オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第六十四話



 倒れたグラッセから視線を切らないでいたが、俺だってもう体の限界だ。
 気を抜けば倒れそうだ。
 体のあちこちから血があふれている。よくもまあこれで、意識があるもんだ。
 ステータスカードからポーションを取りだして口にするが、あまり効果があるようには感じなかった。


 体もおかしくなっているのか、痛みに段々と適応しようとしている。
 腰かけた俺は像の前に座る。
 ……精霊だなんだと祀られていたくせに、いいように利用されていたってか。
 これがあの大精霊だったら助ける価値もないのだが――。


「人間。聞こえているか、精霊だ」


 と、その像からにゅるっと影のようなものが出現する。
 同時に、アーフィたちも飛び出した。


「は、ハヤト!」


 声をあらげて飛びついてきたアーフィの頭を撫でる。 
 ……抱きつかれて全身がきしんだが、今はこの感覚を楽しんでいたい。
 背後にいた桃が、寂しそうに目を伏せていた。


 ……ああ、悪いことをしたのかもしれない。
 モテる人間を羨むこともあったが……こんなにつらいものだなんて思いもしなかった。


「とりあえず、アーフィさん。あんまりそんなことをしていますと、ハヤトが死んじゃいますよ」
「……は、ハヤト!? ごめんなさい!」
「いや……大丈夫だよ。心配してくれている気持ちはわかったから。それだけで、百人力だ」
「ど、どこを見ているの! そっちに私はいないわよ!?」


 ……まずいな。血を流しすぎている。
 このままだと俺までも死ぬかもしれない。
 と、思っていると精霊レドンが俺の体に軽く触れる。


「とりあえずは、大きな傷だけ戻しておこう」


 ……確かに目立った傷のほとんどが消えている。
 額の痛みがなかったのが、その証明だった。
 立ち上がったファリカがグラッセのほうへと歩いていく。彼女の両目には強い野望があった。


「……ファリカ」
「アーフィ。これは彼女の問題だ」
「だけど――」


 アーフィが止めようとしたが、俺は首を振る。
 ……家族を殺され、それから何年もその感情を抱き続けていた。
 そんなファリカの気持ちを理解できる人間はこの場にはいない。


「精霊レドン。あんたはこれからどうするんだ?」
「私か。私はこれから再び迷宮を管理しよう。だが、それには宿主が必要になる。私の精霊の力はそれほど強くはないからな」
「……宿主、か。それでグラッセを?」
「ああ。彼の始祖である、グルナードというものは迷宮に都市を作ることを考え、私に提案してきた。力のほとんどを失っていた私は彼の人間を想う心を信じ、精霊使いの彼を宿主とした。始めは精力的にその夢に向かって行動していたが、今ではこの通りだ」
「……グルナード、ですか?」


 リルナが声をあげる。……そういえば、その名前はどっかで聞き覚えがあったな。
 俺の疑問に答えるように、リルナが口を開いた。


「グルナードは、精霊の研究者でした。……二百年くらい前の人です」
「ああそうだ。そして、こいつの中にはグルナードがいる」


 ぴくりと、ファリカの耳が動き顔がこちらに向いた。


「……どういうことだ?」


 疑問が疑問を呼ぶ。
 それから精霊レドンは、その影を揺らした。


「私の力は時間に関係している。……グルナードはそれを再生と勘違いしているようだったがな。その勘違いから、私も別の力の使い方に気づけたのだが……まあそれはいいか。つまり、グルナードは何度も自分の子どもに自分の魂を入れ続けた。再生の延長として、彼は自分の魂を転生……いや憑依させ続けたのだ」
「……つまり、なんだ。それを上手く使えばいわゆる大人びた幼女とかが出来るって感じか?」
「そうだな。それも可能だ」


 精霊レドンがこくりと頷いた。
 ……まあ、なんとなく理解した。
 死んだと思われていたグルナードは憑依を続け、何世代にもわたってこの計画をたてた。
 そりゃあ、一本の筋が通ったものになるわけだ。


「……ハヤトは幼女が好きなの?」
「いや、それは例え話だ」


 アーフィのむっとした顔に俺は慌てて両手をふる。
 それでも彼女はしばらくそんな顔をし続けている。


「話を続けよう。私はその後、グルナードによって迷宮の最奥へと封印されてしまう。……まあ、それからあの場に訪れる人間はほとんどいなくなり、何より精霊様に会おうとすることは最大の罪とされていたようだ。私は……だから、こうして今日までずっと一人寂しく暇を潰していたというわけだ」
「……なるほどな。グルナードは憑依したといっていただろう? 元の人格はどうなったんだ?」
「完全になくなっているだろう。生かしておいても……もはや彼に意味はないだろう」


