痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第五話 趣味



 朝早く起きて、執筆をしていた。
 スマホにセットしたアラームが鳴り、六時半を迎えたことを理解して、浩明はパソコンの電源を落とした。
 軽く伸びをしてから、制服に袖を通す。


(早水との合流場所に遅れたら大変だ)


 ただ、あまり早くにいって、華恋に気を遣わせるのも、あるいは変な考えを与えるのも嫌だった。
 昨日別れた場所に三分前くらいにつくように、浩明は準備を終え、家を出た。


(珍しく緊張するな。これは新人賞で3次選考まで残ったとき以来かもしれない……)


 軽く息を吐いた浩明は、昨日別れた場所にすでに華恋がいた。
 まだ浩明が来ているのに気づいていないようで、前髪を弄ったり、制服を確かめたりしていた。


 浩明が視線を向けていると、華恋も気付いた。
 彼女が軽く手を挙げたので、浩明は小走りで彼女に近づく。


 浩明はスマホを取り出して時間を確認する。
 集合予定の五分前だった。浩明は想定よりも早くに来ていた華恋に驚いていた。


「悪い、いつから来てたんだ?」
「ううん、私もさっき来たところだから。七時くらいかな?」
(……十分前行動か。正しいといえば、正しいな)
「そうか。わかった」
(次があれば、七時に俺も来た方がいいか? ……なら、初めから二十分に集合でよかったかもな)


 浩明は駅へと歩き始め、その隣に華恋が並ぶ。


「まだ、電車は怖いか?」
「え?」
(なんだその新鮮な驚きは……?)


 ぶしつけな質問をしてしまったのでは、と浩明は後悔していた。
 なんでもない――そう言おうと浩明の口が動いた時、華恋ははっとした様子で、頬をかいた。


「あー、うん。怖いっていうか、今は戸高くんがいるからそこまで、感じないかな?」
(お守りみたいなものか? 力になれているのなら、よかった)
「そうか」


 やがて駅が見えてきた。
 そこに入っていくサラリーマン風の男女たちを見て、華恋が苦笑している。


「今日も、人多いね」
「……そうだな」


 二人は駅に入り、電車待ちしている列についた。朝の時間、髪を気にしている人やスマホを見ている人、新聞を広げている人、週刊誌を広げている人と様々だった。
 その中に男女でいる人間は少ない。多くが一人で行動している者ばかりだ。


 ちらちらと、浩明と華恋を見ていた人もいたが、それらの視線は一時的なものだ。
 浩明は非常に気になっていたが、それも電車が来る頃には慣れた。
 列がすすみ、電車に人が乗り込んでいく。


 出勤、通学時間である朝七時から九時台までで電車に座れるということはほぼない。偶然、目の前の席の人が下りるときくらいだなものだ。


 満員電車に乗り、なるべく奥へと進む。
 乗車口から反対側の扉を背もたれにするように華恋を配置し、浩明はその前に立つ。
 扉がしまり、電車が動き出した。ようやく少しだけ余裕が出たところで、華恋が口を開いた。


「そういえば、戸高くんって普段誰かとLINFとかってする?」
「いや、ほとんどしないな」
「そうなんだー」


 ほっとしたように華恋が息を吐いた。その行動に、浩明は小首を傾げた。


(何か安堵するようなところあったか? LINFのやり取りの回数でわかることといえば、友達の数が少ないことくらいか? ……友達が少ない。朝、誰かと待ち合わせする余裕がないから、俺と一緒に登校しても俺に対して迷惑がかからない、とかか?)


 華恋の様子に首を傾げていた浩明は、そんな風に考えて納得しておいた。
 同時に、友達がいないと判断されたことを悲しんでもいた。


「戸高くんって織部くんと美咲と仲良かったよね?」
(ああ、やっぱり友達関係か?)
「そうだな。織部――幸助と仲良くなってから、美咲とも話す機会があったってだけだけど」
(もれなくついてきてしまっただけだ。ほら、たまにキャラクターグッズがドリンクとコラボするときあるだろ? そんな感じ。コラボグッズ買ったらドリンクがついてきた、みたいな)
「へぇ、そうなんだ。二人とは遊びに行くこととかあるの?」
「たまに、な。けど、二人は付き合ってるし、あんまり一緒には行きにくい」
「それはわかるかも」


 くすくすと笑う華恋に、浩明はほっと息をついた。


(とりあえず問題なく会話はできているな)


