オール1から始まる勇者
第二十話 七日目 感謝
もじもじと足を動かすアーフィに、とりあえずトイレの付き添いをレッティに頼む。
彼女たちがトイレから出たところで、レッティが髪の先をくるくると指にまきつけた。
「……その、お風呂も一緒のほうがいいわよね?」
「あー、そのことなんだが……悪い。アーフィは俺と風呂に入りたいみたいで、その悪いなレッティ」
「……」
こういうのも辛いんだぞ。レッティが何かを察したような顔になるが……俺は無視した。
アーフィの星模様を見られるないようにするにはこうするしかないんだ。
「俺とアーフィ……実は付き合っているんだ。だから、風呂に一緒に入って……そ、の、洗いっこをしたいと思っているんだ!」
迫真の顔で叫ぶ。顔の熱だけはどうしても抑えられない。
俺の発言に、二人はきょとんとしてから、納得と言った顔をする。なぜだ。
理解の早さは助かるが、俺たちは別にそんな仲ではない。けれど、周りからは誤解されるような立場なのか。
相反する感情を抑えながら、なら仕方ないかとレッティは頷いた。
「優しく洗ってあげなさいよ」
「そうですよ。……いいなぁ」
ぼそりとアイストが呟き、レッティがその脛を蹴る。
足をあげるようにして、アイストたちが去っていく。
ふう、と熱い顔を冷ますように手で風を送る。
まあ、このくらい言っておけば、さすがに疑われないだろう。
顔を真っ赤にしながらも、アーフィがからかうように口元に笑みを作る。
「さて、と。本当にいいのか? どうにか一人で洗ってみるとかはどうだ? 犬が体をかくように足をこうぐわっとあげてみるとか……」
「無理に決まっているじゃない。そんなに緊張しているのかしら?」
「それは俺だけじゃないだろう」
……言うとアーフィは真っ赤な顔をそっぽに向ける。
「わかったよアーフィ。それじゃあ、一緒に入れる風呂を探すとしようか」
宿の一階から外へと出ようとしたところで、店で働いていた女の子が目を丸くする。
「一緒に入れるお風呂を探しているんですか?」
ちょうど仕事終わりなのだろう。
人に聞かれたくはない部分をピンポイントで聞かれた。
俺もアーフィも恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
「まあ、そうだね。俺たち……そのちょっと色々あって」
「恋人さんなんですよね? 知っていますよぉ、美男美女の二人、よっ!」
……美男って、異世界の感性だと俺は美男になるのだろうか。
そりゃあ、ブサイクってほど酷くはないと思うが、美男まではお世辞だろうな。
真面目に相手するだけあほらしい。彼女もテンションに任せて言葉を選んでいるようだ。
「それで? どこがそのお風呂なんだ?」
「着いてきてください。後で感触とか教えてくださいね?」
耳元でぼそりと呟いてきた彼女に、俺は一体何を教えれば良いのだろうか。
彼女の案内に従って、やがてついたのは貴族街の中にある風呂屋だった。
「お父さん、ただいま」
「お帰り。今日も早かったんだな、そっちの人たちは?」
「お客さんだよ」
「そうか。一時間千ペルナだ」
……高いな。まあ、払えない額ではなかったので、俺は彼に金を支払う。
部屋の番号が書かれたプレートのついた鍵が渡される。
ていうか、こいつは貴族なのだろうか? それとも、貴族の権利を買っただけの平民なのか……そこはどっちかわからないな。
ただ、娘さんの様子から、貴族らしさは感じなかった。
「ああ、カップルさんは大歓迎だけど。排水溝とか、汚すのはやめてくれよ?」
「抜け毛が酷くて、もしかしたら詰まるかもしれないがそこは勘弁してもらいたいね」
「おいおい。俺が言いたいのはだな――」
にやりと、親父さんが笑う。
……意味がわかったから適当言って誤魔化したってのに。
付き合っていられない。
「アーフィ、行くよ。代金は支払ったんだ。ここで滞在するのは時間の無駄だ」
「無駄って酷いね、兄ちゃんよ。ま、気が急くってのはあるかもしれないが、男は落ち着いてこそだぜ?」
「はいはい、分かりましたよ」
彼の発言は適当に流すしかない。「ごゆっくりー」と娘さんがぐししと笑いながら奥へと消えていく。
あの親にして、あの子ありだな。
