こ、こいつの寝返りとかくらったら死ぬぞ。
 俺は慌てて霊体を展開し、押し返すように力をいれる。それで、どうにか抱きつきの力が弱くなる。
 代わりに、彼女の胸が押し付けられ、頬が熱くなる。
 このままではどうにかなりそうだ。俺はもぞもぞと体を動かし、どうにかそこから脱出した。


 ……アーフィと一緒のベッドは危険だな。眷属でなかったら、寝ている間に死んでいたかもしれない。
 伸びを一つして、窓から外を見る。
 鳥が楽しそうに飛び、鳴き声をあげている。窓をあけると涼しい風が肌を撫でていく。


 日差しをしばらく浴びると、完全に目も覚めた。
 さて、と。そろそろ朝食の時間だったか。
 部屋の時計を見やりながら、俺はこっちにきてからの生活についてを思い出しながらメイドがやってくるのを待った。







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