オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第五十四話 二十三日

 
 アーフィたちに合流し、これからどこに向かうか、という話になる。
 アジダはもちろん意見を言わない。口を閉ざし、静観していることこそがすべてとばかりだ。
 まるで木だ。いや、木のほうが風に揺れ、耳に心地よい葉音を届けてくれる。
 アジダを見ても心が落ち着くわけでもないため、ただの邪魔な置物だ。


 このままゴミ箱にでも叩き込んでやりたいものだ。
 どうしてアジダはそんなに怯えているんだ。
 ……確かに、ベルナリアの視線は鋭い。けれど、良く見れば瞳の奥までもが怒りに染まっているわけではない。
 アジダが怯えているのは、ベルナリアではなく彼女の過去にある幻影だろう。
 あのときを思い出し、怯えているのはベルナリアにではないだ。


 ……過去の情けない自分に、アジダは怯えているのだと思う。


「それじゃあ、幽霊屋敷でいい?」


 ベルナリアの問いに、皆が頷いた。
 とりあえずは順調に進んでいることもあってか、ベルナリアの足は軽やかだ。鼻歌でもしてくれば、アジダが受ける印象もがらっと変わりそうだが。
 ベルナリアから離れたアーフィは俺の横に並び、ぼそりと伝えてくる。


「……恋愛というのは難しいのね」
「これは珍しいケースだよ。……まあ、アーフィみたいなのも珍しいんだけどね」
「迷惑……かしら?」
「……男としては嬉しいけど、正直困っている部分もある」


 なんていうと、アーフィは首を傾けてべっと舌を出す。


「私だって苦しんでいたのよ。ちょっとくらい困って、悩んでくれてもいいじゃない」


 前までのアーフィならば、困っているなんていえば、こんな冗談を返すこともできなかった。
 それが今は、友達との接し方をきちんと覚えている。
 アーフィがそれから周囲を見て、男女の関係を観察していく。
 と、俺の腕に手を回してきた。
 突然の行動に、一瞬反応が送れ、アーフィが頬を赤らめながら視線を少しだけ下げる。


「……迷惑かしら?」
「……その、なんていうか」


 返答に困っている。
 俺は――どうなんだろうか。
 アジダとベルナリアにこんな手伝いをしている、俺自身の恋愛感情は今どうなっている?


 ……ちらとアーフィを見る。見つめていると、心が温かくなる。
 この感情は……好き、だからなのか?
 それとも――。
 答えは、たぶんあのときからある程度固まっていると思う。


「ここが……幽霊屋敷ね」


 ベルナリアがごくりと呟いて息を飲む。振り返ってきた彼女が俺たちを見て、腕を組む。


「仲良さそうね」
「ああ!? い、いや! これはなんでもないわよ」


 アーフィが照れたように俺から離れる。
 どうやら、彼女にとってもこの行為は恥ずかしいものだったようだ。


 ベルナリアが頬を膨らませ、その両目をきつくつり上げる。
 ……今はこっちに集中して、ってことだろ? わかってるよ。


「アジダ、幽霊は大丈夫なのか?」
「……ああ。幽霊系の魔物を従えた施設だろう? このくらい俺は大丈夫だ」


 幽霊屋敷では二組ずつになる予定だ。そこで、ベルナリアが隙を見て……アジダに気持ちを伝える。
 ……うまくいけば、の話であるが。
 列がどんどん前へと進んでいく。家族連れ、カップル……それらを見ながらも俺は相変わらずベルナリアから一定の距離をあけているアジダにため息をついた。


 しばらくして列がはけていき、俺たちの順番が回ってくる。


「二組ずつお入りください」


 ……どうやら、カップルと思われたようだな。ここまでは計画通り。


「行くとするか、ハヤト」


 すかさず俺の手を掴んでこようとしたアジダからするっと逃れる。
 どうしてこいつは真っ先の選択肢で俺を用意するのか。
 俺はアーフィの手を掴み、中へと入っていく。


 アジダの情けない顔と……おいベルナリア。どうしておまえまでそんな泣き出しそうな顔になっているんだ。
 まさか……まさか。
 おまえ、怖いのダメなのか!?
 先に中へと入ると、隣を歩くアーフィの笑顔が徐々に暗くなっていく。


「こ、ここは一体どういった場所なの?」


 ……中が思っていた以上に作りこまれているのが怖かったのだろうか。
 真っ暗な中では不気味な音がたまに聞こえ、なにやら変な影が襲う。
 明かりは等間隔におかれた魔石のみ。それだって、しっかりとしたものではない。


 すぐに光を失いそうな、たまに何度か消える魔石に、アーフィが驚いて俺の腕に抱きついてくる。
 ……さすがに、これは予想外だった。
 アーフィに押し付けられる胸の感触に、俺のほうもドキドキしながら……恐らくは後方にいるであろうアジダたちのほうに視線を向ける。


 ……悲鳴も何も聞こえないが、果たして二人は無事についてきているのか。
 その成果は後で聞くとして、今は――脱出に向けて歩いていくだけだな。
 進んでいくと、壁をすり抜けるようにして幽霊が横切る。


 その突然の登場に、一瞬は驚いたが抱きついてくるアーフィの力強さに、恐怖どころではない。
 ……おいおい。即座に展開する霊体が一瞬で破壊される恐怖――。
 俺の心を支配しているのは、アーフィによって俺の右腕がいかれてしまうのではないかというほうだった。


「……ハヤト。怖くはないの?」
「まあね」
「……た、頼りになるわね」


 羨望の眼差しを向けてくるが、これ以上抱きつくのは勘弁してください。
 ゆっくりとではあるが確実に進んでいった俺たちだったが……背後から風のように何かが横切っていった。
 ……アジダとベルナリアか?


