痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第十二話 手作り1

 
 次の日。
 華恋との約束もあり、朝から落ち着かなかった浩明は、スマホに届いたアプリのメッセージを見て、いよいよ現実であることを理解して、さらに頭を抱えることになった。


 昨日話していたとおり、華恋が家に遊びに来て、昼飯を作ってくれるという運びになった。
 そこまではよかった。そこまでも浩明は理解しきれていなかったが、そのまま普通に一日遊ぶことになったことのほうが、浩明としては問題だった。


 以前、部屋を片付けたときに、浩明が持っていたゲームに目をつけていた華恋が朝から遊びに行ってもいいかと問いかけてきたのだ。


 もちろん、だめ、とは言えない。
 いえば、昼ご飯の時間が気まずくなる。
 ドアホンがなって急いで浩明はそちらに向かう。
 玄関をあけ、現れた華恋に、浩明は思わず唾を飲み込んでしまった。


「おはよう」


 簡素ながらもおしゃれな服に身を包んだ彼女に浩明は口を結ぶしかなかった。
 浩明の家の安アパートにいてはいけないような存在。


「ごめんね、朝早くから来ちゃって」


 といっても、時間は九時。
 一人暮らしの家にとって、その時間は特別問題はなかった。


 昨日一日眠ったことでアルバイトの疲労も取れていた。
 部屋に上がった彼女はきょろきょろと周囲を見回していた。


「うん、まだ綺麗なままだね」
「……そんな数日で汚くはしないって」
「本当?」


 浩明が視線を外すと、華恋の笑みが濃くなった。
 それをごまかすように、浩明は机に並べた本を指さした。


「いくつか本を選んでおいた。気に入ったのがあったら読んでみて」
「え、ほんと? ありがとっ」
「ただ、俺のだと……マーカーとかされてるから、気になるなら本屋で買った方がいいかもしれない」
「戸高くんが気に入った場所とかにマーカーがひかれてるの?」
「ああ」
「それなら、それも見てみたいから貸してもらいたいな」
(……恥ずかしいんだけど)
「……邪魔にならないなら、俺は別に構わない」


 こくりと頷くと、華恋が軽く伸びをした。


「私、料理をする上で一番気になっていたことがあったんだけど……」
「なんだ?」
「戸高くんの家って、食材ないよね?」
「……盲点だったな」
「やっぱり。とりあえず、遊ぶ前に食材だけでも買いに行った方がいいと思ったんだけど……戸高くんがどんなもの食べたいのか分からないから一緒に来てもらっていい?」
「……まあ、そのくらいは」


 浩明は部屋着から外着に着替えた。


「戸高くんって結構センスある服持ってるよね。自分で選んだの?」
「……いや、喫茶店にいたキッチンにいた女性覚えてるか?」
「……うん、覚えているよ」


 遠い存在であった華恋のありふれた反応が新鮮だった。


「あの人に着せ替え人形にさせられたことがあるだけだ」
「……そうなんだ。なんだかすごい仲良く見えたから、付き合ってるのかと思っちゃった」
(なんでほっとしているような息を吐いているんだ……。真奈美さん、余計なこと言いやがって……)


 脈ありだよ、という言葉を思いだした浩明は頬をかいた。


「まあ気兼ねなく話ができる相手、ではあるけど……それだけだな」
「気兼ねなく、か、羨ましいなそういう関係」


 羨ましい、といった彼女に浩明はきょとんとしていた。


「早水とも、それに近い関係だとも思ってるけど――」
「え? ほんと?」


 目をぱちくりとしてこちらを見てくる華恋。その頬はわずかに上気し、けれど彼女の視線はまっすぐに浩明を見ていた。
 浩明は、先ほど自分が口走った言葉を思い出し、眉間を寄せる。


(……恥ずかしいこと、本人に言ったんだな俺)
「俺は……結構人見知りなんだ。慣れてくればそれなりに話せるけど……」
「自分で人見知りって言えるの、凄いね」
「……自覚してるから、治したいって思ってる。せめて、人並みにはなりたいって」
「もしかして、接客のアルバイトしてるのもそれが理由?」
「よく、わかったな」
(基本的に早水は頭の回転が早いんだよな。一つの状況から複数の答えを導き出せる頭脳を持っている。……俺のほうがよっぽど、羨ましいな)
「やっぱり、凄いね」 


