オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第十八話 七日目 強さを求めて

 
 空き地にはいつもよりも人が多かった。さすがに昼間となると、夜と同じというわけにはいかないか。
 あまり派手にはできないが、別に縦横無尽に駆け回って戦うつもりは毛頭ない。
 範囲としては、直線で三メートルくらいあれば十分だ。
 俺は仁王立ちのように構え、剣を構える。


「俺は、筋力だけが異常に成長するタイプの人間だ。けど、これでもあの魔斧と引き分けになる程度の力だった。だから、今からおまえにその剣をためさせてもらう」
「……つまり、僕があなたの力任せの一撃を耐える手段があれば……お父さんを止められる可能性がある、ってことですか?」
「あくまで、僅かにあるくらいだとおもうね」
「……はい」


 アイストは冷静に状況を分析していた。
 魔斧使いが自分の父親で暴れまわっている。
 となれば、暴走してしまうのも無理からぬことだろう。
 ……だから俺は、先に彼に現実を教えるのだ。


「その冷静さを常に持つんだ。あのとき、俺たちのほうが怪しいと戻ってきたときのように、冷静に行動すれば、きっとチャンスはある」


 偉そうに語っているが、俺が教えられることは何もない。
 あくまで、落ち着いてくれ、としかいえない。技術や経験は、たぶんアイストの方が上だ。
 俺が勝利しているのは、チートのような職業のおかげだ。


「……そう、だね。うん、もう……焦らないように、します。……それより、お願いします。あなたの剣に、僕がどれだけ戦えるか試させてください」
「ああ、わかった」


 本当に試しているのは、俺だ。
 剣を抜き、霊体を腕にまとう。
 アイストがまずそこで口を開いた。


「……そういえば、どうして霊体をそんな風に使っているんですか? ていうか、どうやって……そんなこと出来るんだ?」
「部分展開は……まあ、奇襲や急所を守るときのためだけに使っているだけだ。そこまで特別な意味はないよ。けど、アイストはできないの?」
「そ、そんなことできないですよ。やろうとしても難しいですし……」


 ……俺は最初からこっちのほうが良いと思い、そちらを当たり前のように使っていたが、そうか。
 こっちに生まれた人たちからすれば、これはなかなか出来るものではないのかもしれない。
 俺だって別に、意味があるかどうかは分からない。けれど、霊体では、体にオーラをまとうような感じとなるため、ダメージを受ける範囲が少しだけ増える。
 そういったかすり傷でも致命的になるから、この部分展開で回避に徹するのだ。


「まあ、アイストには必要がないと思うよ。俺はHPの伸びがよくないから、とにかく掠り傷のようなものも極力避けたいんだ」
「……なるほど。自分の特徴を把握して、それに合わせて戦闘方法を組み立てているんだね」
「まあね、それじゃあ、始めるとしようか」
「……はいっ」


 俺たちは剣を抜き、お互いに霊体をまとう。
 風が空き地を吹きぬけ、前髪が揺れたところで、一気に踏み込んだ。
 駆けるように空気を切り、アイストの間合いに入る。
 あくまでこの戦闘は、アイストの防御を試すだけだ。だから彼が仕掛けてくることはない。
 それをわかっているから、俺だって複雑な攻撃はしない。純粋に、ただ、力を追及した一撃を放り込むだけだ。


 右足で踏みこみ、加速とともに剣を叩きつける。
 振るわれた一撃は岩をもなぎ払うような力強さとともに、アイストへと迫る。
 さて、アイストがどうでるか。
 彼は俺の剣に顔をひきつらせながらも、斜めに剣を構えて向き合う。


 金属音があたりへと響き、アイストは歯を食いしばる。
 押しつぶすように剣をさげていくと、アイストは両腕と体を突っこむようにして、左へとそらした。
 そして、返す刃で俺の首元へと剣を傾ける。


