オール1から始まる勇者
第十五話 六日目 冒険者知り合い
目の前に広がる大きな草原を突っ切るように真っ直ぐ歩いていく。
この広大な土地には、様々な生物が生息している。
それを追い求める人々の声も重なり、景色が豊かだけの草原は様々な音と景色を作り出していた。
そんな草原をまっすぐに抜けていった先……ようやく黒い渦が見えた。
アスタリア迷宮といわれている、まだ最奥までは攻略のされていない高難易度と呼ばれている迷宮だ。
中に入ると、ここは以前入ったフィン迷宮とは違い、遺跡のような場所だった。
石造りの正方形の部屋には、両サイドに階段があり上へと続く道がある。その先にはまた真っ直ぐ、右、左と……様々な道があった。
気を抜くと迷子になりそうだな。
現在、最高で攻略できたのは30階層までらしく、その先を攻略し、人々の称賛を欲しい人間が今も攻略へと向かっている。
そのためか、中へと入っていく人はみなどこか普通とは違う空気を持っていた。
ぴりぴりとした、張りつめた空気を放つ彼らは、俺たちのような新参者を見て馬鹿にしたような顔とともに歩き去っていく。
皆が目指すのはより深い階層だ。入り口に入った瞬間、彼らは瞬時に霊体を展開し、どこかへと消えていく。
恐らくは、探索者の職業技、迷宮移動だろう。本で読んだ知識だが、迷宮のより深い階層を調べる場合には必須の職業技だ。
そこで俺は、ガタイの良い男にちょっと待ってくれ! と肩をつつくように声をあげる。
「……なんだよいきなり」
男は慌てた様子で俺を見てきた。俺の体を見てか、初心者だと判断したようだ。それでも、嫌な顔はしなかった。
彼の仲間たちも俺に首を傾げた。
「この迷宮についてあんまり知らないんだけど……なんだか強そうな人がいっぱいいるんですね」
「おいおい。情報収集は冒険者として当たり前だぜ? ったく、簡単に教えてやるから聞いておけよ。この迷宮は、それこそ実力者たちが集まって高階層へと向かっていくような迷宮さ。おかげで、低階層は人が少ないから気をつけるんだな、ぼうや」
「そう、だったんですか。ていうことは、俺たちはレベルがあげやすいってことですね?」
「はは、前向きなぼうやだな。いつか高階層を攻略できるように頑張りな。んじゃな」
男は仲間たちと手を繋ぎ、輪のようになって移動する。
探索者の職業を獲得することができたが、果たしてこれは使えるか?
一応、ない職業はとりあえず獲得しているのだが結局職業技にはHPを消費してしまうために。
職業技を調べてみる。
迷宮移動の職業技は、一度行ったことのある階層への移動が可能なようだ。その消費は一つの階層を移動する場合は1のようだ。
ただ、例えばここから一気に20階層などへ飛ぶ場合は、一気にHP消費が跳ね上がるようだ。
使用して、解除されて……を繰り返すが、俺でも使用できるようだ。
とりあえずは、少しずつ迷宮を攻略し、一度攻略した場所を飛ばして進める、程度に思っておこうか。
「ハヤト……魔物が来たわ」
「みんな、寂しいんだろうね。人間が来ても全員が無視してさっさと高階層に行ってしまう……。だから、長く滞在している俺たちを大歓迎ってわけだ」
「のんびり話している場合でもないわよ。どうするの?」
「まずは、中央突破だ。魔物のすべての注意をひきつけて、通路で俺が一体ずつ撃退していく。危険になったら助けてくれないかな?」
「わかったわ」
周囲に人がいないことを確認してからアーフィが風を放ち中央の道を邪魔していた魔物を吹き飛ばす。
瞬間火力はかなりのものだ。
俺が先に道へと入り、後からきたアーフィを先行させながら、経験値を集めていく。
○
「たんまりね!」
横にならぶアーフィが笑顔とともにこちらを覗きこんでくる。
……彼女の言葉通り、今日の俺たちの稼ぎはかなりのものだ。
だが、それを外でおおっぴらに叫んでほしくはないんだよな。
周囲にいた何名かの人間の視線を集め、俺は慌ててアーフィの腕を引いて逃げていく。
「アーフィ、金っていうのはね、生活に必要だ。わかるよね?」
「ええ、あまり私を馬鹿にしないでほしいわ。これでも、私今日一日でだいぶ賢くなったと思っているのよ」
「それは大きな勘違いだ。誰がどこで聞き耳をたてているかなんてのはわからないんだよ。それこそ、金を無理やりに奪おうとする輩だっているんだ」
はっとしたようにアーフィが顔をあげる。
ようやく理解してくれたようだ。彼女が一人反省している横で、しかし俺は笑顔を浮かべる。
おっと、いけない……。
今日の狩りが、予想以上だったせいで、つい笑ってしまった。
迷宮を一人で行動しなくても良いというのは、それだけでかなり安心できた。
アーフィという最強が、俺の背後にいて常に周囲を見てくれているのだ。
何より、アーフィは俺の想像を超える強さだった。
