オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第一話 友人

 授業が終わり、俺は一つ伸びをする。


「勇人くん、だらしないですよ」


 そんな声とともに苦笑を浮かべながら、ももが歩いてきた。
 その立ち居振る舞いに視線がいくつも生まれた。それもそうか。彼女は幼馴染の俺から見ても、文句がないほどに綺麗な顔をしている。
 ぴんと伸びた背中に歩くたびに揺れる長髪。ださいといわれているうちの制服ですら、彼女が着ればどこかのファッション雑誌に載っているような服となる。


 やっぱり、服ってのは見た目の良い奴が着ると別のものに見えるな。


「勇人くん。お弁当ありますよ」
「おっ、今日もか? いつも悪いな」
「杏奈ちゃんと一緒に作ったときに余りましたので」
「あー、今日杏奈は給食でないとか言ってたな」


 杏奈は俺の妹だ。今年で中学二年生となり、確か今日はどっかに行くとか話してたっけ。


「杏奈ちゃんは授業で外にいくみたいですよ」


 にこりと微笑んできた俺の幼馴染――下村しもむらもも。今日も教室の視線をたくさん集めているね。
 俺には嫉妬の視線もいくつもあるが、別にそういう関係じゃないって何度言えば良いのか。


「またまた、二人とも仲が良いことで。たまには、俺も混ぜてくれないかな?」


 俺の友人の大瀬原おおせはら明人あきとが俺の肩へと手を回してきて、にやりと笑う。
 隣の机をかり、グループを作るようにくっつけてくる。


「いつも一緒に食べているじゃんか」
「はは、そうだね」


 こんなやり取りはいつものことだ。


「やほー、桃、一緒にいい?」
「はい。大丈夫ですよ」


 桃の友人と、そして俺たちの友人も集まってくる。
 高校生にもなって、総勢七名で集まり、昼食をとるというのはなかなかに珍しい光景だと思う。
 明人は爽やかな男であり、クラス内でもモテる。
 そんな明人と仲良くなりたいがために、桃の友人が一緒に来るんだよな。
 明人が女性陣と仲良く話をしている中で、俺は隣と向かいにいる友人二人と話をする。


「純也、おまえ野菜って好きか?」
「え、とその……あんまりかな」
「なんだよ。好き嫌いは良くないよ?」
「えぇ……それを勇人がいうの?」


 坂谷さかたに純也じゅんや。少しおどおどとしているが、話していると控えめであるが色々と指摘してくれる優しい奴だ。


「勇人くんっ、野菜もしっかり食べないといけませんよ」


 桃が叱ってきて、俺は肩を竦めるしかない。


「だそうだよ。……が、頑張って」


 短く純也がそんなことを言ってきて、視線を下げる。良く見ればスマホを操作している。何かのアプリでも楽しんでいるのかもしれない。
 ……そういや、最近新しく面白いゲームを見つけたらしい。俺も誘われてダウンロードだけはしたんだけど、それ以降やっていなかったな。
 俺の向かいにいた鳥本とりもと光一郎こういちろうが、うんうんと頷いた。


「下村さんの言うとおりだぜ。バランスの良い食事をしねぇと、健康的に生きられねぇんだ。長生きするためにも、しっかりと食べるんだぜ」
「別に、長生きしなくてもいいっての。適度に生きられれば」
「なははっ。相変わらずだな、勇人は。ああ、お茶がうまい」


 ずずずと、彼は温かいお茶を飲んでいる。少しじじ臭い部分もあるが、明るい奴だ。
 なんて、いつも通りの会話をしながら俺は一生懸命に野菜を食べていく。
 気分が悪くなってきたな。
 無理して食べても、体が悪くなるだけな気がする。
 ポケットからスマホを取り出して、しばらく操作していると、桃がこちらをきっと見てくる。


「食事のときにスマホを操作するのはみっともありませんよ」
「へいへい」
「あはは、二人は本当に夫婦さんみたいだね」


 からかうように桃の友達が呟いて、それに対して男集団もからかいの声をかけてくる。
 ……やめてくれって感じだ。
 確かに桃とは仲が良いけど、お互いにもう兄妹みたいなものだと思っている。


「まあ、そうはいっても、俺と桃はもう兄妹みたいなものだからな。ある意味家族ってのは間違いないな」
「どっちが年上になるのかな、そうなると」
「私ですね」
「いや、俺だ。俺のほうがしっかりしているだろ」
「私ですよ。こんな自堕落な兄がいたら、私嫌です。まだ自堕落な弟の面倒見るほうが良いです」
「俺だって、こんな生真面目な姉がいたら肩が凝るっての」


