オール1から始まる勇者
ファリカイソウ1
迷宮都市の朝は、精霊レドン様へのお祈りから始まる。
私は義姉のリリカにと教会へと向かい、そこで床に膝をついてお祈りを捧げる。
教会の前では司祭がいて、彼の声に合わせて祈りを捧げていく。精霊様への感謝の言葉を口にし、丁寧な文字で思いを並べていく。
それがおおよそ三十分ほどすぎたところで、祈りの時間は終了となり、私たちは立ち上がった。
精霊へのお祈りをしなければ、家族や自分に不幸がやってくるといわれている。
祈りなんて面倒と考えることもたまにある。そんなことよりも、早く外で遊びたい、なんて考えたことは一度ならずだ。
「ファリカ、嫌そうな顔したらダメよ」
教会を出たところでリリカがそう言ってくる。そんなに顔に出ていただろうかと、思わず道にあった水溜りで自分の顔をみてしまった。
それから私はリリカを見る。
「リリカも不満そう」
「そうかしら」
くすくすとリリカが笑った。それで、私は騙されているのだと思って、むっと頬を膨らませてしまった。
「ファリカは相変わらず可愛いね。けど、そういうこと考えないようにね。私の友達で、レドン教の教えに逆らうようなことを言った人が、風邪で寝込んでしまったの。そんなことになったら、私悲しくてたまらないわ」
「わかってる。けど、ならリリカもあんまりそう思われるようなことを口にしないほうがいい」
「大丈夫よ。私はファリカの前以外じゃ話をしないもの」
寝込んでしまったリリカの友達について考える。本当にそんなことがあるのだろうか、と考えたときはあるが、酷い噂はまだある。
反抗的な姿勢や、教えに背くようなことをしたものは、不幸が起こる。これは、言い伝えとか子どもをあやすための言葉ではなく、本当に恐ろしいことが起こるのだ。
姿を見たモノはいないとも言われているし、見たものもその姿は人間とは思えないような異形の生物か? とも言われている。
ただ、恐らくは何かしらの人間が所属し、何かをしているのでは、という結論になっている。
すべてに対して共通しているのは、反抗的な態度を見せた人、あるいは何かを知ろうとした人々の死だけ。
それらに何が起こっているかは分からない。ただ、教祖様の子孫を中心として何か隠された組織がいることは明白だ。
けれど、それを知ろうとすればあの世に招待されるのも秒読みになるだけ。
不可思議なその組織に、恐れ誰かが適当な名前をつけて呼ばれてさえいる。
とにかく……リリカの言うとおり、余計なことをしない。そうすれば、平和に、一生を安全に暮らせる……それが、この迷宮都市における市民の考えだ。
教会から帰宅すると、母が料理の用意を終えたところだ。
腕を軽くふる。母が生み出した火が消えた。私達が生まれたときに獲得できる、精霊の力によるものだ。
火を消した母は、すでに私たちよりも早く起きて祈りを終えている。
……私の母であるが、リリカの母ではない。
私のことを本当の妹のように接してくれるが、リリカは私の母だけは認めてくれない。
それも仕方ない、と私は思う。私だって、母が死んで突然新しい母が出来たとしたら、受け入れるのに時間がかかると思う。一生受け入れることもできないかもしれない。
「二人とも、手を洗って……さあ、食べましょう。お昼にはお父さんが迷宮から帰ってくるわ。きっと良い報告を聞けるはずよ」
嬉しそうに母がいう。認めていなくとも、リリカも空腹には勝てないようだ。
仏頂面のままに席につき、私たちは朝食を頂くために手をあわせる。
「精霊レドン様。これだけの糧をいただくことをお許しください、いただきます」
この迷宮を管理しているレドン様が生み出している魔物から得た素材を使い、この料理たちは生まれている。
だからこそ、私たちは感謝をしなければならない。
みんな、真面目に感謝をしているけど、リリカに色々と教えられていた私は、そこまで強い信仰心はない。
けれど、それを表に出してはいけない。
誤解だとしても、レドン様に反逆するような意志があると思われれば、瞬く間に謎の存在によって消されてしまう。
それは精霊の怒りとして、死んだ私だけではなく家族たちもその被害にあうことになる。
感謝の言葉を並べたあとに朝食を頂き、母は右手の紋章に手をあてて水を作り出す。