俺の意図を理解し、なるべく敵を弱らせて、魔物を渡してくれるんだ。
あれには驚いた。ゴブリンを殴って弱らせた後、俺のほうへボールのように投げてきたときは狂気を感じた。
それを真っ二つにする俺も、戦闘にだいぶ慣れてきてしまったと思った。
この世界を日常と感じ、適応していっている体に少しばかり恐怖もある。
部屋について、ようやく一息をつく。
レベルは9になり、アスタリア迷宮の攻略は五階層まで進んだ。一日五階層程度を目処にしていけば良いだろう。 ステータスについては、今はまだ割り振っていない。
310ほど余っているが、技術に振るか……さらに筋力を強化していくかで迷っていた。
剣が技術に関わってくるのかがあまり分からないのだが、筋力は十分に通用している。
とりあえず、攻撃力が足りなくなるまではこのステータスポイントは残し、技術についての情報を集めていこうか。
「アーフィ、また剣の訓練を頼んでも良いか?」
「もちろんよ。帰りに風呂も行きたいのだけど、構わない?」
「もちろんだ」
部屋の鍵をしめ、宿の主人にそれを渡すと、彼がいぶかしんだ目を向けてくる。
「おいおい、夜に外出るのかい? 最近、外は物騒なんだよ。大人も夜は家でおねんねしているのに、大丈夫かい?」
「……確かにそうですけど、すぐ向かいの空き地で訓練するだけですよ。何かあれば、すぐに周りに助けを求められますし」
「ああ、そこかい。なら、まあ平気かな。あんまり人通りの少ない路地にはいかないほうがいいよ。闇は事件を誘うって良く言うしね」
主人からの忠告を胸に抱きながらも、剣を訓練する時間として、今が一番良い。さすがに迷宮でのんびり剣の打ち合いはもったいないからな。
誰にも見られない、という点で、今の時間が一番だ。
宿を出て、少し歩いたところにある空き地へと入る。今日は人もいたので、盛大にやることはできないか。
というか、こんな時間に外にいるなんて、彼らもなかなか肝っ玉の据わった奴らだ。
俺は剣を抜き、アーフィと打ち合う。技術というのがどのようなものなのか。訓練しているときに他の人を見て、研究を重ねていく。
その冒険者達を見すぎていたからだろうか、冒険者が苦笑気味にこちらに声をかけてきた。
男性と女性……それぞれ、俺と同じくらいの年齢のようだ。
「僕の剣、変ですか?」
「いや、綺麗だなって思ってな」
「そうですか? これ、こっちの幼馴染に作ってもらった剣なんですよ」
「ああ、誤解を与えたようだ。君の剣の振りが、あまりにも美しかったからね」
「そ、そうですか? あはは、そう言われるのは初めてですね」
冒険者というのは打ち解けやすい性格の人間が多い。たぶん、人見知りではパーティーが組めないため、必然的にそうなっていくのだろう。
コミュニケーションがとれない人とかは自然と冒険者を引退せざるを得ないのだろう。
アーフィは人と話しをする機会があまりないせいか、少しばかり顔がひきつっている。
ちょうどよかった。彼女もいつかは一人で生きていく必要がある。
見た目は美しい人族そのものなのだから、後は目の眼帯でもネタにして話せるようになれば、問題なく生活できるだろう。
「確かに……素晴らしい剣だったわね。恐らく、あなたのステータスや職業が良いのね」
……アーフィがそういうと、途端に、男の顔がひきつってしまう。
「……アーフィ。あんまりステータスとかに突っこまないほうがいいよ」
「……えっ? そ、そうなの?」
……あまり、冒険者のステータスについては詳しく伝えていなかったために、アーフィはちょっとばかり失礼なことを言ってしまった。
これは仕方ない。俺のミスだ。アーフィはきょとんとしていたので、俺は説明がてら頭をさげた。
「すみません。こっちの……アーフィっていうんですけど、あんまり常識がない環境で育ってね……失礼をしてしまって申し訳ない」
男は慌てて両手をふって、穏やかな表情とともに首をふる。
実は、ステータスカードはかなりプライバシーに関わるもので、極端な人は裸を見られるようなものと感じる人もいる。
俺たちのような異世界人はそういったものを意識していないと考えているのか、騎士や貴族はそんなことお構いなしのようだけど。
まあ、実際、この世界の価値観とは違う。
ステータスカードを見せていただけませんか、というのは、かなり突っこんだ話をしているのだ。
俺にはよくわからない感覚なんだけど。
「気にしないでください。その……僕はあんまり優秀な職業ではないので、剣士として必要な筋力が、あまり身につかないような情けない職業なんです」
「少し、詮索するような質問になるかもしれないけど、単純な興味があって……無礼かもしれないけど、聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「さっき、彼女と剣の訓練をしていたように見えたけど、つまりその打ち合いでは筋力ではなかった、ということか?」
