オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第三十六話 十四日目 戦闘能力

「り、リルナ王女様!」


 そう叫んだアジダに注目が集まる。
 しかし、彼の叫びによって、俺を見つけることができたリルナは、柔らかく微笑んだ。
 その笑顔を近くでみた男子生徒が顔から机に倒れた。


 派手な音があがり、リルナはびくっと肩をあげた。その男子生徒は、幸せに崩れたのだろうけど、教室内ではリルナ王女様を驚かせた不届き者となる。


 俺は男子生徒の今後を心配していたが、リルナはそんなことお構いなしにかつかつと静けさが生まれた教室を歩いていく。すれ違うたびに、視線が背中に集まっている。


「探しました、ハヤト。まさか、逃げるわけではありませんよね?」


 桃が廊下のほうからちらと姿を見せる。
 桃も、人気があるようでそちらにも感嘆の声をあげている人が多い。
 ……別に逃げるつもりはない。


「王女様、俺はちょっとやらなきゃいけないことがあってな」
「ハヤト! 貴様王女様を待たせるとは何事だ!」
「あなたは?」
「ハッ! 私はアジダ・レイフォル・シンフォニールです!」
「シンフォニール家の方でしたか。それで、ハヤトとはどのような関係で」
「友人です!」
「え?」


 俺がとぼけるように声をあげると、リルナが反応する。
 すかさず、笑顔のまま俺のほうへ顔を寄せてくるアジダ。


「た、頼む! 今は友達ということにしておいてくれ! 後でなんでもするから!」
「……へいへい」
「それではハヤト。早くそれを提出してきてください。私たちは教室で待っていますから」
「そんな! リルナ王女様を待たせるなんて、そんな時間がもったいないです! ハヤト! それを俺に渡せ! 提出してきてやる!」
「……いいのか?」
「当たり前だ! 今から五分もかからずにきっちり、しっかり先生に渡してこよう!」


 担任が苦手だったはずだが、アジダは覚えているのだろうか。


「アジダさん。ありがとうございます」
「も、もったいないお言葉です! 行ってくるハヤト!」


 アジダが俺とファリカの紙をかっさらって廊下を走っていく。
 廊下を走るな! という声が聞こえたが……俺には関係ないな。
 それよりもこれからだ。さて、何を聞かれることになるのだが。


「ハヤト。今日は私の家に泊まっていけますか?」


 ……いや、あんたそれ否定する余地ないだろ?
 わざわざこの場で言ったのは絶対わざとだ。否定すれば、クラスメートたちからの鋭い視線の餌食となる。
 その発言自体でクラスメートたちの意識が完全にこちらへ向いてしまった。


「まあ、大丈夫です」
「そうですか」
「は、ハヤトは今日一緒ではないの?」


 そこで、王女とか良く理解していないアーフィが口を出す。
 悲しげな声に、リルナも気になったようだったが、目を伏せてすまなそうに伝える。


「すみません。一日だけ貸してはいただけませんか?」
「……それは、その」
「アーフィ、いい経験だ。頑張ってくれ」


 俺がいない中でもしっかりと生活を送れるようになる必要がある。
 そこでアーフィも気づいたようだ。こくりと頷いて一応、笑顔を作ってくれた。


「そうね。ハヤトも……その楽しんでくると良いわ」
「ああ」


 楽しめる内容かどうかは不安が残るけど。
 ファリカが、何かアーフィを見ていたが、彼女が口を出してくることはしなかった。
 ファリカはアーフィ以上にくってかかると思ったけど……よかった。


「それでは、ハヤト。行きましょうか」
「ええ、王女様」


 仕方なく立ち上がって、彼女の後ろをついていく。
 口をぱくぱくと開けている生徒の視線に頭が痛くなってくる。
 廊下に出ると、さらに注目は集まった。というか、王女様が引き連れて出てきた俺をみて、意外そうな目が多い。


