オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第五十九話 二十四日



「ハヤト!」


 グラッセの剣が振りぬかれる前に、それ以上の強い風が吹き荒れる。
 グラッセさえも飲み込む緑の風は、しかし俺を優しく包み込む。
 ……アーフィだ。
 アーフィの放った風に、グラッセも顔を顰める。
 そして、それから額に手をやり、大笑いする。


「この風は、星族のものか! 精霊殺しの星族でさえも、今の俺には勝てなかったというわけだな! これはもう何も恐れるものがないではないか!」


 アーフィが顔をしかめながらも、俺は即座に立ち上がり、彼女の手を掴む。


「……第一階層に脱出だ!」
「……え!?」


 アーフィの叫びを残しながらも、俺の全力の絶叫にグラッセの眉間が歪むのが見えた。
 俺はそのまま第二十二階層へと転移した。
 これで、少しでも時間を稼げれば……それでいいんだがな。
 第二十二階層へいくと、まだ人はいない。


「みんな! すぐに第二十三階層へ移動する! ついてきてくれ!」


 叫びながら道の中央を走っていく。おおよその出口の方角はわかっているため、どうにかなるだろう。
 と、道を走りながら、桃たちが合流する。
 彼らは全員あの衣装を身につけていた。一瞬焦り、先ほど俺が同じようなことをしたのだと思い出した。


「二人とも! 大丈夫ですか!?」
「俺たちは問題ないが、ファリカが捕まった。それに……たぶん今は酷い状況になっている」
「……そうでしょうね」


 案外、第二十三階層におりる道は近かった。
 第二十三階層におりた俺は、応急処置を終えてすぐに移動していく。
 ……さすがに、問題があるな。


 第二十三階層からは、普通に魔物も出現する。
 俺とアーフィはダメージこそあったが、それでもどうにか敵を倒していく。
 経験値が入って嬉しいのだが、今はそれどころじゃないんだよな。
 特に問題は、この移動において桃たちのステータスが問題だ。戦闘に参加すると、危険すぎるような差がある。


 そうして、第二十四階層に降りると、森が広がっていた。
 第二十三階層に比べて、はるかに身を隠せる場所だ。
 森の中に入り、魔物を警戒しながら俺たちはそこでようやく一息をついた。


 ぐでっと身を地面に投げ出すようにカレッタが寝転がると、みな思い思いにその場に座る。
 服が汚れることを気にするような奴は一人もいない。俺もそこで呼吸を整える。


「……一体、何が起こっているんだい? 僕たちはカジノから出てすぐに誘拐されて、ファリカのおかげでどうにか逃げ出せたんだ。もう、さっぱりだよ」
「そうですね。……迷宮都市の人たちは何を考えているのでしょうか」


 リルナがこちらを見てきて、俺は目を閉じて思考をまとめる。


「あくまで、俺の推測でしかないが、それでも良いか?」
「ああ。それで構わないよ。キミの推測なら、それほど間違えていることはないだろうしね」
「あいつらは、世界中にあるおいしいものを食べるためにこうして事件を起こしたんだ。貴族を人質にして、おいしいものだせーってな」
「……な、なんですって!? それは大変じゃない!」


 ……反応したのはアーフィだ。傷なんて知らんとばかりに彼女は体を起こした。


「今のは冗談だ。ただ、似たようなことだとは思っているよ。あいつらのねらいは、貴族を人質にしてたぶんだが、世界を支配するんだ。グラッセとかいうアーフィたちが戦っていた奴が言っていたんだ」
「……なるほど。ですが、私たちにも騎士の部隊がいます。彼らは確かに強いでしょうが、それでも――」
「その騎士も、精霊特殊部隊がギリギリまで本性を隠しているんだからどうしようもないだろうね。不意打ちなんて食らえば、どんな強者だってやられてしまう」


 精霊特殊部隊……というか迷宮都市はいままでかなり友好的に接してきていたのだろう。
 だからこそ、この異変に気づけなかった。過去は知らないが……恐らく計画的に何十年という単位で作戦をたてていたはずだ。
 大した奴らだ。