 凄い、という言葉は浩明が良く聞かされたものだ。


「……前も言っていたよな」
「うん、小説家を目指しているところとか、全部……凄いと思う」
「目指してるだけだ。才能はたぶん、そんなにないし……人見知りだって、全然克服できてない」
(弱いところばっかりで、嫌になるんだ)
「それを自覚して、どうにかしようとする人のほうが少ないよ。私は、少なくとも……嫌なことからは逃げちゃうし」
(早水でも、そういうことあるんだな)


 彼女は元気のない表情だった。


「逃げるのだって、悪くないと思う。俺も、どうしても締め切りに間に合わないときは諦めるし」
「戸高くんもそういうことあるんだ?」
「まあ、な。一日ゲームでもして気分転換するんだ」
「あはは、けどきっと、その次の締め切りにはちゃんと間に合うでしょ。戸高君、真面目だし」
「……そうでもない」


 その意味を理解できなかった浩明はただただ首を傾げていた。
 食材を買うため、近所のスーパーに向かった二人は、店内を歩いていく。


(……待て待て)


 浩明はそこで自分がとんでもないことをしでかしていることに気付いた。
 当たり前のように二人で食材を買いに来ていたのだ。
 それを自覚した途端、浩明は恥ずかしくなって華恋の顔が見れなくなる。


(やっぱり、早水くらいになると、この程度緊張も何もしないんだろうな)


 浩明も意識しすぎないように努力する。
 彼女は、あくまで浩明の健康を気にして、また電車での迷惑をかけていることからの厚意であること。
 他意が一切ないのだと浩明は自分に言い聞かせていた。
 近くにあったホウレンソウを手にとった華恋が、浩明を見た。


「普段、浩明くん野菜ってどのくらい食べる?」
「……」
「最後に食べたのはいつ?」
(たまに、喫茶店で食べさせてもらってるけど――たぶん二年生になってからは一度もないな)
「……何かのコンビニ弁当を買った時に入っていた、かも」


 必然的に思いだせるのはそれだけだった。


「それじゃあ全然とってないんだね?」


 僅かに華恋の責めるような瞳から、浩明は逃げるようにそっぽを向いた。


「まあ、な」
「体に悪いから、ちゃんと食べないと。今日は野菜炒め、確定だね。あとは――お肉と魚どっちがいい?」
「肉、だな」
「了解。卵とかも食べたい?」


 ちょうど、土日セールとなった安売り卵を発見した華恋の目が留まっていた。


「卵……食べたいな。最近食べてないし」
「卵料理は比較的簡単に作れるものが多いから、とりあえずで買っておいてもいいと思うよ? ゆで卵なんて、水に入れてお湯沸かすだけでいいんだから」
「……へぇ、知らなかったな。凄いな」


 華恋がくすくすと笑う。「このくらいで凄かったら、料理人に怒られるよ」と呟くように言った。


「本当に、全然料理とかしないの?」
「……まったく、な」
「もう、高校生なんだからもう少し体に気を遣わないと」
(そういえば、親もそんなこと言っていたな)
「わかってる、これからは……気を付ける」
「じゃあ、料理始めてみる?」
「……そう、だな。少しずつ、覚えてみる」
(いつまでも、早水のお世話になれるわけじゃない。……今だけだ。また一人で電車に乗れるようになったら、それで終わり――なんだろう。これまで通りの、ただのクラスメートに戻る。……まあ、昔と違って、もしかしたらLINFのやり取りくらいはあるかもしれないけど……けど、たぶんそれだけ。……少しだけ寂しいな)


 これまではまったく関わることのなかった相手だったが、今ではその別れが惜しまれるほどだった。
 けれど、きっと近いうちにその日は来るのだろう。


「食材はこのくらいでいいかな?」


 買い物かごには調味料を含めて結構な量が入っていた。
 浩明は改めてかごを持ち上げ、レジへと向かう。
 まだ朝早くということもあって、それほど混んでいない。


 すぐに会計を済ませることができ、浩明は華恋とともにビニール袋にまとめていく。
 二つになった袋を担ぐと、華恋が目を見張る。


「やっぱり、男の子なだけあって力持ちだね」
「……まあ、このくらいはな」
「一つ持とうか?」
「いや、これから料理をしてもらうんだ、このくらいはやらせてくれ」
「そっか。ありがと」


 華恋が柔らかな微笑を浮かべる。その笑顔がまぶしくて、浩明は直視できなかった。


(将来は、いい奥さんになるんだろうな……その相手が羨ましいな)


 これほどの美少女で、おまけに料理まで出来る。
 面倒見も良く、優しく明るく笑う。
 ――自分とはまるで違う、遠い存在。


 浩明はぐっと唇を噛む。
 彼女の隣に誰かがいるのを想像して、ちくりと少しだけ胸が痛んだ。







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