なぜかウザカワ後輩美少女に惚れられました

木嶋隆太

第二十話 覇気



 木曜日の授業も終わり、残すところあと一日で今週も終わりだ。
 そうなれば、あとはのんびりと休日を送ることができるんだ。


 とりあえず、今日出された課題さえ終われば、明日の憂いもない。
 俺は自室のテーブルに勉強道具を並べ、課題に取り組んでいた。俺の部屋に勉強机というものはない。食事で使うテーブルと机、両方同じものである。


 それにしても、帰宅してすぐ課題に取り組むなんてなんて勤勉なんだろうか。こんな真面目な生徒、他にいないんじゃないだろうか?


「先輩、家帰ってすぐにやることが学校からの課題って……むなしくないですか?」
「ええい、うるさい。ていうか、なんでおまえ俺の部屋に来るんだ? 自宅と勘違いしてんのか?」
「今日は夕食一緒に食べるって話だったじゃないですか」


 そんな話しいつした? 君の脳内だけだよね?
 俺が宿題に挑んでいる中、藤村は人のベッドに寝転がっていた。


 人の家を何だと思っているのだろうか。なんとも思っていないからこそ、こんなことができるんだろう。
 今度あいつが座る場所とかに接着剤とかばらまいておきたいもんだぜ。


 言い訳はこうだ。傷口を塞ぐために接着剤を使おうとした、とか言っておけばいいだろう。昔そういう使われ方もしていたそうだし。


「先輩、この漫画の次はどこにあるんですか?」
「知らん」


 人が一生懸命宿題しているというのに、こいつは。
 藤村は個包装されたチョコを口に放り込みながら、足をばたばたとぶらつかせていた。
 まったく黙っている様子はなく、それからも何度も話しかけてくる。


「先輩、今日は冷たいですよー。彼女が暇してますよー」
「やかましいわ。こっちは、文章考えてんの、黙ってろ」


 やっている課題は、現代文のワーク。自分の考えを書け、みたいな問題があり、今はその文章を考えていた。
 ただ、文章を練っているといちいち藤村が絡んでくるせいで、まとまらない。


「大丈夫ですよ。あと数ページで終わるんですよね? 頑張ってください」
「そういうなら、黙っててくれないか?」
「えー、嫌です」


 くすくすと藤村が笑いながらチョコを食べていた。俺が手を差し出すと、ぽいっと一つ投げてくれた。
 それを口に運びながら考える。
 なんでこいつはそんなに人と話すのが好きなんだろうか。


「放課後くらいはゆっくりさせろ」
「一応付き合ってることになってるんですから一緒にいたほうがいいじゃないですか」
「大丈夫だろ。もう十分、噂は広まってるんだろ? 俺は人と関わるのが面倒なんだから、もう少し静かにしてくれないか?」
「人と関わるのが面倒ってわりには、いっぱい構ってくれますよね」
「無理やり絡んできているからだろうが……」


 たぶんもう一生分の関わりを消費したと思う。正直、藤村と別れた後、燃え尽きて誰とも話さないまで考えられる。
 俺がじとっと見ていると、次の漫画を探し出す藤村。
 俺の近くをちょろちょろされても困るので、近くの漫画棚から取り出して投げ渡す。


「それ読んでる間は静かにしてろよ」
「じゃあまだ読みません」


 読めよ。藤村が笑みとともにこちらを見てきた。


「……おまえな、男子と関わるのが面倒だから、俺と付き合ってることにしてるんだろ? なら俺にも極力関わらないようにしたらどうだ?」
「最初はそういうつもりだったんですけど、先輩ってからかってると楽しいんで」


 うわー、綺麗な笑顔だ。
 慈善活動している人にも負けない笑顔だよ。


「それに、男子と関わるのが面倒というのは語弊があります。私に好意を持って接してくる相手が苦手なだけですから」
「……なら俺がおまえを好きになればいいのか?」


 名案ではないだろうか?


「そうですね。そうなったら、もしかしたら私も離れるかもしれません」
「よし……」


 俺は藤村に近づき、俺の考える最高の真面目顔とともに、


「好きだ」
「は、はい、私もそれなりに気に入ってますよ」
「あれ、おかしくね?」


 藤村と見つめあう俺。
 なにこの空気。俺が想像していたものとは話が違うぞ。


「なあ藤村」
「……」
「おい、藤村」


 なぜか無視される。
 まさか、また名前で呼べと?


「夏樹」
「なんですか先輩」


 めんどくさいんだけど。


「俺は誰かを好きになったことがないんだが、人を好きになるってのはどんな気持ちなんだ?」
「へ? さあ、よくわからないですね。私も……別にないですし」
「……マジかよ。そんじゃあ、どうしようもないな」
「一般的に言われているのだと、好きな人を見ると胸がきゅんきゅんするとか言いますね」
「おっ、似たようなものを体験したことがあるな。二次元のキャラクター見てるときとかそうだな」
「それは感じたらダメな場面ではないですか?」
「ダメというのはよくないだろ」


 二次元好きな人たちを敵に回したからなおまえ。俺がにらみつけると、藤村は考えるようにこちらを見ていた。
 とりあえず黙ったので、問題にとりかかる。


 ちょうど、主人公の心情について触れる問題で、似たような状況だったので聞いたが、結局わかりそうにないな。適当に埋めておけばいいだろう。
 文字数だけを増やすように書いて、課題を終わらせた。


「あっ、宿題終わっちゃったんですか?」


 こいつ狙って邪魔してやがったんだな。
 俺は近くにあった消しゴムを投げつけると、藤村が「イタッ」、と悲鳴をあげて投げ返してきた。
 それを俺があっさりとつかんで見せると、藤村が悔しげに口をとがらせた。


