夜をまとう魔術師

牛乳紅茶

エピローグ

塔に攻め込んできたダグマルとその配下は、トゥリカやオルフたちの存在にひどく狼狽した。

即刻魔術師を捕らえよ、と命を出したダグマルだったが、フランツがそれを引き留めた。全てはオルフたち――そしてフェリクスが引き起こしたことであり、魔術師やトゥリカに罪はない、と訴えたのだ。

その時のフランツの態度は、トゥリカがこれまで見てきた軽い印象の青年ではなく、毅然としていて、一国の王子なのだと感じさせるものだった。
最初こそ疑いの表情を浮かべたダグマルであったが、フェリクスが罪を認めたことで、その場は引き下がるとことになった。

その後アヒムの執務室から、オルフとやりとりしたと思われる計画を記した書簡が見つかり、ようやくテオに向けられた嫌疑は晴れた。
疑いが晴れたのち、トゥリカはテオとの契約の内容、また、そうしなければ命を失っていたであろう事情をダグマルに話した。

ダグマルは憤ったが、トゥリカの懸命な説得と、
『どんな魔術師だろうと彼の足下にも及びませんよ。そんな人物を宮廷に抱える王宮はきっと不動でしょうね』
というフランツの言葉が後押しとなり、テオは王宮に招き入れられる運びとなった。

* * *

アールブルクの塔での一件から五日後。王宮内は新しい宮廷魔術師の叙任式の準備で大忙しであった。中止となった第二王女の結婚式の片付けも並行して行われているため、重鎮たちはあちらこちらを慌ただしく駆けずり回っていた。

本来、宮廷魔術師の任期に制限はない。その役職に就いた者は一生涯を遣って満了せねばならない。余程のことがない限り途中で交代ということはないのだ。
しかし、その余程のことが起きてしまった。
数十年ゲルトが務めていた長の席が空いたのだ。通例でいけば次点の者が繰り上がるのだが、今回は外からやってきた魔術師を据えるという異例の措置がとられることになった。

そのやってくる新たな魔術師とはもちろんテオのことである。

見かけ若年のどこの誰ともわからぬ男が宮廷魔術師の長となることに、他の魔術師たちから反発の声も上がったがそれも一時であった。テオが塔の魔術師だとわかった途端、皆手の平を返したように態度を豹変させたのだ。

そうして、いよいよ数十年ぶりの宮廷魔術師叙任式が執り行われることとなった。



式は厳か、かつ滑らかに進行していった。

礼拝堂に集まった人々が手を組み合わせ祝福の祈りを捧げる中、ダグマルが長い訓辞を述べたあとテオに祝別の言葉を呟き、それを受けたテオは片膝を床につけたままうやうやしく頭を垂れた。ダグマルの横に控えていたトゥリカは楚々とテオに歩み寄り、その肩に宮廷魔術師の正装でもある白いローブを掛ける。

「彼の者に真理を守り人々を守護することを任ずる」

ダグマルの声が高い天井に木霊した。
それを合図に、人々がわっと立ち上がり惜しげない拍手を送る。
このあとは饗宴となだれ込むのが常だ。

テオが姿勢を正し、トゥリカの方を見て頬笑んだ。

今までの黒一色の装いとは違い、金糸や銀糸で煌びやかに飾られたローブに身を包むテオは別人のようにトゥリカの目に映った。襟元の留め具は小粒の青玉と翠玉で薔薇を象っている。彼の青みがかった黒髪と若草色の瞳を象徴するようトゥリカが宝石商に頼んだ物だ。

きっと未来は明るい。なにもかもうまくいく。

トゥリカはそう思いつつも、心の底から喜ぶことが出来ずにいた。
ティルダが気がかりだったからだ。
事件の首謀者がオルフだとわかって以来ティルダはずっと部屋でふさぎ込んでいる。

現在、オルフをはじめとする三人の罪人は北の塔に幽閉されている。三人とも体中に火傷を負っており、特にオルフは顔の右半分が焼け爛れたひどい状態となっている。そのため正式な処罰は治療ののちに持ち越された。

想い人に欺かれ、待ち望んでいた結婚も泡と消えてしまったティルダの悲しみは計り知れない。

「上の空だね。大丈夫?」
「ええ」

ティルダの憂いを思ってトゥリカはテオに笑って応えたあと、小さくため息を吐き出した。

* * *

結局、トゥリカが祝宴の場にいたのはほんのわずかな時間だけだった。

ティルダのことが気になって、人々の楽しげな声が飛び交う場に耐えられなくなってしまったのだ。
トゥリカは薔薇園の四阿までやってくると、そばについていたリタに「少しだけ一人にして欲しい」と頼んだ。

リタが去ったあと、トゥリカは四阿に備えられている白木の長椅子に腰を下ろし一つ息をついた。次いで、辺りに漂う華やかな印象をもたらす薔薇の香りを感じながらまぶたを閉じる。