 浩明は自分がユーモアにあふれた会話ができるとは思っていない。
 ただ、せめて最低限の会話はしたいと考えていて、今はまさにそれをこなせている状況だった。


「休日とかは、何してるの? やっぱり読書?」
(……どう答えるか。小説を書いていることは誰かに言いたくないんだよな。……幸助と美咲は知っているけど、それだって不可抗力だ。そうなると、次に来る趣味はゲームと読書くらいなんだよな)


 浩明はゲームが趣味というのは少し照れ臭く、また読書というのもありきたりだという本好きを敵に回すようなことを考えていた。
 それでも、他の趣味が思い浮かぶことはなく、いつまでも沈黙しているわけにもいかず、浩明は口を開いた。


「読書と、あとは少しゲームやるくらいだな」
「そうなんだ。私もゲームちょこちょこやるんだよね。私、兄がいるんだけど兄のゲームをよく貸してもらってるんだ」
「そうか」
「あと、アルバイトしてるんだよね?」
「……まあ。休日に少し」
「週に一回だっけ? どっちにやってるの?」
「毎週土曜日だ」
「どのくらいの時間入ってるの?」
「……9時間だな」


 朝九時から十八時まで、途中一時間休憩だけだ。
 小さな喫茶店ということ、昔ながらの場所で来るのは主に店主と同じ年代の人やそれよりも年配の人ばかりだ。
 あまり人付き合いが得意ではない浩明でも、すでにお客は顔見知りばかりであるため、問題はなかった。


「そうなんだー。さっき、読書してるって言ってたけど……私も暇な時間にやることなくて、何か本が読みたいなーって思ってるんだよね」
(読めばいいんじゃないか? それほどお金もかからない、良い趣味だし)
「そうか」
「何かオススメの本ってある?」
(予想もしていなかった質問だな。というか、今日はよく喋る……)


 以前とは違う様子の華恋に、浩明は少し困惑していた。
 そして、彼女の質問に対してまた深く悩み始めてしまう。


 人には好き嫌いがある。本にだって大きくわけたとしても様々なジャンルがある。
 ファンタジー、ラブコメ、SF、ホラー、青春――そういった要素の中にはさらに、二つ、あるいは三つ以上を組み合わせたものがある。


 そんなたくさんの作品の中から、彼女が楽しめる中でのオススメできる本、というものはすぐには見つからなかった。


 そもそも、わりと雑食に何でも本を読んでいた浩明だったが、それでもやはり女性向けの本は減る。
 もっと言えば、ラノベを中心に読んでいることもあって、さらに推薦できる幅が狭いのも原因の一つだった。


 新人賞に入賞した作品、あるいはアニメ化した作品ばかりを読み、それだって分析するように読むことばかりだった。


「そうだな……どんなジャンルの作品が好きなんだ?」
「うーん……恋愛とかはあったほうがいいかな?」
(……だいたいの作品にあるんだ)


 恋愛要素は誰にとっても身近なものだ。だからこそ、とりあえずでも入っているものは多い。


「俺はよくファンタジー系の作品を読むんだけど、そういうのよりはドラマとかでやっている奴のほうがいいのか?」
「あーどうだろう? ファンタジーも好きかな? ゲームとかでやったことあるようなものもあるし。私、絵とか描くの好きだったし」
(そうなんだな。女性向けで人気の恋愛ファンタジー系の作品でも紹介しておいたほうが無難か? ……少し、オタク寄りの作品だし、もっと一般向けの作品のほうがいいか?)


 判断がつかず、しばらく考えた浩明は、


「そうか……ぱっとは思いつかないんだけど、探してみる」
「え、ほんと? けど、例えば今戸高くんが読んでるものとかでもいいよ? 一緒に話してみたいしっ」
(それは無理。ごりっごりの異世界ファンタジー俺TSUEEEな作品だから)


 いきなり本をあまり読まない相手に勧めるのははばかられた。思いっきりのめりこむか、思いっきり引かれるかの二択しかない。


「今読んでるのは、まああんまりおもしろくなかったから」
「そうなんだ。やっぱり当たりはずれも結構ある?」
「それなりに」


 そうこうしていると、電車が駅についた。
 二人はそこで降りたところで、華恋が頬をかいた。


「……その、先に行ってもいい?」
「ああ」
(誰かといるところ、見られたくはないよな)


 余計な誤解をされるのは、お互いにとって不利益だった。
 去っていく彼女の背中が見えなくなったところで、浩明も学校に向かって歩きだした。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品