「勇人くん、そういえば騎士学科の模擬戦であっさりと勝利したと聞きましたよ」


 桃の笑みが俺を射抜いてくる。


「勝利っていうか……不意打ちみたいなものだけどな」
「それでも、この世界の人間相手に通用する力はあるということではありませんか。今のステータスはどのくらいになったんですか?」
「それはまた後で話そうか。リルナ、おまえの屋敷はどこなんだ?」
「学園から歩いてすぐの場所にありますよ」
「つーか、おまえ凄いな。猫かぶりなんてものじゃないな」
「そうでしょうか? 普段からこんな感じじゃありませんか?」
「全然違うね。一瞬リルナの容姿をしたドッペルゲンガーだと思ったくらいだよ。確かに、今のリルナが性別関係なく慕われる理由は良く分かったよ」


 これだけ出来る人間オーラが出ていれば、誰だって無意識に惹かれるだろう。
 そして、実際に接して、その優しさに触れたとなれば、誰もがファンになる。


 ……ファリカもアーフィも容姿だけならば劣っていないが、それ以外の部分が結構まずいからな。
 学園から歩いて十分ほど。大きな屋敷が見えてきた。


「ここですよ」


 リルナが中にはいっていき、俺もついて行く。
 メイドや執事が出迎えてくる。
 俺を見ると意外そうな目を向けてくる。……もしかしたら、誰も俺が精霊の使いということは知らないのかもしれない。


「彼は私の友人です。気にしないでください」
「……は、はい」


 それでも、メイドたちは俺を見ずにはいられないようだ。……王女様が男を連れてくる。メイドたちからすれば気が気でないのかもしれない。


 気にしないで、というのは俺に対しても言っているように感じる。
 階段をあがり、絨毯のしかれた廊下を歩いていき、やがて大きな部屋へと到達する。
 扉の前に、リルナの部屋と書かれた板がついているくらいだな、気になるところは。


 扉をあけて中にはいると、豪華なベッドが二つ並んでいる。もしかしたら、リルナと桃は寝食を共にしているのかもしれない。
 よかったよ、桃が孤立していなくて。約束を守ってくれているリルナに感謝しかなかった。


 ホッとしながら、椅子に腰かける。と、途端にリルナがべッドへとダイブした。


「……あー! つっかれた! ハヤト、何か飲み物あったかな!? そこの魔道具の中見てみてよ!」


 たぶん、冷蔵庫的なものなのだろう。
 彼女がそちらを示しているが、リルナの言葉に従っている余裕はなかった。


「……マジか」
「え、何? なんで、そんなにがっかりしているの?」
「いやな。きっと何か大事な話なんだろうと思ってきたんだ、俺は。けど、いきなりこうも態度が変わってしまうとね、やっぱり戸惑いが隠せないんだ」
「そうですか? そのくらいの演技、みんな出来ると思いますよ?」
「え、桃も?」


 それは少し興味があった。
 普段から真面目で、丁寧な口調の桃しか見ていないため、それ以外の演技が出来るかどうかは疑問しかなかった。


「はい。お好みがありましたら、言ってください」
「そうだな……」


 どんな演技が出来るのか。
 なかなかイメージが浮かばずに、俺が頭の後ろで手を組んでいると、


「あっ、私凄い不良みたいなモモを見てみたい!」


 即座にリルナが手をあげた。
 確かに見てみたいかも。


「それでは……そうですね。私が不良役をやりますので、勇人くん。相手をお願いしてもいいですか?」
「まあ別にいいけど」


 彼女に指名されるままに立ち上がる。
 リルナはうつぶせの態勢で足をばたばた動かして興味津々といった様子だ。


「勇人くん、聞いていますか?」


 俺の胸倉を掴んできた彼女の両目は、それこそ軽蔑しきったような尖った目だ。


「何か……話していたか?」


 俺の立場がよくわからず、いつもの調子で聞くと彼女の両腕へとさらに力が入る。


「あなたはいつもいつも……知らぬ間に女を助けて」
「あ、あの……それはええと演技、か?」
「何をとぼけているんですか、勇人くん。あまり言うことを聞かないのでしたら、私はあなたをどうしてしまうか分かりませんよ。いつも言っているでしょう」
「……す、すみません」