 それから藤村は思い出したようにカバンをあさった。取り出したのは一枚の便せん。中身はラブレターのようだ。ていうか、見せてくるな。書いた相手の気持ちも考えてやれ。


 俺は名前までは見なかったので、そのまま返す。


「またラブレターもらったんですけど」
「今時古風な奴だな。どうだ? 気に入った相手なのか?」
「あんまりですね」
「案外話してみたら良い奴かもだぜ? ほら、実体験済みだろ?」
「ありませんね」


 ……酷い奴だ。


「私、断るつもりですけど……先輩、なんでこんなに先輩の影響力ないんですか?」
「ああ?」
「……私、先輩と付き合い始めてからも何度か告白されているんですよ? そのときになんて言われているか、わかっていますか?」
「なんだよ」
「『あいつより、幸せにできる!』だそうです」
「なんて奴らだ! 全員ぶん殴れ!」
「いや、それらの言葉はごもっともなんですけど」
「否定しろ彼女!」
「いいじゃないですか。というわけで、です。先輩がもうちょっとだけ、魅力を出すべきだと思うんですよね。そうでもしないと、告白が減らない気がします」
「いや、あれなんじゃないか? 彼氏がいる子から奪い取ることに快感を覚えるような人たちなんじゃないか?」
「寝取るってことですか?」
「かもな」


 藤村ははぁ、とため息をついた。


「もう、いっそ先輩が行って断ってくれませんか? これ、先輩が悪いんですから」
「そんな自分に自信を持っている奴らに会いに行ってみろ。言いくるめられてお前を差し出すかもだぜ?」
「最悪な彼氏ですね。なら同行してくれませんか、次からは」
「それでどうするんだ?」
「夏樹は俺のもんだ! とか宣言してくれたらさすがに相手も簡単に身を引くんじゃないですか?」
「そんなことやってみろ。俺は俺に引くぞ」
「ちょっと、やってみてくれませんか?」
「なんで?」
「練習です」
「本番ないぞ?」
「試しにです」


 まあ、いいか。
 俺は一度咳ばらいをしてから、藤村を守るように手をばっと出す。


「夏樹は俺のもんだ!」
「……」
「どうだ?」
「あっ……いえ、なんでもないです」


 藤村はちょっと照れたように頬を赤らめていた。
 恥ずかしいのなら、初めから「やれ」なんて言うんじゃない。


「先輩って意外と演技力ありますよね」
「俺スパイ映画とか好きだからな。将来見据えてんだ」
「なんて無駄な時間なんですか。まあ、あれですよ。さすがに告白をかわりに断って、とはいいませんが……もう少し告白されない程度の魅力を出すことはできませんか?」
「どうすりゃいいんだ?」


 魅力だすって、そんなオーラ出すみたいに言われてもな。わからんもんはわからん。


「……どう、なんですかね。まずは見た目とかでしょうか?」
「見た目?」
「先輩の場合、覇気がないのが悪いんですよね」
「まあ俺別にひとつなぎの大秘宝とか求めてないしな……」
「どこの海賊王ですか。そういうのじゃなくて……人の評価は見た目でほぼ決まるんですからね?」
「でも、ほら。人間って中身っていうじゃん?」
「だいたい、外見と中身って比例するんです。見た目汚そうな人は、やっぱり心にも汚れがあるもんなんです。比例しないことなんて、レアケースなんです」
「ってことは藤村はレアケース?」
「先輩もですね」


 なんだと?


「俺は見た目からしていい人そうだろ?」
「いや全然」
「酷い」
「先輩はもう少し見た目を小奇麗にするんです。あと、背筋をしっかり伸ばして歩いてください」
「疲れるしな……見た目をよくする奴って、周りからよく見られたいからだろ?」
「そうですね」
「そういうの、俺はないからな」
「ええい、黙れい! 先輩、もう少し背筋伸ばして、きりっとした顔作ってください」


 乱心した藤村がつかみかかってきた。


「……はあ、こうか?」
「はい、いい調子です。別に先輩顔は悪くないんだし、身長だってあるんだし、あとちょっと小奇麗にしたらリア充の仲間入りできますよ?」
「したくねぇ」
「ですか。先輩、その顔で今度女子寮に迎えに来てください。朝に」
「……大丈夫か? 通報されない?」
「そのときはインタビューでしっかり答えておきます。『いつかやると思ってました……』って」
「誤解をといてくれない?」
「今まで、私ばかり会いに行っていたじゃないですか? 男子生徒へのアピールはできても、女子生徒へのアピール不足が目立ちます。これからは、先輩が彼氏ですというアピールをするんです。うん、いい作戦ですね」


 何を満足しているんですかねこの人は。


「男子生徒の告白問題の解決じゃなかったのか?」
「いや、女子たちからも逆に心配されることが多いので……一度アピールしておくべきだと思ったんです。第一、ですよ。男子の魅力をあげるのって、女子の噂話から始まるものなんですからね?」


 そんなもんなのか?


「大丈夫か? 今後俺が魅力あふれることに気づかれたら、また女子に嫉妬されるんじゃないか?」
「ないです」
「……」
「それに、その場合は大丈夫だと思います。人が変わるきっかけの一つとして恋愛がありますからね。先輩は、私のために頑張って変わろうとしている……という評価になるはずです」
「お、おおっ! ……とてつもなく不服なんですけど?」
「とにかく、明日はそれで迎えに来てくださいね」


 へいへい。



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