紋章は生まれてすぐに精霊様によって与えられる加護だ。
これによって私たちは、ステータスの力のほかに、魔法の力も使うことができる。
ただ、それほど強いものではない。水、火、土、風を本当に少しだけ作ることができるだけだったが、迷宮内に流れている川から水を持ってくるなどの面倒な作業がなくなり、多くの主婦がこの力に感謝をしている。
私も、この力だけは少々嬉しいものだと思っている。
遊んでいる途中でも、水をいつでも飲める。鬼ごっこやかくれんぼをしているときに、喉がかわいても、ばれる危険が少ないから。
階段をあがり、二階にあがり、私達は自分の部屋へと入る。父が帰ってくるまでの時間、何をするか考える。
「たまには、教会にいって色々と調べてみたいものだよね」
「ダメ。そんなことをして、何かあったら嫌。私に注意しているんだから、リリカもやめて」
「わかってるよ。けど……私はずっと気になっていることがあるの。どうして、私たちが変なことをして、精霊様は私たちを殺すのかなって」
「殺しているかどうかの確信は、ない」
「なくても、可能性は一番高いって言われているじゃない。仮に、殺してくるとして……どうしてなのかなって」
「それは」
理由はたくさんあると思う。
だって、一人でもそういう人が出てしまえばそこから繋がるようにして、反対意見が出る可能性がある。
そういった考えが団結し、反乱が起こされる前に対処している、とか。
「反乱がある可能性があるってわかっているのに、なんで、その原因を取り除こうとしないのかな」
「……それは」
精霊レドン様はなんでもできる全知全能の精霊と呼ばれている。
だから、下手なことを口にしていはいけない……と教えられているから、これ以上話すのは危険だ。
けど、確かに疑問はあった。
「話はこのあたりにしておこっか。それじゃあ、軽く剣の訓練でもしよう、ファリカ」
「……うん」
私はあまり自分の霊体が好きではなかった。
職業、精霊使いというものであり、私は同年代の友達が一人もいない。
……だって、精霊様を使うような存在だから。
そのせいで、私たち家族があまり良い目を向けられていないのも知っている。
一生懸命お父さんが働き、迷宮での活躍があるからこそ今の私たちは生活できている。
リリカも理解はしているから行動には移さない。けれど、彼女の探究心は知っている。
――きっと、いつか。
彼女はこの迷宮都市にある謎の解明に動き出そうとするはずだ。
私は彼女を絶対に止めなければならない。
精霊レドン様の祈りが朝と夜にあるのは凄い大変だ。けど、そのおかげで家族四人で楽しい生活が送れるのなら、私は構わない。
今の幸せを、壊されたくない。
リリカとともに庭に出て、剣の訓練を行う。
どちらも霊体を纏い、相手の霊体を削りきれればそれで勝利となる。
お互いに剣を打ち合い、私はその中でリリカのクセを見てそこから隙をついて攻撃する。
けど、彼女の隙はただの罠だった。
霊体を削りきられ、姿勢を崩された私の体に剣が迫る。
にやりと笑うリリカに、悔しさがこみ上げる。
経験の壁が大きいのはわかっているけれど、それでもどうにか勝ちたいという思いがこみ上げる。
「負けず嫌いだね」
苦笑したリリカに、私も同じように笑みを作る。
それから木剣をもって、今度は肉体での訓練を行う。霊体も回復して、もう一度試合をしようとしたところで、父が帰ってきた。私たちに気づくと満面の笑みとともに両手を広げる。
「ただいま、二人とも」
駆け寄って抱きつくと、私たちは父にぎゅっと抱き返される。
頭を撫でてもらい、少し汗臭かったが、父の力強さにほっと笑みがこぼれる。
……こうして暮らしている間も不安がないわけではない。
教会の謎の力はいったいどこまで届くのか分からない。
仮に本当に邪魔者を消していて、その構成員がいるとしたら……それは隣に住んでいる人かもしれない。
道をすぎた老人、町で見かけた男性……もっといえば、私くらいの子だってその構成員という可能性だってある。
だから私は……この家の外に出るのも少しばかり怖い。
こんなに恐怖しているのはリリカのせいだ、と恨みをこめて少しばかり睨んだけど、リリカは父さんに抱きついたままで気づいてはくれなかった。
