オール1から始まる勇者
第四十二話 十六日 開始
影……それは人間たちだ。
それも、単純に足を滑らせてとかではない。仮面をつけた恐らくは男と思われる人間は、右手に鎌を持っていた。
まるで死神を彷彿とさせる鎌に、アジダはリルナを押しやるように前に立つ。
霊体をまとい、俺は鎌の一撃を防ぐ。
筋力と体重ののったその攻撃は、確かに力強さはあったが、俺はそれをそらした。
これはさすがに敵も予想外だったのだろうか。大きく姿勢を崩して着地する。
尻餅をついた敵は、まだ立ち上がれていない。
一気に詰め寄る。
男が後退しながら魔法陣を展開する。
それには足を止めるしかない。放たれたファイアボールが五つ。
空気を燃やしながら迫るその火に対して、俺は剣で魔法に触れる。
剣が燃えながらも、魔法の核を破壊する。それを四つ行い、最後の一つは全身に展開した霊体で受けきる。
男に距離をつめると、男は背中を向けながら慌てたように顔を顰める。
だが、俺の霊体を見て限界を悟ったのだろう。振り返り、鎌を抜く。
再度霊体を展開すると、男は自分が騙されていたのを悟ったのだろう。がむしゃらに振るわれた鎌には動揺が混じっている。
剣での打ち合いで、俺が押されることはない。相手の縦横無尽の一撃をことごとく跳ね返していく。
彼の攻撃は手にとるようにわかっていく。
技術が高いためか、敵との戦闘を繰り返せば手に取るようにわかっていく。
相手の攻撃を少しずつ覚えていく。
鎌が上段から振るわれる。次には、受け止めた俺の剣を奪い取るように右へと流れる。
だからこそ、そこでわざと力を入れ、逆に鎌へ剣をひっかける。
思い切り剣を引けば、彼の身体が前のめりに崩れる。
霊体を足へと展開し、彼の腹部を捉える。鋭くめりこみ、彼の霊体がはがれ、民家の壁へと直撃する。
さすがに破壊するほどではない。彼がうめき声を上げていたが、そちらに構っている暇がない。
急いでアジダのほうへ向かう。
彼のほうにもう一人、仮面の女がいた。こちらは、胸のあたりが膨らんでいるのでわかりやすい。
「クッ!?」
アジダの顔が顰められ、剣と剣がぶつかる。アジダは姿勢を崩しながらも、リルナを壁際に寄せて守っている。
女は俺に気づくと、すぐさま手に何かを持ってそれを地面へと叩きつける。
途端に煙が周囲に現れる。
霊体を全身に纏う。状態異常などはないようだ。
麻痺、毒、睡眠……それらは霊体の身体をまとっていても通用してしまう。
煙の中でも敵の様子はおおよそわかる。耳をすましながら、かけて剣を突き出す。
何かに掠ったが、敵は逃げるのに徹しているのかそれ以上追うことができない。
……目的達成ができないと判断しての避難か、そもそもねらい自体が違うか。
どちらにせよ、煙が晴れたそこにはもう誰も残っていない。
念のために警戒をしていたが、街には静けさだけが支配していた。
……これ以上の警戒は時間を無駄にするだけか。
「さすがに時間もギリギリになってきたね。そろそろ闘技場にいかないと楽しい旅行がなくなりそうだ」
「……そうですね。急ぎましょうか。さっきのについては、また後でゆっくり話しましょう。アジダさん、そのときには同席していただけますか?」
「よ、良いのですか!? もちろんです!」
彼は子どものように微笑み、それから俺に肩を組んできた。
「平民よ。おまえは良い奴だな」
「……都合のいい奴め」
苦笑しながら彼らとともに急いで闘技場へと向かう。
会場へ向かうと、ちょうど試合が終わりそうなところだった。これからあと十分程度はインタビューの時間となるため、呼吸を落ち着かせるのには十分だ。
アジダも俺の次のブロックということで、既に参加者控え室まで同じように行く。
通路を歩き、俺のブロックの参加者がいる部屋近くにいくと、うっとアジダが唸った。
「どうしたんだ?」
「い、いや……その」
アジダの顔色が突然悪くなる。リルナだと気づかずに声をかけていたときのようだ。
アジダの視線の先では、アジダに似た顔をした凛々しい男がいた。
彼は長剣を背負っていたが、霊体なしでは扱えないと思われるほどに体は細い。
そんな彼が、俺とアジダに気づくと鼻で笑った。
