オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第五十八話 二十三日



「彼女は今、この迷宮を管理しているとかいう始祖の家系の人間と戦っているんだよ。早く助けにいかないと、キミならどうにかなるんじゃないかい!?」


 信頼は嬉しいが……はたしてどうなるか。


「……すみません。私がもっとしっかりしていれば」


 この中でもっともステータスの良い桃は足を痛めたのか、引きずるように歩いていた。


「……ファリカと桃の二人掛かりでも敵わなかったんだ。もちろん、僕とリルナ王女も微力ながら手を貸したが、まるで歯が立たなかったよ。あれは、まさに、精霊そのもののようだったね」


 ……相手の強大さを嘆いている暇はない。全員の視線が俺に集まっている。みな不安そうだ。それは俺もだが、誰かが決断をしなければならない。
 このままここにいるのも危険だ。


 けれど、かといって彼女らとともにファリカ救出に向かっても相手にそこをつかれるかもしれない。
 ……二手に別れるか。


「……アーフィ。任せても、いいか?」
「どっちをかしら?」


 彼女の両目にまるで気負った顔はない。
 ……頼むのは心苦しい。けれど、俺は彼女の両目を覗き込む。


「ファリカのほうに向かってくれ。俺も、第二十二階層に桃たちを置いて来たら、すぐにもどる。だから、ファリカを救出に向かってくれ」
「……わかったわっ!」
「ファリカはどっちにいる?」
「あっちだ」


 カレッタが指差した方角を理解し、アーフィが険しく目をあげる。


「ハヤト、どうして第二十二階層なんだい? 一刻も早く、ホテルに戻ったほうが安全なんじゃないかな?」
「……こうなってくると、あそこじゃ危険すぎる。相手のねらいは恐らくは貴族で……その中でもより価値のある、カレッタ、リルナは最優先事項のはずだ。だから、ホテルに戻れば恐らくは敵に気づかれて、ホテルに敵を作ることになる」
「……なるほど。あそこまでも危険なら、それしかないだろうね」
「アーフィ、とりあえずおまえを信じて任せる。無理はしないでくれ。救出したら、入り口を目安に逃げてくれるだけでも良い」
「私はこれでも……全力はまだ出していないわ。私の友達たちを傷つけるのなら……許さないわ」


 ……まだ全力じゃない、か。
 アーフィならば本当なのかもしれないというのが怖いところだ。
 彼女の笑顔を信じて、俺たちは背中を向けて駆け出す。
 入り口近くまで戻ると、まださっきの今ということもあってか、人はいない。


「みんな近くに隠れててくれ」
「キミは?」
「この格好をいかして、第二十二階層への奇襲をかける」


 フードを深く被りなおしてから、俺は第二十二階層へと転移する。
 突然の転移であったが、二人組みの男たちは焦る様子を見せていない。


「雨の行方!」


 そこで彼らが言葉を放ちながら、手の甲を握る。
 俺も彼の動きを真似しながら、先ほど聞いたことを思い出して咄嗟に堪える。


「風の行方!」


 答えると相手から険悪な空気がぬける。


「どうしたんだ? 転移なんて突然」
「いや……今の状況について伝えてこいと言われました。ただいま、第二十一階層にて何名かが逃亡している状況です」
「……ああ。まさか逃げられるとも思えないがな」
「はい。それと、第二十階層の件ですが……ホテル内でも不審な動きがあります」
「そうか……。ただもう、そろそろ決行する予定だっただろう? 間に合わないのか?」


 ……やはり、ホテルのほうも危険か。


「難しいところです。それと、何やら迷宮の最上階を目指している旅人がここに来たという話もありましたが……」
「最上階? 精霊様の元に行こうとしている奴が、か?」
「はい」


 俺はそこで黙った。
 ……最上階には、精霊様がいる、か。
 精霊レドン様、という奴か? この状況を作り上げた奴か?