私は義姉のリリカにと教会へと向かい、そこで床に膝をついてお祈りを捧げる。
教会の前では司祭がいて、彼の声に合わせて祈りを捧げていく。精霊様への感謝の言葉を口にし、丁寧な文字で思いを並べていく。
それがおおよそ三十分ほどすぎたところで、祈りの時間は終了となり、私たちは立ち上がった。
精霊へのお祈りをしなければ、家族や自分に不幸がやってくるといわれている。
祈りなんて面倒と考えることもたまにある。そんなことよりも、早く外で遊びたい、なんて考えたことは一度ならずだ。
「ファリカ、嫌そうな顔したらダメよ」
教会を出たところでリリカがそう言ってくる。そんなに顔に出ていただろうかと、思わず道にあった水溜りで自分の顔をみてしまった。
それから私はリリカを見る。
「リリカも不満そう」
「そうかしら」
くすくすとリリカが笑った。それで、私は騙されているのだと思って、むっと頬を膨らませてしまった。
「ファリカは相変わらず可愛いね。けど、そういうこと考えないようにね。私の友達で、レドン教の教えに逆らうようなことを言った人が、風邪で寝込んでしまったの。そんなことになったら、私悲しくてたまらないわ」
「わかってる。けど、ならリリカもあんまりそう思われるようなことを口にしないほうがいい」
「大丈夫よ。私はファリカの前以外じゃ話をしないもの」
寝込んでしまったリリカの友達について考える。本当にそんなことがあるのだろうか、と考えたときはあるが、酷い噂はまだある。
反抗的な姿勢や、教えに背くようなことをしたものは、不幸が起こる。これは、言い伝えとか子どもをあやすための言葉ではなく、本当に恐ろしいことが起こるのだ。
姿を見たモノはいないとも言われているし、見たものもその姿は人間とは思えないような異形の生物か? とも言われている。
ただ、恐らくは何かしらの人間が所属し、何かをしているのでは、という結論になっている。
すべてに対して共通しているのは、反抗的な態度を見せた人、あるいは何かを知ろうとした人々の死だけ。
それらに何が起こっているかは分からない。ただ、教祖様の子孫を中心として何か隠された組織がいることは明白だ。
けれど、それを知ろうとすればあの世に招待されるのも秒読みになるだけ。
不可思議なその組織に、恐れ誰かが適当な名前をつけて呼ばれてさえいる。
とにかく……リリカの言うとおり、余計なことをしない。そうすれば、平和に、一生を安全に暮らせる……それが、この迷宮都市における市民の考えだ。
教会から帰宅すると、母が料理の用意を終えたところだ。
腕を軽くふる。母が生み出した火が消えた。私達が生まれたときに獲得できる、精霊の力によるものだ。
火を消した母は、すでに私たちよりも早く起きて祈りを終えている。
……私の母であるが、リリカの母ではない。
私のことを本当の妹のように接してくれるが、リリカは私の母だけは認めてくれない。
それも仕方ない、と私は思う。私だって、母が死んで突然新しい母が出来たとしたら、受け入れるのに時間がかかると思う。一生受け入れることもできないかもしれない。
「二人とも、手を洗って……さあ、食べましょう。お昼にはお父さんが迷宮から帰ってくるわ。きっと良い報告を聞けるはずよ」
嬉しそうに母がいう。認めていなくとも、リリカも空腹には勝てないようだ。
仏頂面のままに席につき、私たちは朝食を頂くために手をあわせる。
「精霊レドン様。これだけの糧をいただくことをお許しください、いただきます」
この迷宮を管理しているレドン様が生み出している魔物から得た素材を使い、この料理たちは生まれている。
だからこそ、私たちは感謝をしなければならない。
みんな、真面目に感謝をしているけど、リリカに色々と教えられていた私は、そこまで強い信仰心はない。
けれど、それを表に出してはいけない。
誤解だとしても、レドン様に反逆するような意志があると思われれば、瞬く間に謎の存在によって消されてしまう。
それは精霊の怒りとして、死んだ私だけではなく家族たちもその被害にあうことになる。
感謝の言葉を並べたあとに朝食を頂き、母は右手の紋章に手をあてて水を作り出す。
紋章は生まれてすぐに精霊様によって与えられる加護だ。