「……なるほど。これが技術による柔の剣って奴だね」


 単純な力だけならば、どうにかそらせるってところか。
 ただ、あの技術でどうにかできるあたり、重要な要素の一つだろう。


「そ、そう……ですね。けど、今のはハヤトさんが一撃だけだとわかっていたからこそできた技なんだ。……はっきりいって、これだけ隙が生まれる攻撃は、一人のときには出来ない、かな」
「なら、他の戦い方を模索するしかないね。数日以内に決着をつけないと、さすがに被害も多くなってそれこそ大掛かりな討伐隊が派遣されてしまうかもしれないしね」
「……精霊の使い、ですか?」


 アイストの言葉に、俺は出来る限り穏やかに返答する。


「その可能性もある。彼らは今、迷宮などで鍛えているそうだけど……恐らくは尋常ではない速度で成長し、世界でも指折りの実力者たちになるはずだ。彼らの訓練の相手として、街を脅かす魔斧使いを討伐する……貴族たちが考えてもおかしくはないだろう?」


 勝利すれば、精霊の使いの評価も士気もあげられる。


「そうですね……。そうなると、もうお父さんを街に連れ戻すことは――」
「叶わないだろうね。俺としても、それはあまり望まない結果だ」


 騎士の話では、まだ死者はいないらしい。それは、魔斧が力をもらうためだけに攻撃しているからだろう。
 間接的には、どうなっているかは分からない。
 例えば、一家の稼ぎ頭が魔斧によって活動できなくなれば、それによって徐々に生活が苦しくなり、家族が不幸になるということは十分考えられる。


 とはいえ、もともと俺としてはどうでも良い。
 今ここで助けて知らん顔で街へと戻ってしまえばそれで良いとも思っている。
 魔斧については、制御できるなら貴族にでも渡せば、それで貴族の怒りも静まるだろう。
 もっといえば、街の長も解放するはずだ。
 時間はあまりない。憂鬱な顔をしているアイストの肩を叩き、それからステータスカードを思い出した。


「そういえば、ジャグリングの職業技は使わないのか?」
「……あれは、あまり使えないんだよね。見世物としてのほうが強いっていうか」
「そうか、見せてくれないか? こう、鬱屈とした空気をはねのけるような、最高に楽しいものを」


 アイストが照れるように頭をかく。
 ……これで少しは肩の力も抜けるといいと思う。


「そうですね。なら、剣を貸してください」


 ちょっとばかり得意げに彼は俺、アーフィ、レッティの剣を受けとった。
 剣でも出来るのか。疑問はすぐに解消された。
 彼が職業技を発動しながら、空中にいくつもの剣が踊る。
 それは、空き地にいた人々の視線を集め、さらには通行人の足をも止める。


「剣を上に投げてくだされば、僕が取って見せますよ」


 なんて、調子の良いことを言い始め、レッティが額に手をやる。
 調子に乗りやすく、感情的な行動をする。ああ、これは旅を共にするうえで、楽しさと大変さを共存させるタイプの人間だ。
 人々が剣を上にあげると、それでもアイストはそれを維持し続ける。


 ……たまに、少しばかりおちるのが遅い剣がある。もしかして、ジャグリングの職業技は、自分が投げた物の動きを制御できる、というところか?
 剣の数が十分に至ったところで、彼は一本ずつ掴んで、地面へと突き刺していく。
 そして、最後の二本を掴んで格好つけるように振ってから、一礼をする。
 集まっていたギャラリーたちの拍手喝采がおこり、俺も合わせて拍手をする。


 一人ずつに剣を返していき、冒険者たちがそれぞれ好意的な感想を伝えて去っていく。
 すっかりアイストの顔も晴れやかなものへとなっていた。
 剣を受けとりながら俺は、ぽつりと呟くように聞いてみた。


「それは、自分で落ちるタイミングを意識しているのか?」
「ええ、はい。ずっと浮かせていることはできないんだけど、ある程度ならゆっくりに出来ます」
「なら、同じ種類の剣を大量に購入して、その場で放り上げながら、手数で攻めるのとかはどうなんだ?」


