オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第七話 二日目・三日目 王との会話

「パパ、連れてきたよ!」


 あらかじめ話を通してくれていたらしく、王室を守る騎士も俺をちらと見るだけですんなりを部屋へと入れた。
 床には獣の皮で作ったのだろうか、何かの魔物をかたちどった絨毯が置かれている。
 壁には大きな肖像画が置かれており……王冠を被っているしたぶん王様だろう。
 すらっとしたイケメンが描かれているために、まるで似ていないが。


 調度品のすべてに埃の一切もなく、常に輝いているような状況だ。一歩踏みこむたびに、俺がそれらを汚しているような気分にされるほどだ。
 テーブルに座った王の対面を示される。騎士たちが部屋に待機している。一応、俺が何かをしないか見張っているようだ。
 オール1相手にも警戒する抜かりのない人のようだ。


「それで、どうしたのじゃ?」
「城を出たいと思っています」


 王の眉間に皺がいくつか刻まれた。


「それは、ステータスの低さを嘆いてのことかの?」
「違います。強くなるためです」


 決して、後ろ向きばかりではない。
 俺はこのまま逃げるつもりもない。体を鍛えぬき、さらに上を目指すだけだ。


「もう一人、おぬしと同じように低いものがいたんじゃ。わしは止めたが、奴も外に出て行ってしまったんじゃが……どうしてじゃ?」
「どうして、とは?」
「別に城に残っているだけでも良いんじゃよ? 戦いに参加するというときだけ、騎士部隊に守られながら一緒に行動するだけでも、わしは良いと思っているんじゃよ? それで、役目を果たしたらおぬしたちの世界に戻れば良いんじゃ」
「それは……」


 そこまで王が言ってくれるのなら、甘えたい部分もある。
 そりゃあ、苦よりかはラクな道に惹かれるが……俺は首を振った。
 王はさらに、言葉を続ける。


「精霊様が召喚してくれておるが、悪いとは思っておるんじゃ。おぬしにも家族がいて、生活があるはずじゃ。精霊様がそんなの気にするなと言うておるが……わしも子どもがたくさんおるからの。とつぜん、子どもがいなくなったら……気持ちは十分わかるんじゃ」
「そうですか」
「現状、この国は精霊の使い様に頼ってしまっておるんじゃ。そこから脱却しない限り、この国に未来はないんじゃ。じゃから、必ずしも今回の戦いに精霊の使い様が参加せずとも、良いと思っておるんじゃ。わしらだけでも、なんとかできる……そのために、ずっと戦ってきているんじゃ」
「……」


 王は毅然と前を向き、その先を見据えようとしている。
 貴族たちに、その様子はなかった。彼らはみな、自分の私腹を肥やす方法にしか目がなかった。
 精霊の使いを否定するどころか、その恩恵に少しでもあやかろうとしている。


「……精霊の使いというのは、利用するべきだと思いますよ。そうやって、この世界は成り立っているんですから。王なんですから自国のことをもっと優先するべきだと思います。……それこそ、騙してでも利用するようなくらいじゃないと、大変だと思いますよ」


 王がこれほど優しくしていては、苛立つ人もいるだろう。
 差別をなくそうとする心構えは大切だと思う。けど、差別があるからこそ成り立つ場合もあるはずだ。
 みんな幸せ、なんてのは絶対に無理なことだと思う。
 わざわざ、伝える必要のないことを俺はなんで言ったんだろうか。王が悩むように腕を組む。


「わしはあまり王なんて立場は向かない、とよく言われておったんじゃが……確かにそうかもしれぬのぅ。それでも……異世界の人々を絶対に死なないようにさせたいんじゃ。それでも、本当にいくのかの?」
「……はい」


 俺は強くなりたい。
 脅威から桃を守れるように。
 もっといえば、一ヶ月後の災厄を討伐できるようになりたい。
 俺一人では無理かもしれない。けれど、クラスメートたちと並んで戦えるようにしたいのだ。


「……わかったんじゃよ。何か、必要なものがあれば用意するんじゃよ。武器でも、金でも何でも良いんじゃよ」
「そう、ですね。剣とお金をいくらかいただければ嬉しいのですが」
「わかったんじゃよ。明日までに用意させておくんじゃ」


