オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第三十一話 十二日目、十四日目 貴族

「私たちの劇団は……昔ぺドリック国にいたことがあって……まあそこで色々あって、ぺドリック国の一部の人たちから狙われてしまっている」
「そりゃまた大胆なことで。そのときはさぞかし辛く、厳しい戦いの旅になったんじゃないか?」
「大変だった」
「それも劇でやったら、さぞかし凄い大立ち回りを演じることになるんじゃないか?」
「やったら、たぶん一時間ちょっとで終わる内容じゃない」


 その言葉だけで、ファリカの苦労は良く分かった。
 ファリカは誤魔化すように何度か視線をさまよわせる。
 それにしても、ぺドリック国からこっちに移ってきたか。……劇団とはいうが、国を行き来できていたというのは驚きだ。
 ……というか、もしかしてもともとファリカはぺドリック国の人間とかか?
 あっちから逃げてきた、とかなれば、ますます俺に助けられたとかありえない話だ。


「つまり……この劇団は明るいものに見えるけど、実は裏では色々とやっているということ。私も人殺しをたくさんしている。幻滅した?」


 ファリカは寂しそうな雰囲気をまとい、俺の視線を伺ってくる。 
 ……まるで子どものような彼女の反応に、思わず苦笑してしまう。


「そういう世界なんだ。別にそのくらいで、評価ががらっと変わることもないよ」


 殺さなければ生き残れない世界ならば、俺だってそうする。
 俺の言葉をとりあえずは信じてくれたようで、ファリカはほっとしたように息をついた。


「仮に、私の記憶の人だったら、嫌われたくはない」
「その人のこと、本当に慕っているんだね」
「あの人がいなければ、今の私はいないから」


 彼女は記憶の中の人を浮かべてから、俺にそれを重ねているようで熱っぽい視線を向けてきて。
 俺ではないのに、そんな風に見られると背中がむずむずとしてきて居心地が悪い。


「なんだか強い野心というか……意志のようなものがあるけど、何かしたいことでもあるのか?」
「私には目的があるから」
「目的?」
「ある人を殺すこと」
「……そうか」


 復讐か。
 この世界じゃ、恨みを買うなんてのも良くあるだろう。
 俺だって、自分のステータスをこんなことにされて復讐の感情が一切ないわけではない。


 ただ、別に復讐をしようとは思わなかった。それは……やはり心の底では信じているからだ。
 けれど、仮に犯人がはっきりとしていた場合は……俺も彼女のように凶刃を振るいたいと考えるかもしれない。


「たいそうな目的じゃないか。けど、一つだけ約束してほしい。復讐を終えたあと、また生きるための目的を見つけることだ。一つだけじゃダメだ。燃え尽きて、もうやることもない……というような思考には陥らないでほしいな」
「なら、私の目標でいてほしい」
「目標? ……それは、記憶の人かもしれないからか」
「うん。記憶の人に、好かれたいから私は今もこうして生きている。実をいうと、あのときあなたに声をかけたのも、記憶の人に雰囲気が似ていたから。一緒に戦ってみて、その実力からたぶん……あの人だと思う」
「けど、顔は知らないんだろ?」
「背格好もほとんど同じだし、霊体を全身にまとわないのも一緒。逆にここまで一緒で疑うほうがおかしい」


 ……彼女の中では、記憶の人と俺が同じようだ。
 けれど、俺にそんな記憶はない。となると、やはり大精霊が何かをしたのではないかとしか思えない。
 この世界にいるのかもしれない、俺の偽物――。それは、俺だけではなく他のクラスメートもなのだろうか。
 だとすれば、自体は予想以上に厄介なのかもしれない。


 ファリカは口角を僅かにあげて、何だか嬉しそうだった。




 ○




 一日が経ち、俺たちの学園入学が決まった。
 そしていよいよ、俺たちは学園へと登校することになる。
 騎士学科にも制服が用意されているようで、昨日はその制服に袖を通して着れるかどうかを確かめていたところだった。


 そして今、俺たちは教室にいた。


「今日この教室に転入することになった三人だ。それぞれ、自己紹介をしてくれ」


 担任の先生にいわれ、俺たちはこくりと頷いた。
 ……懐かしいな、こういう学校の空気は。


 質は違うが、見慣れた教室がそこには広がっている。もちろん、リノリウムのような床ではない四角い石を敷き詰めて作られた教室、建物に、木の机、椅子が置かれた場所であり、俺の知っている教室と完全に一致するわけではない。
 それでも、懐かしさを感じるのは、均等に並べられた机や椅子に、男女で多少の違いはあれどみなが同じような制服に身を包み、礼儀正しく座ってこちらを見ているからだ。


 がちがちに震えているアーフィを一瞥してから、俺は一歩前へと出る。
 騎士学科、ということで貴族と平民は半々、といったところだ。


 たまに、貴族か平民か曖昧な人間もいるが、貴族と思われる多くの人は毛並みや血色が良いためにすぐにわかる。
 全員の興味の視線はあいにくだが、俺よりも後方の女性二人に対してが多い。
 少なくとも、今だけは注目させなければならないだろう。これ以上、アーフィが視線に耐えられるとも思わなかったために、軽い咳払いをする。
 そうすると、煩わしそうではあったが視線も集まった。


「どうも……今日からお世話になる、ハヤトと申します。平民ですが、みなさん仲良くしてくれると嬉しいです」


 愛想笑いもしっかりと浮かべて挨拶をすると、拍手が返ってくる。
 人前に立つなど慣れていないのだろうアーフィは、自分の番になっても気づいていない。
 俺が小突くと、はっとしたように彼女は一歩踏み出す。