アーフィを連れて奥へと進む。ここからは土足厳禁のようで、
「な、なんだか変な声が聞こえてくるわね。な、なにかしら!?」
「……耳を塞ぐんだ。あー、これはあれだ、いわゆる悲鳴みたいなもので」
「……こ、ここってもしかして」
「何も考える必要はない」
アーフィが何かを察したのか、それはもう爆発するように赤くする。
……ここは、あれだな。地球でいうラブホテルのようなものなのだろう。
まったく、飛んだ場所につれてこられたものだ。
だが、男女が個室で風呂に入れる場所など、こんな場所くらいしかないか。
公衆浴場などでは、どうしてもこうはいかないだろう。……痛い出費だな。
諦めて中を進み、手の中にある番号と見比べて部屋の中に入る。
そこには、少し物足りなさを感じるが、地球で俺がよく使っていたような洗面所があり、さらに奥の扉の先が風呂場となっているようだ。
扉をあけてみると、まあ、人が二人は入れるような風呂と、シャワールームがある。
これらすべては魔石を利用して造っているらしい。
「……それじゃあ、アーフィ。まずは服を脱ごうか」
「ええ、優しくしてね」
……真っ赤なままからかってくるなっての。
幸いなのは、彼女の服は前のチャックをずらせば簡単に脱ぎ着ができるローブという点だ。
もう一つの着替えのほうがむしろ着させるのが大変かもしれないが、先のことを嘆いても仕方ないだろう。
とりあえず、一つずつ脱がせていく。
……どんどん薄着になっていくアーフィが、恥ずかしそうに足を動かしたことで、意識しないようにしていたのに、意識してしまう。
綺麗な肌をしている。
しかし、その感想は段々と変化していく。
上を脱がせたとき、彼女の背中には無数の傷がつけられていて、思わず数秒見続けてしまった。
アーフィは忘れていたのか呆けた顔をしたあと、目を伏せる。
「……ごめんなさい。酷いものを見せてしまったわ」
「いや、こっちこそ、長く見て悪かった」
……予想外だった。
確かに、彼女はあまり良い環境では過ごしていなかったのだ。
このくらいは予想しておくべきで、俺は配慮にかける行動をしてしまった。
「……汚いものでしょう。昔、つけられたものだが……この星族の体でも再生してくれないのよね。中途半端な力よね」
「よかったじゃないか。体は人間だってことの証だよ」
「そう、前向きに捉えられるとは思わなかったわ。……そうね。私のこの体も人間に近い部分があったのかも」
「悪く考えても良いことなんて一つもありゃしないんだ。それに、この背中には確かに傷は多いかもしれないけど、もう触ってもおかしなところはない」
アーフィの肩が震えていたので、俺は落ち着けるためにその背中に触れた。
肌は傷こそあるが、触れてもわかるようなものはない。すでに、きちんと傷自体は治っているんだ。
柔らかな肌は……あまり長く触れていると頭がおかしくなってしまいそうなので、それからすぐに離す。
「……何も聞かないのね。興味ない?」
「興味はあるよ。けど、震えている相手にわざわざ聞きたいと思えるほどの強い感情はないな。話したいのなら聞くが」
「……ありがとう。言い出しておいてだけど、あまり話したくないの」
「ならいいよ。それよりも、さっさとすませてしまおう」
扉をあけ、シャワーをだして温度を確認する。
それから、アーフィの髪を洗っていく。
……女の髪なんて洗ったことがないため、どんな感じにすれば良いのかわかるはずもない。とりあえず、雑に扱いすぎないようにだけ気をつける。
頭、顔……までは良い。問題は体だ。
タオルに石鹸をにじませ、なるべく俺が触れないように体を洗っていく。
「腕、あげるぞ」
アーフィの腕をあげ、汚れのたまりやすい場所を重点的に洗っていく。
彼女の右脇には、赤い星の模様が入っていた。美しいわきだ。
そこを眺めながら背中のほうも洗っていく。
気持ち良さそうなアーフィの横顔に、ホッとする。よかった、怒っていなくて。
視線を少しでもさげると危険な爆弾があるし、彼女の横顔からあまり視線を動かさないようにする。
無心だ。
俺は今、無心で洗うことを意識している。
そうだ。俺は今人型の人形でも洗っているのだ。もっというなら、自分のペットの体を洗ってあげているんだ。