 いうなれば、二刀流プラス変幻自在に剣を扱っての戦闘だ。相手へと投げることもできるし、剣を弾かれても
 まあ、ジャグリングを使ったことがないので、どのような感覚なのかはわからないが。


「それは……考えたこともなかったですね」


 盲点、といったような顔をしている。
 手数は増えるが上手く馴染むまでは隙もあるだろう。
 それでも、敵への攻撃手段として、例えば一本でも空中に投げておけば、奇襲に使えるかもしれない。
 色々と工夫の出来る職業技かもしれない。


「それじゃあ。そろそろレベル上げに行こうか」
「時間はあんまりないし……僕たちはすぐに向かおうと思います。ハヤトさんもアスタリア迷宮ですか?」
「ああ。俺もアーフィのことで少し話をしてから向かおうと思う。先に行っていてくれ」
「わかったよ。それじゃあ、レッティ、行こうか」
「うん。アーフィ……その何か困ったことがあったら手伝うから何でも言ってね」
「あ、ありがとう」


 照れくさそうにアーフィが笑みを作った。
 二人が去っていったところで、宿に戻る。


「おまえ、部屋に一人でいても大丈夫か?」
「私は問題ないわ。それより、あの二人のためにも……ハヤトが強くなったほうが良いとおもうわ。たぶん、頑張ってもアイストでは勝てないわ」


 はっきりというね……。
 さすがに、戦闘に慣れているだけあり、彼女は状況の分析は良く出来ている。
 あれこれと策を講じても、アイストがリグドに勝てる可能性はゼロに近い。
 まともに筋力で勝負ができない以上、アイストでは奇襲だ精々だ。


「なら、アーフィはなるべく外に出ないようにな」
「もちろんよ……けど、その、出発の前に少し、いいかしら?」


 顔を赤くしたままモジモジと体を震わせるアーフィ。
 ……どうしたのだろう。良くない予感がした。


「なんだ?」
「トイレに……行きたいのだけど、その、手伝ってもらえないだろうか? 服を脱がすだけでも良いのだけど……」
「ここからトイレまでは……宿の中の移動だ。よし、ここで脱いでいくか」
「さすがにそれは嫌よ」
「……冗談だよ。わかった。宿の女性店員でも呼んでこよう」


 席を立とうとすると、アーフィに腕を掴まれる。


「いやそれはそうなのだけどね。運悪く私の星模様を見られたら……」


 ……確かに、話をするときにその可能性はほとんどないが、ゼロではない。
 だからといって、俺がアーフィの手伝いをするというのは出来れば避けたかった。
 けれど、アーフィの両目は縋るように俺を見ている。
 星族とばれ、せっかく馴染んできた生活の場を失いたくはないのだろう。


「わかったよ。それじゃあ、行こうか」
「ハヤト、もしかして緊張しているのかしら?」


 何てからかいの言葉を向けてくる。
 ……放って迷宮にでも行こうか。


 立ち上がり部屋の扉を押し開けて、通路に出る。階段を下り、一階にあるトイレへと入る。男子トイレに人はいない。


「こ、ここ……っ。男子トイレじゃない!」
「仕方ないだろっ、こっちのほうが安全なんだ」


 文句をいっている彼女をトイレへと入れる。
 それから、彼女の服を脱がしてやる。
 お互いに顔を真っ赤にしながら、俺は途中で外に出る。


 視線はなるべく向けないようにして、それから扉を閉めてしばらく待つ。
 そろそろ終わっただろうか。耳から手を離し、音が何もないのを確認したところで扉をあける。
 手洗いなど、色々と手伝ってや……これは完全に介護じゃないだろうか? 
 相手がまだ美少女でよかったよ。


「とにかく、外に出るなよ? 今のおまえは何もできないんだからな?」
「わかっているわ。部屋で……大人しくしているわよ」


 部屋に戻り、扉の鍵を閉める。心配ではあったが、アーフィは常識がないだけで賢い。
 だからきっとアホなことはしないだろう。
 街の事件でも、夜の襲撃ばかりが話題になっている。昼間に、アーフィが狙われる可能性もないだろう。





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