 ……ファリカはそれを聞き、グラッセの胸倉を掴みあげる。


「あなたは……どれだけの命を奪ってきたと思っているの!? そんなにやってまで、何をしたかったの!?」


 彼女は怒鳴りつけるようにいうと、グラッセは軽く笑う。
 意識がまだあったのか。タフな奴だ。警戒するように近づくと、グラッセは高らかに笑った。


「……俺は精霊になるために生きただけだ。そのために、どれだけの命が失われようとも関係ないだろう」
「……精霊? そんなもののために?」
「そんなもの? おまえに何が分かる! 俺は生まれてからずっと精霊になるために生きてきた! 精霊になるためだけに、俺はこうして生きた! どうでも良い人間の命など、いくら失われようとも関係ないだろう!」


 グラッセが叫ぶと、彼はむせながら血を吐いた。そして、馬鹿にしたようにファリカを笑う。


「……精霊レドン。あなたは彼をどのように裁ける」
「私か? 私は所詮は精霊だ。例え、どこまで裏切られようとも、私は人間に味方することしかできない。精霊とはそういう存在だ。彼をどうにもすることはできない」
「……ファリカ、どうするつもりだ?」


 グラッセを投げ捨てたファリカは、周囲を吹き飛ばさんばかりに精霊レドンへと距離をつめる。


「……あなたの力で、彼を過去に送ったの?」
「ああ。私と契約をし、あの場面で死に掛けたおまえを救い出した。私は深く人間の歴史を歪ませることはしない。だが、おまえがいなければ私も生きることはできない。だから、私は自分を生かすために力を使った」
「私の、家族を守ることは――」
「そこまでの干渉は私にはできない。出来ることはタダ一つ、おまえをあの運命から変えることだけだ」


 ……どういうことだ?
 そこで思い出す。ファリカは精霊使いで、恐らくはグラッセもだ。


「精霊使いしか、契約はできないのか?」
「そうだ。だからこそ私はグルナードと契約を結んだ。そして次はファリカ、おまえと契約を結びたい。結ばなければ、おまえは死ぬことになる。そして、私もだ」
「……わかっている」


 ファリカはすべてを理解したようだ。
 ……俺もなんとなくわかったよ。
 ファリカのであったという勇人は、今の俺なんだろう。
 精霊レドンと契約をしたファリカが、俺を過去に送り、過去で死に掛けていたファリカを救った。


 精霊レドンが理解できているのは、精霊だからだろう。過去も未来も現在も、彼らにはないのかもしれない。
 俺は体の調子を確かめながら、契約を結んでいる彼女らを見る。
 契約が終わったのか、ファリカの様子が変わる。……これで、ファリカもあの再生を使えるのか? 一気に化け物みたいな強さを獲得したな。


「……レドン。額の傷だけを戻してくれないか?」
「どういうことだ?」
「ファリカは俺と未来の俺をきちんと差別していたんだ。ファリカに俺と彼が別人であるように思わせておかないと、過去の俺が苦労するからな」
「頭がこんがらがってきそうだ。これだから、時に干渉するのは嫌いなんだ」
「そういうなよ。おまえ自身は何もしないだろう?」
「ああ……そうだな。あくまで行動を起こすのは、おまえだな。おまえにも感謝している。ありがとう」
「感謝は後で質問に答えてくれればそれでいいよ。それじゃあ、最後の仕事にでも行ってくるとするか」


 ファリカが苦しめられているという過去……か。
 今俺たちの目の前にファリカがいるのは、未来の俺がその行動を選択したからだろう。
 ここで俺が選択しなければ、ここにいるファリカは……どうなるのだろうか。
 怖いものみたさというのもあるが、ゲームじゃないんだから、その感覚は放棄しないといけないな。


 装備を整え、軽く首を振る。
 ファリカが俺に手をかざし、すべての傷を体力を戻してくれる。
 ……便利な能力だことで。


「お願いしても良い?」
「友達を失うのは、嫌だからな」
「……それじゃあ、少ししゃがんで」


 ファリカに言われるがままに膝をつく。
 と、彼女は一瞬の隙をつくようにして俺の額にキスをしてきた。


「あー!!」


 叫んだアーフィの声が耳に届く。
 頬の熱が遅れて俺を襲う。そして、ファリカはからかうように舌を出し、俺の体に触れる。


「……時間は三十分。それ以上は持たないから」
「なかなかにシビアな任務になりそうだ。けど、わかったよ」


 そして俺は……異世界転移したときのような感覚を再び味わった。







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