「アジダ。貴様、自分の負けた相手とよくもまあ一緒にいられたものだ。貴様のせいで、兄である俺までも、クラスの連中から馬鹿にされたのだぞ? わかっているのか!?」
通路で怒鳴り散らし始めた彼に、頭が痛くなってくる。
こっちは早く控え室にはいって休みたいのだ。先ほどの戦闘にそれほどの疲労はないとしても、これからの戦闘ではさらに集中力が必要になるのだ。
アジダはすっかり小さくなり、今にも泣き出しそうな顔であった。
さらに彼はアジダへと攻めたてていく。脇にいる俺など完全に無視だ。
そして、彼が拳を振り上げる。
「シンフォニール家の恥さらしめがッ!」
怒鳴った彼がアジダの顔へと拳を振りぬく。
さすがに黙ってみているわけにはいかなかった。
彼の拳を霊体をまとわずに止める。
こっちにきてからどれだけ身体を鍛えていると思っている。霊体をまとわずに、どれだけ剣を振っていると思っている。
この程度の拳、容易に止められた。
真っ赤な顔をしていた彼――グランド・レイフォル・シンフォニールはたちまち声を荒げた。
「貴様が、ハヤトとかいう平民だな? その手はなんだ? 家の問題――それも貴族の問題に首を突っこむつもりか? どんな身分だ?」
「いや……別に、そういうわけじゃないですよ。グランドさんのブロックはどこですか?」
「Fだ。貴様、俺と同じはずなのに、何も知らないんだな。対策をたてなくても良いのか?」
自慢げにグランドが言う。
……良くはわからないが、たぶん、昨年度の成績が良いとかだろう。
だから、俺は言ってやる。
「別に必要ありませんよ」
「……なんだと? この俺、昨年度九位の対策が必要ないなんて、すでに諦めているんだな? アジダはうちのおちこぼれだが、それでもシンフォニール家の人間だ。そいつを倒したという貴様を倒しておかなければ、うちの評価は下がったままになるからな」
「たぶん、評価は変わらないと思いますよ」
「……あぁ?」
「それにしてもあなたが昨年度九位ですか。昨年度のほうが大会はラクそうでしたね」
続けるようにいうと、いよいよ彼は面白くないとばかりに腕を組む。さらには、両目をつりあげ俺を射殺さんとにらんでくる。
くすくすと苦笑してやると、それがまた怒りを誘うようだ。
「アジダを責めるのはやめたほうがいいですよ。……あなたも同じ立場になるんですから」
「……平民の分際でよくもまあ吠える。……取り消すなら今が最後だぞ?」
「それは俺の台詞ですよ。ここでアジダに手を出さないとしてくれるのなら、俺はあなたを狙いませんよ?」
グランドは眉間に皺をつくり、さらに青筋を浮かべて苛立ったようにその場で床をけりつけた。
「……始まるまでの間、精々そこで謝罪の言葉でも考えているんだな」
「……そうですか」
「例え俺はただの平民であっても、手を抜くつもりはない。完膚なきまでに潰してやる」
グランドは舌打ちを残して去っていった。
がくがくと震えていたアジダの肩を掴む。
「大丈夫か?」
「あ……ああ、ありが……とう」
「とりあえず落ち着け、呼吸を整えるために飛び跳ねてみろ」
「むしろ荒くなるわっ。……ああ、ありがとう。落ち着けた」
無事を証明するようにアジダが片手を俺のほうに向けてくる。
控え室に入る気も起きず、アジダとともに廊下の壁に背中を預けると、彼はぽつりと呟いた。
「……あれは、俺の家の次男の、グランド兄さんだ」
「話を聞いていればわかったよ。色々と大変そうだな。貴族の家に生まれなくてよかったよ」
言いながら、少しばかり罪悪感があった。
俺は彼を見世物にする……というわけではないが、自分の力を見せつけるために利用したようなものだ。
……そのせいで、彼の家での立場が悪くなっているのだとしたら、せめてこの件に関してだけは彼の味方にならなければならない。
アジダが腕を組み、それからそっぽを向いた。
「俺が平民に感謝など滅多にしないんだ。精々ありがたく受けとっておけよ」
「そうかい」
『Eブロックの参加者による挨拶が終わりました。Fブロックの参加者の方がはすぐに準備してください。繰り返します――』
そんな放送が耳に届いた。音の聞こえるほうへと視線を向けながら、俺は壁から背中を離した。
「……それじゃあ行ってくるかね」
