なぜかウザカワ後輩美少女に惚れられました

木嶋隆太

第二十九話 悪魔な天使



「先輩、おかゆとゼリー、ありがとうございました」


 家に帰ると、藤村が笑顔で出迎えてきた。
 いつもの小悪魔な笑顔を浮かべている彼女は、まだ少し頬が赤い。


「完全復活か?」
「熱は下がってますから、大丈夫です」
「そうか」


 俺が靴を脱いでいる間も、藤村はニコニコとこちらを見続けていた。
 一体どうした? 俺が視線を向けると、彼女の笑顔が増した。


「それにしても先輩。わざわざ私のためにおかゆ作ってくれたり、ゼリー持ってきてくれたり、なんですか先輩。私のこと大好きですね」
「そういうわけじゃないが、体調悪い奴に優しくできるだけの心は持ち合わせてるってわけだ」
「ふーん、そうですか」


 藤村はてくてくとリビングへ戻っていく。
 俺はスーパーで購入してきたいくつかの食材を冷蔵庫にしまっていると、藤村のスマホが鳴った。


「あれ? 学校からです」


 そういって、藤村がスマホをとった。
 学校から? 体調を聞くついでに、もしかしたら例のラブレターの件でも話すかもしれない。


 ……まあ、大丈夫か? 杉浦先生しか、俺が密告したことは知らない。
 どうせ藤村の担任からの電話だろう。


「あれ、杉浦先生ですか?」


 ……おい。
 なんであの人が電話しているんだ。面倒だって、全部藤村の担任に任したんじゃなかったのかっ。


 驚いたように藤村がこちらを見てきた。
 相槌はどこか気の抜けたもので、はい、はい、とただ機械のように繰り返している。
 やがて、電話が終わると藤村が、こちらに近づいてきた。


「今、杉浦先生から連絡がありました」
「そうか」
「……先輩、昨日の手紙、気づいていたんですね」
「まあ、明らかに様子がおかしかったからな」
「……ありがとう、ございます」


 藤村は心から安堵したような声をもらした。
 もしかしたら、俺が考えているよりも彼女はあの手紙に不安を感じていたのかもしれない。


「感謝は別に必要ねぇよ。俺の責任もあると思ってな」
「どういうことですか?」
「おまえが俺と付き合っているのは、こういうのを防ぐためだったはずだ。おまえに強制されているとはいえ、俺としては役割をこなせなかったからな。その罪滅ぼしみたいなものだ」
「そうなんですね」


 そういった藤村は、どこか楽しげに微笑んでいた。
 ……どうしたこいつ? 熱で頭のネジが吹き飛んだのではないだろうか。


「夕食はどうする?」
「私も問題なく動けますから、何か作りますよ」
「問題なく動けるなら部屋に戻ったらどうだ?」
「えー、いいじゃないですか。まだ病み上がりなんですから、何かあったらどうするんですか? 先輩の責任になりますよ!」
「それはおまえの体調管理に問題があるだけだ」
「遺書残してやりますよ! まだ完全に治っていないのに、無理やり先輩に部屋を追い出された……って」
「やめてくれる?」


 ていうか死ぬの前提なの? まあ、今朝に比べればだいぶ体調は戻っているようだが、まだ完全復活ではないようである。


「わかったよ。夕食は簡単なものでいいから」
「任せてください、腕によりをかけてつくりますね」
「話し聞いてた?」


 藤村は上機嫌にキッチンへと向かう。
 ……まったく。


「先輩、ゴミまとめておきましたから、運んでおいてください」
「……おう」


 体調悪かったんじゃないのか? ゴミ袋一つを俺は担ぎあげ、寮の一階へと運んでおいた。
 最近、藤村がよくくるため、ゴミが部屋にたまらないな。いや別にためたくてためているわけじゃないが、なんか落ち着かないぜ。


 しばらくすると、夕食の準備が整った。
 テーブルに料理を並べ、そのまま座る。
 お互いに向かい合ったところで、藤村が小さく声をあげた。


「あの、先輩」
「どうした?」


 こちとら、わりと腹が減っている。さっさと夕食を食べたかったのだが、彼女の言葉に動きを止める。
 「待て」をされた犬の気分だ。


 早く食わせろ、食わせないと喉元かっきるぞ、と今俺は思っている。たぶん、全国の犬たちもこんな心境なんだろう。
 藤村は悩むように前髪をいじり、それから彼女は、ようやく、といった様子で口を開いた。


「私……今の関係嫌いじゃないんですよね」
「今の関係? この押しかけ妻みたいなやつか?」
「お、押しかけ……っ。せ、先輩そんな破廉恥なことを考えていたのですか!?」
「いや、まあ似たようなもんだろ。俺としては食堂という集団の中で食事をしなくて済むから構わないんだが、最近部屋に来すぎだぞ」


 もう間違いなく、俺たちが付き合っているというのは広まっているだろう。
 これ以上無理にアピールする必要はないと思うのだが、そこんところどうお考えなのか、一度聞いてみたかった。


「……嫌、ですか?」
「俺としては助かってる部分もあるが、おまえはいいのか? いつか彼氏作るつもりなんだろ?」
「……」


 藤村は俺の言葉に、唇をぎゅっと噛んだ。
 なんだ、その何かを考えるような顔は。そして、その顔が引き締まっていく。


「だから――先輩、改めていいますね」


 藤村はどこか真剣な表情で、こちらを見てくる。
 一体どうしたというのだろうか?
 藤村の頬は急速に赤くなっていく。口はもごもごと動き、視線はあちこちをさまよう、


 浅沼の真似か? 緊張しているときの彼女にそっくりだ。
 ってことは、今の藤村は緊張してんのか? この悪魔が?