 それでも気づいてからは昨日散々練習した言葉をすらすらと並べ、頭を下げる。
 そういった態度が、貴族の目に止まったようだ。その両目に熱を帯びたような色を混ぜ、彼らの中の僅かな獣が目を覚ましたようだ。
 最後に、ファリカだ。


 ファリカのことは見覚えのある人もいるようで、中には「あっ」と短く声を出して、こそこそと噂を始める。
 そんなファリカは注目なんて慣れきっているようだ。
 舞台で見せた完璧な笑みをこの場で装備し、教室の空気をがらっと飲み込むように心を癒すような美声を出す。


「みなさん、ファリカです。これからしばらくの間、よろしくお願いします」


 ファリカの挨拶に対しての反応が一番多かった気がする。
 貴族の男性たちは、ファリカ、アーフィにねらいをつけたのか、舌なめずりでもする勢いだ。
 アーフィに悪い虫がつかないようにしなければ……と俺の気合も自然と入るというもの。
 残念ながら、貴族の女性もいるようだが俺に注目しているような人はいない。


 ……ここから俺にどうやって注目を集めるか、とりあえずの問題だな。
 アーフィとファリカは並んで座ったが、俺は別の男子の近くの席となる。
 アーフィの秘密についてファリカは知らないと思うが、それ以外は昨日一日で良く知っただろう。
 彼女がアドリブに弱いことも理解しているため、ファリカがアーフィを手助けしてくれることを期待するほかない。


 身分は関係ない……ということであったが、教室にいる貴族は明らかに大きな態度だ。
 同じ教室で、同じように授業を受ける。
 俺たちは貴族の階級でもっとも低い、騎士階級をいただくことになっている。
 まあ、たぶんだがここにいる貴族たちは騎士になってからどんどん出世したり、知り合いの貴族に雇ってもらったりするんだろう。


 城に仕える騎士を目指す人も多いと思うが、よほど力がない限り、平民では地方の貴族に雇ってもらうことくらいが限界だろう。
 けれど、ここにいる間は俺たちは同じ立場だ。
 それでも、貴族たちが俺たちへの厳しい目を向けることはやめない。
 その最たるものが、俺の隣に座っている男性だ。


「ふん……平民ごときが騎士になろうとはおこがましい。まったく、上の連中が腐ってきているのはどうやら本当らしい」


 明らかに俺を意識した発言であり、顔をチラと向けると彼のほうが俺を小ばかにした。
 ここにいる貴族の多くは、家を継ぐような立場にない人間だ。
 昔は貴族といえば、騎士に無条件でなれたのだが、今ではきちんとした教育を受け、力があるものだけとなっている。


 逆に、力があれば身分は関係ない。
 それらを理解しているために、彼の発言を聞いた俺以外の近くの平民の誰も何も言い返さない。
 俺の隣の席に座った貴族の彼は、俺のほうを見て眉間に皺を刻む。


「挨拶もなしか? 俺はこれでも、伯爵の四男だ。キミたち平民とは格が違う」
「ここだと、貴族は関係ないのでしょう? 学校の成績こそがすべて……貴族学科とは違うはずですが」
「ふん」


 そこで貴族は笑みを浮かべ、ステータスカードをこちらへと見せてきた。
 まだ教師が前で話をしているが、アジダは自慢するように胸を張り、足を机の下で組む。
 俺の机に置かれたステータスカードを、俺は仕方なく視線を通した。


 Lv15 アジダ・レイフォル・シンフォニール 職業 騎士Lv2
 HP213
 筋力121 体力123 魔力98 精神110 技術98 
 火51 水21 風30 土18 光26 闇36
 職業技 体力アップ スラッシュ


 レベルが高いのは、貴族はレベリングしてもらった可能性もあるため、なんとも言えない。
 ステータスカードだけでは、すべてを計れるわけではない。


「見てみろ。これが俺のステータスだ。これに敵うというのか? 言っておくが、俺はクラスでトップだ」
「……立派なステータスですね」


 ステータスカードを返しながら笑みで誤魔化すと、彼も調子よく笑う。


「そうだろう。立場を理解したのならば、あっちの女性二人だ。おまえは二人と親しい関係なのだろう? 俺はあの二人を気にいった、紹介しろ」
「それはできないですね」
「なぜだ?」


 苛立ったように彼が問う。
 明らかに悪い虫だ。アーフィを守るために言葉を選んでいると、教師の話も終わり休み時間となる。
 授業としては、座学よりも身体を動かすようなもののほうが多い。
 人の出入りも激しいのか、休み時間となってもいつもと変わらない空気である。


「俺もあの二人のことが気にいっているからです」
「どういう意味だ。わかりやすくいえ」
「それだけです。それでは」


 俺は逃げるように彼に頭を下げて教室の外へと向かう。
 教室内では、男女問わずにアーフィとファリカに集まっている。と、いうよりもファリカへの注目が大きいようだ。
 アーフィも巻き込まれているようだ。良く見れば、ファリカがアーフィの手を掴んで離さない。


 人と話すのが苦手だから、と俺がファリカに伝えたとき、なら慣れるまで訓練するのが一番、と彼女は返した。
 つまりこれは、ファリカなりの優しさなのだろう。
 だから俺は廊下に出て久しぶりの一人の時間を過ごすことになった。



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