それこそ、犬か猫……ああ、そう思えばこの状況だって少しはマシになるはずだ。
いや、何もなるわけないだろ俺は馬鹿だ。
肩から腕へと真っ直ぐに洗い、そして裏もきちんと洗っていく。
問題は体の前か。さすがにここは俺も手を出すわけにはいかないぞ。
「……前は、さすがにやめたほうがいいんじゃないか?」
「頼んでいるのは、私よ。あなたも、このくらいはご褒美として受け取っておいてもいいと思うわ。……まあ、こんな傷のある体じゃ、嫌かもしれないけれどね」
「それだけで嫌といえるほど、俺は欲張りな人間じゃないっての」
アーフィがいいって言っているんだし、いいよな。
何も引け目を感じる必要はない。
俺はなるべく手に意識を向けないように、それこそやけくそ気味に洗っていく。
こんなこと、二度と体験したくはないほどに、頭がぼーっと、燃えるような熱に襲われた。
風呂にも入っていないというのに、これほどとは思わなかった。
どうにか、体を洗い終えた俺だったが……今からリグドの事件解決に向かえといわれても、何も出来る気がしなかった。
アーフィを風呂まで誘導して、彼女がぽちゃんと浸かる。
個室に風呂まで用意されていて、さらにそれなりの建物だ。
そりゃあ、一泊程度の料金がとられるわけだ。
良い経験はできたかもしれないが、二度も経験するとなるとさすがに理性が持ちそうにない。
「アーフィ、俺も体を洗うから……あんまり見ないでくれないかな」
「ふふん、良いじゃない別に」
風呂の縁に顎を乗せるようにして、アーフィが微笑む。俺はタオルを腰に巻いたまま、備え付けの石鹸で体を洗っていった。
アーフィがじーっとこちらを見てくるのが気になったが、俺は強く一人でいるんだと自分に言い聞かせる。
体の石鹸をシャワーで落とし、それから風呂に入る。
異世界はもっと生活レベルが低いと思っていたが、これだけの環境を平民でも味わえるのだからそれなりだよな。
アーフィが隅のほうにいき、誘うように隣を見る。
仕方なくその横に一緒に入った。
こんな体験、この先の人生ではたぶんないだろうな。
異世界にきて、初めて感謝したタイミングだ。
彼女たちがトイレから出たところで、レッティが髪の先をくるくると指にまきつけた。
「……その、お風呂も一緒のほうがいいわよね?」
「あー、そのことなんだが……悪い。アーフィは俺と風呂に入りたいみたいで、その悪いなレッティ」
「……」
こういうのも辛いんだぞ。レッティが何かを察したような顔になるが……俺は無視した。
アーフィの星模様を見られるないようにするにはこうするしかないんだ。
「俺とアーフィ……実は付き合っているんだ。だから、風呂に一緒に入って……そ、の、洗いっこをしたいと思っているんだ!」
迫真の顔で叫ぶ。顔の熱だけはどうしても抑えられない。
俺の発言に、二人はきょとんとしてから、納得と言った顔をする。なぜだ。
理解の早さは助かるが、俺たちは別にそんな仲ではない。けれど、周りからは誤解されるような立場なのか。
相反する感情を抑えながら、なら仕方ないかとレッティは頷いた。
「優しく洗ってあげなさいよ」
「そうですよ。……いいなぁ」
ぼそりとアイストが呟き、レッティがその脛を蹴る。
足をあげるようにして、アイストたちが去っていく。
ふう、と熱い顔を冷ますように手で風を送る。
まあ、このくらい言っておけば、さすがに疑われないだろう。
顔を真っ赤にしながらも、アーフィがからかうように口元に笑みを作る。
「さて、と。本当にいいのか? どうにか一人で洗ってみるとかはどうだ? 犬が体をかくように足をこうぐわっとあげてみるとか……」
「無理に決まっているじゃない。そんなに緊張しているのかしら?」
「それは俺だけじゃないだろう」
……言うとアーフィは真っ赤な顔をそっぽに向ける。
「わかったよアーフィ。それじゃあ、一緒に入れる風呂を探すとしようか」
宿の一階から外へと出ようとしたところで、店で働いていた女の子が目を丸くする。
「一緒に入れるお風呂を探しているんですか?」
ちょうど仕事終わりなのだろう。
人に聞かれたくはない部分をピンポイントで聞かれた。
俺もアーフィも恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