「ああ。俺は負けないからな。……だから、明日のリーグ戦まで行くぞ。そこで……もう一度再戦だ」
「俺一人だけじゃリーグ戦はできないだろ?」
「おいっ」
そもそも、リーグ戦に進んだところで、同じリーグに入るかどうかもわからないが。
片手をあげて彼と別れると、控え室から続々人が出てくる。
貴族と平民は半々といったところか。武器を見れば、おおよそ貴族か平民かはわかるものだ。
……にやりとグランドの笑顔は黒く飾られる。
なんだ? 彼のどこか怪しい笑みに、俺の中で疑問がふつふつとわきあがる。
その波にまざって、真っ直ぐに闘技場の会場へと向かっていく。
熱気と歓声が続々と耳を破るようにぶつかってくる。通路の先に光りが見え、やがて歓声が大きくなっていき……日差しが目に飛び込んでくる。
同時に自分を囲むようにいる客たちに、しばらく目が奪われる。
……本当に凄い人気なんだな。
やがて、競技に参加する俺たちを応援する声へと変わっていく。
俺を応援しているわけではないのだろうが、それでもこれだけの声を、視線をぶつけられると嫌でも意識してしまうものだ。
まあ……それでも、このくらいの緊張があったほうが良い。
――負ければ盛大な恥となる。
それを理解して俺は、しばらくその独特の空気の中にいた。
司会の人間が簡単に紹介をしていく。……その紹介にあがるのは、有名な人間だ。
もちろん、そこにグランドの名もあがっている。
グランドが手をあげると、観客席の女性の黄色い歓声が響く。
あいつらに恨まれないことを祈るしかないね。
『さぁ! それでは試合を始めましょう! みなさま、一定の距離をあけてください!』
いわれるがままに、俺は全体を見回しながら壁に背中を預けるように移動する。
なにやら先ほどから、ちらちらと俺を見る視線が多い。
俺はいつもとは違い、両手に剣を持つ。
ある程度の確信を持ちながら、俺は始まりの瞬間を待つ。
……全身に霊体を展開しながら俺は、実況の言葉に耳を傾ける。
『みなさん! それでは準備は良いですか!? では始め!』
実況の言葉と同時に、その場にいた人たちが動き出す。
そして、俺のほうへ平民、貴族のどちらもが襲いかかってきた。
それも、単純に足を滑らせてとかではない。仮面をつけた恐らくは男と思われる人間は、右手に鎌を持っていた。
まるで死神を彷彿とさせる鎌に、アジダはリルナを押しやるように前に立つ。
霊体をまとい、俺は鎌の一撃を防ぐ。
筋力と体重ののったその攻撃は、確かに力強さはあったが、俺はそれをそらした。
これはさすがに敵も予想外だったのだろうか。大きく姿勢を崩して着地する。
尻餅をついた敵は、まだ立ち上がれていない。
一気に詰め寄る。
男が後退しながら魔法陣を展開する。
それには足を止めるしかない。放たれたファイアボールが五つ。
空気を燃やしながら迫るその火に対して、俺は剣で魔法に触れる。
剣が燃えながらも、魔法の核を破壊する。それを四つ行い、最後の一つは全身に展開した霊体で受けきる。
男に距離をつめると、男は背中を向けながら慌てたように顔を顰める。
だが、俺の霊体を見て限界を悟ったのだろう。振り返り、鎌を抜く。
再度霊体を展開すると、男は自分が騙されていたのを悟ったのだろう。がむしゃらに振るわれた鎌には動揺が混じっている。
剣での打ち合いで、俺が押されることはない。相手の縦横無尽の一撃をことごとく跳ね返していく。
彼の攻撃は手にとるようにわかっていく。
技術が高いためか、敵との戦闘を繰り返せば手に取るようにわかっていく。
相手の攻撃を少しずつ覚えていく。
鎌が上段から振るわれる。次には、受け止めた俺の剣を奪い取るように右へと流れる。
だからこそ、そこでわざと力を入れ、逆に鎌へ剣をひっかける。
思い切り剣を引けば、彼の身体が前のめりに崩れる。
霊体を足へと展開し、彼の腹部を捉える。鋭くめりこみ、彼の霊体がはがれ、民家の壁へと直撃する。
さすがに破壊するほどではない。彼がうめき声を上げていたが、そちらに構っている暇がない。
急いでアジダのほうへ向かう。
彼のほうにもう一人、仮面の女がいた。こちらは、胸のあたりが膨らんでいるのでわかりやすい。
