夜をまとう魔術師

牛乳紅茶

37 力

「ゲルト、ぬかったな! だから早くしろと言ったんだ!」

トゥリカたちの変化にいち早く気づいたオルフが怒鳴る。ゲルトもまた、驚いているのだろう、大きく瞳を見開きこちらを凝視していた。

「反撃開始だね」
「この私を愚弄するとは……思い知らせてやる」

フランツはいかにも楽しそうにその場で両手を握ったり開いたりしており、フェリクスの方は怒りに唇をわななかせている。
しかし、そんな二人を制すようにテオが腕を横に出した。

「悪いけど君たちに出番はないよ」

軽い口調で発せられた言葉であったが、トゥリカはテオの身体から陽炎のようなものが立ち上っているのを見た。
テオがほんの少し指を動かすだけで空気が震える。
トゥリカにはわかった。彼の身体から放たれているのは異様なまでの、こちらを圧倒する魔力だ。
トゥリカは息を詰めてフランツとフェリクスを見た。
しかし、二人ともテオの変化には気づいていないようだ。もしかしたら、彼の核を半分持っている自分だからわかるのかもしれない。

「お姫様。契約を終えた以上もう遠慮はしない。少しきついかもしれないけど、我慢してね」

テオがトゥリカに一歩近づき手を伸ばす。少し冷たい指先がトゥリカの頬に触れ、頬の線をたどったあと名残惜しそうに離れた。
テオの言葉に頷こうとしたトゥリカだったが、そこで自分の頬から先刻オルフに切られた傷のじくじくとした痛みが消えていることに気がついた。

トゥリカが驚いて自分の頬をさすっている間に、テオはその場で両腕を前に突き出すように掲げた。

「我の敵は汝の敵。汝の中に眠りし力よ、我に力を与えん」

どくん、とトゥリカの心臓が大きく拍動する。
直後、トゥリカはその場に立っていることもままならず膝をついた。

「トゥリカっ! 大丈夫っ?」
「貴様っ、なにをしたっ!」

すぐにフランツとフェリクスが駆け寄ってきたので、トゥリカは大丈夫だという意を込めて頷いて見せたが、正直なところつらかった。
次第に指先が痺れ、視界が薄暗く狭まっていく。
自分の力――生命力とでも言えばいいのか――が一時的にテオに吸い取られているのだ。

「君たちの負けだ。諦めなよ」
「ゲルトっ! 防げっ!」
「くそっ! どうやって力を取り戻したか知らんが、急ごしらえでは昔のように使いこなせるわけがない! 私の術の方が早いわ!」

トゥリカの細くなった視界の中で、ゲルトの手元から強い光りが発せられた。同時に熱風が巻き起こる。肌をちりちりと焦がすような熱さだ。

「はっ、ははっ……。塔の魔術師とやらも大したことないな!」
「やったか?」

朦々たる熱気が包む中、ゲルトとオルフの歓喜を含んだ声が聞こえたが、トゥリカは少しも不安にならなかった。自分の中にある力に衰えはなかったし、なにより、悠然と佇むテオの後ろ姿がはっきりと確認できていたからだ。

「身の丈にあった術を使うべきだったね。綻びだらけだ」

テオの足下から炎のような揺らめきが立ち上る。不規則な上昇気流はテオの髪を激しく煽りながら、ぐんぐんと天に向かって伸びていく。

「馬鹿なっ!」
「殺しの依頼を受けない僕にも例外はあるんだ」

暗い深淵から響くような、身体の芯を凍りつかせる声。トゥリカですら、一瞬それがテオの発したものだとわからなかったくらいだ。

次の瞬間、テオの手の中に強い閃光が瞬く。

それはまるで夜明けの光り――。

「う、うわあぁぁぁぁぁっ!」

朦朧とする意識の中でトゥリカの耳にオルフたちの叫喚が聞こえてきた。

(だめ……)

トゥリカは咄嗟にそう思ったが、疲弊しきった身体はうまく動かず声が出てこない。

(殺してはだめ……)

トゥリカは、聞こえないとわかっていたがテオの背中に向かって懸命に手を伸ばした。

「……――お人好しだね」

急にテオが上げていた手をおろした。
途端、辺りを覆っていた眩い光りが薄まっていく。

「だめ……」

トゥリカはうわごとのように呟き手を伸ばす。
その手を掴む者がいた。
ひんやりとした、けれど、不思議と心が落ち着く温度。

テオの手だ。

「奴らは君を殺そうとしていたんだよ。それを許すって言うの?」

その問いに、トゥリカはテオの手を握り返すと首を横に振った。

「許さない。死んで終わりになんてさせないわ。それに……あなたへの疑いをはらすためにも生きていてもらわないと」

トゥリカがそう言うと、テオは一瞬面食らったような表情を見せ、次いで微苦笑を浮かべた。

「――無理をさせすぎたね。ごめん。少し眠った方がいいよ」

テオの言葉にトゥリカはもう一度かぶりを振ろうとしたのだが、身体そのものが綿毛になってしまったかのような、ふわふわとした感覚に襲われて、それ以上なにも考えられなくなってしまった。

「これは何事だっ!」

どこか遠くからダグマルの声が聞こえたような気がしたが、トゥリカの意志は否応なく眠りの渦に呑まれていった。

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