オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第五十三話 二十三日



 二日目の日程は、一日遊園地で遊ぶという内容だ。
 第二十二階層に遊園地はあり、ここ数年で作られたものだが、今ではこの迷宮都市でもっとも人気のあるものの一つのようだ。


「それでは、私たちはカジノにいってきますね」


 第二十二階層へと到着すると、期待のこもった目をしているリルナが歩いて行った。


「そういうことだ。僕たちはモモとファリカに護衛してもらうから、こっちのことは気にせず遊んできてくれ」


 リルナとカレッタはカジノに興味があるようで、二人はそちらに向かうらしい。
 彼女たちと別れたところで、俺、アーフィ、アジダでベルナリアが待っているホテル一階へと向かう。
 誰も寄せ付けません、とばかりにベルナリアが一人で待機していた。


 周囲には誰もいない。レキナとクーナたちは、恐らく別の人の護衛にでもつくのだろう。
 一応、俺たちは三人がかりでベルナリアの護衛をする形だ。これだけのメンバーだ、よっぽどの相手でなければ危険はない。


 俺の横にいたアジダは、呼吸がつまったような声をあげる。
 ベルナリアはじっとアジダを睨み、アジダもまた彼女の視線に苦しそうに顔を背けるばかり。
 俺とアーフィは顔をあわせるしかない。


 ……ここまでダメなのかよ。
 ベルナリアが先行するように歩き出し、それからアジダがその後ろを追う。
 俺とアーフィは、一先ず二人が前を歩いているのを確認して、お互いにこれからどうしようかを話していく。


「アーフィ……今日の俺たちの目的は二人の仲直りだ。……それで、早速問題があるんだけど、どうしようかな」
「ベルナリアが声をかけられるようにしなければならないのよね……どうしよう」


 そこが本当に問題だ。
 件のベルナリアを見る。彼女は時々後ろを見て、俺たちに助けを求めるようにアピールしてきている。
 その顔は真っ赤だ。恥ずかしそうな……どうにかしたいけれど、どうにもならないといった感じだ。


 アジダがうつむいていた顔をあげると、途端にベルナリアがむすっとした顔で彼を見る。
 それを見てアジダが落ち込み、再びベルナリアはあわあわと口をぱくぱくさせる。


 ……いやね、そのぱくぱく顔を俺たちではなくアジダに向けてみろって。何かしらの会話のきっかけが生まれるから。
 目を怒らせて彼女が威圧してきて、それを真正面から浴びたアジダが顔を沈ませる。


 ……その連鎖が続いていく。
 見ていて面白い二人ではあるが、鑑賞して楽しむために俺たちがいるわけではない。


 とりあえず、外に出て恵まれた天気であることに胸を撫で下ろす。
 世界を温めている迷宮内の日差しであるが、あれに紫外線などの成分は含まれないのだろう。
 ここに住んでいると思われる人々の多くは、その肌が真っ白な状況だ。
 空の太陽には温度を調節するエアコンに似た機能があるのだろう。


 ホテルを出て、真っ直ぐ歩いていく。
 整った綺麗な道を歩けば、風が吹き草木の香りが鼻へと飛び込んでくる。
 人々の声が耳をすぎ、あれこれと会話を耳にしているのだが……どうやらベルナリアとアジダはどちらも周りなんて見えている様子はない。


 迷宮都市は見る価値があるものばかりなのにな。
 この世界の建造物の中でも、迷宮都市は頭ひとつ抜けたものばかりだ。


 石造りの建物には、ロンドンなどをモデルにしたのではないかという造りである。俺も別に見たことはないんだけどね。
 今もなお、新しい建築物が造られている途中だ。
 そんな景色を楽しみながら、人々を観察していく。あの子は迷宮都市の人間、あの人は旅人……といった風にだ。


 肌の色でわけられるため、あまりにも分かりやすい。
 迷宮の見張りをしている人に声をかけ、第二十二階層へと運んでもらう。
 そこから目的の遊園地はすぐだ。


 精霊特殊部隊の人々が
 俺たちに気づくと軽く敬礼してきた彼らの横を抜け、金を支払って中へと入る。
 賑やかな遊園地内では、子どもの楽しそうな姿が見えた。


 それをみたアーフィの顔も穏やかになっているが、アジダたちはまるで変わらない。
 いつまでもこれではやっていられない。おろおろと何か手を打とうとしているアーフィだったが、こればかりは本人達の問題でしかない。