「クッ!?」
アジダの顔が顰められ、剣と剣がぶつかる。アジダは姿勢を崩しながらも、リルナを壁際に寄せて守っている。
女は俺に気づくと、すぐさま手に何かを持ってそれを地面へと叩きつける。
途端に煙が周囲に現れる。
霊体を全身に纏う。状態異常などはないようだ。
麻痺、毒、睡眠……それらは霊体の身体をまとっていても通用してしまう。
煙の中でも敵の様子はおおよそわかる。耳をすましながら、かけて剣を突き出す。
何かに掠ったが、敵は逃げるのに徹しているのかそれ以上追うことができない。
……目的達成ができないと判断しての避難か、そもそもねらい自体が違うか。
どちらにせよ、煙が晴れたそこにはもう誰も残っていない。
念のために警戒をしていたが、街には静けさだけが支配していた。
……これ以上の警戒は時間を無駄にするだけか。
「さすがに時間もギリギリになってきたね。そろそろ闘技場にいかないと楽しい旅行がなくなりそうだ」
「……そうですね。急ぎましょうか。さっきのについては、また後でゆっくり話しましょう。アジダさん、そのときには同席していただけますか?」
「よ、良いのですか!? もちろんです!」
彼は子どものように微笑み、それから俺に肩を組んできた。
「平民よ。おまえは良い奴だな」
「……都合のいい奴め」
苦笑しながら彼らとともに急いで闘技場へと向かう。
会場へ向かうと、ちょうど試合が終わりそうなところだった。これからあと十分程度はインタビューの時間となるため、呼吸を落ち着かせるのには十分だ。
アジダも俺の次のブロックということで、既に参加者控え室まで同じように行く。
通路を歩き、俺のブロックの参加者がいる部屋近くにいくと、うっとアジダが唸った。
「どうしたんだ?」
「い、いや……その」
アジダの顔色が突然悪くなる。リルナだと気づかずに声をかけていたときのようだ。
アジダの視線の先では、アジダに似た顔をした凛々しい男がいた。
彼は長剣を背負っていたが、霊体なしでは扱えないと思われるほどに体は細い。
そんな彼が、俺とアジダに気づくと鼻で笑った。
「アジダ。貴様、自分の負けた相手とよくもまあ一緒にいられたものだ。貴様のせいで、兄である俺までも、クラスの連中から馬鹿にされたのだぞ? わかっているのか!?」
通路で怒鳴り散らし始めた彼に、頭が痛くなってくる。
こっちは早く控え室にはいって休みたいのだ。先ほどの戦闘にそれほどの疲労はないとしても、これからの戦闘ではさらに集中力が必要になるのだ。
アジダはすっかり小さくなり、今にも泣き出しそうな顔であった。
さらに彼はアジダへと攻めたてていく。脇にいる俺など完全に無視だ。
そして、彼が拳を振り上げる。
「シンフォニール家の恥さらしめがッ!」
怒鳴った彼がアジダの顔へと拳を振りぬく。
さすがに黙ってみているわけにはいかなかった。
彼の拳を霊体をまとわずに止める。
こっちにきてからどれだけ身体を鍛えていると思っている。霊体をまとわずに、どれだけ剣を振っていると思っている。
この程度の拳、容易に止められた。
真っ赤な顔をしていた彼――グランド・レイフォル・シンフォニールはたちまち声を荒げた。
「貴様が、ハヤトとかいう平民だな? その手はなんだ? 家の問題――それも貴族の問題に首を突っこむつもりか? どんな身分だ?」
「いや……別に、そういうわけじゃないですよ。グランドさんのブロックはどこですか?」
「Fだ。貴様、俺と同じはずなのに、何も知らないんだな。対策をたてなくても良いのか?」
自慢げにグランドが言う。
……良くはわからないが、たぶん、昨年度の成績が良いとかだろう。
だから、俺は言ってやる。
「別に必要ありませんよ」
「……なんだと? この俺、昨年度九位の対策が必要ないなんて、すでに諦めているんだな? アジダはうちのおちこぼれだが、それでもシンフォニール家の人間だ。そいつを倒したという貴様を倒しておかなければ、うちの評価は下がったままになるからな」
「たぶん、評価は変わらないと思いますよ」
「……あぁ?」
「それにしてもあなたが昨年度九位ですか。昨年度のほうが大会はラクそうでしたね」