 彼らの規模に頭が痛くなる。こちらに残っている手駒はこれだけで、どうすれば良いというのか。
 下手をすれば、迷宮から出ることもできない。
 異世界人の俺たちまでも巻き込むなよなっての。
 たぶん、世界を襲う災厄も関係しているだろう。


 国もそちらに戦力を割く必要がある。本来ならば、この旅は中止にするべきだったんだ。
 けれど、迷宮都市を信頼して……この結果になった。
 ……いや、過去をどれだけ悔いても仕方ないだろう。


 全員の顔は暗いままだ。
 さすがに、このままでやられるつもりもない。
 作戦はある。だが、それを実行するには……俺一人では絶対にできないし、今の俺では絶対に勝てない。


「みんな……聞いてくれ」


 うつむいていた全員の視線がこちらに向く。俺は拳を握り、そして彼らの目を見る。


「この状況を打破するための作戦が、一つだけある。ただ、それを実行するには危険ばかりがある。……このまま、迷宮内でひたすら逃げ続ければ、いつかは脱出ができるかもしれない。……どうする?」


 迷宮を自由に移動していれば、敵の親玉であるグラッセも迂闊に動くことはできないだろう。
 彼だって、災厄が起こる前までに行動へ移したいはずだ。
 だから、逃げることに徹し、グラッセが迷宮都市から去ったときを狙えば逃げることはできる。
 そのときまで、国が無事かどうかは不明だけど。


「……私は、このままにはしたくありません。国が危険なのかもしれないのです。第三王女として、私も出来る限りのことはしたいです」


 リルナがそういって、俺は頷いた。
 ……協力者は、一人では足りない。
 カレッタ、桃に視線を向けると、彼らもこくりと頷いた。


「僕としても、何か出来るのならやるさ。それに、この国じゃなければ僕は自由にあちこち遊びにいけないからね」
「私もみなさんを守りたいです。それに……勇人くんならきっと何かできるでしょうしね」


 微笑んだ彼女の信頼に、頭をかいてしまう。
 そして……この作戦でもっとも必要となるアーフィは――言うまでもないと俺のほうに微笑んでくれた。
 それが、凄い嬉しかった。


「それでハヤト。一体何をするの?」
「わかった。作戦について話していくよ」


 俺は適当な木の枝を広い、地面に字を書いていく。


「まず……敵でこれは明白だ。グラッセ・シェバリア。こいつが始祖の子孫にして、精霊の力をもっとも持っている存在。家を代々守っていき、さらにはたぶん……家の代を重ねても同じような思想を持つように子どもを育成し、そうして今のような計画をたてた」


 ……でなければ、国の信頼を獲得するのも難しいだろう。
 どう考えても、数年で出来るような計画ではないのだ。
 カレッタが顎に手をやり、それからはっと目を開ける。


「どれだけの代を重ねているのかはわからないが、迷宮都市とこの国は確かに仲は非常によかった。歴代の王はたまに騎士を派遣していて情報共有をしていたらしいが……これだけ仲が良いのを壊すなんてのは、確かに一本筋の通った計画を誰かがたてなければ行えないだろうね。……まさか、精霊が敵になったのかい?」


 可能性がないわけではない。
 けれど俺は、これまでの敵の発言さらには、他の情報とも照らし合わせ、否定する。


「精霊はたぶん敵じゃない。これは、現状ある手札で十分に考えられることなんだ」
「……どうしてだい?」
「それを説明するためには、そうだな。俺が知っていることを一つずつ伝えていくよ。シェバリア家はどうしてファリカを連れて行ったのか。それはファリカに何か異常なまでの執着があるからだ」
「……それはどうしてそう思ったんだ?」
「彼女は迷宮都市の人間なんだ。それで、過去にもここでグラッセ・シェバリアの家に捕らえられていた」