「……わからないんです、自分のことが」
「そうか。ボケたか?」
「そうじゃないですっ。……わからないんですよ。最近、私、先輩と一緒にいると、なんだかワクワクして……先輩が浅沼先輩と話しているのを見ると、なんだかムカムカって……してきて」
「……おまえ、それまさか」


 俺は少し考えてから、口を開いた。


「好きってことなんじゃないのか?」
「……え? あっ……うえぇ!?」


 藤村は顔を真っ赤にして、慌てた様子で首と手を横に振った。
 だが、藤村はそれから考えるように視線を俯かせた。
 彼女は耳まで真っ赤で、それからもぶつぶつと、何かを呟いていた。


 が、そんな藤村が顔をあげた。


「かも、しれないです。先輩……私、先輩のこと好きになったかもしれません」
「……そうか」
「だから、その……改めて、付き合ってくれませんか?」


 彼女の恥ずかしそうな顔に、俺は唇を閉ざす。


「本気で言っているのか?」
「はい。……私と、正式に付き合ってほしいんです。私、正直言いますと人を好きになったことがないので、はっきりと、好きなのかどうかわかりません。どこが好きになったのかなって考えてみると……先輩ってぼっちで無神経で、適当で――」
「……あれ? 俺告白されている途中だったよな?」
「ですけど! 今……こうして先輩といると、自然に笑えるんです」


 そういって藤村は笑った。
 確かに、彼女のその笑顔は今までに見たことのないものだ。


「俺の顔が馬鹿らしくてじゃなくてか?」
「わりと好みですよ」


 おい、どうしたこいつ。
 天使でも、悪魔でもない笑顔を浮かべる彼女に俺が珍しく動揺していた。


 熱で思考回路が焼け落ちた、とか言われた方が納得できるかもしれない。
 藤村はそういいながら、俺のほうに近づいてきた。


 彼女への返事がまるで思いつかない。あれだな。
 学校で恋愛について教えるべきだ。いきなり告白されたときの対処法なんてわからねぇよ。


「どう、なんですか先輩は。私とこれからも一緒にいてくれますか?」
「……熱で頭をやられたわけじゃないんだな?」
「前から少しずつ、先輩のこと、楽しい人だなって思ってました。だから、毎日先輩に会いにきてました。先輩の言う通り、これ以上会う必要もないのにですよ」


 ……にこっとわらう彼女は顔が真っ赤である。
 それでも、今の気持ちを精一杯に伝えているのだろう。


「返事を聞かせてください」


 逃げるのはさすがに男としてまずいだろう。
 俺は小さく息を吐いてから、考える。そして、浮かんだ正直な気持ちを口にする。


「ただ、たぶん俺もおまえのことは嫌いじゃない……。いや、好きよりだとは思う。ただ、好きと断言はできない」
「それじゃあ、これから好きになってもらってもいいですか?」
「……どうだろうな」


 ふふ、っと藤村は笑って近づいてくる。
 それから彼女は俺の前に立って、真っ赤な顔で言った。


「……き、キス、してもいいですか?」
「……それ、事前に聞くものなのか?」
「わ、わかんないですっ。いいですか!?」


 俺が黙っていると、藤村は照れた顔とともに近づいてきて、そっと唇に触れてきた。


「む、無言は了承にさせてもらいましたからっ」


 藤村は唇に手をあて、嬉しそうに笑う。
 ……その姿は、学校一の美少女と言われるだけのかわいらしさがあって、俺は頭をかいた。
 わずかな羞恥を隠すように、俺は彼女に憎まれ口をたたいた。


「おまえ……風邪が移ったらどうするんだ?」
「じゃあ、明日は一日先輩の看病ですね」


 嬉しそうに笑う藤村に、俺は頬をかく。
 まいった、調子が狂う。
 俺も誰かを好きになったことはないから、この感情が一体何なのかわからない。


 ただ――見つけたいと思った。
 心を見失った俺が、誰かをいいなと思えたのなら。
 誰かに興味を持てたのかもしれないのなら――。


「……先輩、もう一度いいですか?」


 俺はちらと、用意された食事に逃げる。


「……腹減ってるんだが?」
「私もです。ですからほら、はやくしましょ」
「本気で風邪移す気だな、おまえ」
「えへへ、いいじゃないですか」


 そういいながら、今度は俺が夏樹に顔を近づける。
 軽く触れてから、俺たちは笑いあう。なんだか体の奥から熱がこみ上げてきた。
 ……悪くない熱だ、と思えたかな。






 次の日。風邪がぶり返した夏樹の看病で一日が潰れた。







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