「あなたの幸せを願ってるのよ……」

そう小さく呟いてまぶたを上げたとき、前方から見知った人影がやってくるのが見えた。

「やっぱりここにいたね、お姫様」

にっこりと笑ったテオにトゥリカは力無く頬笑んで応える。

「大丈夫?」
「ええ」

トゥリカは頷きながら場所を空けるため座っている場所を少しずらした。どうぞ、と隣を促すが、テオは軽く首を振って、トゥリカの向かいにある別の椅子に腰掛けた。

「――今すぐは無理だけど、ティルダが元気になったらみんなでお茶会しましょう。リタやアルマも呼んで、もちろんテオ、あなたもね」

トゥリカが話している間、テオは肘掛けに頬杖をついた姿勢で時折相づちを打ちながらじっと見つめてきた。正面から向けられる暖かみのあるまなざしを受けてトゥリカは少し恥ずかしくなった。
少し子供っぽい発言だと思ったからだ。
けれどテオは馬鹿にしたり嘲ったりせず、

「きっと楽しいだろうね。――妹姫のことが気になる?」

そう言って優しく頬笑んだ。
トゥリカはさりげなく目を合わせないようにして小さく頷いた。

「私にティルダを元気づけることなんてできるのかしら……」
「君にならできるよ」

ためらいなく答えたテオにトゥリカは一瞬面食らったあと、心から口元をほころばせた。

「不思議ね。あなたがそう言うとできる気がするわ」
「本当に?」
「ええ。近くにいてくれると安心できるのよ。ありがとう。あなたを祝う宴なのに席を外してしまってごめんなさい。…………テオ?」

トゥリカは再び視線を戻して謝ったのだが、なぜか今度はテオがあらぬ方向を向いていた。不思議に思って、テオの視線の先を追って頭を動かす。すると、ようやくテオが目だけ動かしてちらりとこちらを見てきた。

「どうしてそういうことを言うかな。つくづく隣に座っていなくてよかったと痛感するよ……」

テオがぶつぶつと呟いていることはわかったが、言っている内容までは聞き取れず、トゥリカは小首をかしげる。

「どうかした?」
「ところで、君はいつになったら僕のことをテオじゃなくテオドールと呼んでくれるのかな?」

問いかけているのはこっちだというのに、質問を返されてトゥリカは軽く唇を尖らたくなったが、それ以上にテオの言葉はトゥリカの心を大きく弾ませるものだった。

「――それじゃあ、これからはテオドールと呼ぶわね。ねえ、私も訊いていいかしら?」
「なんだい? お姫様。僕に答えられることだったらなんだって答えてあげるよ」
「なぜあなたは大切な核を私に与えてくれたの? いくら国王からの依頼とはいえ断ることだって出来たはずでしょう? あなたの性格から考えたら、飄々として断る方が自然だわ」

トゥリカがそう問うと、テオは軽く小首をかしげたあと肩をすくめた。
誤魔化される。
トゥリカはそう直感した。彼がこういう仕草を取るときは、まともな答えが返ってきた試しがないのだ。

「君にとっての僕の印象は随分ひどいんだね。……まあ、いいか。あのとき、君を救うべきか、本当はギリギリまで迷ったんだよ。適当な術をかけて済ませようかとも思った。だけど――」

テオはそこまで言って、視線を落とした。
トゥリカがその視線の先を追うとそこにはテオの手があった。

テオは軽く開いた手の平を見つめ、小さく笑みをこぼす。

「もう昔のことだから、その理由までは忘れたよ」

笑みを深くして答えたテオの態度に、トゥリカは内心やっぱり誤魔化されたと嘆息する。

「あなたが教えてくれないなら、私は見せてあげないんだから」

トゥリカはそう言って、懐から一通の書簡を取り出した。

「だから、僕は忘れただけって――。なんだい? それ」
「フランツからよ。あなたが正式名を教えたがらなかった理由を教えてくれるんですって」
「――……もう読んだの?」
「読んだかどうかは、私のことをきちんと名前で呼ぶようになってくれたら教えてあげるわ。契約の時以来、あなたに名を呼んでもらってないんだもの。あ、そういえば、フェリクス殿下の罪状が決まったそうよ。フランツが国王陛下にただの兄弟喧嘩だって訴えたんですって。フランツらしいわね。とりあえずは王宮から離れた辺境地で反省させられるということよ」
「……読んだんだね?」
「さあ、どうかしら」

トゥリカは何食わぬ顔で答え、書簡を後ろ手に隠した。
テオの表情が引きつっていくのを笑いを堪えて見つめる。

実のところ書簡は既に開封済みである。なにしろトゥリカ宛で昨日届いたのだから当然だ。
内容を読んだとき、トゥリカは頬の筋肉を思い切り緩ませてしまった。

「あなたって意外と可愛いところがあるのね。でも、たしかに私だって好きな人にはちゃんと呼んでもらいたいもの」

にっこりと頬笑んでトゥリカはそう告げるのだった。





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