 俺の発言に皆が驚き、それからカレッタが頭に手をやる。


「まいったね。彼女はつまり、敵のスパイってことかい?」
「違う。あいつはこの迷宮都市に恨みをもち……たぶんだが、グラッセ・シェバリアを殺すつもりなんだ」
「何で言い切れるんだ?」
「嘘をついていると、なんとなくわかるようになってきたんだ。この体のおかげかもしれない」


 ……カレッタはひとまずは納得してくれたようだ。
 ファリカに直接話を聞けた俺は、十分に事情を理解できていた。
 しかし、言伝だけでは彼女の本気を知ることはできないから難しいところだね。


「とにかく、シェバリア家はファリカを欲している。そして……もう一つ。あまり思い出したくはない話かもしれないけど、以前の闘技場での事件あの首謀者は俺にこう言葉を残しているんだ。簡単に言うと、迷宮の最奥に何かがあるって感じの意味だったよ。たぶん、精霊が最奥にいるはずだ」
「……精霊ならば無限の時間を生きることができる。こんな計画をたてたとしても不思議ではないんじゃないか?」


 カレッタの指摘も正しい。
 精霊が関わっているのは、この迷宮都市内にある魔法の効果からも明らかだ。
 けれど……それだけでは考えにくかった。


「……それは一つの可能性だ。けど、俺は精霊特殊部隊に話を聞いて、『精霊レドン様は、グラッセによってその力のほとんどを失っている』って聞いたんだ。……グラッセが何か、精霊から力を搾り取るような職業を持っていて、今この環境を作ったんじゃないか?」
「……精霊から、そんなことができるなんて」


 カレッタが顎に手をやり、ぶつぶつと思考をめぐらせる。
 と、そこで気づいたのかリルナがはっと顔をあげる。
 問題の答えがわかったとばかりに、リルナの顔には僅かな笑みがあった。


「精霊使いなら、可能性はあるんじゃないでしょうか?」
「さすが、こっちのリルナは賢いね」
「どっちも同じですよー。けれど、それはあくまで契約の中でのものです。支配というのはさすがに……」
「職業に絶対はないんじゃないか? 例えば、同じ職業を持っていても別の職業技を覚えるように、その人間の性格、環境が影響しているんだと思う。だからこそ……歪んだ考えを持っていた始祖は、その力によって精霊の力を自分のものとした、というのはどうだろうか?」
「……可能性は十分にありえますが、ですがその子どもは?」
「子どもの考えも歪ませる。精霊は協力的な相手ではなく、物のような存在である、と教育すれば良いだけだよ」
「……ですが、精霊使いの子どもが必ずしも親の遺伝をするわけでもありません。かなり、難しいことだと思います」


 ……まあ、これがゲームだったら欲しい能力を持った子どもが生まれるまでセーブ、ロードを繰り返せる。
 だが……現実でも同じようなことは出来てしまう。俺の常識からは、あまり考えたくない手段ではあるが。


「そうだね。けど、時間をかければそれも可能なはずだよ。一夫多妻なんてのは当たり前で……その確率をあげるためにファリカが必要だったんだ」
「……ファリカさんももしかして、精霊使いの職業を?」
「ああ。彼女が所持しているのは、確認済みだ」


 ……本人のステータスカードを見たわけではないが、俺は精霊使いの職業を所持している。
 何か利点があるわけでもないため、使用したことはないが。
 アーフィはいまいち把握しきれていないようだけど、彼女には細かいことを理解してもらわなくても大丈夫だ。


 ぐーっと腹のなる大きな音が響き渡る。
 発信源はアーフィで、キョロキョロと周囲を見て彼女は恥ずかしそうに視線を下げる。
 ……おかげで空気も和んだ。


「とりあえず、食事をしながらにしようか」


 俺は常に大量に所持している食料、水分を取り出して皆に配る。


「……もしかして勇人くんのステータスカードって凄いモノが入りますか?」


 ぼそりと食事を受けとるときに桃が言う。
 俺は小さく頷き、食事を始め、話を再開する。



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