 王は頷きこそしたが、やはりあまり晴れやかな表情ではなかった。
 そんな彼に頼むもあれかもしれなかったが……何も手をうたずにここをされるほど、俺も楽観的じゃない。


「王様……あと、もしも、聞いてくれるならでいいんですが、俺には桃っていう大切な……友人がいます。彼女はもしかしたら、危険にさらされることがあるかもしれません。……俺が守れればいいんですけど、俺はその弱いから。だから、強くなるまででいいんです。守ってくれませんか?」
「……ふむ。その危険というのはなんじゃ?」
「まだ、確証はないんですが……桃は男子に人気があって、その……暴行というか、無理やりに何かをさせられる可能性があるかもってことです」
「ふむふむ。確かにそういう場合はわしが止められるように目を見張っておこう。ただのう、強い魔物とかはどうにもならんから、それはごめんじゃ」
「……いえ、いいんです。わがままを聞いてくれてありがとうございます」
「先にわがままを言っているのはわしらじゃ。その程度、気にするでない」


 話したいことはそれだけだった。頃合を見て部屋を離れた。
 息苦しさから解放された俺は、風呂へと向かう。
 明日からの不安もあるし、これから本当にうまく行くのか。
 今日で一ヶ月……三十日程度の期間のうち、二日が経過してしまった。
 ……ここから、本当に強くなれるのか。


 部屋へと戻り、ベッドで横になる。
 額に腕をあてるようにしたまま、眠りについた。




 ○




「昨日頼まれていたものを用意しておいたんじゃ。荷物は、ステータスカードにしまうこともできるんじゃが、どうじゃ?」


 王の部屋へと呼ばれた俺は、そこで金と一本の剣を頂いた。
 金は言われたとおりステータスカードを取り出して、近づける。
 アイテムのすべてが収納される。メニュー画面のアイテム欄か確認できるようだ。
 この荷物をしまう機能は本で読んで知っている。
 この中は腐ることもないため、食料、水をいれて旅に出たりする人もいるとか。


「気をつけるのは、しまったものを忘れないことじゃな。二度と取り出せなくなってしまうからの。後、荷物の制限もあるんじゃ。五つまでしか持てぬから気をつけるようにの。あと、自分がもてないものは入れられないのじゃ、気をつけるんじゃぞ」
「……わかりました」


 俺が優遇されているのは、このアイテム欄もそうなのかもしれない。
 メニュー画面から自在にアイテムを選択できるし、五つどころかしまえるようだった。
 ……ものまねの効果か、それとも俺たちは全員これだけ持てるのか。
 そこはわからないが、どちらにせよ、存分に活用していくしかないだろう。
 俺が外に出ようとすると、王様もついてこようとしたので、慌てて片手を向ける。


「……その、見送りとかは大丈夫ですよ」
「本当かの? 街での暮らし方とかわかるのかの?」


 ……王様はわかるのだろうか。
 なんだか、城から離れたことがなさそうな立場だと思うのだけど。


「大丈夫ですよ。知識としてはあります。あとは、周りを見ながらのらりくらりとやってみます」
「……ふむ。困ったら城に戻ってくれば良いんじゃよ。それじゃあ、精霊の使い、ハヤト殿。死なないように気をつけるのじゃぞ」


 王様の言葉に押されるようにして、俺は王室を出た。
 そこに、リルナの姿があった。
 リルナはずっと待っていたのだろうか。寝癖がついた髪の先を弄りながら、俺を見つけると口を開く。


「本当に一人で大丈夫なの?」
「まあね」
「なんだったら、私も行ってあげてもいいよ?」
「それはおまえが来たいだけだろ?」


 というか、リルナまで来たら余計に俺の苦労が増えるだろう。
 しばらく彼女と歩いて自室まで戻りながら、


「リルナ。桃と仲良くしてくれないか?」
「ふぇ? どゆこと?」
「単純に、こっちに来てから色々と分からないこともあるだろうしさ。頼むよ」
「別にいいよ? ていうか、昨日あの後モモの部屋に遊びに行ったんだよね」