「何か乗りたいものはあるのか、ベルナリア」


 ひとまずは、アジダとベルナリアの間に入った。
 アジダのわかりやすいほっとした安堵の声が聞こえたのか、ベルナリアの眉間に皺が刻まれる。
 こんな怒りの形相をアジダが見れば、今夜は眠れなくなってしまう可能性もある。


 彼の安眠を守るためにも、俺は体で割って入り、ベルナリアの横に並んで歩いていく。
 アジダをアーフィに任せるために後ろを見ると、アーフィの両目に力がこもっていた。
 ……こっちはこっちで大変そうだった。


「ベルナリア、いつまでも怒っていないでくれ」
「お、怒っていない! 優しい笑顔を向けていたわっ」


 あれの? どこが?
 彼女と俺の中には大きな違いがあるようだ。


「俺から見たらあれは怒っていた顔だ。アジダにとってはドラゴンにでも睨まれているような心境だったのだろうね」
「ど、ドラゴン!? あたしのあれが? ……なら、どうすればいいのよ」
「まずは表情を作らないように話そうか。無表情でも今の怒ったむすっとしたものよりも良いはずだ。それで……そうだね。今日は挨拶はしたか?」
「して……ないわ」
「とりあえずは、そこから始めようか。いいか? 俺がアジダの後ろにいって、お前の顔を確かめてマルとバツで伝えていく。バツが出されたら表情に意識を向けること、あとは出来る限り穏やかに話してみてくれ」
「が、頑張ってみる」


 ぐっと拳を固めた彼女に、心配はあれど信じるしかない。
 アジダのほうへと戻っていくと、彼の震えるような瞳が俺を追ってきた。


「ほれ、交代だ」
「……」


 「頼むから、後ろに来ないでくれ!」と、アジダの口がぱくぱくと動き、彼の悲壮に満ちた顔に思わず苦笑してしまう。


 ベルナリアが立ち止まり、アジダは麻痺でもしたように震えながら止まる。
 遊園地に遊びにきた人々から、ちょっとした注目となるのは致し方ない。
 ベルナリアは出来る限りの無表情とともに、腕を組んでアジダを睨む。


「おは――」


 二文字を言ったところでベルナリアの顔が朱へと変わっていく。
 耐え切れなくなったのか、彼女は途端に両目をつり上げる。
 俺は即座にバツ印をつくり、ベルナリアははっとしたようにエルフ特有の耳を弄り誤魔化す。


「……おはよぅ。さっさとしなさい」


 だからどうしてそんな喧嘩腰になるのか。
 ベルナリアの両目がアジダを捉えると、彼はたぶんベルナリアの言葉など右から左へと抜けていったのだろう。
 アジダは深く頭を下げて、その場で土下座でもする勢いで身をかがめた。
 はぁ……と俺はため息をついて、アーフィもさすがに頬をひきつらせていた。


「……これ、大丈夫なのかしら?」
「少なくとも、今日一日でどうにか出来るとは思えないね」


 お互いにぼそり、ぼそりと言葉を言い合って、肩を竦める。


「し、失礼いたしました! や、やっぱり俺は……その、すみませんでした!」
「……あっ」


 アジダは謝罪だけを残して去っていく。短く呟いたベルナリアだったが、俺たちの視線に気づくと途端に毅然とした態度を取りもどす。
 恐らくベルナリアは、そういう態度をとらなければならない環境で育ったのだろう。


 エルフの貴族……なんていうのは目だった存在となる。
 利用するもの、馬鹿にするもの……なんてのは後をたたないはずだ。実際、人族がほとんどをしめるこの世界だしな。
 だからこそ、ベルナリアは人の目を意識すれば、強気な態度を崩せない。