「まあ、そうだね。俺たち……そのちょっと色々あって」
「恋人さんなんですよね? 知っていますよぉ、美男美女の二人、よっ!」
……美男って、異世界の感性だと俺は美男になるのだろうか。
そりゃあ、ブサイクってほど酷くはないと思うが、美男まではお世辞だろうな。
真面目に相手するだけあほらしい。彼女もテンションに任せて言葉を選んでいるようだ。
「それで? どこがそのお風呂なんだ?」
「着いてきてください。後で感触とか教えてくださいね?」
耳元でぼそりと呟いてきた彼女に、俺は一体何を教えれば良いのだろうか。
彼女の案内に従って、やがてついたのは貴族街の中にある風呂屋だった。
「お父さん、ただいま」
「お帰り。今日も早かったんだな、そっちの人たちは?」
「お客さんだよ」
「そうか。一時間千ペルナだ」
……高いな。まあ、払えない額ではなかったので、俺は彼に金を支払う。
部屋の番号が書かれたプレートのついた鍵が渡される。
ていうか、こいつは貴族なのだろうか? それとも、貴族の権利を買っただけの平民なのか……そこはどっちかわからないな。
ただ、娘さんの様子から、貴族らしさは感じなかった。
「ああ、カップルさんは大歓迎だけど。排水溝とか、汚すのはやめてくれよ?」
「抜け毛が酷くて、もしかしたら詰まるかもしれないがそこは勘弁してもらいたいね」
「おいおい。俺が言いたいのはだな――」
にやりと、親父さんが笑う。
……意味がわかったから適当言って誤魔化したってのに。
付き合っていられない。
「アーフィ、行くよ。代金は支払ったんだ。ここで滞在するのは時間の無駄だ」
「無駄って酷いね、兄ちゃんよ。ま、気が急くってのはあるかもしれないが、男は落ち着いてこそだぜ?」
「はいはい、分かりましたよ」
彼の発言は適当に流すしかない。「ごゆっくりー」と娘さんがぐししと笑いながら奥へと消えていく。
あの親にして、あの子ありだな。
アーフィを連れて奥へと進む。ここからは土足厳禁のようで、
「な、なんだか変な声が聞こえてくるわね。な、なにかしら!?」
「……耳を塞ぐんだ。あー、これはあれだ、いわゆる悲鳴みたいなもので」
「……こ、ここってもしかして」
「何も考える必要はない」
アーフィが何かを察したのか、それはもう爆発するように赤くする。
……ここは、あれだな。地球でいうラブホテルのようなものなのだろう。
まったく、飛んだ場所につれてこられたものだ。
だが、男女が個室で風呂に入れる場所など、こんな場所くらいしかないか。
公衆浴場などでは、どうしてもこうはいかないだろう。……痛い出費だな。
諦めて中を進み、手の中にある番号と見比べて部屋の中に入る。
そこには、少し物足りなさを感じるが、地球で俺がよく使っていたような洗面所があり、さらに奥の扉の先が風呂場となっているようだ。
扉をあけてみると、まあ、人が二人は入れるような風呂と、シャワールームがある。
これらすべては魔石を利用して造っているらしい。
「……それじゃあ、アーフィ。まずは服を脱ごうか」
「ええ、優しくしてね」
……真っ赤なままからかってくるなっての。
幸いなのは、彼女の服は前のチャックをずらせば簡単に脱ぎ着ができるローブという点だ。
もう一つの着替えのほうがむしろ着させるのが大変かもしれないが、先のことを嘆いても仕方ないだろう。
とりあえず、一つずつ脱がせていく。
……どんどん薄着になっていくアーフィが、恥ずかしそうに足を動かしたことで、意識しないようにしていたのに、意識してしまう。
綺麗な肌をしている。
しかし、その感想は段々と変化していく。
上を脱がせたとき、彼女の背中には無数の傷がつけられていて、思わず数秒見続けてしまった。
アーフィは忘れていたのか呆けた顔をしたあと、目を伏せる。
「……ごめんなさい。酷いものを見せてしまったわ」
「いや、こっちこそ、長く見て悪かった」
……予想外だった。
確かに、彼女はあまり良い環境では過ごしていなかったのだ。
このくらいは予想しておくべきで、俺は配慮にかける行動をしてしまった。
「……汚いものでしょう。昔、つけられたものだが……この星族の体でも再生してくれないのよね。中途半端な力よね」
