お隣さんの可愛い後輩が俺にだけ滅茶苦茶優しい

木嶋隆太

第五話





「絶対! ヒロインはこっちの幼馴染がいいよ! 僕はこの子じゃないと嫌だ!」
「何が幼馴染がいい、よ! こっちのクールで可愛らしい子のほうがいいわ!」


 いやどっちでもいいんだが……。
 部長とアキが顔を突き合わせて喧嘩している。


 思っていたよりも二人はゲームに熱中してくれたが……どうにも俺たちが考えていたのはベクトルが少し違う。
 本気で誰を攻略するかで喧嘩している二人に、俺たちは顔を見合わせる。


「先輩。あの二人思っていた以上にはまりましたね」
「そうだな。ただ――色々と突っ込める部分はある」
「ですね。切り出すのは先輩に任せますよ。面白くしてください」


 そんな無茶ぶりな。
 俺は「はよせい」とばかりに待ち続けるゲーム画面を見る。
 このゲームは比較的優しく、誰のルートに行くか選択肢で決めることができる。


 そのため、今その選択肢で止まっているのだが――。
 まず、アキがいう幼馴染キャラ。……こいつは若干容姿が部長に似ているのだ。
 そして、部長が話しているのはクールキャラクター。こいつの性格は部長に似ている。


 アキも部長もお互いに精一杯にアピールしているのかもしれない。


 ちらとアキを見ると、顔が真っ赤である。
 部長を見る。……こっちも顔真っ赤である。


 ……なるほど。お互いアピールしてるんだろうな。
 だが、それがうまく伝わっていないようである。普通伝わるかってんだ。


「この幼馴染キャラ、なんだか部長に容姿が似てるな」


 俺がポツリと言った途端だった。アキの表情がナイス! とばかりに輝いた。
 ……おまえ、本気でそれでアピールしてたんだな。


「え? そうかしら?」


 そこに反応したのが部長だ。


「あくまで容姿だけだね。うちの部長はこんなに社交的じゃないから中身はまったくの別人だね」


 アキはいつもの通りの罵倒である。おら、素直になりやがれよくそったれ。


「はっ、私はどこかのだれかと違って誰にでも尻尾を振り回すようなビッチじゃないのよ」
「私、ビッチです?」
「ち、違うわ! あなたのことではないわ!」


 ナツがふーと肩を竦めてから、部長のほうの援護を始める。


「そういえば、部長が勧めてるキャラクターってどことなく性格が部長に似てますよね」
「そ、そうかしら?」


 ナイス! とばかりに部長が目を輝かせている。
 ……こいつら……本当に隠す気があるのだろうか。以前まで、ここまで露骨じゃなかったのだが。
 アキは俺に相談して、部長はナツに相談してタガが外れたのかもしれない。


「ま、まあ……? 私はこのキャラクターよりももっと賢いわ。第一、こんなに間抜けじゃないわ」
「いやそこは……」
「何ユキ? 私が間抜けだとでもいいたいのかしら?」


 俺が言いよどんでいると、アキがふっと口元を緩めた。


「間抜けじゃないかな? この前、部室を間違えて入っていたじゃないか」
「あれは違うわ! たまたまよ! そういうアキだって! この前買い物行ったときレジでの会計間違えていたじゃない!」
「ち、違う! たまたま勘違いしただけだっ。僕があんなミスを普段からはしない!」


 二人がまた顔を突き合わせて喧嘩を始める。
 ダメだ。ゲームが進まない。
 と、くいくいとナツが俺の服を引っ張る。


「なんだ」
「……あの二人が一緒に出掛けたのですか?」
「ああ。この前、部のお菓子を買いにな。本当は全員で行く予定だったが」
「それいつの話ですか?」
「前回の土曜日だったな。おまえ、友達と遊ぶ用事があるからってこれなかっただろ」
「なるほど……そのとき、ユキ先輩はついていかなかったんですか?」
「俺は部屋で漫画読んでたんだ。……まあ、偶然にも二人きりにさせられたみたいだけどな」
「なるほど」


