痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第十七話 球技大会3



「戸高くんは参加する?」


 ぼーっとしていた浩明は慌てて首を振った。


「……俺はいいかな」
「そっか」
「早水は、やっぱり参加するのか?」
「うん、一応予定ではね。だから、戸高くんも参加してくれたら一緒に帰れるかなーって思ってたんだけど、どうしよっかなー……戸高くんも参加しない?」


 改めて誘われて、浩明は困ってしまう。


(俺が参加しても、な。カラオケ行っても流行りの歌は分からないし、ファミレス行ってもたぶん幸助たちがいないとどうしようもないし)
「……まあ、検討はするけど」
「参加する気ないでしょ?」


 浩明は苦笑し、華恋が浩明の口元を指さし「図星のときの奴」と笑顔でいう。


「……たぶん、俺がいっても楽しめないだろうし」
「そうかな? けど、まあなんとなく参加しないんだろうなーって思ってた」
(それなら、いいんだけどな……)


 浩明はほっと息をもらしながら、改めて華恋を見た。
 お互いに沈黙していたとき、浩明はぐっと口を押さえた。


「ちょっと聞きたいんだけど、嫌だったら……答えなくてもいいから」
「え、なに?」
「……その斎藤の話って、知っているか?」
「斎藤……? えーと、まあ、その色々と噂になってることだったら、耳に、入ってる、かな」


 華恋は髪の先を弄りながら、視線を外に向けた。


(照れてる、感じか? ……やっぱり、そうだよな)


 浩明はそれで、なんとなく華恋の感情を理解する。


「いや……その、いきなりこんなこと聞いて悪かった。ちょっと、気になったからな」
「……気になったんだ」


 そういった華恋と浩明の目が合う。
 華恋は小さく首を振る。


「それって、なんで?」
(なんでって……それは、別に。ただ、普通にクラスメートがそうなったら、気になるからだよな?)
「一応、話題になっていたから……」
「……そっか」


 そう答えると、華恋は少し視線を下げた後、首を振った。


「私、本当に告白されたら断るつもり」
(え?)


 浩明が目を開いて華恋を見る。華恋は少し恥ずかしそうに頬を染めていた。


「私、そんなに斎藤くんのこと知らないしね」
「……そうなのか? けど、良い人みたいだし、かっこいい奴じゃないか」
「まあ、そうだと思うけど、なんていうか眩しすぎるし。ほら、斎藤くんみんなのアイドルみたいでしょ?」
(それは早水もそんな感じみたいだけど……)
「……早水も、立場的には同じじゃないか?」


 ぶんぶんと華恋は首を振った。


「お、同じじゃないよっ! 全然、そんなことない。私、あそこまで誰にも優しくってできない」
「十分優しいと思うが」
「え、どこが……?」
(……考えたら、そりゃあもう全部優しいと思うけど)
「俺にも、こうやって声をかけてくれるところ、とか?」
「……」


 華恋がそういった後、視線を下げた。


「……誰にでもは、できないよ」
「早水?」
「私、誰にでも、優しくなんてできないよ」


 そう言い切った華恋に、浩明は困っていた。


(……実際、俺にも優しくしているだろう? どういう意味なんだろうか)


 考えても浩明には分からなかった。
 華恋は気づけば真っ赤になった顔でこほんと咳ばらいをする。


「とにかく、私今は付き合うつもりとかないかなってことだけ! それだけは誤解しないでねっ」
「あ、ああ」
(あんまり大きな声出さないでくれ。万が一、近くに誰かいたら困るから)


 浩明は廊下に耳を澄ませたが、幸い校舎には誰もいる様子はなかった。
 華恋はちらと教室の時計に目を向ける。


「あっ、そうだ。戸高くん。私次試合があるんだけど、手が空いてたらで良かったら応援に来てくれないかな?」
「そうなのか?」
「うん。まあ、私たちも相手かなり強いみたいだから勝てるかはわかんないけど、見に来てくれたら……嬉しいな」
(ほら優しい)


