なぜかウザカワ後輩美少女に惚れられました
第四話 付き合おうとした理由
あのあと、アドレスを交換してすぐ帰宅したのだが、めっちゃ怒られた。
藤村が荷物をとりに教室へと戻ったのだが、そこでもうお別れなんだと思っていた。
だから俺は帰った。何か間違えているか? 間違ってないだろ。
人とのかかわりが少ない俺には、あれがまさか、一緒に帰るからちょっと待っててね、なんて意味とは思わなかった。
とりあえず、謝罪だけして、返事を見届ける前にベッドで横になる。
寮は個室だ。あまり大きくはないが、最低限の生活ができる空間だ。
一人というのはやはり落ち着く。そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
〇
次の日の朝。寮の入口が騒がしい。
何事だ?
「み、見ろよ……藤村ちゃんが――」
「な、なんで男子寮なんかに!? あ、朝から藤村ちゃんを見れてもう幸せだ……」
「けど本当になんでなんだ?」
なんでなんだ? 俺がスマホを見ると、何やらアプリの通知が増えていた。
いくつかメッセージが届いているのは知っていたが、ソシャゲのスタミナ使うのに忙しくてまったく見ていなかった。
俺が歩きながらメッセージを見る。
『先輩、朝一緒に登校しますよ。7時30分に集合』
『先輩、見てますか? もう7時30分すぎてますけど』
などなど。若干のお怒りが感じられる。
寝坊した! すまんっ! とか言って、学校自体に遅刻してしまったほうがいいかもしれない。
そうだ。そうしよう。既読とついているが知らん。寝ぼけたままいじっちゃった、てへっでいいだろう。
俺が振り返って寮の自室を目指したときだった。
「先輩」
可愛らしい声が響いた。いつも以上に可愛いな。ある意味、それが俺への威圧のように感じた。
先輩なんてたくさんいるだろう。「え、お、オレのこと?」みたいな感じで周囲の男たちも勘違いしているんだしな。
そう、俺以外の先輩だ。俺は聞こえなかったことにして、歩き出したのだが、その右腕を掴まれた。
がしっ! という力強さ。ぎりぎりと締め付けられるような痛みが襲い掛かる。
「先輩、遅いですよ。待ってたんですからね」
こちらを覗きこんできて、顔を近づけてくる。その目が一瞬吊り上がった。
……周囲にはばれていないんだろうな。
周りから見れば、ただただ美少女が彼氏を迎えに来ただけにしか見えないだろう。
静けさが辺りを支配する。少しして、ざわざわと騒がしくなっていく。
「あれ……だれだよ?」
「藤村さんの隣に、なんか見たことのない奴がいる」
「ま、まさか……二人が、付き合っている、のか?」
「い、いやあんな地味な男とまさか藤村さんが……」
ぼそぼそと周囲が色々と話している。
それに藤村は満足そうな笑みをかべていた。
藤村とともに歩き、周りに人がいなくなったところで、彼女が眉間に皺をよせた。
「で? 何か謝罪あるんですか、先輩」
「その……さっき起きたばっかりでな。朝食だって食べてなくてさ。慌てて来たんだ」
「はあ、そうですか。今日の味噌汁はなんかいつもよりもおいしかったのに、残念ですね」
「めっちゃうまかったな。料理人が変わったとか言っていたが、あれは当たりだな」
「食堂は同じですもんね」
「……」
ああ、そうだな。男子寮、女子寮は唯一、共有スペースと食堂だけが繋がっている。
俺の腕をつかむ彼女の力が増した。
「昨日のうちに朝集合って連絡したじゃないですか。昨日から見てなかったですけど」
「それは普通に寝てた。早寝遅起きが俺のモットーでな」
「なんて自堕落な生活なんですか」
「けど、いきなり寮に押し掛けてくるなんて驚いたぞ」
「そのほうがいいと思ったんですよ。周りにカップルというアピールをするには絶好の機会じゃないですか」
確かにそうかもな。
腕を離し、並んで歩く藤村。先ほどから声から優しさがないんだよな。今の彼女が本来の姿なのだろうか。
名づけるならデビルモードか。普段の状態がエンジェルモードなら、俺にももっと見せてほしいもんだ。
「おまえ、かなり演技上手だよな」
「先輩と他の人への切り替えですか?」
「俺にももうちょっと優しくしてくれないか?」
「はぁ? 今さらする必要あります?」
ないですよね。すんません。まるでヤンキーだ。
それも、そこらのなんちゃってヤンキーが裸足で逃げ出しそうなほどの迫力。小便ちびりそうだ。
「先輩。私の目的は覚えていますよね?」
「俺の彼女としてアピールしたいんだろ?」
「はい」
よーわからんな。周りに俺との関係をアピールして何か意味あるのか?
普通に考えれば、周りの生徒たちに自慢する嫌な奴、じゃないか? ああ、でも、彼氏が俺となれば、同情する人も出てくるかもしれない。
なんなら、脅されているの? と疑ってくる人もいるかもしれない。
……みんなと仲良くしたいとかなんとか言っていたな。その辺が理由か?
「先輩。何ぼさっとしてるんですか。早く行きますよ」
そういって彼女が腕を絡ませてきた。
……近い。程よく膨らんだ胸がふにんと当たる。今はこの感触を楽しんでおこう。この先の人生で二度と経験できないかもだしな。
〇
教室に入った俺は、いつも通り影薄く過ごしていく。そうすれば、周りの誰も俺に声をかけてくることはない。
これは一種の才能ではないだろうか。耳をすませば、藤村が二年の誰かと付き合っている! なんて話題にあがっているほどだ。
しかし、その相手の名前まではわかっていないようだ。姿を見た人も、はっきりとは覚えていないそうだ。俺ってば実は幽霊なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、スマホを弄っていると藤村からメッセージが届いた。
どうやら彼女も教室で散々彼氏について聞かれているらしい、それで俺の趣味とか出会いのきっかけとか適当に話したそうだ。
あとで聞かれて、つじつまが合うようにということらしい。徹底しているな。
ひとまず、藤村の狙い通り、話は進んでいるようだ。
俺がスマホをしまっていると、近くの席に座った派手めな女子生徒がスマホを弄りながら席についた。
確か、こいつはこの学校でも有名な人間の一人だ。
名前は五塚ちさと。
この学校を建設する際に資金を出した家の娘だ。そんな彼女はスマホを弄っている。
「藤村、付き合ってるってほんとなんかね?」
五塚の隣にいた女子がそんなことを口にした。
別の子がそれに答える。
「今まで散々告白断ってたんでしょ? 相手の名前も顔もわからないみたいだし、なんだか怪しくない?」
「ねー。それに、あたし以前好きな人に告白したら、藤村が好きだからといわれて断られたのよね。ほんと、マジ藤村ないわ」
「あたしもよ」
二人がうんうんとうなずいていた。
それをちらと見た五塚はスマホを弄りながら息を吐いた。
「ま、別にどうでもいいんじゃない? これでもう邪魔されないっしょ?」
「そうだねー」
「ただ、噂しかないんだもんね。うちの学校の生徒らしいけど、早いところ見てみたいもんだよね」
……なるほどねぇ。
俺と付き合っていることにしたい理由が、これなのかもしれない。
藤村にその気はなくとも、男子生徒に散々モテて、告白全部断るのは、いらぬ敵を作るということなんだろう。
だから、誰にも嫉妬されないであろう彼氏を用意する。それで、女子たちとも仲良くやっていこうという作戦なんだろう。
確かに、そういう意味で俺は適任だな。
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