お隣さんの可愛い後輩が俺にだけ滅茶苦茶優しい
第三十二話
まったく、負けないな。
不安な試合もなかった。
アキがポイントゲッターになって、俺がパス回しをする。
みんなの注目は派手に点をとるアキにばかり注目しているので、俺のことなんて誰も警戒しない。
うちのバスケ部が弱小だったのもあれだな。
俺が起点になっていることに誰も気づいている様子はない。
まあ、ディフェンスが来ても一人くらい抜いてからパス出せるくらいの余裕はあるが。
「なあ、アキ! 頼むよー! バスケ部に入ってくれよー!」
「ごめんね。僕ゲームが好きなんだ」
「うわー、もったいないって! プロになれるって!」
「いやいや、さすがに僕くらいの身長じゃ無理だよ」
アキは高校生基準だと平均よりやや上だが、バスケのプロと比較したら小さいからな。
試合が進めば進むほど、アキを勧誘する声が増えている。他の部活の人たちも、アキの運動神経を見て改めて声をかけているのだ。
同時に客も増えていく。みんなキャーキャーアキー! と黄色い歓声をあげている。
そして、次の試合がいよいよ決勝戦だ。すべての球技の最後に行われることもあり、体育館にはたくさんの人が集まっていた。
俺が準備をしていると、他のオタク仲間たちは客の数に緊張している様子だった。
「う、うわ……僕こういうの初めて」
「気にするな。どうせ俺たちなんて誰も見ちゃいないんだからな……みんなアキばっかりだぜ」
「そ、そう、だね……」
というが、オタク仲間たちにも交友関係はあるようだ。
同じ文芸部に所蔵しているという女子が応援してくれている。
……羨ましい。これまで、シュートを地味に決めまくっている林くんなんて、もう文芸部の子にかなり声をかけてもらっているみたいだ。
ちらとその近くにいたナツを見る。ひらひらと手を振っている。
俺の応援してくれるのは、あのちょっと生意気な後輩くらいだからな。
「頑張ってねーみんなー!」
よく通る声で応援しているのはエリだ。視線があうと、彼女は激しく手を振っていた。
軽く上げ返すと、さらに楽しそうに振っている。
相手は一つ上の三年。おまけにバスケ部が三人だ。
とはいえ、向こうの表情は非常に険しい。
アキが試合前に軽く話していたな。……こいつ、他学年の人とも交流あるのかよ。
「作戦は今まで通り、アキでガンガンいこうぜだ」
ゲーム好きな俺たち全員がわかりやすい作戦名を伝えると、多少みんななごんでくれた。
「そんじゃま。最後の試合だし、さっさとやって帰ろうぜ」
「おっ、強気だね。サクッと勝つってことかい?」
アキが首を傾げる。
「サクッと負けてもいいんだぜ?」
「絶対、負けるつもりはないよ」
アキが俺の冗談に笑みを浮かべる。
覚悟を決めた男の顔だ。……負けるわけにはいかないな。
ちらと相手チームを見る。会場の大半がアキを応援しているから、結構嫉妬されているようだ。
ただ、そこはアキだよなやっぱり。
相手チームと並んだところで、アキが声をかけられる。
「かなり応援されてんな、アキ」
「そうみたいですね。これで負けたらめっちゃ恥ずかしいです」
「そんじゃ、恥ずかしくしてやるぜ?」
相手はにやり、と笑っている。アキもまた、同じような調子で笑った。
相手はバスケ部が二名いる。
おまけに、他の三人も運動が得意なようで……これまでとは比較にならないくらい強い。
バスケで優勝を狙っているのが、わかるチーム編成だ。
試合が始まる。ジャンプボールはいつものようにアキがやるが……さすがに相手のほうがたかかった。
ボールを奪われそのまま流れるように先制点をとられる。
すぐに反撃をするが、俺の前にバスケ部が一人いた。
……さすがに張り付いてきたか。
軽いフェイントの後、ドリブルで抜いた。
え? という顔のバスケ部の先輩がちょっと面白い。アキがうまく動き、フリーになったところでパスを出し、決めてもらう。
あいつ、何人かいても普通に抜くからやべぇな。
相手の反撃もさすがに早い。
シュートモーションに入った先輩の横から腕を伸ばし、ボールに片手をあてる。
「なっ!?」
悪いが、決勝戦くらいは本気でやらせてもらう。
アキの告白現場を見るためにな!
ネットに弾かれたボールを、俺が奪い取ってそのままアキにパスする。
反撃でさらに点を追加。
今回の試合はほとんど奪い合いとなる。先に崩れたほうが負けとなる。
試合時間が残り二分となったときだった。
いつものようにレイアップでシュートを決めにいったアキだったが、先輩がシュートを止めようとジャンプする。
しかし、その体勢が悪かった。
ほとんどアキに体当たりするような無茶苦茶なものだった。
「アキ!」
思わず声を張り上げる。タックルを食らったアキが着地と同時に倒れた。
「ふぁ、ファール!」
今までほとんどとられなかったファールがとられた。それだけ、わかりやすくアキが倒れてしまった。
さすがに今のは、相手も熱が入りすぎたのだろう。
試合が中断し、場が静まり返る。
「だ、大丈夫か!?」
先輩が心配そうにアキの足を見ていた。
アキがぴくりと視線を周りに向ける。……この場にいる人たちはアキの応援ばっかりだからな。
理解したアキはすぐに立ち上がり、ピースを作る。
「大丈夫です! 全然痛くないです! けど、一応湿布だけもらっていいですか!?」
「あ、ああ!」
先生にそういうと、湿布がすぐに持ってこられた。
俺がそれを受け取って、アキの近くで膝をついた。
「ほらアキ、貼ってやるよ」
「う、うん」
俺はアキの靴下をぬがせ、湿布を傷の箇所にはる。
彼はずっと真剣な表情だ。やっぱりな。
「アキ。おまえ、足結構まずいだろ」
「……やっぱり、ユキは騙せないよね。かなりまずいかも……けど、このままやらせて。今の空気だと……あの先輩たちをみんながせめちゃうかもだからね」
アキがにこっと笑う。
必死に痛みを隠している様子だ。
「……もちろんだ。試合に勝って優勝しないとだしな」
「あ、ああ」
「……」
アキが立ち上がり、こちらのフリースローからとなる。
「アキ、役割チェンジで」
「え?」
「おまえ、パス回し、俺が攻める」
「……いいの?」
「たまには、友人の喜ぶ顔ってのを見たいからな」
俺の言葉に、アキは少しだけ口元を緩め、それから頷いた。
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