 フットワークの軽い王女様だな。


「あっ、でも私一応学園に通っていて、そろそろ戻らないといけないんだ」
「なのに、人の旅についてこようとしていたのか?」
「だって、学園つまらないんだもん! 外だと真面目な王女様演じないといけないからね」
「……え、おまえ出来るの?」
「……ええ、できますよ。こんな感じ、です」


 ……驚いた。途端に見違えるほどの高貴なオーラをまとい、薄く微笑む姿からはいつものわがままな姿は思い浮かばない。
 薄幸の美少女だ。誰だこいつは。
 目が飛び出すかと思った。


「へへん、どうだった? びっくりした!?」
「ああ、戻してくれ。夢なら夢のままであってほしかった」
「夢ってなに! こっちも私なの!」
「へいへい。悪かったって。おまえも十分楽しい奴だよ」


 ぽこぽこ殴ってくるのが煩わしかったため、そうおだてるとすぐに笑みを浮かべる。
 こいつの扱いはラクだなぁ……。
 角を曲がったところで、桃の姿が見えた。
 俺が今日出発することを聞いていたために、ずっと待機していたようだ。


「そろそろ、訓練の時間じゃないのか?」
「その前に、勇人くんに挨拶をしておこうと思いまして。……本当に、死ぬような無茶だけはしないでください」
「大丈夫だ。昨日本を見て、何とか俺でも戦う手段があるんじゃないかって思ったしさ」
「……本当ですか? やっぱり、私も――」
「そっちのほうがダメだ。おまえはみんなと一緒に行動して、少しでもステータスをあげるんだ。俺といたら、俺を庇って全然成長できないぞ」
「そうはいってもですね。心配、なんです。そりゃあ、勇人くんはいつも何だかんだいって、約束は守ってくれます。けど……不安が消えないわけではないんです。ここは、私たちが良く知らない世界なんですよ?」
「……ああ、そうだな。けど、俺にはこの道しかないと思うんだ」


 ……みんなと一緒に迷宮にいっても足を引っ張るだけだ。おまけに、人前で職業技を使うことはできない。
 それに、そんな状態を続けていけば貴族たちが俺に何かを仕掛けてくる可能性だってある。特に、あの宰相なんかは俺たちにも厳しい目を向けている。
 やる気がない、一緒にいって経験値だけをもらっていると思われれば、俺が何をされるかわからない。


「……わかり、ました。無茶だけはしないでください」


 止めても無駄なのはもうわかっていたはずだ。
 それでも、声をかけずにはいらなかったのだろう。……彼女の気持ちもわかる。
 俺と桃の立場が逆だった場合、俺は確実に桃を止めるし、ついていくと思う。
 さて……城の外へと向かうか。
 歩き出したところで、角からキョトンとリルナが顔を出してこちらを覗きこんできた。


「何しているんだよ」


 そういえば一緒に来たのだった。忘れていたにも関わらず、リルナは気にしていないようだ。


「な、なんだか、本で読んだ恋愛の場面みたいっ」
「……」


 どのように反応すれば良いのかわからずに、頬をかく。
 桃が人差し指をたて、お姉さんぶるように伝える。


「みたい、ではなく、その場面なんですよ」
「……おい」
「へぇ、そうなんだ! 二人はどんな関係なの!?」
「それについては、また後で話をします」
「話すほど、関係ないだろ? 余計なことを言ったら怒るからな」


 ていうか、あまり具体的に話されると俺が恥ずかしくてたまらない。


「……えっ、勇人くんは私と幼馴染という関係ではないといいたいのですか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「では、何か、他に考えていたことがあるんですか、勇人くん」


 からかうように微笑んでくる桃に、俺はたまらず息を吐くしかない。
 これ以上話していても、俺の分が悪いだけだ。
 俺は出来る限り人に見つからないように城を出た。あまり、人に見つかって話しかけられたくはなかった。
 変に心配されるのは、あまり慣れていないし。
 ……どうにか、俺は異世界の街へと出ることに成功した。

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