 嬉しい、という言葉にたいした意味はないだろう。浩明はそれでも、嬉しく感じながら頷いた。


「……わかったよ、このあと休憩がてら見に行く」
「ほんと? ありがとね。試合が終わった後は、またここに戻ってくるの?」
「ああ」
「それじゃあ、また私も来ていい?」
「……まあ、別に」
「わかった。それじゃあまたあとでね」
「ああ」


 華恋が教室を出ていき、浩明はほっと息をついた。


(……なんか、初めて話したとき並に緊張したな)


 特に、斎藤に関する質問をしたときだった。
 華恋がそもそも、本心で話してくれるかどうかも分からない状況での質問だ。浩明は今更に自分の発言を思い出して、あまりにも無計画だったと嘆息をついた。


(……本当に、可愛らしく笑うよな。女性に免疫がない俺だと受けきれないんだよな)


 去り際と、華恋の試合を見に行くといったときの笑顔。
 それらを思い出して、浩明は一人顔を赤らめていた。


(早水は誰にもあんな態度をとるのか? ……そりゃあ、世の男たちが勘違いするぞ)


 浩明はぶんぶんと首を振る。


(……余計な勘違いはしないように。傷つくのは俺だけじゃない)


 信頼して一緒に登下校を頼んでいる華恋でさえ、裏切ることになる。
 浩明は何度も自分にそう言い聞かせてから、教室を出た。
 すでに廊下に華恋の姿はない。そのまま体育館へと向かった。






 体育館には、多くの人が集まっていた。
 まるで決勝戦でも迎えたかのようだ。


「おい次、早水さんの試合だ!」
(……それで、こんなに集まっていたのか)
「あー、体操着姿、本当にあってるよな」
「何着ても美人なんだから、いいよなぁ」
「……うわ、見ろよ。あそこにいるの斎藤じゃねぇか」


 斎藤もまた目立つ存在だ。爽やかな容姿で片手を口元にあて、誰かを応援している様子だった。
 ちょうど試合が終わり、次の試合である華恋たちがコートに入った。
 同時、いくつもの歓声が生まれる。


(本当に、決勝戦みたいなノリだな)


 改めて、華恋の人気に気づかされ、浩明は頬を引きつらせていた。
 体育館内の男女比率は圧倒的に男性の方が多い。その多くが、華恋を一目見たいという男たちだろうと想像できた。


(……これだと、俺もそんな男子たちと同じように見られる、な)


 そう思われるのは嫌だった。浩明の小さなプライドが刺激されたときだった。


「よ、浩明。おまえも来たんだな!」
「やほー、浩明。なになにー、華恋見たさにきちゃったの?」
(一番会いたくないやつらに絡まれた。……来なきゃよかった)


 現れた美咲と幸助に、浩明の頬の引きつりが痙攣レベルにまで上昇した。
 本気で後悔しはじめた浩明を美咲が口元を緩めてニヤニヤと笑っていた。


「まさかー、女の子に興味ないと思ってたのに、ちゃっかり華恋ちんの試合は見にきたんだね?」
「なんか体育館に凄い人が集まってるからなんだと思ってきたんだ」
(十分言い訳として通用するだろ?)
「そんなウソに私は騙されませんよ! まあ仕方ないよね。華恋あんなに綺麗でパーフェクトボディなんだから! そういう私も華恋ちんの胸が揺れるのを見たくて来たんだもん!」
(頼むから、そういうことを大声で言わないでくれ。おい、幸助。このバカの面倒をちゃんと見ろって)
「だな。オレも期待してるんだぜっ」
「はぁ? なにあんた彼女いるのにふざけたこと言ってるの?」


 美咲が幸助の頬をつねったあと、嘆息をついた。


「まあいっか。三人で華恋鑑賞会はじめよっか!」
(美咲。俺を巻き込まないでくれ……)


 浩明は二人から距離をあけたかったが、両者に腕を掴まれたために結局隣で試合を見ることしかできなかった。







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