「よかったじゃないか。体は人間だってことの証だよ」
「そう、前向きに捉えられるとは思わなかったわ。……そうね。私のこの体も人間に近い部分があったのかも」
「悪く考えても良いことなんて一つもありゃしないんだ。それに、この背中には確かに傷は多いかもしれないけど、もう触ってもおかしなところはない」
アーフィの肩が震えていたので、俺は落ち着けるためにその背中に触れた。
肌は傷こそあるが、触れてもわかるようなものはない。すでに、きちんと傷自体は治っているんだ。
柔らかな肌は……あまり長く触れていると頭がおかしくなってしまいそうなので、それからすぐに離す。
「……何も聞かないのね。興味ない?」
「興味はあるよ。けど、震えている相手にわざわざ聞きたいと思えるほどの強い感情はないな。話したいのなら聞くが」
「……ありがとう。言い出しておいてだけど、あまり話したくないの」
「ならいいよ。それよりも、さっさとすませてしまおう」
扉をあけ、シャワーをだして温度を確認する。
それから、アーフィの髪を洗っていく。
……女の髪なんて洗ったことがないため、どんな感じにすれば良いのかわかるはずもない。とりあえず、雑に扱いすぎないようにだけ気をつける。
頭、顔……までは良い。問題は体だ。
タオルに石鹸をにじませ、なるべく俺が触れないように体を洗っていく。
「腕、あげるぞ」
アーフィの腕をあげ、汚れのたまりやすい場所を重点的に洗っていく。
彼女の右脇には、赤い星の模様が入っていた。美しいわきだ。
そこを眺めながら背中のほうも洗っていく。
気持ち良さそうなアーフィの横顔に、ホッとする。よかった、怒っていなくて。
視線を少しでもさげると危険な爆弾があるし、彼女の横顔からあまり視線を動かさないようにする。
無心だ。
俺は今、無心で洗うことを意識している。
そうだ。俺は今人型の人形でも洗っているのだ。もっというなら、自分のペットの体を洗ってあげているんだ。
それこそ、犬か猫……ああ、そう思えばこの状況だって少しはマシになるはずだ。
いや、何もなるわけないだろ俺は馬鹿だ。
肩から腕へと真っ直ぐに洗い、そして裏もきちんと洗っていく。
問題は体の前か。さすがにここは俺も手を出すわけにはいかないぞ。
「……前は、さすがにやめたほうがいいんじゃないか?」
「頼んでいるのは、私よ。あなたも、このくらいはご褒美として受け取っておいてもいいと思うわ。……まあ、こんな傷のある体じゃ、嫌かもしれないけれどね」
「それだけで嫌といえるほど、俺は欲張りな人間じゃないっての」
アーフィがいいって言っているんだし、いいよな。
何も引け目を感じる必要はない。
俺はなるべく手に意識を向けないように、それこそやけくそ気味に洗っていく。
こんなこと、二度と体験したくはないほどに、頭がぼーっと、燃えるような熱に襲われた。
風呂にも入っていないというのに、これほどとは思わなかった。
どうにか、体を洗い終えた俺だったが……今からリグドの事件解決に向かえといわれても、何も出来る気がしなかった。
アーフィを風呂まで誘導して、彼女がぽちゃんと浸かる。
個室に風呂まで用意されていて、さらにそれなりの建物だ。
そりゃあ、一泊程度の料金がとられるわけだ。
良い経験はできたかもしれないが、二度も経験するとなるとさすがに理性が持ちそうにない。
「アーフィ、俺も体を洗うから……あんまり見ないでくれないかな」
「ふふん、良いじゃない別に」
風呂の縁に顎を乗せるようにして、アーフィが微笑む。俺はタオルを腰に巻いたまま、備え付けの石鹸で体を洗っていった。
アーフィがじーっとこちらを見てくるのが気になったが、俺は強く一人でいるんだと自分に言い聞かせる。
体の石鹸をシャワーで落とし、それから風呂に入る。
異世界はもっと生活レベルが低いと思っていたが、これだけの環境を平民でも味わえるのだからそれなりだよな。
アーフィが隅のほうにいき、誘うように隣を見る。
仕方なくその横に一緒に入った。
こんな体験、この先の人生ではたぶんないだろうな。
異世界にきて、初めて感謝したタイミングだ。
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