痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第二十二話 自覚2

 
 電車を降りた浩明たちは、外の空気にしばらく当たっていた。
 お互いの距離がこれまでにないほどに近くなった。そういうこともあり、浩明はしばらく緊張していた。


「凄かったね」
(……何がだ)


 先に口を開いた華恋に、浩明はどう返事をすればよいのか迷ってしまった。
 結局、迷った挙句に彼が放った言葉は「そうだな……」というさっぱりしたものだった。
 ちらと視線を向けた浩明は華恋の耳まで真っ赤になっている姿に、少しだけ驚いてもいた。 


(俺相手でも耳を赤くするくらいには恥ずかしかったのか。それとも、単純に疲れたか、だな)
「もう、この時間には乗りたくないな」
(……あれだけ距離が近かったのは嬉しかったけど、心臓が持ちそうにない)
「だな」


 次にクラス会があって、仮に参加することになっても絶対に遅くならないようにしよう。
 浩明はそんな決意を固めたあと、一歩を踏み込んだ。


「そろそろ、帰るか?」
「うん」
「家まで送っていく」
「……ありがとね」
「いつものことだ。気にしないでくれ」
「……寝覚めが悪くなる?」
「……ああ」
「それでも、ありがとね」
(特に今は、な)


 夜の街に彼女を一人置いていくなんて、絶対にできなかった。
 華恋とともに駅から比較的大通りを歩いていく。


「こんな夜遅くに外ってなかなか歩かないよね」
「俺は初めてだな。早水はあるのか?」
(……結構夜遊びするほうなのだろうか?)
「ううん、私も去年のクラス会以来かな? だから、忘れてたよ……こんなに電車が混むこと」
(……このくらいでほっとするなよ俺)


 住宅街に入ったところですでに9時近い時間だった。
 華恋はポケットからスマホを取り出し、少し口をあけていた。


「どうした?」
「迎えに行こっかってお父さんからメール来てた」
「……大丈夫なのか? 心配させてないか?」
「うん。もうすぐ家だからって送ったから」
「そうか」


 華恋の父親の心境を思い浮かべ、浩明は華恋にメールを送った理由もよくわかる。


「こういうとき、一人暮らしは気にしなくてすむからある意味楽かも」
「そうだね。羨ましい。試しに1日くらい家交換したいくらい」
「早水家にデメリットしかないな」
「そんなことないと思うよ」
(あるだろ。こんなに可愛い娘が突然変な男に変わるとか……どんな罰ゲームだ)


 華恋の家に向かって角を曲がったとき、鈴のような華恋の声が響いた。


「今日、楽しめた?」


 ちらと見ると少し不安そうな顔をしていた。
 誘ってきた華恋の表情を緩めるためにも、浩明は精一杯の笑顔で頷いた。


「それなりには」
「歌うまかったよね」
「……早水には負ける」
「いやいや、私よりよかったよ」
「そう感じるのは、相方がふざけて歌ってるからそう見えるだけだ」
「いつもあんな感じなんじゃない?」
(ああ、幸助は音痴だからな。その隣で歌ってるからうまく感じるだけだ)


 幸助のことを思い出して苦笑していると、華恋はぽつりともらした。


「……そういえば、結構色々な人と話してたよ戸高くん」
「……向こうが話しかけてきて、それになんとか答えたってくらいだ」
「そうなの? 詩織に結構話しかけられてなかった?」
「詩織?」


 浩明はクラス会に参加していたが、全員の名前を憶えていなかった。
 幸助が近くにいた時はこっそりと苗字を教えてもらっていたのだが、それでも全員の名前までは把握していなかった。


「ほら、あの明るい子」
「苗字は石峰だったっけ?」
「うん、そう。覚えてるんだ」
「幸助が教えてくれたんだ。あいつがいなかったらまともに話せてない」


 途中、話題に困ったときも幸助に助けを求めていた。
 視線を向けるとすぐに幸助はやってくるのだから、良い友人だ。


「大親友だね」
「ああ。……早水はどうだったんだ? 楽しめたか?」
「もちろん。久しぶりにみんなと遊べたし、戸高くんもいたしね」
「そう、か」


 彼女の言葉に思わず、口を結ぶ。
 それはいったいどんな意味を持っている言葉なのかと浩明の頭の中でぐるぐると回る。


 彼女の真意がまるで見えなかった。
 勘違いさせるような言葉を吐く彼女がそれを計算してやっているのであれば小悪魔そのものだ。
 だから浩明は、自分に言い聞かせる。彼女は無意識に放っての言葉で深い意味なんてないのだと。


「俺も楽しかった。誘ってくれてありがとう、早水」


 出来る限りの笑顔でそう返した。
 嘘偽りない気持ちだった。浩明は今日一日で、少しだけ前に進めたと思っていた。


 それは華恋のおかげでもあったと。だから、彼女に精一杯の気持ちを込めて伝えた。
 華恋はぽかんと浩明を見て、それから慌てた様子で前を向いた。


「そ、それじゃあ、ここまでありがとね。また明日、いつもの場所で集合でいい?」
「ああ」
「うん、それじゃあ……おやすみ」
「ああ、おやすみ」


 浩明は手を振る華恋に、同じく手を振り返す。彼女が家に入ったのを確認したところで、浩明も自宅を目指して歩き出す。


(……疲れた、な)


 普段関わらない人たちと関わる。それは脳をフル回転してそれで何とか会話を繋いできたのだ。
 浩明にとっては普段の何倍も脳を使ったことによる疲労、そして帰りの電車も重なり、頭の中はパンク寸前だった。


 それらの気持ちを思い出した浩明は、部屋に入るやいやなへなへなと座り込んだ。
 どくどくと高鳴る心臓。それを押さえるように片手をやる。
 熱くなった頬を、顔をうずめるようにして隠した。


(……何、早水のこと好きになってるんだよ俺は。バカじゃないのか?)


 しばらくうずくまっていた浩明は、今日一日の活動を見直す。


(気づかれてないよな? 大丈夫だよな? ……こんな気持ち、不誠実だ。あいつの弱みにつけこむようなものだ)


 必要以上の緊張に襲われた体はすぐに動いてくれなかった。
 浩明は十分に休んだ後、コップに水を注ぎあおるように飲んだ。


(……あと、どれくらい一緒にいられるんだろうな)


 浩明はコップを洗いながら、流れていく水の音を耳にして、その残り時間を考えていた。
 明日には、この関係が終わるかもしれない。


 華恋と一緒にいられなくなるそう考えるたび、ずきずきと胸が痛む。それを誤魔化すように浩明は首を振る。


(少しでも長く、今の関係がもう少し続いてほしい。……今はただ、それだけ)


 出来るのなら、今以上に――そんな前向きな思考はぎゅっと握りつぶした。



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