 お互いにきっとにらみ合って、それぞれの話をしていると、周囲にいた明人たちがぽかんとしている。
 ……いかんいかん。あんまりにもいつもの調子で話してしまった。
 学校ではなるべく控えようと思っていたのに。
 そんなときだった、異常に気づいたのは。
 俺の眉尻がぴくりと反応する。目がしょぼしょぼとする。……まさか、疲労か?
 それから俺は周囲を見る。なんだ……これは?
 異様に音が遠くに聞こえる。景色がゆっくりと……時間も緩やかになったような。
 途端に、頭にノイズが走る。モスキート音のようなものが聞こえ、たまらずに肘を机につく。
 それは、俺だけではない。
 段々とまぶたがおち、思考もままならなくなっていく。




 ○




 次に目を覚ましたのは白と黒の空間だった。
 白と黒の中を歩いていくと、明人、純也、光一郎の三人がいた。
 彼らも俺に気づき、軽く手をあげる。とりあえずは再会できた喜びを共有し、それから明人が目を細めた。


「あれ、勇人? どうなっているんだいこれは」


 明人が肩を竦め、純也が怯えた様子でしかし彼は少々冷静に口を開く。


「もしかしたら……異世界、転移とかかも」
「なんだいそれは?」


 明人が興味津々と顔を向ける。光一郎と明人は理解できていなかったが、俺もなんとなくわかる。
 純也んじはよく色々なものを勧められたしな。


「異世界転移っていうか……なんていうか、そういうライトノベルを読んだことあって……突然異世界に召喚されちゃうんだ」
「ほわい? なんで?」
「それは分からないけど。色々と国が困っているとか……なんとかで」


 明人が顎に手をやっていると、正面に強い光が生まれる。
 やがてそこには妖精のようなモノが生まれた。


『はーい! みなさん、聞こえますか!? あたしはあなたたちがこれから行く異世界「アルマビスタ」の精霊さんでーす! あなたたちには力を与えました。ステータスカードを出して見てください! 念じるといいですよー!』


 ……精霊は突然に出てきて、そんなことを言ってきた。
 やけにノリノリな彼女に圧倒される。
 怪しさしかなかったが、彼女の言葉に従うように俺はステータスカードと念じた。
 瞬間、体内に埋め込まれていたように俺の手にカードが出現した。
 薄い、白い板のようなそれには、小さな文字が書かれていた。


 Lv1 ハヤト・イマナミ 職業 ものまねLv1 メイン なし サブ なし
 HP100
 筋力26 体力28 魔力32 精神29 技術24 
 火8 水6 風8 土6 光12 闇88
 職業技 なし


 と書かれていた。なんとなく、ステータスの意味するところはわかるが、これがなんなんだ?
 一番のインパクトは職業の部分だ。
 ……芸人か何かってことか? 良く分からないために、保留だ。


『ステータスについての詳しいことは向こうの世界で聞いてください!』


 精霊は説明を放棄しやがった。


「……これが何かはわからないよ。けど、俺たちがやる必要はあるのかい? ステータスってゲームとかである奴だろ? 俺たちに何をさせる気なんだい?」


 明人がいって、それに俺も頷いた。
 こんな面倒なことやっていられるか、と。


『あなたたちに何もないわけじゃありませんよ? これから、一ヶ月くらいですかね。あなたたちには異世界で生活を送ってもらいます。そこで、災厄「ハマミレーナ」という世界を襲う魔物を討伐してもらうことになります。これの出現がおよそ一ヵ月後で、そこまでがあなたたちの仕事ということですね。その討伐に参加してくれさえすれば、私はもうそれで良いんです。そしたら、あなたたちを一ヶ月前の世界に戻してあげます。お、ま、け、に! 大大大サービス! あなたがたの世界に戻ったときに、ここで獲得した力もあげます。とりあえずは、みなさん翻訳の力は持っていますから、それだけでもあなたの世界ならかなり役に立ちますよね?』


 俺たちは顔を見合わせる。……翻訳の力があるだけで、俺たちは英語ぺらぺらというか、日本語で話しても伝わるようになるってことだろうか?
 確かに便利だ。


『後は、獲得した力もあなたのものとして持ち帰れます』


 それはどうなんだ? 例えば、戦闘系の力なんて使い道ないだろ?
 ああ、でも、ステータスをあげまくれば、スポーツ選手とかになれるか。身体強化の職業技とかあれば、もっと色々できるだろうし……。
 ごくりと息をのむ音が聞こえた。
 彼らも色々と自分への有利さを理解しているのだろう。
 ただ、俺にははっきりいって帰りたい気持ちしかない。
 ……俺には両親がいなく、祖父、祖母にひきとられたとはいえ、妹を一人にしてしまう。
 昔、事故で両親が死んでから、妹はすっかり元気さを失い、最近ようやくまた笑顔を見せるようになったのだ。
 ここで、また俺が行方不明になんてなったら……。また彼女の笑顔がなくなってしまうかもしれない。