続けるようにいうと、いよいよ彼は面白くないとばかりに腕を組む。さらには、両目をつりあげ俺を射殺さんとにらんでくる。
くすくすと苦笑してやると、それがまた怒りを誘うようだ。
「アジダを責めるのはやめたほうがいいですよ。……あなたも同じ立場になるんですから」
「……平民の分際でよくもまあ吠える。……取り消すなら今が最後だぞ?」
「それは俺の台詞ですよ。ここでアジダに手を出さないとしてくれるのなら、俺はあなたを狙いませんよ?」
グランドは眉間に皺をつくり、さらに青筋を浮かべて苛立ったようにその場で床をけりつけた。
「……始まるまでの間、精々そこで謝罪の言葉でも考えているんだな」
「……そうですか」
「例え俺はただの平民であっても、手を抜くつもりはない。完膚なきまでに潰してやる」
グランドは舌打ちを残して去っていった。
がくがくと震えていたアジダの肩を掴む。
「大丈夫か?」
「あ……ああ、ありが……とう」
「とりあえず落ち着け、呼吸を整えるために飛び跳ねてみろ」
「むしろ荒くなるわっ。……ああ、ありがとう。落ち着けた」
無事を証明するようにアジダが片手を俺のほうに向けてくる。
控え室に入る気も起きず、アジダとともに廊下の壁に背中を預けると、彼はぽつりと呟いた。
「……あれは、俺の家の次男の、グランド兄さんだ」
「話を聞いていればわかったよ。色々と大変そうだな。貴族の家に生まれなくてよかったよ」
言いながら、少しばかり罪悪感があった。
俺は彼を見世物にする……というわけではないが、自分の力を見せつけるために利用したようなものだ。
……そのせいで、彼の家での立場が悪くなっているのだとしたら、せめてこの件に関してだけは彼の味方にならなければならない。
アジダが腕を組み、それからそっぽを向いた。
「俺が平民に感謝など滅多にしないんだ。精々ありがたく受けとっておけよ」
「そうかい」
『Eブロックの参加者による挨拶が終わりました。Fブロックの参加者の方がはすぐに準備してください。繰り返します――』
そんな放送が耳に届いた。音の聞こえるほうへと視線を向けながら、俺は壁から背中を離した。
「……それじゃあ行ってくるかね」
「ああ。俺は負けないからな。……だから、明日のリーグ戦まで行くぞ。そこで……もう一度再戦だ」
「俺一人だけじゃリーグ戦はできないだろ?」
「おいっ」
そもそも、リーグ戦に進んだところで、同じリーグに入るかどうかもわからないが。
片手をあげて彼と別れると、控え室から続々人が出てくる。
貴族と平民は半々といったところか。武器を見れば、おおよそ貴族か平民かはわかるものだ。
……にやりとグランドの笑顔は黒く飾られる。
なんだ? 彼のどこか怪しい笑みに、俺の中で疑問がふつふつとわきあがる。
その波にまざって、真っ直ぐに闘技場の会場へと向かっていく。
熱気と歓声が続々と耳を破るようにぶつかってくる。通路の先に光りが見え、やがて歓声が大きくなっていき……日差しが目に飛び込んでくる。
同時に自分を囲むようにいる客たちに、しばらく目が奪われる。
……本当に凄い人気なんだな。
やがて、競技に参加する俺たちを応援する声へと変わっていく。
俺を応援しているわけではないのだろうが、それでもこれだけの声を、視線をぶつけられると嫌でも意識してしまうものだ。
まあ……それでも、このくらいの緊張があったほうが良い。
――負ければ盛大な恥となる。
それを理解して俺は、しばらくその独特の空気の中にいた。
司会の人間が簡単に紹介をしていく。……その紹介にあがるのは、有名な人間だ。
もちろん、そこにグランドの名もあがっている。
グランドが手をあげると、観客席の女性の黄色い歓声が響く。
あいつらに恨まれないことを祈るしかないね。
『さぁ! それでは試合を始めましょう! みなさま、一定の距離をあけてください!』
いわれるがままに、俺は全体を見回しながら壁に背中を預けるように移動する。
なにやら先ほどから、ちらちらと俺を見る視線が多い。
俺はいつもとは違い、両手に剣を持つ。
ある程度の確信を持ちながら、俺は始まりの瞬間を待つ。
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