 この通路は走らないという約束があったはずだが、彼らはそれを一切守っていない。
 ベルナリアの必死そうな顔、アジダの恐怖に染まった顔……。
 もしかして……アジダはこういうのがダメなのか? そして、ベルナリアもか?


 ……あいつ、強がって言わなかったな。
 作戦の一つが失敗したが、アーフィはいまだ俺の腕にぎゅっと張り付いている。
 右腕の血液がうまく流れず、段々と感覚が遠くなっているのがわかる。
 さっさと、ゴールしないとだな。


 すたすたと歩いていき、途中驚かせるように幽霊が出現する。
 これらは職業魔物使いの人間が複数で操っているはずだ。出なければ、これほど友好的な魔物は存在しない。


 日本のお化け屋敷は、わざと古いような雰囲気をだしたりするが、この世界ではもともとの建造物自体に古さがある。
 それらとさらには本物幽霊……。この薄暗い環境をうまく組み合わせているため、こんなお化け屋敷であれば、地球にいっても通用するだろう。


 やがて明かりが見えてきた。
 外に出ると呼吸を乱して地面に座りこんでいるアジダと、人前に出たことで冷静さを取りもどしたベルナリアが、目尻に涙を浮かべながら澄ました顔を作っていた。


 ベルナリアは俺たちを見ると、ぶわっと涙を浮かべ……しかし懸命に拭って腕を組む。


「……まったく。幼稚な仕掛けね。……あんた、失敗したんだけど」


 髪をかきあげるように言ったあと、彼女はさささっと近づいてきてつり上げた目で覗き込んでくる。


「……あんたたちが仲を深めるために選んだだけなんじゃないでしょうね?」
「ちげぇよ……おまえ、幽霊とかダメなのか?」
「ダメではないわよ。ただの魔物なら、相手は出来るわよ」


 これは予想外だったというわけか。
 彼女は毅然とした態度をとっているが、その両足は震えている。
 アジダのほうに近寄ると、彼はへっぴり腰のままでどうにか立ち上がろうとしていた。
 俺が手を貸してやると、ようやく一息をついた。


「な、なんだあれは!? 幽霊屋敷とは、出現した魔物を倒す場ではなかったのか!? 恐怖がそこには存在していた!」


 頭のほうに多少の悪影響が出てしまったのか、アジダはしばらくそこで叫んでいる。
 ……一緒にいると危ない人認定されてしまうな。
 少しばかり距離をあけながら、ベルナリアと計画をたてる。


「次は大丈夫か?」
「……た、確か……竜列車だったわよね? ふん……これでもあたしは貴族よ。竜車なんてのは何度も乗っているのよ。そこらの人間なんて目じゃないほどの経験をしているっていうのよ」


 ベルナリアが自信満々に腕を組んでいる。まあ……大丈夫、か?
 竜列車というのは、二人組みで乗り、空中を飛ぶ竜で楽しむものだ。
 万が一落ちても良いように、足場に結界が作られている。


 誰でも竜騎士の体験ができる、ということだ。
 だから、安全面は問題がないらしい。
 水筒を取り出し、水分を確保しているとアジダがふらふらと立ち上がる。


「何か、飲み物はあるか?」
「水でよかったら」


 俺のステータスカードにはいつも通り、たくさんのアイテムがしまわれている。
 そこから取り出した水をアジダに渡し、彼がごくごくと水筒を飲んでいくのを横目にしながら、ベルナリアに小声で話す。


「……次は話す機会自体が少ないと思う。だから、おまえは自分を素直に見せ付けてやれ」
「……具体的に何をすればいいの?」
「別に。楽しんでいる姿を見せればいいんだ。……まあ、一ついうならおまえの昔みたいにかな。俺はおまえの昔を知らないけど、アジダに昔を思い出させるように出来れば満点だ」


 それによって、アジダも昔の楽しいほうの記憶を思い出してくれるはずだ。
 上手くいくかどうかはわからないが、ベルナリアはうんうんと納得するように頷いた。


「さすが……女の子を侍らせているだけあるわね」
「それはどこ情報だ?」
「レキナとクーナに聞いたわ。なんでも将来の夢は女百人を妻にするとか」
「俺は一人だけを愛するんだよ。そんな大変なこと、出来るわけがないだろ」


 ハーレムなんてのは、よっぽど女の扱いが上手くなければできないだろう。
 そして俺には絶対に向かない。
 ……俺が彼女たちを手伝っているのは、何より自分自身のためでもあった。


 自分の良くわからない今の感情を、彼女たちと接していくことでわかるようにできるのではないか、と。
 それらを知ることが出来れば、俺も答えを出せる、はずだ。

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