『ただし、注意点もあります。一ヵ月後にある戦いに参加しない場合は、戻れません。それに死ねばもう私は関与しません』
「……なっ」


 明人が死、という言葉に反応する。それもそうだ……怖くてたまらないっての。
 やりたくはない……けれど、精霊はそれを認めてくれない。
 俺たちは利益を見て、受けるか受けないかではない。
 受けるのが前提で、モチベーションを保つために行わされているのだ。


『あなた方が行えることは二つ。一つは異世界で諦めて暮らすこと。あなた方は精霊の使いですから、女も男もより取り見取り! 悪い話ではないでしょう?』


 これに俺たちも少なからず反応する。男子高校生だからな。


『もう一つは地球に力を持ち帰るために訓練をすることですね。さぁさぁ、やる気も出てきたところでしょう。そんなあなたたちに更なるボー! ナス!』


 精霊が両手を広げ、それからぱちんと指を鳴らす。
 そこには四角い部屋があった。


『ここでは簡単に、あなたたちの友情パワーを確かめさせてもらいますね』
「……何をするんだい?」


 明人が聞くと、精霊がニヤリと笑う。


『投票を、してもらいます。災厄ハマミレーナとの戦いでは、連携も大事になってきます。個の力は低くても、集団になれば一気に上がる場合もありますし、下がる場合もありますよね。それを、ここで確かめさせてもらいます!』
「……投票っていうのは?」
『ルールは簡単ですよ。ボーナスチャンスって奴ですね。これから四人には、一人ずつ部屋に入ってもらいます。そこには、あなた方四人への投票ボタンがあります。好きな人、または自分に投票できるってわけですね』
「……それで?」
『ただし、問題があります。それで、一票、またはゼロ票の人のみ、ステータスが三倍になります!』
「なるほど」


 明人がいよいよ楽しくなってきたのだろうか。小さく爽やかな微笑を浮かべる。


『簡単でしょう? ただし! ちょーっとばかり意地悪な仕掛けもありますよ。簡単な話、二票以上獲得してしまったその人はステータスを倍にすることはできないんです。それどころか、なんとその人はステータスが一になってしまいます!』
「ど、どうしてそんなことを?」


 不安げな純也の声がした。
 ……安心しろっての。俺たちがそんなことするわけないだろ?
 これでも、高校一年からずっと付き合いがあるのだ。俺たちはそこらの友達よりは仲が良いはずだ。


『早い話。不信感を抱きながら生活するよりも、ここで明かしてくれたほうがいいんです。ぶっちゃければ、ここで嫌な奴を協力して追い出すことができるというわけです。実際、あなたたちの前にも四人組をやりましたが……くくく、楽しかったですよ? 密かに恨みを持っていた人が、協力して一人のステータスをオール一にしていました。いやぁ、反乱分子が消えればすっきり! ハマミレーナ戦に望めるってわけですね』


 ……この精霊、性格が悪いな。
 というか、俺たちのクラスでそれがあったのか。一人、心当たりがある。
 よく、オタクグループに絡んでは馬鹿にしていた奴がいた。
 ……あのオタクグループと、その馬鹿にしていた奴が一緒だったら……最悪な結果になっているかもしれない。
 俺はホッと胸を撫で下ろす。俺たち三人でよかったよ。


『あ、何か伝言がある場合は、部屋で待っている私に言ってください。秘密はぜーったいに守ります! 伝えたい人にだけ、思いのたけをぶつけてください! それと、投票の開示も行いません! 誰が誰に投票したのか、何票入っているのか……なーんにもわかりません! ただただ、結果だけを伝えます! それじゃ、どうぞ! 入ってください!』


 俺たちは顔を見合わせ、確認だけをすることになる。
 明人が俺のほうを見る。俺に後を任せるといった感じか?


「それぞれが自分に投票でいいだろ? 一番間違えなくてすむしな」
「そうだね。俺は賛成だよ」
「僕も、だよ」
「ああ、オレもいいぜ。それより、異世界かぁ、ちょっと興味あるなぁ」


 光一郎がすでに異世界に思いを馳せている。
 ……お気楽、だな。俺はさっさと地球に戻らないと。
 妹や、俺たちを引き取ってくれた祖父、祖母への恩返しも終えていないんだ。
 とにかく、一ヵ月後の戦いまで死なないようにしないといけない。


「確かに、これだけ好条件なら死ぬこともないだろうし、ちょっと楽しいよね」
「僕も……異世界転移ってもっと過酷だと思っていたからさ」
「おいおい、まだ何も終わってないのによ。それじゃあ、俺から行ってくるぞ?」


 宣言してすぐに俺は部屋へと歩きだす。
 順に三人が投票をして、その結果がばんと出された。


『はい。今浪いまなみ勇人はやと様のステータスがオール一になりました! それでは、異世界の旅をお楽しみください!』


 ……俺は一瞬、理解ができなかった。

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