これによって私たちは、ステータスの力のほかに、魔法の力も使うことができる。
ただ、それほど強いものではない。水、火、土、風を本当に少しだけ作ることができるだけだったが、迷宮内に流れている川から水を持ってくるなどの面倒な作業がなくなり、多くの主婦がこの力に感謝をしている。
私も、この力だけは少々嬉しいものだと思っている。
遊んでいる途中でも、水をいつでも飲める。鬼ごっこやかくれんぼをしているときに、喉がかわいても、ばれる危険が少ないから。
階段をあがり、二階にあがり、私達は自分の部屋へと入る。父が帰ってくるまでの時間、何をするか考える。
「たまには、教会にいって色々と調べてみたいものだよね」
「ダメ。そんなことをして、何かあったら嫌。私に注意しているんだから、リリカもやめて」
「わかってるよ。けど……私はずっと気になっていることがあるの。どうして、私たちが変なことをして、精霊様は私たちを殺すのかなって」
「殺しているかどうかの確信は、ない」
「なくても、可能性は一番高いって言われているじゃない。仮に、殺してくるとして……どうしてなのかなって」
「それは」
理由はたくさんあると思う。
だって、一人でもそういう人が出てしまえばそこから繋がるようにして、反対意見が出る可能性がある。
そういった考えが団結し、反乱が起こされる前に対処している、とか。
「反乱がある可能性があるってわかっているのに、なんで、その原因を取り除こうとしないのかな」
「……それは」
精霊レドン様はなんでもできる全知全能の精霊と呼ばれている。
だから、下手なことを口にしていはいけない……と教えられているから、これ以上話すのは危険だ。
けど、確かに疑問はあった。
「話はこのあたりにしておこっか。それじゃあ、軽く剣の訓練でもしよう、ファリカ」
「……うん」
私はあまり自分の霊体が好きではなかった。
職業、精霊使いというものであり、私は同年代の友達が一人もいない。
……だって、精霊様を使うような存在だから。
そのせいで、私たち家族があまり良い目を向けられていないのも知っている。
一生懸命お父さんが働き、迷宮での活躍があるからこそ今の私たちは生活できている。
リリカも理解はしているから行動には移さない。けれど、彼女の探究心は知っている。
――きっと、いつか。
彼女はこの迷宮都市にある謎の解明に動き出そうとするはずだ。
私は彼女を絶対に止めなければならない。
精霊レドン様の祈りが朝と夜にあるのは凄い大変だ。けど、そのおかげで家族四人で楽しい生活が送れるのなら、私は構わない。
今の幸せを、壊されたくない。
リリカとともに庭に出て、剣の訓練を行う。
どちらも霊体を纏い、相手の霊体を削りきれればそれで勝利となる。
お互いに剣を打ち合い、私はその中でリリカのクセを見てそこから隙をついて攻撃する。
けど、彼女の隙はただの罠だった。
霊体を削りきられ、姿勢を崩された私の体に剣が迫る。
にやりと笑うリリカに、悔しさがこみ上げる。
経験の壁が大きいのはわかっているけれど、それでもどうにか勝ちたいという思いがこみ上げる。
「負けず嫌いだね」
苦笑したリリカに、私も同じように笑みを作る。
それから木剣をもって、今度は肉体での訓練を行う。霊体も回復して、もう一度試合をしようとしたところで、父が帰ってきた。私たちに気づくと満面の笑みとともに両手を広げる。
「ただいま、二人とも」
駆け寄って抱きつくと、私たちは父にぎゅっと抱き返される。
頭を撫でてもらい、少し汗臭かったが、父の力強さにほっと笑みがこぼれる。
……こうして暮らしている間も不安がないわけではない。
教会の謎の力はいったいどこまで届くのか分からない。
仮に本当に邪魔者を消していて、その構成員がいるとしたら……それは隣に住んでいる人かもしれない。
道をすぎた老人、町で見かけた男性……もっといえば、私くらいの子だってその構成員という可能性だってある。
だから私は……この家の外に出るのも少しばかり怖い。
こんなに恐怖しているのはリリカのせいだ、と恨みをこめて少しばかり睨んだけど、リリカは父さんに抱きついたままで気づいてはくれなかった。
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