「はい。僕の剣術は、情けない話相手を真っ二つにするようなものではないんです。それこそ、敵の攻撃を受け流すように、相手の力を利用するような……情けない戦いしかできないんです」
「技術、が関わっているということ、かな?」
核心へと迫る質問をして、俺は思わず興奮する。
あれほどの美しい剣は、技術から生み出されたものなのか。
それも筋力任せの剣に負けない素晴らしいものであった。
俺の興奮とは別に、少年は冷めた表情で当たり前のように頷く。
「はい」
そして、俺の予想は的中した。思いがけない情報を獲得し、思わず彼の手を握ってしまう。
まだ彼は霊体のままであった。……はからずも彼の職業、曲芸師を獲得してしまった。
「その剣は素晴らしいものだっ。決して悲観的になることはないと思うぞ。俺もそんな、あなたのような剣の使い手になりたいものだ」
驚いたように少年の目が見開かれ、僅かに頬を染める。
「……そんなこと言われるの、あんまりなくて……はは、照れますね」
彼と話をしていると、女性のほうも穏やかな表情で俺のほうを見てくる。
「剣の実力は、筋力が大切っていわれているけど、技術もそれなりにいるのよね。アイストを見ていて、私は良くわかったわ」
もちろん、打ち合いをする上で筋力が必須になる場面のほうがあるかもしれない。
だが、一定以上の技術があれば、彼のように捌くようなやり方でも通用することもあるだろう。
具体的な数字を見てみたい気持ちもあったが、それはさすがに失礼がすぎるね。
「普段はここで訓練しているのか? できれば、たまに剣の相手をしてもらいたいんだけど……」
「あ、僕も色々なタイプの相手と戦ってみたいと思っていたんです! お願いしてもよいですか!?」
「なら、明日から頼むよ。俺は勇人だ」
「僕はアイストです。よろしくお願いします!」
「俺たちは対等な関係なんだ。別に敬語は必要ないよ」
「……けど、その。僕ってこっちのほうが落ち着くんで。……このままでもいいですか?」
「まあ、それならいいよ」
握手をかわして笑みをこぼす。
と、女性の方が少しばかり疑ったようにこちらを見てきた。
「私はレッティよ。よろしく」
……さすがに、いきなり見ず知らずの相手に声をかけられればこんな反応にもなるか。
レッティがアイストに厳しい目を向けているのは、得体の知れない相手を信用するな、ということだろう。
あとでアーフィにも教えないといけないな、そのあたりは。
「わ、私はアーフィよ。……その、よろしくねっ」
照れながらもアーフィは頑張って言い切る。……緊張しているのが見てわかる彼女に、苦笑を浮かべる。
だが、レッティは慌てたように手を引く。
それから、その行動を悔いるように目に動揺を浮かべた。
アーフィはアーフィで……悲しみに支配されたような顔だ。
困った様子のレッティは結局ふんと腕を組んだ。
「まあまあ……ごめんなさい。レッティ人見知りがちで」
「ひ、人見知りじゃないし!」
アイストがレッティの背中を押してきて、アーフィに近づくたびに顔を真っ赤にしている。
「よ、よろしく……お願い、ね」
アーフィが頭を下げると、レッティは困った様子のまま、よろしく……と控えめにいった。
アーフィがぱっと顔を輝かせる。
……ずっと、友達なんてできていなかったのだろうし、その嬉しさは何倍もあるのだろう。
アーフィの反応に、慣れていないのか、レッティが顔を顰める。
アイストが近づいてきて、ぼそりと口を開いた。
「……こっちに来てから、友達できていなかったんですよ。だから、レッティも慣れていないだけだと思うんです」
「こっちもだ。アーフィもあんまり友達いなかったからさ」
アイストが嬉しそうに微笑み、俺もしたり顔で笑う。
どうやら、お互いに考えていることは似たようなものだ。
だが、そんな穏やかな空気は、次の瞬間には壊れた。
「アァァ!!」
叫び声だ。瞬時に俺たちは反応し、声のしたほうへ視線を向ける。
……家の、間――裏路地だろうか。
聞き間違いではないことを確かめるように、アイストたちと顔を見合わせる。
同時に、彼の両目が鋭くなっていたのもわかった。
「……魔斧使いか!」
さっきまでの穏やかな口調から一変、それこそ怒りのすべてを含めたような声だった。
……具体的な名前が出てきたな。
彼らをいぶかしみながら、言動、行動を観察していく。
「アイスト、待ちなさい! あんたじゃ!」
アイストが慌てて駆け出す。わけが分からないが、アイストを追うレッティの顔も険しいままである。
アーフィがこちらを見る。わかってる……アイストを一人にするのは危険だ。
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