 ひとまずは逃げていったアジダを追わなければならないが、ベルナリアに対して彼女のそのクセともいえるものを指摘したい気持ちもある。
 ただ、逃げて言ったアジダにも伝えたい言葉がある。
 どちらを優先するか……ベルナリアに対しては、アーフィに対応してもらおうか。


「アーフィ、ベルナリアにこう伝えておいてくれないか? 後で周りの目がない場所につれていくから、そこでは素直になってくれ、ってね」
「……それはどういう意味があるのかしら? 結局ベルナリアには難しい問題じゃない?」
「彼女はどうにも心に強固な壁をいくつも作って、守りを固めているようなんだ。その壁を取り払えるのはいわゆる個人の環境でしかない。こんな衆目にさらされる場所で、彼女は自分を出すことはできないだろうね。だから、俺たちで二人きりの環境を作る。幸い、そういうアトラクションもあることだしね」


 お化け屋敷のようなものがあるのは、昨日確認済みだ。
 今日のために俺はそれなりに計画を練っている。
 なんというか、アジダには世話になった部分もあるし、アジダ自身を俺は別に嫌いではない。


 彼女らのすれ違いというのをどうにかしたいという気持ちもあったのだ。
 アジダを追いかけて走り出しながら、人々を観察する。
 異世界でもこういった場所は男女で来る人が多いようだ。
 良く見れば、ちらほらと学園の生徒と思われる人々も、男女で参加しているではないか。


 俺たちも恐らくは勘違いされているな。
 アジダは一心不乱に人々の波に反逆するように走っていく。そのおかげで、彼は人とぶつかりそうになっては回避を繰り返している。
 そんな動きでは、満足に前へと進むこともできない。


 彼の背中を捕まえたのは、そう遠くない場所でだった。
 息を切らしているアジダは、精神的な疲労も多かったのだろう。額にはびっしりと汗をはりつけている。
 どれだけの緊張があればこのような顔になるのだろうか。小便でもちびっているのではないかというほどの彼の顔に、俺はさすがに頬がひきつった。


「お、俺には無理だ! どうして俺を今日誘った、ハヤトォォ!」


 涙を両目に浮かべながら泣き言を口にする。
 ぐわんぐわんと彼に揺さぶられるのがうざかったために、一度彼を引き剥がす。
 すると、それこそ悲劇のヒロインのように地面にぺたりと座り、ぐすぐすと泣き出しそうになっている。
 ……こいつ、どんだけ精神弱いんだ。
 呆れて頭をかきながら、俺はアジダに声をかけていく。


「まず……ベルナリアについてだけど、彼女は別にアジダのことを嫌っているわけではない」
「……そんなわけがあるか。あの時のことを思い出しているかのような目をしていた。……ああ、あれは恐らくはそうだ! ……俺がここにいるだけで、あのときの記憶が甦り、ベルナリア様はきっと……そのうち発狂するだろう!」


 どんな被害妄想だ。
 彼はとにかく、自分が一緒にいることでのマイナス面についてを多く語った。これでもかというほどに言い終わったところで、アジダは立ち上がる。


「俺は帰るぞ」
「……待て待て」


 彼の首根っこを捕まえ、引きずるようにして連れていく。
 それでも彼は嫌々と駄々をこねるように暴れる。
 ……まったく、普段のあの生意気なアジダはどこに行ったというのだ。


「なあ、アジダ」
「なんだ。この手を離せ!」
「いくつか伝えてやるとだな、今日の提案はベルナリアがしたんだ」


 ……したようなもの、でいいよな。
 言うとアジダはそれでも半信半疑といった目を向けてきた。


「とにかくだ、今日のこの場をベルナリアも望んでいるんだ。だから……もう少し話をしてみたらどうだ? ……昔のようにはいかないかもしれないが、それでも今よりは改善するかもしれないだろ?」


 というか、本人達がきちんと話さえ出来れば、全然マシになるんだよな。
 アジダも、今のままで良いとは思っていないようだ。遠くでアーフィと離しているベルナリアを見て、何度か頷く。


「……わかった、もう少し付き合う」


 ぶれぶれの心であったが、彼はそれでもベルナリアたちのほうへ歩き出す。
 ……恋愛って難しい。



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