 二人の喧嘩を見ながら、ナツに感謝する。
 いつからか知らんが、この二人はお互いを好きあっていた。
 ……もう少しで俺が完全に部の邪魔者になっていたところだったぜ。


「もう、いい加減にしないと攻略開始できないぞ。ゲーム部伝統のアレで決めないか?」
「アレ……ふふ、いいわよ」
「そう、だね」


 彼らは己の手のひらを拳で殴り、それから構える。
 そんな大仰なものではない。ただのジャンケンである。


「「最初はグーっ! ジャンケンポン!」」


 二人が何度も腕を振り続ける。そして――。


「か、勝ったわ! 私の勝利よ!」
「今出すの遅かったよね! 反則だよ反則!」
「はぁ? 言いがかりはよしてくれないかしら? 私の完全、勝利だったわ」
「ぐっ……くぅ……!」


 席に座りなおした部長がテレビ画面に近づき、選択肢を指さす。


「ユキ、この子よ!」
「へいへい」


 そういった部長とは、別のキャラクターを選んだ。


「なんでよ!」
「いやその反応が見たくて」


 部長が子どものようにその場で跳ねている。それを見て、アキがケラケラ笑う。


「ズルしたからだよ! 神様は見てるんだ!」
「あんな神様嫌よ!」


 びしっと部長が俺を指さし、アキがこちらを見る。


「……それは、同意だね」
「おいこら」


 おまえら人をなんだと思っているんだ。
 まあ、選択肢の場所でセーブしてあるので、ロードは簡単だ。
 と、思っていたらナツが俺の服を引っ張ってきた。


「ユキ先輩。ここで後輩キャラを選んだのはなぜですか?」
「俺が単純に後輩キャラ好きなんだよ」


 そういうと、ナツがにこっとはにかんで自分の顔を指さした。


「なるほど。よかったですね先輩、ここに後輩いますよ」
「おまえのようなウザイ後輩は好きじゃねぇ」


 いや、おまえも可愛いけど、それは絶対に口にはできなかった。
 俺の言葉を聞いた次の瞬間だった。
 ナツの表情が崩れた。顔を両手で覆い、ぐすぐすと泣き声をあげる。
 場が静かになる。テレビの電源を落とした部長が、ぽつりと。


「なーかーしーたー」


 ……こ、この野郎。
 それを見ていたザ・空気を読める男アキが。


「ユーキーがなーかーしーたー」


 ここは小学校かよ!
 泣かしたコールを仲良くする部長とアキ。
 ぐすぐすと泣いた真似をしているであろうナツ。


「う、うぅ……ぐす、ぐす……しゃー、ぐす、ざい……ぐす……」
「おい、なにちゃっかり謝罪を要求してるんだ?」
「ぐす……ぐす……ゆう、はん、……おごりー、ぐす」
「今度はさらに飯までか? わかったわかった。夕飯奢ってやるから――」
「あっ、ほんとです? それはありがとうございます」
「おいこら」


 俺がナツの頭をわしづかみしようとしたら、さっと避けられた。
 くすくすと部長たちが笑って、時計を見た。


「ていうか、もうこんな時間なのね。そろそろ帰りましょうか」


 部長が部室の時計を見ていった。


「あー、マジか。それじゃあちょっとトイレ行ってくる」
「じゃあ僕も」
「わかったわ。ゲームは片づけておくわね」
「部長。選択肢のところでセーブはしてあるから、そのまま電源切って大丈夫だぞ」
「了解」


 部長とナツがそそくさと片付けの準備を始める。
 ただ、俺とナツの心は一つだ。
 あのとき、部長に似たキャラクターを勧めた二人の真意をここで確かめるということ。
 頼んだぜ、ナツ!


 ぐっとナツも親指を立てた。







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