「はは。精霊様に会ったところでどうしようもないだろう」
「どういうことでしょうか?」


 彼は眠そうに目をこすっていて、俺が僅かにいぶかしんだ顔を作ったのにも気づいていないようだった。


「……どういうことって、おまえ頭寝ているのか? 精霊レドン様は、グラッセ様によってその力のほとんどを失っているではないか」


 ……どういうことだ?
 疑問はあったが、これは彼らにとって当たり前のようだ。
 これ以上の追及は、不利な状況となりかねない。


「そうですが、念のため警戒をしてくださいということです」


 彼は疲れた様子で手を軽く振って頷いた。


「ああ、ああ。警戒はしておくさ。報告は以上か?」
「それと……あの、この階層の警備は二人だけでしょうか? 眠そうですし、数が必要であれば報告してきますが」
「安心しろ。今あそこでグースカ眠っている奴らと交代する予定だ。ふぁ……さすがにこれからしばらくはこんな感じの生活が続くと思うと、苦しいな。おまえは大丈夫か?」
「……はい」


 なんてのんびりと話をし、俺は笑顔とともに剣を抜いた。それは、本当に自然な動きだったのだろう。
 相手はその剣が喉へと吸い込まれるまで、目元は緩んだままだった。
 手に伝わる感触……人間を殺すのは初めてだ。


 気持ち悪く、べっとりと残るような殺しの感覚を俺は気にもしないようにする。
 ……霊体のおかげもあって、少しは緩和されているような気もする。
 剣を戻し、隣に控えていた男をそのまま切り殺した。


 その死体二つを、ばれないように運んでから休憩所となっている建物へと入る。
 中は明かりが消えたままで物音一つしない。幸せそうないびきばかりが響いているこの部屋で、俺は口元を押さえては一人ずつを殺していく。


 ……ここは交代制で守っている。
 ならば、全員を殺してしまえば、安心して長時間待機していることができる。


 今の桃たちに戦闘能力は皆無だ。万が一を考えれば、すべてを排除しておく必要がある。
 ……それに、桃に人殺しなどさせたくはない。
 それはリルナやカレッタにも同じだ。


 死体を隠す時間はないが、あろうがなかろうが一緒だ。
 一仕事を終えてから第二十一階層へと戻る。


「……どうした?」
「いや、なんでもない」


 ……俺は疲れた顔をしていたのだろう。カレッタがじっと目を覗きこんでくる。


「……勇人くん。すみません、何か苦労をかけさせてしまいましたね」
「気にするな」


 桃は長い付き合いで、なんとなくはわかったようだ。第二十二階層は静けさだけが残っており、彼女たちには遊園地内の施設に隠れてもらう。
 後はアーフィたちだ。


「必ず戻ってくるが……万が一があった場合は、第二十三階層へ向かってくれ」
「……わかったよ。彼女らは僕が命を変えてでも守ろう」
「いや。もしも次に捕まったときは無理をしないでくれ。あいつらにとっておまえたちは人質だ。下手なことをしなければ、命だけは助かる。そうしたら、また助けられるから」


 彼の決意はとても嬉しい。だが、無理に戦って命を無駄にする必要もない。
 カレッタの頷きを確認してすぐ、俺は第二十一階層へと戻る。 


 門付近ではまだ人がいなかった。別の問題が起きているのか、あるいはそれほど連携のとれていない集団か。
 後者だったら最高なんだけどな。
 フードを被りなおしながら、アーフィたちと別れた場所まで移動する。


「……アーフィの奴」


 案外賢いところがあるんじゃねぇか。
 アーフィが力任せに壁や、地面を踏み抜いた形跡が残っていた。
 ……これを追っていけば、アーフィの場所にたどりつけるってことだ。


 アーフィに出会ったら褒めてやらなければな。
 跡をおっていくと、やがて開けた場所に出た。もともとは噴水でもあったのだろうか。
 市民地区の広場として機能していたであろうそこは、しかし今は派手に汚れている。
 ……戦闘の跡が強く残っている。それはさらに道のほうへと伸びている。


 ……闇の中へと吸い込まれるようなその戦闘の傷跡を追う。 
 道の先に、そいつはいた。
 アーフィを踏みつけるようにして、脇にはファリカを抱えている。


「……くっ」


 顔を歪めながら、アーフィは男を突き飛ばして距離をあけようとする。
 しかし、すぐにその腕をつかまれ地面へと叩きつけられる。男の足がアーフィへと近づく。
 今にも踏み抜かれそうなアーフィを見て、何かが切れた。
 霊体を即座に展開し、地面を蹴る。
 ダメージ覚悟の特攻――彼へと剣を振りぬく。


「……なに?」


 しかし、その一撃は魔法によって弾かれる。
 彼の剣が真っ直ぐに伸び、すぐに剣を引いて受けきる。
 それでも、力でも彼のほうが上だ。弾かれ、上体が流れる。
 アーフィを助け出す。殺してでもだっ。