 こういう桃もいいかもしれない。
 彼女の両目がどこか、感情を暴走させているような熱っぽさを宿していた。


 ……いや、これ演技か? 
 さすがにこの立場はちょっとばかり興奮する。
 リルナ、助けてくれと思ったが楽しそうに身体を左右に振っている。なんでこいつはリズムに乗っているんだ。
 そこで、桃がふっと顔から力を抜いた。


「まあ、こんな感じですかね」
「……怖さはあったけど、それ以外はいつもの桃っぽかったな」
「そうですか? 私はどんなことをしても、勇人くんを傷つけることはしませんよ。それだけは、絶対に誓います。……はい、ちゃんと誓いますよ」
「……そ、そうか」


 それも演技なのか? どこか、狂信的な調子で呟く彼女に、俺は戸惑わずにはいられなかった。


「すみません。怖かったですか? よしよし」
「撫でなくていいから、ったく」


 手を伸ばしてきたそれを弾き、椅子に座りなおしたリルナに視線を向ける。


「ちゃんとした話し合いでも始めるか?」
「うーん……そうだねっ。それじゃあ、まずはハヤト! いなくなってから色々あったみたいだけど、きちんと話してね! みんな心配していたんだからねっ」
「……わかったよ」


 桃のほうをちらと見てから、俺は覚えている限りのことについて話した。
 多少、ぼかしながらも……それでも街での一件について伝えると、途端にリルナの目がぽかんとした。


「確か……魔斧の話は国でもあがっていたよ! 公爵のカレッターズが何か解決したって話だけど、カレッターズも協力者がいたとかなんとか言っていたらしいね。詳しくは聞いてないからわからないけど」
「……そうか」


 俺の名前は極力出さないでくれとは伝えておいたから、たぶん大丈夫だろう。
 カレッタもそのあたりはしっかりとしているしね。


「それで、ステータスはどうなったんですか?」


 一番桃が気になっている部分でもあるようで、厳しい視線を向けられる。


「そういえば、そうだったな。俺も見せるから、桃のも参考に見せてくれよ」
「わかりました」


 お互いにステータスカードを取り出して、見せ合うことになる。
 まだ、ステータスポイントが120残っていたが、それは戦闘で苦戦したときに使う予定だ。


 Lv13 ハヤト・イマナミ 職業 ものまねLv1 メイン 勇者Lv1 サブ 斧使いLv1、格闘家Lv1、剣士Lv1
 HP1 
 筋力840 体力11 魔力1 精神1 技術450 
 火1 水1 風1 土1 光1 闇1
 職業技 筋力アップ 筋力アップ 技術アップ 


 Lv9 モモ・シモムラ 職業 料理人Lv2
 HP518
 筋270 体力313 魔力307 精神287 技術299 
 火130 水96 風60 土54 光88 闇50
 職業技 HP変換 筋力変換


「……なんですかこのステータスは」
「職業レベルがあがっているな……つーか、ステータスの伸びが全体的に良すぎるだろ。羨ましい」


 確か、前に協力したアイスト、レッティたちも同じようなレベルだが、ステータスはここまでではなかったはずだ。
 となると、精霊の使いはそれだけで一般人よりも強いのかもしれない。


「……これで、本当に戦えるのですか?」
「なんなら、これからやってみるか? 今の俺がどれだけ精霊の使いと戦えるのってのも試してみたいしね」
「そうですね。勇人くんが弱いのではと心配していましたし、直接戦ってみたいですね」
「なら、やるとしようか。リルナ、部屋でやっていいか?」
「ダメに決まってるでしょ! お庭でやりなさい!」
「それじゃあ、庭を借りるな」


 リルナの許可をもらい、彼女たちと共に外へと出た。
 

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