俺(私)のことが大嫌いな幼馴染と一緒に暮らすことになった件

木嶋隆太

第7話 俺は風呂に入りたい


……今日は寒いので風呂を入れたかった。
それ自体は悪い提案ではないだろう。たぶん、あの夏希も受け入れてくれるだろう。
……ただ、問題はその後だ。

風呂を入れたあと、どちらが先に入るのか、だ。
俺としてはぶっちゃけどっちでもいい。
ただ、女性からすると色々と思うところがあるのではないだろうか?

……男を後に入れるのは嫌だとか。
逆に男に先に入ってほしいとか。
他の女性と風呂談義をしたことがないため、正直言ってそんな情報は持ち合わせていなかった。

ただ、なんとなくだが、あまり人としては後に入りたいものではないんじゃないだろうか?
基本的に人の体は汚れているからな。
なんなら、一緒に入っても俺は一向にかまわないが、そんな提案をしたら恐らく俺の両腕には手錠がかけられることになるだろう。

……さて、どうしたもんだかな。
夕食を食べ終えてからすでに一時間が経過している。
いい加減風呂に入って、部屋でゆっくりしたい。

というか、俺たちはいつまでもリビングで何を話すでもなく一緒にいるのだ。
……正直言って、この空間からは早く出たかった。
俺は幸せなのだが、彼女はいつにもまして無表情だ。きっと不快に思っているに違いない。

一刻も早く逃げ出したかったが、逃げ出す瞬間がなかった。
――いい加減、提案したほうがいいよな。

「今日は風呂、入れるか?」

……まずはそんな感じで聞いてみた。
俺はそんなに風呂に長く浸かるわけでもない。
今日は冷えるので風呂を入れたいとは思うのだが、だがお風呂の先行後攻に関していつまでもグダグダ悩むのなら、初めからそれをなくしてしまえばよいのではないか?

そんな考えから出てきた質問だった。
とはいえ、「風呂は良いよな?」というのはあまりにも強制的すぎる言葉遣いだ。

……恐らくだが、夏希は風呂に入りたいだろう。
彼女がお風呂好きなのは、幼稚園の頃に何度か一緒に入ったので知っていた。昔は俺たち、仲良く入っていたよなぁ、なんてのんきに考えていると。

「私は入りたいです」

きっぱりと、言われた。どこか強気な口調には怒っているようにもみえた。
……確実に、怒っている。また俺は怒らせてしまったのか。

理由はすぐにわかった。
聞かなくてもわかるような当然のことを聞いたんだから、そりゃ怒るよな……。
今回は完全に俺が悪い。今日の気温だったら間違いなく風呂に入る。

ストレスを感じさせてしまった……。
さらに空気が悪くなったので、俺は逃げるようにソファから立ち上がった。

「そうか。そんじゃ、入れてくる」

俺は風呂の栓をして自動お湯はり機能を使い、風呂の準備を終えた。
……このまま少しだけ時間を潰してからリビングに戻ろうか。
その間に機嫌が戻ってくれれば良いが。

俺はタオルを準備しておいておいた。
このくらいはしておいたほうがいいだろう。
……あとは、洗濯機も準備しておこう。

夏希と俺の洗濯物を一緒に洗うのはやめたほうがいいだろう。絶対夏希は嫌がるだろうしな。思春期の娘が、「お父さんと一緒にしないで!」というのは鉄板中の鉄板だ。
俺は洗濯機の準備もして、廊下をゆっくりと歩いてからリビングに戻った。

リビングには天使がスマホを見ていた。……自分の部屋のリビングに夏希がいる。
この状況が未だに信じられなかった。
ちらと、こちらを見てきた夏希。見とれていたと思われては気持ち悪がられる。

俺は慌てて表情を引き締めなおし、風呂の準備をした。

「風呂は十分もすれば入ると思うけど、どっちが先に入るんだ?」
「……」

どちらが先に入る問題……俺はこれを夏希にゆだねることにした。
だって、俺が結論を出したら絶対睨まれるから。
これ以上嫌われないためにも、夏希に任せたほうがいいという判断だった。

だが、彼女の目つきが鋭くなった。俺何かミスしたか……っ!?
さっぱり分からない。冷や汗がだらだらと背中をぬらしていく。

「悩みましたが……私が先に、入ってもいいですか?」
「ああ。タオルは用意しておいたから。それと、洗濯機も使っていいからな」
「ありがとうございます」

俺は浴室からの帰還が遅かったことを悟られないようにそんな言葉をつけたした。
リビングから去っていた夏希を見て、ふーと息を吐いた。

……今日一日、滅茶苦茶疲れたな。
ただ、疲れた、大変だと弱気なことばかりも言っていられないな。




          

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