 無理やりに引きもどし、歯を食いしばって一気に突っこむが、彼の風によって阻まれる。
 返しの剣によって眉間へと鈍い痛みが襲う。寸前でかわしたが、額を剣がかすめる。
 血が眼前に舞いながら、それを拭うようにしてすぐに剣を構えなおす。
 アーフィの体を引きずるようにして、彼から奪い取る。あとは、ファリカだ。


「貴様は……貴様は――ッ!」


 爽やかな顔たちをしている男は、俺を見ると途端に顔を真っ赤に染めた。


「アーフィ!」
「……ハヤト。よかったわ、あいつ、かなり強いわ」


 アーフィはもう満足に動くこともできないようであった。


「アーフィ、良く時間を稼いでくれた。ここからは俺がやるから危険がないように下がっていてくれ」
「気をつけて……。奴の動きは異常に速いし、魔法も組み合わせてくるわ」


 ……アーフィが苦戦する相手か。さて、どうなるやら。
 剣を構え直し、俺はじっと彼を見やる。
 彼は、額を押さえるようにしてその場で笑い始める。


「おまえはただの人間だろう? そんな奴が俺に挑んで勝てると思っているのか?」


 男はくすくすと笑いながら、俺に視線を注いでくる。
 体の奥で感情が大波のように荒れている。常に体を支配するように暴れ狂う感情を抑えられず、俺はとにかく、剣を振ることだけが頭の中にあった。


 彼女は気を失っているのか、酷い傷のままに捕まっている。
 男が指を鳴らすと、近くに隠れていたのだろうか。精霊特殊部隊の人間たちが現れる。
 ファリカをそいつらに投げ渡し、男は拳を構える。


「貴様、名前はなんという? 俺は殺す人間の名前を覚えておくものなんだが……」
「あんたに名乗る必要はないだろ」
「そうか。なら、俺の名を死を司る大精霊様に届けるために、覚えておけ。グラッセ・シェバリア。この迷宮を管理するものにして、そしてこの世界を手中におさめるものだ」
「世界? 悪いが、ここでその野望は終わるぞ」


 必要のない会話はここで終わりだ。
 地面を蹴り、ファリカを助けるためにそちらへと跳ぶ。
 彼の周囲で風が吹き荒れる。その風の嵐によって霊体は切り刻まれ、俺は撤退を余儀なくされる。


 その風が終わる頃には、彼の姿はない。
 霊体を展開したが、すぐに消滅する。背後から剣で切られた……?
 ……この高速移動は、風を体にまとっているからか?
 霊体によって前をなぎ払うが、一撃を避けられる。


 霊体が削られ、さらに俺に二、三と魔法が飛んできた。
 蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられるが、すぐさま飛び掛る。
 剣の打ち合いは一瞬――。風によって距離をあけられ、体へ風の刃が突き刺さる。
 歯を食いしばり、すぐさま男を切るが、影しかない。


 くそ……っ。俺の体では、ついていけない。霊体でもどうにか防ぐのが精一杯だ。
 ……仮にHPがたくさんあれば、霊体のステータスでどうにか対応できるかもしれない。
 相性が、最悪だ。


 振り下ろした剣が風に弾かれ、俺は即座にステータスカードから剣を取り出そうとするが、その右手に風の矢が突き刺さる。
 さらに、連続で矢が放たれ、俺は痛みに体を支えられない。
 それでも突っこむ。


「ハハハッ! やはりこの程度の力か! おまえの仲間たちももう既にほとんどは捕まっているだろうさ! ここから、迷宮都市による支配が始まるっ。長年……もう何百年もかけてこうしてきたのだ。貴様のような若造に邪魔されるわけがないだろうっ」
「……黙れッ!」


 叫んで突進したが、風魔法に弾かれる。
 それでも俺は、霊体が崩れながらも剣を振り下ろす。
 ふらふらとしたその剣が、彼の元へと届くはずもない。


 返しの刃によって袈裟斬りにやられる。
 そして、彼に踏みつけられる。
 その足をどけるために、手に霊体をまとおうとするが、即座に魔法で削られてしまう。


「ぐ――!」


 このままでは、骨が折れ臓器が潰れる。死ぬ――。
 死が近づいていることに体が震える。どうにかしなければ……。
 グラッセを睨みつけるが、彼には何の痛みも与えることはない。


「精々、世界が終わるのをあの世から見ているんだな」


 グラッセが剣を傾けた。











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